白い絆殺人事件①(クリスマス前の再会)
「今年も終わりか……」
のり子は昼休みに、教室の窓から外を見ていた。空気の入れ替えの為に窓を開けると、冷たい風が入り込み息が白く染まる。12月、一年の最後の月である。『今年もあっという間だった』と誰もが思うのはなぜだろう、いつかその謎が解ける日が来るのだろうかと思ってしまうのはいかにも探偵であるのり子らしい。
「クリスマス、ね……」
12月と聞けば誰もが思い浮かべる年間最大級の行事、クリスマス。恋人達の聖夜、というイメージが強いが家族と過ごす人もいれば親しい友人と過ごす人もいる。そこに上も下もないが、共通して言えるのは……特別な人と過ごす、特別な時間だということだ。
恋愛に疎いのり子は毎年、クリスマスは特に意識することもなく家族と過ごしてきた。両親と仲が良く尊敬しているのり子としては充実した時間だったが、今年はまだどうするか決めていない。今年は特に色々な人と出会い、仲を深めた印象がある。家族以外に特別な人が出来た……その人と過ごすクリスマスも悪くないと思っているからだ。
「のり子~、クリスマスは誰と過ごすか、決めた?」
「エスパー!?」
「いや、私普通の人間だから。てか、その反応……もしかして、まだ決めてない?」
「……うん」
都子が突然話しかけてきたので、のり子は妙な声を出してしまった。都子は顔をニヤニヤさせ、面白がっている様子だ。
「良いわね~、モテモテな子は。贅沢な悩みって奴?」
「そんなんじゃないけど」
「織絵ちゃんと華やかな聖夜を過ごしても良いし、詩乃と趣のある聖夜を過ごしても良いし、いりすちゃんと和やかな聖夜を過ごしても良いし……うん、殴って良い?」
「言うまでもないけど、断る!!」
都子は今日も平常運転だ。いや、確かに楽しそうだけどさ……てか、さりげなくいりすちゃんが入っているのはなぜ?
「……それでさ、のり子」
「?」
「特に決まってないなら……私も空いてるけど、どうかな?」
都子は先程までとはうって変わって急にしおらしくなり、頬を軽く赤らめていた。何というか……平常運転とは言ったけど、これに関してだけは以前と随分変わったなあ。いや、進化と言った方が正しいだろうか。
先月の修学旅行で都子はのり子とすみれと一緒の班になり、トラブルにより3人だけで湿地にあるホテルに泊まることになった。そこで殺人事件に巻き込まれ、都子は命を落としそうになった。それをのり子に救ってもらい、探偵としての勇姿も目の当たりにしたことで、のり子に対して時にこういうしおらしい態度を見せるようになったのだ。
「あ、いや、その……」
のり子としては正直、このモードの都子は精神衛生上よろしくないと思っている。乙女モードと呼んでいるのだが、普段とのギャップも手伝って変にドキドキしてしまう。元々美少女であることはのり子も分かっていたが、こんなポテンシャルを持っていたのは予想外である。すみれが『私達の仲間内で一番乙女なのは、都子』と言うのも無理はない。
「……ダメ?」
「ダメというか、なんというか」
都子が更に尋ねてくる。破壊力が……高い!! 実を言うと織絵と詩乃といりすからは少し前にクリスマスのお誘いが来ていたのだが、ほぼ同じようなタイミングだっただけに決めかねていたのだ。今日は22日、明日明後日は土日なだけに今日決めないとまずいのだが……のり子は頭を抱えた。
「のり子―、ちょっと良い?」
「あ、うん、分かった。ごめんね都子、すみれが呼んでるから」
「……馬鹿」
都子の残念そうな表情がのり子としては辛かったが、正直助かったという思いもあった。すみれの用事が終わったら、さすがに決めないといけないだろうな。
「何?」
「これ、見て」
「ネットの記事? あ……」
すみれがスマホの画面を指差したので、のり子は覗き込んだ。そこには……懐かしい名前が載っていた。
「三空さん……『今をときめく人気モデル特集』、か」
「最近凄い人気だよね、CMにも出てるし」
のり子は思わず、温かな微笑みを浮かべた。白崎三空、人気女性雑誌【スエジリ】の専属モデルだ。以前のり子とすみれは【スエジリ】の編集長である六川潤にモデルとしてスカウトされたことがあり、三空とはその時に知り合った。その時、三空はアシスタントだったのだが、なぜ今こうして専属モデルとなっているのか。
当時【スエジリ】の専属モデルだった春好雪奈と横石冬夢が撮影スタジオで殺害される事件が起こり、昔【スエジリ】の専属モデルオーディションを受けた際に2人に妨害を受けて夢を断たれたことがある三空は容疑者として疑われた。結果として彼女は犯人ではなく、専属モデル不在となったことで三空に白羽の矢が立ったというわけだ。
「単独インタビューかあ、記事のコメントも凄い数」
「最近の【スエジリ】の売れ行き、凄いからね。あっという間に完売しちゃうし」
「……やっぱり専属モデル、三空さんにお願いして正解だったね」
「あはは、私達じゃさすがにこれだけの人気は無理だっただろうしね」
私はともかく、すみれだったら可能だったんじゃないかなとのり子は思った。実を言うと、潤が最初に後継者として指名したのはのり子とすみれだった。だが、自分達には荷が重いことと犯人の動機が本来専属モデルになるはずだった妹を雪奈と冬夢に殺されたから、というものだっただけに同じオーディションを受けていた三空に託したいという理由からのり子とすみれは辞退したのだ。
「記事のコメントも絶賛の嵐だね。えっと……『綺麗さと可愛さ、両方兼ね揃えているのはズルい』『ルックスも素晴らしいけど、雰囲気も温かくて好きです』」
「三空さんって綺麗だけど、性格は可愛くて温厚だからね。やっぱり内面から滲み出てくるものってあると思う」
「だね。えっと、他には……『春好雪奈は綺麗だったけど、何だか冷たいイメージあったからな』『三空ちゃんの方が断然好き』」
「……こういう場で比べるのはなあ」
すみれの顔が少し曇り、のり子も複雑そうな表情を浮かべた。死んだ人のことをあれこれ言うのは褒められたことではないが、彼女の犯した罪を考えれば他者から批判されるのは仕方がないことかもしれない。だが、何をしても良いというわけではない。人の心の闇ってこういうところにもあるなあ……のり子はそう痛感し、頭を抱えた。
「三空さん、クリスマスはどうするんだろう? やっぱり仕事かな」
「だろうね、これだけ大人気じゃゆっくり休むこともできないだろうし」
「三空さんとのクリスマス、か……」
ちょっと暗くなった雰囲気を変えるためにのり子は話題を変えたが、想像してみると思った以上に楽しそうだとのり子は思った。詩乃や都子と同い年ゆえの気兼ねないクリスマスを過ごすのも良いし、年下の織絵ちゃんやいりすちゃんに慕われるちょっとくすぐったい感じのクリスマスも良いけど、年上の三空さんの包容力に甘えるクリスマスも良いなあ。
「ま、想像するだけなら無料ってことで」
「だね、ずっと会ってないけどまた何か機会があったら……って、あれ?」
「どうしたの、すみれ」
「見て、校門周辺、やたら人が集まってない?」
「あ、本当だ。有名人でも来てるのかな?」
すみれの指摘した場所を、のり子も覗き込んだ。確かに随分多くの生徒が集まっているなあ、しかも何だか段々増えているような……見た感じ中心にいる2人目当てっぽいけど。
「すみれ、行ってみよう」
「うん!!」
***
のり子とすみれが校門周辺に辿り着くと、先程よりも更に多い人数の生徒でごった返していた。中心にいる2人をのり子は覗いてみたが……その瞬間、のり子は目を疑った。1人は分からないが、もう一人の女性は……
「三空さん!!??」
「あ……のり子ちゃん、すみれちゃん!!」
「……ねえ、のり子。何だか三空さん、こっちに近づいてきてない?」
「う、うん」
呆然としているのり子とすみれに向かって、三空ともう一人の女性が人込みをかき分けて近づいてきた。辿り着くと、三空はとびっきりの笑顔を浮かべて両手を合わせて喜んだ。
「久しぶり!! 元気にしてた?」
「は、はい、おかげさまで」
「あの、三空さん。急にどうしたんですか、私達の学園に来て」
「そんなの、2人に会いに来たに決まってるじゃない!!」
三空の無邪気な笑顔から発せられたその言葉に、その場の空気が凍り付いた。のり子は背筋が寒くなるのを感じた。
「ちょ、何あの2人。白崎三空の知り合い?」
「2年生の河澄のり子と絵波すみれよね、どういう関係?」
「わ、私の三空さんと、あんなに親しく!!」
あちらこちらから嫉妬の炎が燃え上がっているように見えるのは、気のせいではないだろう。のり子は思わず頭を抱えた。というか3人目、三空さんはあなたのものじゃないから。
「三空さん、お願いですからそのくらいにしてください」
「私とのり子の命が危ないです」
「ですからまずいと言ったんですよ……今のご自分の人気を自覚してください」
のり子とすみれの言葉にもう一人の女性が反応してため息をつき、三空に今の状況のまずさを指摘した。三空も気付いたのか、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「ごめんね、のり子ちゃん、すみれちゃん。でも、用があるのは本当なの、どうしようか」
「近くに喫茶店があります、そこで話せばいいかと」
「そうね。2人は、どうかな?」
「丁度昼休みですから、大丈夫ですけど」
「私も、のり子と同じく」
「決まりね。それじゃ、行こうか」
三空ともう一人の女性に連れられて、のり子とすみれは近くの喫茶店に向かった。後ろから感じる、無数の嫉妬の目は気にしないようにしよう。学園に帰るのが怖いなあ……
***
「のり子ちゃん、すみれちゃん、好きなモノ選んでいいわよ」
「そんな、悪いですよ」
「気にしないで、こちらからの頼みなんだし。それに……今はお金、それなりに稼いでいるから。学生は甘えていいんだよ?」
そう言って、三空は再び無邪気な笑顔を浮かべた。すみれも言ってたけど、三空さんって綺麗だけど性格は可愛いんだよなあ。最初に会った時は温厚で真面目な印象が強かったけど、こういう面を出してくれる程親しくなれた、ってことかな?
「ねえ、あれって【スエジリ】の白崎三空じゃない!?」
「マジで!? 私、大ファンなんだけど。一緒にいる2人は誰だろう、高校生かな?」
「2人とも凄く可愛いね。もしかして、次代の専属モデル? 【スエジリ】、層厚すぎじゃない?」
喫茶店に来ても三空の人気っぷりは健在であり、のり子は視線が痛いなあと感じた。三空はもう慣れっこなのか、軽く微笑みながらコーヒーを飲んでいた。
「今の三空さんの人気、本当に凄いですよね。改めて肌で感じると言いますか」
「あはは、でものり子ちゃんとすみれちゃんも随分褒められているみたいよ?」
「いや、思いっきり勘違いされていますけど」
「うーん、でもあながち間違いでもないんじゃない? 最初に編集長に推薦されたの、誰だったかなあ」
のり子の指摘に、三空はちょっと悪戯っぽい表情で微笑みながら答えた。さすがは今をときめく人気モデル、どんな表情も絵になるなあ。
「勘弁してください……」
「そういえば三空さん、そちらの女性の方は?」
「あ、そっか、まだ紹介してなかったわね。こちらは仁千尋さん、新しいアシスタントよ」
「初めまして、お二人のことは編集長や三空さんから伺っております。本当に、色々とありがとうございました」
すみれの質問に三空が答え、千尋は深々と頭を下げた。真面目で丁寧そうな人だ。少し暗めの茶髪を後ろで一つにまとめており、眼鏡をかけているせいで華やかな印象はないが、顔は整っている。美人なのは間違いないだろう。
「新しいアシスタント、ですか?」
「そうよ。今、【スエジリ】は売れに売れて絶好調だから私も忙しくてアシスタントと兼任はさすがに難しくなってね。かと言ってアシスタント無しは編集長も前よりずっと忙しくなったから厳しくて、新しい人を募集したの」
「それで採用したのが千尋さん、というわけですね」
「ええ。千尋さんは凄く優秀なのよ、おかげで私も編集長も助かってるの」
「身に余るお言葉、恐縮です」
のり子の質問に、三空はちょっと得意げな感じで答えた。確かに今の三空さんと編集長の忙しさを考えると妥当な判断だろう。
「良い人が取れてよかったですね、【スエジリ】も順風満帆って感じです」
「ふふ、ありがとうのり子ちゃん」
「そういえば三空さん、今日私達に会いに来た用って何ですか? まだ聞いてませんけど」
「うーん、そうねえ。ここだとちょっと話しづらいことだから、場所を変えましょう」
「内密なことですので。近くに車を止めてあります、編集長もお待ちしていますよ」
すみれの質問に三空が答えた後、千尋が付け加えて伝票を持って立ち上がり、会計をしに行った。三空も店を出る支度を始めたので、のり子とすみれも立ち上がった。
「編集長も2人に会いたがってるわよ」
「ま、まさかまだスカウトの話、諦めていなかったりします?」
「さーて、どうかしらね。それじゃ、行きましょう」
のり子の質問に、三空は再びちょっと悪戯っぽい表情で微笑みながら答えた。のり子は少し頭が痛くなってきたが、潤ともまた話をしたいとは思っていたので、決して悪い話ではないと思った。
クリスマス直前に再び舞い降りた、【スエジリ】との縁。あの事件からそれなりに時間が経ち、潤や三空の周囲の環境はどういう風に変化したのか、のり子としても興味があった。街がクリスマスのイルミネーションに彩られているのを見ながら、のり子とすみれは三空と千尋と一緒に潤のもとへ向かったのだった。
読んでくださりありがとうございました、新シリーズスタートです。
今回のテーマは『白』、12月ということでクリスマスの話ですね。
白崎三空、今回は彼女が中心の話となります。詳しくは『鮮血の花嫁殺人事件』『のり子達の日常:輝く空に想いを』を読んで下さい。
それでは、今回も精一杯書かせていただきますので、よろしくお願いします。




