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白い絆殺人事件⑥(三空と四鈴)

 警察による関係者への聞き込みが一旦解散となり、のり子とすみれは帰路についていた。潤は各所への連絡に忙しいらしく、アシスタントである千尋も同様だ。当日キャンセルは簡単ではないとはいえ、誘拐の被害者である三空が今まともに仕事が出来るわけがない。


「とりあえず、今日明日の三空ちゃんの仕事はすべてキャンセルするよ。のり子ちゃんとすみれちゃんも巻き込んでしまって本当にすまなかった、帰ってゆっくり休んでくれ」


 こんな時でも気遣いを忘れない潤の優しさに、のり子とすみれは自然と笑みがこぼれた。三空も廃墟で発見された当初に比べれば、随分落ち着いた様子だった。あとは【スエジリ】の人達に任せようとのり子は思った、あの温かい人達なら大丈夫だろう。


「何だか大変なことになっちゃったね、のり子」

「うん……」

「明日はクリスマスイブだけど……のり子はどうするの?」


 すみれはのり子を気遣うように、明日の予定を聞いてきた。織絵や詩乃、都子が一緒に過ごそうと誘ってきた件のことだろう。


「事件の推理をしないといけないし、何よりはしゃぐ気持ちになれない……織絵ちゃんと詩乃と都子には申し訳ないけど」

「ううん、当然の判断だしみんな分かってくれるよ。織絵には私から言っておくから」

「ありがとう、すみれ」


 のり子はすみれに笑顔で感謝し、帰宅した。すぐに電話で詩乃と都子に連絡し、事情を話して断りを入れた。2人とも事情をすぐに理解し、文句を言うどころかのり子の心の安定の心配をしてくれた。本当に良い友達を持ったものだ、のり子は2人に感謝した。


「三空さん、大丈夫かな……無理して気丈に振舞ってるところもあるだろうし」


 三空は優しい女性だ、周りに心配かけまいと辛くても表に出さず隠しているのが実際のところだろう。人気モデルとして大成し、初めてのクリスマスイブ……それがこんな形になってしまったことにのり子は心を痛めた。


「本当、編集長や三空さんや千尋さんに何の罪があるんだろう。その人達を疑わないといけないっていうのも、仕方がないとはいえ……辛いなあ」


 自室のベッドに横になり、のり子は世の中の理不尽さと探偵としての辛さを痛感していた。本当は三空や千尋と笑い合って過ごせたはずのクリスマスイブなのに、だ。


「……寝よう」


***


 翌日、のり子はすみれと合流した後【スエジリ】の事務所に向かった。今日はクリスマスイブ、世の中的には笑顔ですごす日だが、のり子達はそうはいかない。むしろ……三空達に少しでも早く笑顔になって欲しいという日である。


「おはようございます、編集長」

「おはよう、のり子ちゃん、すみれちゃん。本当にすまない、今日はクリスマスイブだっていうのに。君達だって予定があったんだろ?」

「いえ、【スエジリ】を救う以上に大切な予定なんてありませんから」

「のり子の言う通りです、ですからお気になさらず」

「……本当に、君達には一生をかけて恩を返していかないといけないな」


 のり子とすみれの言葉に、潤は温かな笑顔を浮かべながら感謝の意を述べた。それは千尋も同様だった、ちなみに三空は今日は自宅で休んでいるらしい。


「編集長、私は探偵です。ですから、無条件に三空さんと千尋さんを容疑者から外すことは出来ません。ですがあなたは私とすみれと常に一緒に行動していた、そういう意味では容疑者から外せる数少ない人物です。なので、まずは【スエジリ】側の事件の流れを一緒に追っていきたいんです」

「……分かった」


 のり子は探偵としての覚悟を告げ、潤もそれを受け入れてくれた。それから事件の流れを追っていったが、これといった新しい発見は得られなかった。


「うーん、やっぱり厳しいですね。やはり途中からドライブレコーダーがオフになってしまったのが」

「本当に申し訳ございません……」

「千尋ちゃんは悪くないよ、三空ちゃんの身の安全を最優先にしてくれたんだから」


 のり子の言葉に千尋が心底申し訳なさそうな表情を浮かべたが、潤がそれをケアしてくれた。失言だったな、とのり子は頭を抱えた。


「千尋さんと合流した後、監禁されていた三空さんを発見して同時に柿澤編集長の死体を発見したわけですよね。それで、編集長が警察と【ラルブエ】に連絡してくれた」

「ああ、『柿澤編集長が亡くなった』とね」

「それで、陽奈さんと四鈴さんと里士さんが合流したわけですか……」


 すみれが事件の流れの終盤を説明し、潤に最終確認をした。それを聞き、のり子は【スエジリ】側の事件の流れを頭の中でまとめたが……やはり新しい事実は浮かばなかった。


「編集長、【ラルブエ】側の話を聞くことは出来ませんか? 直接会えなくても良いですから、オンラインとかでも」

「それなら可能だと思うよ、事情が事情だしね。ただ、何せ向こうは編集長が亡くなったんだ、かなりバタバタしているだろうから長い時間は取れないだろうけど」

「それでも構いません、よろしくお願いします」


 のり子からの依頼を承諾し、潤は【ラルブエ】に連絡を始めた。こういう時は潤の編集長という立場と、何でもオンラインで出来る今の時代の便利さに感謝である。


「こんにちは、秋瀬さん。本当に申し訳ない、忙しい時に」

「いえ、大丈夫ですよ。それに、忙しいのはお互い様ですから」

「……精神的に色々辛いと思うけど」

「……平気、とは言いませんけど、この苦境にアシスタントの私が弱音を吐いていてはいけませんから」


 陽奈とオンラインで会話が繋がった。潤が陽奈を気遣い、陽奈は気丈に返答している。長く支えてきた柿澤編集長に裏切られ、非常に辛い精神状態なことは明らかにも関わらず笑顔で相手を気遣える。柿澤編集長が横暴の限りを尽くしてきたにもかかわらず【ラルブエ】が成り立ってきたのは、この人の器量による部分が大きいのだろう。


「陽奈さん、事件解決の為にも知っていることを話していただけませんか?」

「……分かりました。既にご存じだと思いますが、編集長は三空さんを引き抜こうとしていました。ですけど本人の【スエジリ】への愛着が強く、一筋縄ではいかないことに苛立っていました」

「……陽奈さんは、柿澤編集長の方針に反対していましたよね?」

「はい。四鈴ちゃんがうちにはいますし、四鈴ちゃんは気は強いですが真っすぐですから、汚い手を何よりも嫌うんです。正々堂々勝負して三空さんに勝たないと意味がないって」


 陽奈はのり子の質問に答えてくれただけじゃなく、四鈴の人となりについても話してくれた。三空さんの後輩だけにそうだろうとのり子も思っていたが、真実だと知りホッとした。


「柿澤編集長としては陽奈さんの優秀さを認めつつも、時にそうやってはっきりと反論してくるところを不満に思っていたのかもしれないですね」

「……死んだ人のことを悪く言うのは何ですが、ワンマンな方でしたから」

「陽奈さんは六川編集長の連絡を受けて、三空さんが監禁されていた廃墟に駆け付けたんですよね?」

「はい。問題が尽きない方でしたけど……いなくなると、やはり寂しいモノですね」


 陽奈はそう呟くと、顔を曇らせた。非道な人間だったとはいえ長く支えた相手だ、やはりそういう気持ちは湧くのだろう。


「普段傍にいる陽奈さんの目から見て、柿澤編集長の死体に何か変わったところはありませんでしたか?」

「いえ、特には。そもそも怖くてしっかり見ることが出来なかったもので……すいません」

「気にしないでください、それが当然ですから。お忙しい中、ありがとうございました」

「……私個人の意見で申し訳ないんですが、やはり編集長を殺したのは三空さんなんじゃないかと思うんです。編集長は手段を選ばない人でしたから、抵抗して気が付いたらというのが自然かなと」

「……貴重なご意見、ありがとうございました」


 陽奈との通信が切れ、のり子はため息をついた。陽奈の言っていることは至極真っ当だ、普通に考えればそういう結論になる。しかし……


「のり子……」

「大丈夫だよ、すみれ。編集長、次の人に繋いでください」

「……分かった」


 のり子の姿を心配して尋ねたすみれに、のり子は気丈な表情を浮かべて答えた。潤は真剣な表情を崩さず、次の人にオンラインの会話を繋げた。


「こんにちは、栗原さん。忙しい中、申し訳ない」

「大丈夫ですけど……三空さんは?」

「三空ちゃんは今日は家で休んでいるよ」

「……そうですか」


 潤の言葉に、四鈴はどこかホッとしたような表情を浮かべた。やっぱり三空さんとは気まずい関係のままなんだろうな。どこか投げやりな感じの表情にも見えるけど……


「四鈴さん、お辛いとは思いますが話を聞かせて頂けませんか?」

「……分かったわよ。どうせ私はどんなに頑張っても三空さんには勝てないんだから、もうどうでもいいわ」

「四鈴さん、それは……」

「結局、私は三空さんがいない時に不戦勝しただけ。三空さんが出てくればこのザマよ、本当……馬鹿みたい」


 今まで自分を専属モデルとして使ってくれていた編集長が、三空が今をときめく人気モデルへと成長した途端に自分を捨てようとした……その事実が四鈴の心を完全に折ってしまったのだろう。四鈴からすれば、モデルになる夢をあっさり諦めた三空に負けないように頑張ってきたのに、あっさり立場が逆になってしまったのも辛いのだろう。


「四鈴さん、三空さんは……モデルの夢を簡単に諦めたわけじゃないんですよ」

「え?」

「オーディションで三空さんは妨害を受けて、その影響で不合格になったんです。その辛さと【スエジリ】への愛着から、モデルの夢を諦めてアシスタントになったんです」

「……何よそれ、そんなこと三空さんは私に何も」

「その後、合格者が亡くなったりであのオーディションについては色々と話しづらいことがあったんです。当時は疑惑の域を出ないこともあったので、三空さんも話せなかったんじゃないかと」


 のり子の話に、四鈴は心底驚いたような表情を浮かべていた。柿澤編集長に裏切られた事実は消せないが、四鈴の三空に対する誤解を解くことは出来る。それによって救われる気持ちもあるのではないか。


「……じゃあ私は、むしろ被害者の三空さんを勝手に恨んでたってこと? はは……酷いのは私じゃない。なのに、三空さんは私を責めもしないで」

「四鈴さん……」

「勝てるわけないじゃない……モデル以前に、人としても遠く及ばないんだから」

「四鈴さん、誤解が解けたのなら……今度こそ正面から三空さんと勝負すれば良いんじゃないですか?」

「え?」


 自分をひたすら責め、卑下する四鈴にのり子は正直な気持ちを伝えた。四鈴はのり子の言葉に、目を丸くして驚いていた。


「あまり良い言い方ではないですが……柿澤編集長という枷が外れたんですから、もうあなたは自由なんです。もう一度三空さんとライバルとして、切磋琢磨出来るんですよ?」

「私と三空さんが……ライバル同士?」

「少なくとも、三空さんはそう言っていましたよ。仲の良い先輩後輩とも」

「……結局、三空さんは三空さんのままだったってことか。私が勝手に勘違いしただけで」


 のり子の言葉に、四鈴は穏やかな笑みを浮かべた。瞳からは一筋の涙が流れ出した。今まで見た四鈴さんの、どんな表情よりも魅力的だ。


「ありがとう、お礼を言うわ。あなたが【スエジリ】で起きた殺人事件を解決したっていうのも、分かるような気がする」

「ありがとうございます。四鈴さん、今回の事件について……お話聞かせて頂けますか?」

「分かったわ、何でも聞いて」


 四鈴はすっかり晴れやかな表情になり、のり子の質問に積極的に答えてくれそうだった。誤解が解けて良かった。


「四鈴さんが知っていることを、話していただけませんか?」

「知っていることねえ……といっても、私が知っていることは陽奈さんや里士さんも知っているだろうし」

「何でも良いですから」

「そうねえ……里士さんが結構お金に困っていたってことくらいかな」

「里士さんが、ですか?」

「前に小耳に挟んだことがあるのよ。家庭の事情で色々あるらしくて」


 里士さんが金に困っている、か……ベテランらしいからむしろ逆かなと思ったけど、やはり人それぞれ色々な事情があるということか。


「四鈴さんも六川編集長の連絡を受けて、三空さんが監禁されていた廃墟に駆け付けたんですよね?」

「そうね。あの男のことだから、恨みを買った人に殺されたんじゃないかと思ったけど、予想通りだったわ」

「四鈴さんの目から見て、柿澤編集長の死体に何か変わったところはありませんでしたか?」

「そうは言ってもね、私あの男の死体見て気分悪くなって休んでたし。ろくに見てないわ」

「分かりました。ご協力ありがとうございました」

「……お礼を言うのは私の方よ」


 四鈴は強気ながらも優しさを感じさせる笑顔を浮かべ、のり子にお礼を言った。通信が切れてからも、のり子は四鈴の魅力的な表情の余韻に浸っていた。


「四鈴さん……良い表情してたね」

「三空ちゃんもきっと喜ぶと思うよ、この話をしたら」

「はい。ですけど……事件の容疑者だという事実は変わりません」


 すみれと潤の喜びの声を聞きつつ、のり子は誤解が解けた喜びを一旦心の隅に置き、再び推理モードへ心を移行した。この件を心置きなく喜べるように……一刻も早く事件を解決しなくては。

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