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生贄の主殺人事件⑩(心をやられた友人)

 【生贄の主】はいりすかもしれない、そんなあまりに衝撃的で悲しい仮説の真偽を確かめるためにのり子は覚悟を決めていたのだが、そんな日も悪夢のモーニングコールは無情にも鳴り響いた。


「5人目の犠牲者……」

「ああ、悲しいが君の学園の子でね。塩部珠緒(しおべ たまお)、3年F組だ」


 場所が人通りの少ない街の一角であり、犠牲者の死因が左胸をナイフで一刺しされたことによる失血死なのは今までと同じ。死亡推定時刻は昨晩18:30~19:30頃、証拠や目撃者がいないこと、【生贄の主】からのメモが残されていたのも同じだった。


「本当に、いつまで続くんでしょうね……」

「すまない、無力で。しかしこれで5人連続君の学園の子か、これはもう君の言うように君の学園の関係者の中に犯人がいるのは間違いなさそうだな」

「あの、そのことなんですけど」


 のり子は覚悟を決め、犯人はいりすかもしれないことを話した。予想通り、今井刑事は心底驚いたような反応を示した。


「君が妹のように可愛がっている後輩が犯人かもしれないとは……にわかには信じられんな」

「私だって信じたくないですし、これだけで決めつけることはできません。ですけど、偶然と片付けるには出来すぎかと」

「確かに、事件に全く関係がないとは思えんな。分かった、こちらでも調べてみる」

「お願いします」


 のり子は電話を切り、学園に行く準備を始めた。正直、現実と向き合うのは怖い。だが、前に進むしかない。


***


 学園に着き、のり子はまずすみれのところに行った。目的は、今日からしばらく織絵と一緒に下校してもらうことを頼むためだ。織絵は部活が同じこともあり、毎日いりすと一緒に下校している。織絵の身の安全を考えると、それはあまりに危険だ。それによっていりすを下校時に泳がせて尾行し、犯人かどうか見極める狙いもある、そこは警察の出番だろう。


「ねえすみれ、ちょっと相談があるんだけど。今日からしばらく織絵ちゃんと一緒に下校するのはどうかな?」

「織絵と? でも私と織絵は部活違うから下校時刻合わないし、いつもいりすちゃんと一緒に帰ってるでしょ」


 すみれとしては織絵ちゃんが部活が終わるまで待ってるくらい苦にならないだろうが、織絵ちゃんがそれを気にしてしまうかもしれないし、織絵ちゃんといりすちゃんの時間を邪魔するのは申し訳ないという気持ちもあるのだろう。


「それは分かるけど、もう5日連続でうちの生徒が殺されてるんだよ。やっぱりすみれが家に着くまで一緒にいてあげた方がいいと思うんだ」

「……そうね、いりすちゃんには申し訳ないけど、そうさせてもらうわ。私から織絵といりすちゃんに言っておく」

「うん。私からの提案ってことは内緒でね」

「了解」


 姉であるすみれから言われれば、織絵ちゃんもいりすちゃんも納得してくれるだろう。とりあえず織絵ちゃんの身の安全はこれで問題ない、のり子は安堵したのだった。


***


 昼休みになり、のり子は織絵のもとを訪ねた。いりすのことを聞くためだが、さすがに今回はいりすが一緒にいてはまずい。のり子は織絵が一人になるのを待ち、偶然を装って声をかけた。


「こんにちは、織絵ちゃん」

「あ、のり子さん。何か御用ですか?」

「ううん、見かけたから声かけただけ」

「そうですか。そういえば、今日からしばらくお姉ちゃんと帰ることになったんですよ。何か心配だからって言ってましたけど」

「へえ、そうなんだ」


 本当は自分が依頼しただけにちょっと罪悪感を感じるが、そこは仕方がない。のり子は心の中で織絵に謝った。


「私としては、そこまでしなくてもって思うんですが」

「過保護だからね~、すみれは。今回は状況が状況なだけに仕方がないと思うけど」

「まあ、お姉ちゃんのそういうところ、嫌いじゃないですけどね。むしろ好きと言いますか」


 改めて、すみれと織絵ちゃんは仲がいいなとのり子は思った。すみれの過保護っぷりの印象が強いが、織絵も大概お姉ちゃんっ子である。だから、すみれにとっても余計可愛いんだろうが。


「まあ、たまには姉妹水入らずで下校ってことで。いりすちゃんには申し訳ないけどね」

「それは私も同感ですけど、話したら分かってくれましたから」

「そういえば、いりすちゃんとは普段どういう風に下校してるの。結構寄り道したり?」


 のり子はさりげなく、いりすの下校時の様子を織絵に尋ねた。何だかんだでいりすのことを一番よく知っているのは織絵だ、聞かない手はないだろう。


「まあ時々はしますけど、基本はそのまま帰りますよ。いりすとは途中で道が分かれますから、その後のことは分かりませんけど。節約家ですし、あの子」

「そうなんだ」

「はい、両親が共働きなんでその影響じゃないですかね」


 共働き……ということは、少々遅くに家に帰っても両親はまだ帰ってきていないわけか。


「いりすちゃんのご両親は何時くらいに帰ってくるの?」

「日によるでしょうけど、大体21時くらいだと思いますよ、前にいりすの家に遊びに行った時そうでしたし」


 21時……今までの5件の殺人事件はいずれも18:00~19:30くらいの間に起こっているから、その後家に帰ったとしてもバレないか。


「どうしたんですか、急にそんなこと聞いて」

「今度いりすちゃんと一緒に帰ってみたくてさ、ご両親が帰ってくるのが遅ければ色々寄り道出来るじゃない?」

「あ、のり子さん意外と不良ですね~」

「バレたか」


 『いりすちゃんが犯人かもしれないから、下校時のアリバイを調べているんだ』とはさすがに言えない。罪悪感を感じるが、こればっかりは仕方がない。


***


「なるほど。つまり犯行を犯してから家に帰っても、ご両親はまだ帰ってきていないわけか」

「はい。ですから、事件があった日に遅く帰ることを繰り返しても怪しまれないわけです」


 のり子は織絵と別れた後、校舎の誰もいない場所で今井刑事と話していた、もちろんいりすのことである。いりすの家庭事情なら両親に怪しまれずに犯行を繰り返すことができる、それを伝えていたのだ。


「分かった。今日、下校時に朝福いりすに尾行を付けることにする」

「よろしくお願いします」


 ここからは警察の得意分野だ、任せることにしよう。昼休みがもうすぐ終わるので、のり子は自分の教室に戻った。


***


 放課後になり、のり子は帰り支度をしていた。ふと心美の席を見ると、空席のままだ。昼休みに体調を崩して保健室に行ったって萌希から聞いたが、まだ治っていないのだろうか。


「萌希、心美はまだ体調悪いの?」

「うん……やっぱり連日の殺人事件で精神的にかなりまいってるみたい」


 普段の勝気な印象に反して打たれ弱い心美なだけに、さすがに今の状況は厳しすぎるのだろう。


「ねえのり子ちゃん、心美ちゃんのところに行ってあげてくれないかな?」

「詩乃の方がいいんじゃない?」

「詩乃ちゃんはもう何度も付き添ってあげてるよ、それでもきついみたい。今はのり子ちゃんの頼もしさが必要なんじゃないかって思うんだ」

「分かった、行ってくるよ」


 萌希にそこまでお願いされては断れない。私としても心美のことは心配だし、詩乃だけでは無理となれば別の力が必要だというのは最もだろう。保健室に着き、のり子はドアを開けた。


「失礼します、野咲心美さんはいらっしゃいますか?」

「あ、のり子。来てくれたんだ」


 ベッドで寝ていた心美はのり子に気付くと起き上がり、歓迎してくれた。顔色はそれほど悪くは見えない、それなりに快復したのだろう。


「放課後になっても戻ってこなかったからさ、心配で」

「うん……ごめん」

「謝らないで、誰も迷惑だなんて思ってないし」

「ありがとうのり子、もう大丈夫だよ。ちょっと、話していいかな?」

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