白い絆殺人事件⑤(千尋の過去)
影行が陽奈に罪を擦り付けて捨て駒にしようとしたという話で場がざわついている中、今井刑事はよく通る声でその場を収めた。のり子も気を引き締め、話を聞く態勢を整えた。
「河澄のり子さんと絵波すみれさん、そして六川潤さんはずっと3人で行動していたので、容疑者から外していいでしょう。ハメられそうになった秋瀬陽奈さんも同様です。なので、まずは……白崎三空さん、お願いします」
今井刑事の声に反応し、全員が三空の方へ振り向いた。三空はある程度落ち着いたように見えるが、状況的にまずいのは変わらないことを理解しているのだろう、不安そうな表情を浮かべている。
「昨日は仕事が終わってから、真っすぐ帰宅しました。ですけど、車を駐車場に置いて家まで歩いて帰る途中に誰かに口にハンカチを当てられて……気が付いたら、この廃墟にいたんです。手足を縛られて、スマホも奪われていたんでどうしようもなくて」
「ふむ、先程身体検査をした時に手足に跡が見つかったので、縛られていたというのは本当でしょうな。ちなみに、誰に襲われたかは覚えていませんか?」
「はい、背後からでしたし暗かったので、残念ながら。この廃墟に来てから犯人の声は聞きましたが、ボイスチェンジャーで変えたような妙な声でしたし、姿は現さなかったので」
誘拐犯が影行だということは確定しているが、彼を殺したのが共犯者である場合三空に接触している可能性があり、その手がかりを三空が知っていたら、という期待をのり子も少なからず持っていたが、残念ながら空振りの様だ。
「ちなみに、この廃墟に来てからいつどこで何をしていましたか?」
「ずっとこことは別の部屋に監禁されていたので、特に何も。時刻もスマホを奪われていたので確認のしようがなかったですし」
「なるほど。ところで、発見された時この部屋にいましたが、それについては?」
「また口にハンカチを当てられて、気が付いたらここにいたんです。この手の血にしたって全く見覚えがなくて……」
「分かりました、ありがとうございました」
話し終えてからも、三空は浮かない表情だった。ずっと一人で監禁された状況なのだから、何を言っても証明してくれる人がいない。となれば、『監禁されていた本人が、必死に逃げ出したり抵抗しようとした弾みに誘拐犯を殺害してしまった』と考えるのが普通である。
「刑事さん、凶器の鉄パイプにはやはり三空さんの指紋が付いていたんですか?」
「残念ながら、な。もちろん、気絶している彼女に犯人が握らせたのかもしれないが」
のり子は三空が不利になるのを承知で、指紋の件を聞いた。いずれ明らかになる出来事だ、それなら警察がどういう見解を示しているのか公開した方が良い。そこは今井刑事も分かっているようで、三空が犯人だと断定はしていないようだ。
「では、次は……栗原四鈴さん、お願いします」
「今日は午前中は仕事だったから、現場にいました。それは現場のスタッフに聞いてもらえば分かるかと」
「ふむ。では、死亡推定時刻の14:00~15:00はどうですか?」
「……自分の車の中で休んでいたわ。次の仕事は夕方からだったし、一人でゆっくり休みたかったから」
「それを証明できる人は?」
「いないわよ、一人だったんだから」
となると、四鈴さんもアリバイはなしか……のり子はそう思いつつ、四鈴に確認することがあった。これによっては、四鈴のアリバイが成立する可能性もあるからである。
「四鈴さん、車で休んでいた場所からここまで車でどのくらいかかるんですか?」
「1時間くらいね」
「13:00~14:00のアリバイと、車にドライブレコーダーが付いているか教えてください」
「……残念だけど、その時間も車で一人だったわ。ドライブレコーダーもついてない、会社の車じゃなくて私個人のだから」
「つまり……午前の仕事が終わってから、ここに柿澤編集長を殺しに行くことは可能だったということになりますね」
「まあ、そういうことになっちゃうわね。まったく、こんなことになるならドライブレコーダー、付けておくべきだったわ」
四鈴は頭を抱えて、ため息をついた。気持ちはわかるが、何にせよこれで四鈴のアリバイが無いことは確定である。
「でも、私には犯行は無理よ。何しろ、編集長が今日どこに行くか、知らされていないんだから。それに殺す動機もない。そりゃ嫌な奴だったけど、一応専属モデルとして使ってくれていたわけだし」
「それはどうかな?」
「な、何よ里士さん」
四鈴の主張に、里士が異を唱えた。意外だったのか、四鈴は少々狼狽えているようだ。
「編集長は移動の際、自分の車を使うことはみんな知ってるんだから、例えば車に発信機を付けるなりすれば居場所を知ることは出来る。今の時代、手に入れるのは十分可能だし」
「そ、それはそうかもしれないけど……でも、動機が」
「実は昨日、編集長と陽奈ちゃんが話しているのを立ち聞きしてしまったんだ。編集長が言ってたよ、『ああは言ったが、もし白崎三空を引き抜けたら彼女に専属モデルを任せる。そっちの方が売れるからな』って」
「なっ!!??」
里士の言葉に、四鈴は目を見開き、大きなショックを受けていた。四鈴は陽奈の方を向き、縋るように尋ねた。
「陽奈さん……本当、なんですか?」
「……うん。いくらなんでもと思って『四鈴ちゃんはどうするんですか!!』って聞いたんだけど、編集長は『バックアップ要員だな。嫌なら辞めてもらうしかない』って」
「そ、そんな……」
「四鈴ちゃん、もしそれを君も聞いていたとしたら? 十分に動機になるだろ」
四鈴は顔を青ざめて、がっくりと肩を落とした。里士さんの言っていることは確かに説得力がある、何だかんだで四鈴さんも自分を使ってくれていたことに関しては柿澤編集長に感謝していたのだろう。その気持ちを裏切られたのだから、殺意が芽生えても不思議ではない。
「……それを言うなら里士さん、あなただって編集長を殺す動機はあるでしょう? 長く【ラルブエ】に関わってきたんですから、編集長の横暴は誰より見てきているでしょうし」
「……まあな。殺したいとまでは思ってなかったけど、憎いと思ったことは確かにあるよ」
里士は四鈴の言葉を否定せず、受け入れた。長く【ラルブエ】にいる彼だからこそ、知っていることもあるのだろう。
「須藤里士さん、ではあなたのアリバイについても教えてください」
「俺も四鈴ちゃんと似たようなものだよ。仕事で自分の車を使って一人であちこち移動していたんだけど、ドライブレコーダーもついてないから14:00~15:00のアリバイはない。その前の13:00~14:00も然りさ」
「なるほど。あなたは【ラルブエ】に長くいるとのことですが、その観点で何か思い当たるようなことはありますか?」
「……さっきも言いましたけど、編集長は多くの人に恨みを買っていました。それは今会社にいる人間だけの話ではなくて……仁さん、身代金を運んだのはあなたですよね?」
「は、はい」
里士はそう言い、視線を今井刑事から千尋に移した。千尋は少々狼狽えながら返事をしたが……のり子は疑問に思った。なぜここで千尋さんに話を振るのだろうか?
「俺、疑問に思っていたんですよ、編集長がどうしてその役にあなたを指名したのか」
「須藤さん、それは犯人が言っていましたよ。六川編集長は頭がキレて厄介だから、代わりに私をって」
「……それは恐らく表向きの理由ですよ。仁さん、それはあなたも分かっているはずだ」
「……」
「あの、須藤さん……どういうことなんですか?」
「……仁さんは昔、【ラルブエ】の社員だったんです」
里士が告げた衝撃の事実に、事情が分からず尋ねた潤だけでなく、この場にいるすべての者が驚きの表情を浮かべた。それはのり子も例外ではない。千尋さんが……元【ラルブエ】の社員!?
「千尋ちゃんが……元【ラルブエ】の社員だって!?」
「そ、そうなの!? 里士さん」
「ああ。最も、辞めたのも結構前の話だし、四鈴ちゃんが知らないのも無理はない。陽奈ちゃんは……多分知っていると思うけど」
里士がそう言い陽奈の方を見ると、陽奈はゆっくり頷いた。潤ものり子同様、驚きを隠せないようだ。
「千尋ちゃん……話して、くれるかな?」
「……申し訳ございません編集長、今まで隠していて。確かに私は昔、【ラルブエ】の社員でした。ですけど、柿澤編集長のあまりの横暴に耐えられなくなって辞めたんです。その後はしばらく他の仕事をしていたんですけど、やはりこの業界への愛着は捨てられなくて」
「千尋さん……」
千尋が申し訳なさそうに語るのを、潤はもちろん三空も真剣に聞いていた。彼女も形は違えど愛着を捨てられずに行動した身、気持ちがわかるのだろう。
「【スエジリ】は【ラルブエ】のライバルですから、色々な評判は耳に入ってきていたんです。アットホームでやりやすそうな環境だなって思って、丁度募集をしていたんで応募したんです。ですけどさすがに両社の関係上、昔【ラルブエ】に所属していたことは言いづらくて……本当にすいませんでした」
「それはもう良いんだよ、気持ちは分かるしね。それよりも気になるのが、さっき須藤さんが言っていた、君を身代金の運搬役に指名した理由だ。元社員だから話しやすい、というだけとは思えないんだが」
「……」
千尋の謝罪を、潤は優しく受け入れた。その上で、疑問点を千尋に尋ねた。これはのり子も気になっていることなので、のり子としても渡りに船である。
「仁千尋さん、実はあなたの素性は警察としても調べがついていたので、この後聞くつもりだったんですよ」
「……」
「誘拐犯である柿澤影行さんと直接やり取りをしていたのは、あなただけだ。確かに電話の通話履歴は残っているが、その内容は分からないし、その場で行われたやり取りも今やあなたしか知らない。正直に話した方が、身のためですよ」
今井刑事からの言葉に千尋は最初は迷っている様子だったが、決心が付いたのかゆっくりと語り始めた。
「実は……身代金を指定の場所に置いた後、この廃墟に来るよう電話で指示があったんです。誘拐犯の正体が柿澤編集長だというのは予想がついていたので、会った時は特に驚きはありませんでした」
「……」
「彼は私に、三空さんのスキャンダルを探してそれを渡すことを要求してきました。もちろん私は断ったんですけど、言う通りにしないと逆に私の【ラルブエ】所属時代のまずい情報を世間に公表とすると言ってきまして」
「千尋ちゃんの、まずい情報?」
「もちろんそんなものはありませんけど……柿澤編集長の恐ろしさは私もよく知っています。その気になれば捏造なんて平気で行うでしょうし、どんな手を使うか分かりません。捏造だろうが何だろうが、一度世に出てしまえばそれが真実かどうか確かめるすべはありませんから」
千尋が語った衝撃的な話にその場にいる全員が驚愕し、同時に影行のあまりの非道っぷりに呆れていた。潤も驚きを隠せない様子であり、更に千尋に尋ねた。
「しかし、もしそうなったら【ラルブエ】のイメージダウンも避けられないんじゃないのか?」
「私が所属していたのは結構前の話ですし、内容次第では【ラルブエ】側が被害者のように装うこともできます。編集長である彼が言うわけですから、説得力が違いますし」
「なるほど、三空ちゃんをヘッドハンティングするのは無理と判断したから、スキャンダルで脅して無理矢理引き抜こうとしたわけか。その情報を得るために、千尋ちゃんを」
「はい。私としても、断ればどんな恐ろしいことになるか分からなかったので、その場は頷くしかありませんでした。相談するか迷っていて、今まで言えませんでしたが」
「事情は分かった、話してくれてありがとう」
千尋の説明に潤は怒ることもなく、優しく受け入れた。それ自体は良いのだが……こうなると一つの可能性が浮かんでくる。のり子が頭を抱えていると、里士が口を開いた。
「仁さん、俺も編集長が身代金の運搬役にあなたを選んだ理由はそんな感じじゃないかと思っていたんだ。そして、それが事実なら……あなたが編集長を殺した可能性もある」
「!?」
「編集長にその話をされ、カッとなって殺したかその場を切り抜けるために殺したか……それは分からないけど、あなたとてアリバイが無く編集長に恨みを持っていた身だ、絶対にないとは言えないだろ?」
「ち、違います。私、殺してなんか……」
そういう、ことだ。柿澤編集長と千尋さんとの間で行われていたことが判明した以上、もはや千尋さんを容疑者から外すことは出来ない。悲しい話ではあるが、探偵としてのり子はそれを受け入れるしかなかった。
「あの、刑事さん、今日はこのくらいでよろしいでしょうか? 私も四鈴ちゃんも里士さんも、この後も仕事がありますし。当日にすべてキャンセルは難しいんです」
「分かりました。明日またお話を伺うと思いますので、そのつもりでいてください」
陽奈からの依頼を今井刑事は受け入れ、今日はこれで解散となった。明かされたそれぞれの事情と関係性、のり子はそれらを頭の中で整理していた。誘拐犯である影行を殺害した人物……その正体の候補に三空と千尋が入ってることが、のり子の頭を痛めるのであった。




