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白い絆殺人事件③(誘拐と緋色の掌)

 のり子は一瞬、耳を疑った。三空さんが……誘拐? 現実味の無い言葉に冷静さを一瞬失ったが、そこは探偵として多くの事件を見てきた身、すぐに頭を切り替えた。


「……本当、なんですね?」

「残念ながら、ね。犯人から警察を呼んだら三空ちゃんを殺すって言われたんで、警察は呼んでいない。それでのり子ちゃん……力を、貸してくれないか?」


 潤の声は真剣だった。客観的に見て、社会的な成功者である潤がいち女子高生に誘拐事件の捜査依頼をする、あり得ないことだ。しかし……


「君の力でもう一度【スエジリ】を……三空ちゃんを救ってほしい。君以上に頼れる人は、いないんだ」

「……分かりました」

「本当かい!?」

「編集長も三空さんも……今では私にとって大切な人です。大切な人が困っていたら、助けるのは当然じゃないですか」

「……本当に、ありがとう」


 潤の声は、感謝の気持ちに満ちていた。この人と三空さんを不幸にするわけにはいかない、のり子はすぐに準備をし、すみれに連絡をしてから【スエジリ】に向かった。


***


 のり子が【スエジリ】に到着すると、潤と千尋が待っていた。すぐにすみれも到着し、メンバーがそろったという感じだ。


「のり子ちゃん、すみれちゃん、本当にありがとう。改めてお礼を言うよ」

「気にしないでください。それよりも、事の顛末を教えてください」

「……三空ちゃんを最後に見かけたのは、昨日の夜だ。仕事が終わった後、三空ちゃんは自分で車を運転して帰宅した。だから、どういう経緯で誘拐されたのかもわからない」

「なるほど。電話やメールで連絡とかは取ったんですか?」

「いや、昨日は仕事後はしていない。最近三空ちゃんは多忙だからね、プライベートの時間は出来るだけ邪魔したくないんだ」


 潤の優しさに改めて感心しつつ、のり子は誘拐されたタイミングについて考えていた。普通に考えると、車を停めてから家に行くまでの途中だろう。


「そう考えると、全く知らない人が犯人とは考えにくいですね。少なくとも、三空さんの家の場所や車を停める場所を知っているわけですから」

「……そういうことになるね。といっても、今や三空ちゃんは人気モデルだ。取材だって受けるわけだし、この業界の人間なら知っている人はそれなりにいると思うよ」

「……【ラルブエ】の人達も、ですか?」

「知ってるだろうね。正直、俺も疑ってるよ、何せ昨日ああいうことがあったばかりだし」


 ヘッドハンティングのこと、か……のり子は潤の言いたいことを察し、一つの提案をした。


「編集長、【ラルブエ】に問い合わせてください。正直、昨日の今日で事を起こすとは考えにくいのですが……柿澤編集長の悪行を聞いてしまいますと」

「あり得なくはない、か。分かった、問い合わせてみるよ」


 潤はそう言うと、電話機を取って電話をし始めた。数回コールが鳴った後、電話先の声が聞こえた。気を遣ってスピーカーホンにしてくれているようだ。


「お世話になっております。私【スエジリ】の編集長の六川潤と申しますが、柿澤編集長はいらっしゃいますか?」

「申し訳ございません、本日柿澤は外出しておりまして」

「急ぎの用事があるんですが、今どこにいるんですか?」

「それが……具体的にどこに行くかまでは連絡を受けていないんです」


 のり子は首を傾げた。仮にも編集長という立場の人間が、どこに行くかを伝えないというのはあまりに不自然だ。


「では、アシスタントの秋瀬陽奈さんをお願いします」

「それが……秋瀬も同じ状況でして。こちらも困り果てているんです」

「秋瀬さんまで? 分かりました。では、須藤(すどう)さんに連絡が取れ次第こちらに伝えるようお願いできますか?」

「かしこまりました」


 そう言い、潤は電話を切った。アシスタントの陽奈さんまで所在不明……これはいよいよきな臭いとのり子は感じた。


「編集長、須藤さんというのは?」

「ああ、須藤里士(すどう さとし)さんと言ってね、向こうのカメラマンだ。ベテランで会社に長くいるから、柿澤編集長や秋瀬さんとは交流が深くてね。連絡も取りやすいだろうし、場所の検討も付くかもしれないと思ったんだ」

「なるほど。ちなみに、犯人からの連絡は具体的にどういう形だったんですか?」

「8:00くらいに事務所に電話がかかってきたんだ。三空ちゃんを誘拐した、無事に返してほしければ身代金1億円を用意しろと」

「それ、悪戯って可能性はないんですか?」

「俺も最初はそう思ったよ、人気が出れば多からず少なからずそういう輩は出てくるからね。だけど、犯人に言われて会社のメールボックスを確認したら、三空ちゃんが映っている動画が送られていたんだ」


 潤はそう言うと、会社のメールボックスを開いてのり子とすみれにその動画を見せてくれた。その動画には、確かに三空が拘束されて気を失っている様子が映っていた。


「画像なら今の時代、加工とかも考えられますけど、動画ですものね」

「でもすみれ、今は動画編集ソフトとかもあるよ。編集長、その可能性は?」

「残念だけど、それはないね。何せ三空ちゃんの服装や髪型が、昨日帰る時と全く同じだ」

「なるほど、確かにそこまで知ることは出来ませんからね。ちなみに、メールの送信元や、動画内の背景に心当たりとかは?」

「見たこともない送信先だったよ。会社のメールボックス自体は知る手段はいくらでもあるし、動画内の背景から分かることは特になかった」


 となると悪戯の線は薄いし、三空さんがいる場所の特定も難しいか……のり子が頭を抱えていると、突如事務所の電話が鳴った。まさか……


「もしもし、【スエジリ】の編集長の六川潤ですが」

「身代金は用意できたか?」

「……ああ。だから、早く三空ちゃんを」

「まあ、そう焦るな。あんたらの大切な専属モデルを殺されたくなければな」


 スピーカーホンから聞こえる犯人らしき人物の声に、潤は唇をかんだ。のり子はこみあげる犯人への怒りを抑え、冷静に話を聞いていた。


「身代金を持って、指定の場所に来い。警告してあるから警察は呼んでないだろうが……万が一もあるからな、場所はこちらから逐一教える。それから……身代金はそちらの仁千尋という女が持ってこい」

「!?」


 その言葉に、千尋は目を丸くして驚いていた。なぜ犯人は千尋さんを……そう思ったのはのり子だけでなく、潤も同じのようだ。


「何だと、どうして千尋ちゃんが!? 俺が持っていけば良い話だろ」

「君が頭がキレることは分かっているからな、変な動きをされちゃ困るんだよ。嫌なら人質を殺すだけだが、良いのか?」

「……分かった」

「11:00に第一の指示のメールを、その女のスマホのメールアドレスに送る。電話を切った後に、こちらに電話番号とアドレスを送ってこい。当然だが、その女一人で来いよ? もし他の奴らが来たら……分かってるな?」

「……ああ」


 犯人からの電話は切れ、潤は受話器を置いた。誰もが怒りと困惑の表情に満ちていた。理不尽だが、従うしかない……


「犯人の電話番号……見覚えは?」

「いや、ないよ。千尋ちゃん、聞いての通りだ。本当に申し訳ないけど」

「分かっています。私がやらなければ、三空さんの命はないんですから」


 潤からの依頼に、千尋は決意を固めたような表情を浮かべた。自分の一挙手一投足に三空の命がかかっている……想像もできない重圧だろう。


「三空さんの命がかかっている以上、千尋さん一人で行くしかないでしょうけど……編集長、【スエジリ】の社有車にドライブレコーダーは?」

「付いてるよ。だから、千尋ちゃんの現在位置をそれで調べることは出来る。身代金もここにあるから千尋ちゃん、いつでも出れるよう準備を」

「はい」

「……凄い金額ですね」


 すみれが身代金である札束の山を見て、驚きの表情を浮かべた。いくら【スエジリ】が絶好調だからといって、簡単に出せるとは思えない金額だ。


「……こういうことを言うのはなんですけど、会社として痛くないですか?」

「……痛いよ、そりゃ。だけど……三空ちゃんの命には代えられない」

「……ですね」


 潤の言葉を聞き、のり子は軽い微笑みを浮かべた。本当に……三空さんは大切にされているんだな。早く……取り戻さなければ!!


***


 11:00目前となり、のり子とすみれと潤は事務所でPCの画面を見ながら、ドライブレコーダーを通して千尋の様子を伺っていた。千尋は社有車に乗り込み、いつでも発進できる体制だ。


「千尋ちゃん……頼むよ」

「11:00になりました!!」


 その瞬間、千尋がスマホの画面を確認した。その表情は真剣そのものだが……驚きの表情も混じっているようにのり子には見えた。すぐに潤のスマホに千尋から連絡が来た。


「編集長、指定の場所はA地点です。今から向かいます」

「分かった。また何か犯人から指示があったら、教えてくれ」

「かしこまりました」


 そう言い、千尋は車を発進させ、A地点に向かった。それなりに距離があるので、しばらくこちらでやれることはないだろう。潤達はPCの画面を凝視し続けていた。


「今のところ、変わったことはありませんね」

「このまま何事もなければいいんだけど」

「……何か引っかかりますね」


 すみれと潤の言葉に、のり子は疑問の声をあげた。のり子の言葉が気になったのか、潤はのり子に尋ねた。


「どういうことだい、のり子ちゃん」

「何事もない、からですよ。ドライブレコーダーを社有車に搭載するというのは今時、普通です。発車する前に外せ、とか犯人が指示して来てもおかしくないのに」

「た、確かに」

「それに、先程メールの文面を確認した際の千尋さんの驚きが混じった表情……指定の場所を知ったくらいであんな表情しますかね?」


 のり子の指摘に、すみれと潤が頷いている。何かおかしい……まさか!! とのり子が思った時、画面の千尋が目を疑うような行動を起こした。


「お、おい、千尋ちゃん、何をするんだ!!」


 潤が急に大声を上げるのも無理はない。千尋はドライブレコーダーの機器に手を伸ばし、次の瞬間PCのドライブレコーダーの画面が真っ暗になった。


「やられた……そういうことか」

「どういうことだい、のり子ちゃん」

「先程の犯人からのメールに書いてあったんですよ、『しばらく車を走らせたら、ドライブレコーダーの電源をオフにしろ』って」

「でも、千尋さんはそんなこと一言も」

「他言するな、とも書いてあったのよ、すみれ。したら三空さんを殺すって、だから千尋さんは驚いていたの」


 潤は驚きの表情を浮かべ、すぐに千尋に電話をかけた。しかし……どれだけ待っても千尋は出る様子がない。


「……もしかして、これも犯人の指示か?」

「ええ、『その後は一切、自分以外からの電話やメールに出るな』とね。当然ですけど、身代金の受け渡し場所もA地点から変更になるでしょう」

「つまり、最初から犯人はこちらがドライブレコーダーで千尋さんの場所を追跡することを予測していたってこと?」

「そういうことになるね、すみれ。最初からドライブレコーダーの使用禁止の指示を出していれば、こちらも別の対処策を考える。だから、わざと泳がせたってわけ」


 このくらい予測出来ないといけないというのに……のり子は自分の洞察力の無さに頭を抱えるしかなかった。


***


 千尋からの連絡が途絶えて数時間が経った。ドライブレコーダーはオフになっているので、今千尋がどこで何をしているのかはまるで分からない。


「すいません、編集長。私が不甲斐ないばっかりに」

「謝らないでくれ、のり子ちゃん。君とてすべてが分かるわけじゃないんだから」

「そうよのり子、あとは千尋さんに任せましょう」


 潤とすみれの励ましの言葉に、のり子は幾分救われた気がした。本当に自分は人の縁に恵まれているな……だからこそ、諦めるわけにはいかない!!


「!? 着信……千尋ちゃん!?」


 ずっと沈黙を守っていた潤のスマホの着信音が鳴った。その画面には……千尋の名前が表示されていた。


「もしもし、千尋ちゃん!?」

「編集長……本当に申し訳ございませんでした、連絡できずに」

「気にしないで良い、事情は分かっている。犯人の指示、だったんだろ?」

「……はい」


 千尋の声は非常に弱弱しいモノだった、責任を感じているのだろう。気遣い、優しい言葉を贈る潤はさすがだとのり子は思った。


「千尋さん、今どこにいるんですか? 連絡してきたということは……もうそれも話せるんじゃないですか?」

「……C地点です。今から詳しい場所を教えますので、来てください」


***


 潤の車でC地点に向かうと、そこには千尋が待っていた。車から出て千尋のもとに向かうと、千尋は頭を深々と下げて謝罪した。


「編集長、改めて申し訳ございませんでした」

「さっき言っただろ、気にしなくていいって。それより、三空ちゃんは?」

「犯人からの指示で、指定の時刻に迎えに行くよう言われているんです。身代金は、指定の場所に既に置いてきました。その指示を受けた時に、もう外部と連絡を取って良いと言われまして」

「場所は?」

「向こうにある廃墟です」


 千尋から指定の場所と時刻を説明され、その時刻の5分前になってからのり子達はその場所に向かった。完全に放置された廃墟であり、誘拐犯が使うにはもってこいだろう。


「三空さん、どこだろう?」

「犯人が潜んでいるかもしれないから、気を付けてすみれ」

「千尋ちゃん、細かい場所の指示とかは?」

「……いえ、特には」


 廃墟の中をひたすら歩き回ったが、三空の姿は見当たらない。本当にいるのだろうか……不安が全員を覆い始めた矢先、とある空間に出た。暗闇ではっきりと見えないが、壁の近くに人影のようなモノが見える。潤がスマホのライトでそれを照らした瞬間……全員が息を飲み、目を丸くした。


「きゃっ!!」

「か……柿澤編集長!?」


 すみれが悲鳴をあげ、のり子は呆然と立ち尽くしていた。目の前には頭から血を流し、目を見開いて壁にもたれかかって倒れている柿澤影行の姿があった。のり子はスマホのライトをオンにし、変わり果てた影行に近づき、生死を確かめた。


「……死んでる」

「……三空ちゃん!?」


 潤のその言葉に、全員が潤がスマホのライトで照らした先に目を向けた。そこには床に倒れている三空の姿があった。


「三空ちゃん!! 三空ちゃん!!」

「……編集長?」

「良かった……無事で」


 潤が駆け寄り、体を揺らして声をかけると、三空は目を開けて言葉を発した。この場にいる全員が安堵の表情を浮かべ、嬉し涙を流した。ただ一人、のり子を除いて……


「……三空さん、その手」

「手? ……きゃっ!! な……何これ!!??」


 三空は自分の両手を見て、怯えた表情で悲鳴をあげた。その手には……血と思わしき赤い液体がべっとりついていたのだ。


「み、三空ちゃん……まさか」

「ち、違う!! 私じゃ……ない」


 潤が影行の死体に目を向けた後、恐る恐る三空に尋ね、三空は涙目で否定した。三空さんが……殺人!!?? のり子は全身に冷や汗が流れるのを感じた。

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