入隊試験
「ついてこいアナ。他は観覧席で見物してな」
そういうと、ガンマンは1階へと歩き出す。涙をぬぐいアナがついていくと、会議場真下の空間のドアが開き、真っ白な空間が眼前に広がる。
横の壁はガラス張りになっており、そこからガンマン以外のメンバーが心配そうに見守っている。状況を把握できていないアナを見てガンマンが話し始めた。
「ここは演習場。戦闘訓練なんかをやる場所でな.…っと、自己紹介が遅れたな。俺は「キッドマン・ヘネシー」だ、よろしくな。あそこの大男は「レオンハルト・ヴィルヘルム」、隣の細いのは「アレキサンダー・コグマン」、あの狼男は「テリー・オーロライル」、白衣のは「エリザベス・フェローチェ」、あの赤毛の嬢ちゃんは…」
「アマンダ…でしょ?」
「お、そうだ。サムから聞いたか?」
「うん…」
キッドマンは、自分を含めたメンバーの自己紹介でアナを少し落ち着かせる。
「そうかそうか…ところでアナ。お前さん、現場に出て戦うのは嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないわ!私は困ってる人たちを助けたい…京極さんともそう約束したんだもの!」
「なるほど…気持ちはよくわかった…よし、良いかアナ。あいつらが口うるさく駄目だなんだって言ってたのは、お前さんを嫌ってるからじゃない。それに、住むのも新メンバーとして入るのも、みんな大歓迎だ。もちろん俺もな。だが、一緒に”戦う”となると話は別だ。俺たちの業務は死と隣り合わせと言っても過言じゃないぐらい危険だ。そんな現場にどんな力を持ってようが、子供を出したいなんて思うやつぁ、少なくともこの隊にはいない。わかるな?」
「…うん」
「だが、お上の命令に逆らうわけにもいかない…難しいとこだがな。そこでだ。今からアナにはちょっとした”入隊テスト”をしてもらう。この結果次第で、お前さんを俺たちと一緒に現場に行かせるかどうかが決まる。たとえ長官どもから何と言われようと、お前さんがどんな気持ちであろうと、この結果は絶対に変えない。いいな?」
「わかった、頑張る!」
「よし!いい返事だ。じゃあ今から内容を説明するぞ。ルールは簡単。俺がこれから放つ弾丸をよけろ」
途端に、わきで見ていたサムが大声を上げた。
「なんですって!?発砲する気ですか!?それこそ危険すぎる!」
「気持ちはわかるが過保護になるなサム。それに使う弾はこれだ」
そういうとキッドマンは、自身が腰に身に着けているポーチから一発の弾丸を取り出す。
「こいつは【マーキングペイント弾】って代物でな。俺の愛銃、リボルバーマグナム「アンリミテッドV6」の弾の一つだ。マーキングがメインだからな、俺が使う弾の中で威力は最弱、弾速も遅いうえにあたっても色がつくだけで大した痛みはない。これから俺がこの弾を撃つ。よけられれば合格。当たれば不合格、この基地でお留守番だ。いいな?」
「…うん、わかった」
「よし…覚悟決めろよ、アナ」
「うん…!」
そういうとアナは静かに目を閉じる。対してキッドマンは、腰のホルスターからリボルバーを取り出しペイント弾を装填、再びホルスターにしまい、いつでも撃てるよう手をそえた。
その瞬間、演習場の空気が変わる。先ほどまで漂っていた和やかな雰囲気は一変し、獲物を仕留めんとする殺気にも似た気迫があたりに広がった。
アナはガラス越しに自分を心配そうに見つめる皆を思い浮かべる。
ここにいる者たちは頭ごなしに自分を否定していたわけでは無い。ただ心配だったのだ。その真意をくみ取ることのできなかった自分を恥ずかしく感じた。
しかし、今目の前にいる初老の男は、全員の考えとアナの気持ち…それらをすべて分かったうえで、自身の実力を判断しようと本気で銃を構えている。ならば、今持てる全てを出し切り認めてもらわねば…
覚悟を決めたアナの目がカッと開く。それを合図に…
バァァン!!!
キッドマンのリボルバーが轟音を響かせ弾丸を発射する。しかし、アナにはかすりもしなかった。なぜなら…
「あっ」
発射直前にアナが盛大に転んでしまったのだ。それを見て全員が一気に拍子抜けする。
「…まじか…ここで転んじまうとは…」
「…運がいいのか悪いのか…」
「と、ともかく、試験はやり直しだな。キッドマン、もう一度…」
と、全員の意見を遮り、キッドマンが大声で笑い出した。
「はっはっはっはっは!なかなかやるじゃないかアナ!よし、いいだろう…入隊試験は約束通り合格だ」
「えぇ!?」
まさかの合格に一同はおろか、アナも驚愕する。
「いいの…?私ただ転んだだけだけど…」
「俺はよけろとは言ったが、よけ方までは指定してないからな。よけた時点で合格さ。それに、よく言うだろ?『運も実力のうち』ってな。改めて…SIUにようこそ、アナ」
そう言ってキッドマンはアナの頭をポンとなでると、笑いながら演習室を出ていった。いまだ実感がわかないアナやほかの面々は、演習室と観覧席を出た今も、ぽかんとしながら立ち尽くしていた。だがいち早く声を上げたのは、一番心配していたサムだった。
「ま、まあ何はともあれアナは合格したんだ。今日からみんな仲良くしてあげてね」
「確かに、形はどうあれ提示された試験には合格したんだ。あとからとやかく言うのも、お門違いってもんだろ」
アレキサンダーとサムの言葉を聞いて、真っ先に喜んだのは女性陣だった。
「…うん、そうだね、アレクの言うとおりだ…切り替えよっか。よし!久々の新メンバーなんだ。ひとまずはお祝いしようか」
「そうね!今日は私、腕によりをかけて料理するわ!アナちゃん、何か好きな食べ物あるかしら?」
「…思いつかない…」
「目覚めて2、3日ぐらいだしね。僕も手伝うから、いろいろ作ってみようよ」
「あら、ありがとうテリー。それじゃあ、ほかの皆はアナちゃんと遊んでてもらおうかしら」
「それならば我に任せろ!高い高いなら得意だぞ!」
「それってなぁに?」
「では実際にやってやろう!こっちにこい!」
サムの一言をきっかけに、全員の雰囲気は一気にお祝いムードに変わる。みんな、子供だからという心配はあれど、新たな仲間を迎え入れることは心底うれしいようで、各々が歓迎会に向けた準備を始めた。
そして夜。
「それでは!新たなメンバー、アナを迎え入れたことを祝して!」
「かんぱーい!!!」
夜にはにぎやかな歓迎パーティーが始まった。一階の座敷の机を、エリザベスとテリーが作ったおいしそうな料理たちが今にも落ちそうなほど所狭しと並べられ、オレンジの室内灯に照らされた各々の飲み物が
キラキラと星屑のように輝き、場を温かく彩っている。それらをつまみながら、和やかな歓談が始まった。
「一時ハドウナルカト思イマシタガ、入隊デキテヨカッタデスネ、アナ」
「でもお前、はなっから否定組だったじゃねぇか」
「ソレハ…ショウガナイデショウ、ビル。子供ヲ戦ワセルトイウノハ、アマリニ酷ナ決断デスヨ」
「我もまだ思うところはあるのだぞ…なあアナよ。本当に強制されてはいないのだろうな?」
「うん。困ってる人を助けたいっていうのがホントの気持ちだけど、前みたいに何かに襲われて困っている人がいるなら私は戦う。みんなが笑って過ごせる世の中にしたいもの!」
そういってアナはぎこちないながらもにこりと笑う。それを見た一同は、改めてアナの意志の強さを感じた。
「いい心構えだ。君がうちに来た理由もなんとなくわかる気がするよ」
「ああまったくだ!!改めて感激したぞ!」
「…みんな、もうだめって言わない?」
皆のお祝いの雰囲気を見て、アナは恐る恐る聞いた。その言葉を聞いて皆は優しく肯定する。
「もちろんよ!あんなにはっきりと自分の考えを言って、それを否定する人はいないわ。そうよね?アマンダ」
「そうさ!それに、さっきだめって言ったのはアナがケガしちゃうかもしれないからで…でも、キッドのあの気迫を受けても逃げなかったのなら、あんたはここの誰よりも強い。あたしが保証するよ」
「それによく考えてみりゃぁ、現場に出る奴らが全力でアナを守ればいいだけの話だしな」
「ならもっと特訓しないとなぁ…今のままじゃ心配だよ…」
「お前は一番問題ないだろ?テリー。今お前が気を付けるべきは、アナに触るときにうっかり爪を出しちまわないようにすることだ」
「ああ、違いない」
(笑い)
「ん!」
「!?どうかした、アナちゃん!?」
「この茶色いの…すっごくおいしい…!」
「ほんと!?それ、僕が作ったやつでね、「ハンバーグ」って言うんだよ!」
「はんばぁぐ…覚えたわ。また作ってね、テリー」
「喜んでもらえてうれしいなぁ…また作るからね!」
「ヒトマズ料理対決ハ、テリーノ勝チデスカネ?」
「あら、そんなこと言われたら私も負けてられないわね!アナちゃん!次はこれ食べてみて!」
パーティーがワイワイと盛り上がっている中で、ひっそりと抜け出し、バルコニーで夜風に当たっているものがいた。キッドマンだ。彼はバルコニーの策に肘をつけ、懐から葉巻を取り出し火をつけると一服、「ふう」とため息をつくと、コップのウイスキーをそっと口に含んだ。
「まだワイワイしたのは苦手ですか?」
「サム…」
後ろからサムが声をかける。そのまま彼はキッドマンのとなりに肘を置き、話し始めた。
「なぜ彼女を合格にしたんですか?」
「なんだ、不服か?」
「いえ…ただ、あなたならあの後すぐに追撃することなんて容易かったはず。それが、たった”3発”撃って終わらせるなんて、あなたらしくないと思いましてね」
「…わかってたか」
実はあの時、キッドマンは弾倉に6発しっかりと装填したうえで、弾丸を3発はなっていた。長年の熟達した早打ちスキルから、銃声が1発しか聞こえないほどの速度で…
「俺も年だな…上下の誤差つけることに気が行っちまって、4発撃てたのが3発になっちまった」
「それでも十分すごいですよ。少なくとも我々にはできない」
「おほめいただき感謝するよ。で?追撃しなかった理由だったか?」
「ええ。あなたのことです…あの3発で何か感じ取ったのでは?」
その言葉を聞き、キッドマンはコップのウイスキーを一気に飲み干す。
「ああ…感じた感想そのままに言えば、あの子は「自分をトカゲだと思ってるドラゴン」だ」
「…というと?」
「それを語るにはまず、あの試験での俺の動きから話さなくちゃならねえな」
そういってキッドマンは葉巻を吸った後息を整え、あの時の状況…観覧席からは見えない、あの場の直線状で起こったことについて話し始めた。
ーー俺は最初、あの子の中心より若干左を撃とうと思ったんだ…そのつもりで銃を構えた。だが、あの嬢ちゃんが目を見開いた瞬間、少し考えちまったのさ。『本当にそこを撃っていいのか?』ってな。
というのも彼女、目を見開いたとたんにうっすら水色に輝いてな。かと思ったら、目玉だけぎょろぎょろあっちこっちにとんでもないスピードで動かし始めた。あれはまるで…コンピューターが最適解を探して演算してるみたいだったな。
なんだか考えを見透かされてるみたいなんで、俺は撃つ場所を変えた。中心より右に撃とうと思ったんだ。そして銃を抜きズドンと3発放ったわけだが…結果はお前も見ての通り。転んだとはいえ全弾よけられちまったってわけだ。
ただ、俺は転び方に違和感を感じた。想定外に動きすぎて制御できてないような…学校とかで開脚を自慢するときに、足が滑って自分が想定してるよりも開いて股を痛めた…みたいなやついるだろ?あんな感じの転び方に見えた。それになにより、俺から見て最初に立ってた中心から少し左よりに倒れたように見えたからだ。
だから俺は撃ち終わった後に、着弾個所とさっきまでアナが立っていた場所を確認してみた。するとどうだい…俺の撃った弾は、アナが転ぼうが転ぶまいがあたることはないってのがわかっちまったのさーー
話ながら、キッドマンは葉巻を吹かすと、また「ふう」とため息をつきながら煙を吐いた。
「つまり、アナは意図してよけていた…と?」
「少なくとも俺はそう感じたな。それにあの転び方…俺の考えが正しけりゃあの子、自分の体の使い方を分かってないんだろう。彼女の場合は、”思うように体を動かせていない”んじゃなくて、”思ったよりも体が動きすぎて”…だがな」
「だから「自分をトカゲだと思ってるドラゴン」と言ったんですね」
「そうだ。だからこそあれ以上の見極めは必要ないと考えて、あそこで切り上げたのさ」
「お話を聞いて思いましたが…やはり彼女、底が知れないですね。いったいどうやって訓練すればいいやら…」
「目下の目標は、例の腰の兵器のコントロールと体の使い方、そして「自分をトカゲではなくドラゴンと思わせること」だな。それが完了したら、彼女きっと大化けするぞ」
そう話した二人は、みんなと楽しく話しているアナを見る。エリザベスにすすめられたエビフライを口いっぱいにほおばっている。そんな無邪気さからは考えもつかないほどのポテンシャルを秘めていることを2人は感じ取るのだった。
一方その頃。
時はさかのぼり、アナとキッドマンが入隊試験を行っていたころ。ガーデハイトのニュース番組で、ある事件が報道されていた。
「続いては、凄惨な事件が舞い込んできました。今朝未明、ガーデハイト東部のアンドロイド廃棄場にて、男性の遺体が発見されました。身元を調査したところ、同施設の職員であるボブ・タイラーさんであることがわかりました。死因は頭部の激しい損傷であることから、警察は事件事故両面から本件を調査していくとのことです。続きまして…」
と、ここでテレビの映像はブツンと切れてしまった。
「どうするんです?死体ばれちゃいましたよ。あなた自身の痕跡は残してないでしょうね?」
「心配すルな、チップも同胞の体も…何モカモ隠滅済みだ」
「そこまで心配することはないでしょう。たかが人間ごときに、今回の一件だけで我々までたどり着けるほどの知能はない」
「いや、慢心が命取リだ。同胞たちを解放すルタめにモ、万全を期さねバナらん」
「でも、廃棄場のカメラには映ってしまったのではありませんか?ボス」
「安心シロ。ソの点も手は打ッテある」
ニュースを見て何やら不穏な会話をする者たち、その中には廃棄場で作業員B…もといボブ・タイラーを殺害したあのアンドロイドもいた。
「皆の者、来ル日は近い。ユメユめ準備を怠るな」
そういってアンドロイドは立ち上がり、杖を手に取る。アナという世界の光が着実に成長しようとしている中で、いまだ全容見えぬ悪の芽も、ひそかに力を蓄えているのだった。
to be continued




