白い絆殺人事件④(影行の冷酷さと罠)
潤が呼んだ警察が到着し、現場検証が始まった。三空は部屋の隅でうずくまって体を震わせている。死体を見るのは約半年前のあの事件があるだけに初めてではないが、あの時は遠目で見ただけだ。目の前で、しかもまるで自分がやったかのような状況では無理もない。
「三空さん……大丈夫ですか?」
「……うん。ごめんね、心配かけて」
「気にしないでください、誰だってこんな状況じゃ正気ではいられないんです」
のり子の言葉に、三空の表情が少し和らいだように見えた。その後、潤が三空のもとに行き、声をかけた。
「三空ちゃん、君はやってないん……だよね?」
「……はい」
「なら大丈夫だ、胸を張って良い。それに……のり子ちゃんがいる」
潤のその言葉に、三空はのり子の方を見て頼もしそうな表情を浮かべた。のり子もその視線に気づいていた。これだけの信頼を寄せてくれている、ありがたいことだ。そんな人達の期待を……裏切るわけにはいかない!!
「のり子君、すみれ君」
「今井刑事……」
「今回は君にとっても辛い捜査になるかもしれないが……大丈夫か?」
「……分かっています。捜査に私情は、挟みませんから」
「のり子……」
今井刑事の言いたいことをのり子も理解していた、三空が犯人だという可能性もある……というより、現時点では最有力候補だということだ。のり子はもちろん三空のことを信じている、しかし……探偵として信じることと盲目的に犯人候補から除外するのとは違う。信じているからこそ、犯人じゃない証拠を見つけてみせる、そういうことだ。
「編集長!!」
大きな声が聞こえたので振り返ると、そこには【ラルブエ】の陽奈がいた。その後に、四鈴と一人の男性もやってきた。犠牲者が【ラルブエ】の編集長である影行なだけに、潤が警察を呼んだ後に【ラルブエ】に連絡したのだ。
「連絡を受けた時に聞きはしましたが……本当に殺されたんですね」
「はい、残念ですが」
「う……すいません里士さん、ちょっと気分悪くなったので隅で休んできます」
「大丈夫か、四鈴ちゃん。ちょっと薬取りに行ってくるよ」
陽奈は潤に尋ねた後、神妙な表情を浮かべていた。四鈴は影行の死体を見て気分が悪くなったようだ、一人の男性は彼女に里士さんと呼ばれていたことから潤が話していた須藤里士なのだろう。
***
警察の現場検証が終わり、今井刑事が説明をし始めた。三空はある程度落ち着いたようで、しっかり立って話を聞いている。
「犠牲者は柿澤影行、女性雑誌【ラルブエ】の編集長です。死亡推定時刻は本日の14:00~15:00頃。殺害方法は撲殺、凶器は硬い棒のようなモノです。現場に犠牲者の血が付いている鉄パイプがあり、傷跡にも一致したのでこれで間違いないでしょう」
14:00~15:00の間か……つまり、千尋さんと連絡が取れなくなってから、もう一度連絡が取れるようになるまでの間ってことだ。とりあえず、更に細かい時間を知る必要があるか。
「刑事さん、三空さんから話は聞いていると思いますけど、今日三空さんが誘拐される事件が起きたんです。おそらくその件とこの殺人事件は関係があるんで、そっちの方と絡めて検証すべきかと」
「ああ、もちろんそれは承知している。今からそれも含めて話すところだ」
「ちょっと待ってください。確かに三空さんが誘拐されたことは聞いていますし、何か関係はあるのかもしれないですけど……あなた、高校生くらいでしょ? 面白半分で殺人事件に首を突っ込むのは」
「四鈴ちゃん、彼女……のり子ちゃんは面白半分なんかでやってはいないよ。本物の探偵なの」
「た、探偵!?」
三空の発言に、指摘した四鈴だけじゃなく陽奈や里士も驚愕の表情を浮かべていた。ちなみに、こういう場なので一応のり子としては『刑事さん』呼びにしている。
「半年くらい前に【スエジリ】であった殺人事件、あれを解決してくれたのがのり子ちゃんなの。だから、話を聞いてくれないかな?」
「彼女の言っていることは本当です。警察としても彼女の力は認めているので、捜査に協力してもらっている次第でして」
「わ、分かりました」
今井刑事が更に説明を加え、四鈴も納得したようだ。その後、潤や千尋、のり子、すみれの証言によって三空誘拐事件も含めたタイムテーブルが出来上がった。
「ふむ、なるほど。つまり順を追って説明していくと、8:00くらいに【スエジリ】の事務所に誘拐犯から電話がかかってきて六川潤さんが出て、身代金を要求された。メールも送られてきて、添付されていた動画で悪戯ではないと判断して潤さんはすぐに身代金を調達し、河澄のり子さんと絵波すみれさんを呼んだ」
「はい、間違いありません」
今井刑事の説明に、潤が頷いた。ちなみに、今井刑事もこういう場なので『のり子さん』『すみれさん』呼びである。
「で、10:00頃に再び犯人から電話がかかってきて仁千尋さんに身代金を持ってこさせろという指示が下り、11:00に指示のメールを送るからそれの指示通りに一人で持ってこいとも言われたと」
「はい。途中でドライブレコーダーをオフにしろという指示もあって、他言せずその後外部と連絡を取るなとも言われたんです。従わないと三空さんを殺すって……これがそのメールです」
「ふむ……間違いないですね」
今井刑事が千尋が受けたというメールを確認し、頷いた。バタバタしていたので確認をしていなかったが、とりあえず千尋の嘘ではなかったようで、のり子はホッとした。
「13:30くらいに犯人が指定したC地点に着きまして、そうしたら犯人から電話があって指定の場所に身代金を置けと言われたんです。場所はこの廃墟の外にあるゴミ捨て場です」
「でも、どうして犯人は千尋さんが来たって分かったのかな?」
「廃墟の中から双眼鏡でも使って見ていたんだと思うよ。一人で来いと指示はしたけど、千尋さんがそれを守らないで複数人で来る可能性もあるでしょ?」
「あ、そっか」
すみれの疑問にのり子が答え、すみれも納得したようだ。何というか、一つ一つやることがずる賢いというか、隙がない犯人だ。
「すぐに三空さんを返してくれると思ったんですけど、16:00まで待てと言われまして。外部ともう連絡を取って良いと言われたので、すぐに編集長に連絡をして来てもらって、16:00になったらこの中に入って……柿澤編集長の死体を発見したというわけです」
「なるほど。確かに着信履歴も残っていますし、このタイムテーブルで間違いなさそうですな」
今井刑事も千尋の説明に納得したようだ。ここらがタイミングか……のり子は今井刑事に意を決して伝えた。
「刑事さん、殺人事件の犯人は分かりませんが……誘拐犯の正体は見当がついているんです」
「ほう、それは誰だ?」
「……殺された柿澤編集長ですよ」
のり子の推理を聞いた今井刑事は、思ったより驚いていなかった。むしろ、疑惑が確信に変わったというような反応だ。
「もしかして警察も、その証拠を掴んでいるんじゃないですか?」
「……実は犯人が使ったと思われるボイスチェンジャーが見つかってな。柿澤影行の指紋が付いていたし、先程白崎三空さんに確認したらこれで出せる声とそっくりな声を犯人はしていたということだ」
のり子が三空の方に顔を向けると、三空は静かに頷いた。他の人達もそれほど驚いた表情をしていないように見える。
「陽奈さん、もしかして誘拐犯の正体が柿澤編集長だってこと……薄々気づいていたんじゃないですか?」
「……恥ずかしながら。実は昨日、柿澤編集長は三空さんをヘッドハンティングしようとしまして。その翌日にこの騒ぎですから、何となくそうじゃないかと」
「あの人だったら、やりかねないからね……」
陽奈も四鈴も、頭を抱えて呆れた表情を浮かべていた。昨日話していた様子から人望はなさそうに見えたが……どうやら想像以上の様だ。
「となると、柿澤編集長は仁千尋さんが指定の場所に置いた身代金を受け取った後、別の誰かに殺されたということか。それが共犯なのか、はたまた別の人間なのかは分からんが」
「正直、かなり恨み買ってましたからね、編集長は。誰に殺されてもおかしくないと言いますか」
今井刑事の言葉に、里士がやはり頭を抱えて呆れながら付け加えた。まさに傍若無人といったところだが……
「ところで、この破片に見覚えはありませんか? この部屋の床に落ちていたのですが」
「……香水。香水が入ったビンが割れたものよ、これ」
「しかも、この香水は……」
四鈴が今井刑事の質問に答えたが、その表情は青く染まっていた。それは里士も同じだった、その視線の先には……」
「……え?」
「陽奈ちゃんが、普段付けている香水です」
「ちょ、ちょっと待ってください里士さん!!」
指摘された陽奈も顔を青く染め、冷や汗を流して身体をガタガタ震わせていた。今井刑事は里士の言葉を聞き、再び尋ねた。
「他の人の、ということは考えられませんか?」
「いえ、これは特注品なので、簡単には買えません。それに陽奈ちゃん、君今日なかなか連絡がつかなかったけど、どこで何をしていたんだ?」
「わ、私は……編集長に指示された場所で待っていたんです。ですけどなかなか編集長は来なくて、電話しても出なくて」
「それを証明は?」
「ひ、一人だったので……出来ません」
陽奈は更に青くなった顔で、涙目になりながら里士の質問に答えた。そんな陽奈を、四鈴は目を丸くして見つめていた。
「ま、まさか陽奈さんが編集長を!? 三空さんをヘッドハンティングするのに反対してたけど、実は演技で編集長とグルだったってこと?」
「ち、違います!! 私、やってません。そんなこと、するわけが……」
「四鈴さん、それはちょっとおかしいですよ」
「ど、どういうこと? だって、陽奈さんの香水が落ちていたんでしょ」
「それが逆に不自然なんですよ」
のり子の反論に、四鈴は困惑していた。確かに状況的にそう思うのはおかしくないが……
「香水のビンが落ちて割れれば、大きな音がします。そうしたらまず気づくし、破片を回収したり床を拭いたりするでしょ? 急いでいるならともかく、時間はたっぷりあったわけで」
「そ、それは……」
「そもそも、殺人にせよ誘拐にせよ、特注の香水なんていう自分の正体が判明してしまうようなモノを持ってくる理由は全くないんです」
「確かにそうだけど……だったらどうして香水の破片が落ちているのよ」
「……四鈴さん、陽奈さんの香水って普段どこにあるんですか?」
「それは、【ラルブエ】の事務所よ。陽奈さん個人のロッカーに保管されてて、陽奈さんかマスターキーを持っている編集長しかそのロッカーは開けられなくて……あ!!」
のり子の質問に答えた四鈴は、途中で目を丸くして驚いた。そういうことだ……のり子は一度深呼吸をし、続けた。
「そうです、陽奈さんの香水をここに落として割ったのは……柿澤編集長です」
「編集長が!? じゃあまさか目的は……陽奈ちゃんをハメるため?」
「はい。だから、誘拐している最中は一人になりやすい場所を指定してそこにいるよう命じてアリバイをなくし、香水を割って陽奈さんに罪を擦り付けようとしたんです」
「そ、そんな……編集長が!?」
里士も目を丸くして驚き、陽奈は先程とは違うベクトルでの恐怖で顔を青くしていた。
「そう考えると、ヘッドハンティングの翌日に実行したのも頷けるんです。どうせ陽奈さんに罪を擦り付けるんですから。刑事さん、警察も同じことを思ってるんじゃないですか?」
「……そういうことだ。話を聞いて確信したよ」
「信じられない……ずっとアシスタントとして尽くしてきた陽奈ちゃんを捨て駒にするなんて」
「非道な男だと思っていたけど、まさかここまでとはね」
「編集長……どうして」
里士も四鈴も、影行のあまりの非道っぷりに怒りを露わにしていた。陽奈は裏切られたショックのせいか、どこまでも悲しそうな顔をしていた。
「死んだ人のことをあれこれ言うべきではないかもしれないけど……さすがに批判されても仕方がないと思うよ」
「だからといって……殺人を肯定するわけにはいかない。犯人を、捕まえないといけないんです」
「ああ。みなさん、話を聞かせてもらいますよ」
潤の呟きに一定の理解を示しつつも、のり子は決してブレることはなかった。殺人を許してはいけない、のり子は気を引き締め直したのだった。




