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白い絆殺人事件⑧(聞き覚えのある言葉)

 今井刑事の呼び出しにより、柿澤編集長の死体が見つかった廃墟の部屋に事件関係者全員が集まっていた。三空の姿も伺える、普段の穏やかな笑みが見られず決して楽ではなさそうだが……のり子は三空を心配しつつ、一度深呼吸をした後その場にいる全員に告げた。


「お忙しい中集まっていただき、申し訳ございません」

「構いませんが、どうしたんですか?」

「実は……事件の真相が明らかになりましたので、お話ししようかと思いまして」


 のり子の言葉に、尋ねた陽奈だけでなく四鈴や里士も驚きの表情を浮かべた。そんなのり子に三空が、辛さが見え隠れする表情で尋ねた。


「のり子ちゃん……」

「三空さん……私がすべてを、明らかにします」


 のり子の力強い言葉に、三空の表情に僅かに明るさが戻ったように見えた。すみれは変わらず不安そうな表情を浮かべている……のり子はすみれを一見した後、語り始めた。


「今回の事件は、とにかく掴みどころがありませんでした。探しても探しても輪郭が見えてこない……でも、それは当然だったんです。なぜなら……前提からして間違っていたんですから」

「前提?」

「ええ。里士さん、今回の事件の誘拐犯である柿澤編集長の行動を、改めて順を追って説明していただけませんか?」

「あ、ああ。まず一昨日の夜に三空さんを誘拐してこの廃墟に監禁し、翌日の午前中に【スエジリ】の事務所に三空さんを誘拐した旨を伝える電話をかけた」


 のり子からの依頼で、里士は影行の行動を順番に話し始めた。他の人達は意図が分からず、首をかしげている。


「それから身代金を仁さんに持ってくるよう指示して、やってきた仁さんを脅し、身代金を受け取ってから、床に香水のビンを落として割って」

「そこですよ」

「え? そこって」

「床に香水のビンを落として割った、というところです」

「でも実際、床にビンの破片が散乱していて香水もぶちまけられていただろ? 一体何が間違っているって……!!??」


 里士は気付いたようで、驚愕の表情を浮かべた。そう、考えてみれば単純な話だった。それだけに盲点だったのかもしれないが……


「そう、床に香水のビンを落として割ったのは柿澤編集長ではなかったんです。柿澤編集長を殺害した……犯人の方だったんです」

「ちょ、ちょっと待って。それじゃ、犯人は……」


 四鈴もまた、顔を青ざめながら驚愕の表情を浮かべた。のり子は犯人の方を向き、その人物を指差しつつその名を叫んだ。


「そう、犯人はあなたです……秋瀬陽奈さん!!」


 のり子の言葉を聞き、その場にいる全員が陽奈に視線を向けた。陽奈は驚愕の表情を浮かべ、体を震わせていた。


「見事でしたよ、陽奈さん……私も正直、途中までは完全に騙されていました」

「で、でもあなた言ったじゃない。割れれば気付かないわけないし、そもそもそんな自分の正体が判明してしまうような特注品を持ってくるわけないって」

「そう指摘されることを陽奈さんは計算していたんですよ。今回は私が指摘しましたけど、警察も気付いていたわけですしね。そうなれば、普段の柿澤編集長の非道っぷりから彼が陽奈さんに罪を擦り付けるためにやったことだと誰もが考える」

「た、確かに……」

「つまり、わざと香水のビンを割って一旦自分に疑惑の目が向くようにし、誰かがその状況の不自然さを指摘することによって『柿澤編集長が陽奈さんに罪を擦り付けるためにやったことだ』という間違った推理に導いたんですよ。これで陽奈さんは被害者の立場になり、疑われることは無くなる」


 四鈴の疑問にのり子が答え、陽奈の表情は更に青ざめていた。そんな陽奈を里士が信じられないという表情で見つめ、口を開いた。


「ひ、陽奈ちゃん、本当に君が編集長を!?」

「ち、違います!! 私は本当に編集長にハメられて」

「陽奈さん……あなたここに駆け付けた時に言いましたよね、『連絡を受けた時に聞きはしましたが……本当に殺されたんですね』って」

「そうですけど……それが何か?」


 のり子の質問の意図が分からないのか、陽奈は困惑した表情で答えた。のり子は潤の方に振り向き、尋ねた。


「編集長、警察と【ラルブエ】に連絡した時、何て言ったんですか?」

「『柿澤編集長が亡くなった』、だ」

「!!??」


 潤の言葉を聞き、陽奈はハッとして口を両手で覆った。自分のミスに気付いたのであろう。


「そう、六川編集長は柿澤編集長が『亡くなった』とは言いましたが、『殺された』とは一言も言っていないんですよ」

「そういえば……確かに」

「四鈴さん、あなたは【ラルブエ】から連絡を受けたと思いますが、どういう内容だったんですか?」

「……あなたの言う通りよ、編集長が亡くなったって。あの男のことだから恨みを買った人に殺されたんじゃないかって思ったけど、事故とか病気の可能性も考えはしたわね」

「里士さん、あなたはどうですか?」

「……四鈴ちゃんと同じだよ。現場に着いて死体を見て、これは殺されたんだって分かったから陽奈ちゃんの言葉も特に変には思わなかったけど」


 のり子の言葉にすみれだけじゃなく、四鈴と里士も納得したようだ。要は明らかに他殺だと分かる死体の状況だっただけに、誰も不自然に思わなかったのである。


「では、どうして陽奈さんは連絡を受けた時に既に柿澤編集長の死因が他殺だと分かったのか。それは陽奈さん、あなたが柿澤編集長を殺したからってことになるんですよ」

「そ、それは……言葉の綾です。死体を見て動揺してしまったと言いますか」

「まあ、そう言うと思いましたよ。苦しいですが、全くあり得ないとは言えませんからね」

「だったら」

「それならば、証拠を出しましょう。決定的な物的証拠を」


 予想通り、これで観念することはないか……のり子は最後の抵抗をする陽奈に、最後のカードを繰り出した。


「刑事さん、柿澤編集長の車の中で見つかった証拠品を出してください」

「ああ……これだ」

「!!?? そ、それは……」


 今井刑事が出した証拠品を見て、陽奈は目を大きく見開き絶望的な表情を浮かべた。そこにはもはや余裕の色は全くなかった。


「それは……陽奈ちゃんが普段付けている香水のビンじゃないか!!」

「でも、どうして? 香水のビンを割ったのは陽奈さんなんでしょ、なのにどうして編集長も持ってるのよ」

「それは……柿澤編集長が本当に陽奈さんに罪を擦り付けようとしていたからですよ」

「な……何だって!!??」


 里士と四鈴の疑問にのり子が答え、その驚愕の内容に潤だけではなくその場にいる全員が驚愕の表情を浮かべた。当然だろう、それはのり子とて同じだったのだから。


「陽奈さん、あなたは『柿澤編集長が陽奈さんに罪を擦り付けるために香水のビンを割った』という嘘のストーリーを作り上げるつもりでしたが、その一方で柿澤編集長は本当にあなたに罪を擦り付けようとしていたんですよ。だから結果として、香水のビンが2つ消えることになってしまった」

「あ……じゃあ、いつも車のキーが入ってる胸ポケットが空だったのは」

「そういうことですよ里士さん、香水のビンを入れるためです。車のキーはズボンのポケットに入っていましたからね、すべての準備が整ってから車から持ってくるつもりだったのでしょう。さて、陽奈さん……これをどう説明するんですか?」

「そ、それは……」


 のり子の追及に、陽奈はただただ青い顔をして震えるしかなかった。のり子はとどめを刺すために、更に言葉を重ねた。


「柿澤編集長が2つ持ち出したとでも言いますか? 里士さんが言っていましたよね、この香水は特注品で簡単には買えないって。ということは、ストックだってそんなに数はないはず。なのに2つも持ち出したら、陽奈さんにバレる可能性が一気に高まる。そんなことをする必要性なんか、まるでないんですよ」

「う、うう……」

「柿澤編集長が自分で買った? 特注品ということは、当然注文履歴も残っているはず。今から注文先に連絡して、履歴を調べてみますか?」


 のり子は論陣を張り、陽奈の反論の余地を無くしていった。陽奈はもう、黙る以外の選択肢はなかった。


「陽奈さん……この香水は【ラルブエ】の事務所のあなた個人のロッカーに保管されてて、あなたかマスターキーを持っている柿澤編集長しかそのロッカーは開けられない。これが柿澤編集長が持ち出したモノだとしたら……現場に落ちて割れていたモノは、あなたが持ち出したとしか考えられないんですよ」

「……」

「もう言い逃れは出来ませんよ、陽奈さん。あなたこそが……柿澤編集長を殺害した真犯人なんです!!」


 のり子の最後の一手に、その場が静まり返った。陽奈は沈黙を続けていたが、やがて頭をがくんと傾けてため息をつき、口を開いた。


「まったく……最後の最後まであの男に足を引っ張られるなんて。本当、アシスタントとして尽くしてきた意味、何だったんだろう」

「……認めるんですね?」

「はい、認めます。私が……編集長を殺しました」


 陽奈は罪を認め、そんな彼女をこの場にいる全員が驚きと同時に複雑な表情で見つめていた。暴君そのものだった影行をずっと傍で支えてきたにも関わらず裏切られ、それによって自らの罪も証明されることになってしまった……あまりにも報われない話である。


「陽奈ちゃん……じゃあ君は編集長とグルになって、三空さんを誘拐したってことか?」

「はい。里士さん言っていましたよね、編集長が三空さんを引き抜くことが出来たら四鈴ちゃんをお払い箱にするって言っていたのを聞いてしまったって。私、里士さんがいることに気付いていたんです」

「な……何だって!?」

「あの後、場所を変えて編集長と話の続きをして……私、提案したんです。『私が甘かったです。【ラルブエ】の将来の為にも、白崎三空を引き抜きましょう。ですけど説得は無理そうですから、誘拐して弱みを握るやり方にしませんか?』って」

「……イエスマンしか置きたがらない、あの男が喰いつきそうな戦法ね」

「案の定、編集長は嬉々として乗ってきました。元々編集長の暴君ぶりには不満が溜まっていたので、ストレス解消にもしあの男を殺害する場合どんなやり方が良いかと思ってアイデアを書き溜めていたんです。今回はそれをアレンジしたんですが……まさか本当に実行することになるとは思っていませんでしたけど」


 なるほど、突発的に考えたにしてはよく出来たやり方だと思っていたけど……そういうことだったのか。のり子は納得し、更に気になっていたことを尋ねた。


「陽奈さん、一つお聞きしたいことがあります」

「何でしょう?」

「どうして……三空さんに罪を被せようとしたんですか?」

「……」

「今日あなたとオンラインで会話をした際に、あなたは三空さんが犯人ではないかと言いましたよね? 昨日の段階では千尋さんもかなり疑惑を持たれていましたし、四鈴さんも同じです。罪を被せるなら2人でも十分なのに、どうして三空さんにこだわったのですか?」

「……許せなかったから。お姉ちゃんの居場所を奪った、三空さんが」


 陽奈の言葉を聞き、三空は目を丸くし戸惑いの表情を浮かべた。やはり……そういうことか。のり子は確信を持った。


「お姉ちゃんって……どういうことですか? 私、陽奈さんのお姉さんなんて知らないですけど」

「ちょ、ちょっと待って下さい陽奈さん。そもそも殺害の動機は編集長の暴君ぶりに耐えられなくなったからですよね、それと三空さんと何の関係があるんですか?」

「それは」

「……はるな」

「!!??」


 陽奈が三空と四鈴の質問に答える前に、のり子が言葉を発した。それを聞いた陽奈は、目を丸くしてのり子がいる方向に振り向いた。


「陽奈さん、あなたの名前を違う読み方にするとこうなります。皆さん、この言葉に聞き覚えありませんか?」

「……まさか!!??」


 真っ先に三空が気付いたようで、心底驚いたような表情を浮かべた。陽奈は頭を抱え、ため息をついた。


「はぁ……まさかそこまで見抜かれていたなんて」

「運が良かっただけです。正直、これに気付いていなければ、今回の推理に辿り着けたかどうか」

「……皮肉なモノですね。お姉ちゃんとの絆に、足を引っ張られるなんて」

「陽奈ちゃん、君は一体……」


 複雑な表情を浮かべた陽奈は、心の整理をつけるようにほんの少し考えた後、ゆっくり口を開いた。


「秋瀬は私の二番目の名字です、両親が離婚してそれぞれに付いていくことになって。私の旧姓は……春好」

「!!?? じゃあ……やっぱり」

「はい、三空さん。私は……春好雪奈の妹です」

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