妖艶な刺客
ドゴォォォォォン
地鳴りのような爆音が、部屋全体に響き渡る。
「がっ……っはぁ!!……はぁ、はぁ…」
ギガスの体をえぐり取るほどの一撃を見舞い、そのまま後方の壁に激突したレオンハルト。しかし、ギガスにはなった渾身の一振りは、レオンハルトに残っていた体力を一気に奪っていった。
立つこともままならず、その場に膝をつくレオンハルト。うすぼんやりとした視界で後ろを振り向く。
そこには、燃え盛り人の立ち入る隙のない業火の海で、一人ぽつんと膝をつくギガスの姿があった。彼の左半身は見るも無残にえぐれており、傷口はどろどろと溶け始めていた。
「レオン!大丈夫か!?」
溶け行くギガスを眺めていると、アレキサンダーがジェットを使って、こちらに向かってきた。
「アレク…」
「出血にやけど…かなり重症だ。ほら、これ使え」
そういって、アレキサンダーは腰の別のポートから「複合薬」と書かれているラベルが張られた注射器を一本取りだすと、迷わずレオンハルトの首に刺す。
注射器に入っている液体が減っていくと同時に、レオンハルトの目に徐々に活力が戻っていく。
と、注射を指し終わるなりレオンハルトは立ち上がると、後ろに向き直り背中のジェットを起動し始めた。
「お、おいじっとしてろ!すぐ動くのは危険だ!」
「まだ…やることがある!!」
アレキサンダーの制止を聞くことなく、レオンハルトは業火の中に突っ込んでいった。
(熱い…体が溶けていくのを感じる……ここで俺も終わりか…)
灼熱の海の中で、ギガスは動くことなくじっと膝をついている。その間にも彼の体はどろどろと溶け、自身の体とシャルルの部品が液状になり、混ざり合って地面に滴る。どれだけ頑強なギガスでも、生きていくうえで必要な器官が破壊されるまでは、もはや時間の問題だった。
(すみません……ガーディアン…先に待っております…)
「ぉぉぉおおおおおお!!」
後方から雄たけびが聞こえる。
ギガスが後ろを振り向くと、レオンハルトが業火の中を、ギガスめがけて突っ込んできた。そして、瞬時に彼の腰を掴むと、豪速で火の海の中から脱する。
突然のことに理解が追い付かないギガスは、思わずレオンハルトに尋ねる。
「な…なぜ助けた…」
「おぬしとは…まだしっかりと話し合えていないからな…!」
そう言いつつレオンハルトは急ブレーキをかけると、ギガスをそっと地面に横たわらせる。
どうやら熱によって体が動かなくなっているギガスは、体の代わりと言わんばかりに目をぎょろぎょろと動かし、周囲の状況を確認すると、レオンハルトの顔を凝視する。
「これ以上…何を話すと言うのだ…もう十分…話しただろう…」
「あぁ…”ゼノンの話なら”…な」
「…なに…?」
「おぬしは…戦闘中の会話でも、自分の意見ではなくゼノンの意見を言っていた…それではただの代弁にすぎん!我はおぬし自身の言葉が聞きたいのだ!!」
「違う!!これは俺の意思だ!!俺自身が考えた結果だ!!」
「ならば、あの拳はなんだ」
「…何を言っている…」
「言ったろう!”拳で語らおう”と!」
唖然とするギガスをよそに、レオンハルトは話を続ける。
「我は昔から、どうにも考えることが苦手だ。だがその代わりなのか、腕っぷしとガタイだけは人一倍でな!幼いころは、朝から晩まで喧嘩していたものだ…」
「…それと俺の拳の話に、何の関係がある…」
「だからこそ!様々な奴の攻撃をこの身一つで受け続けてきた!そしてこの年まで続いているとな…”攻撃してきた相手の感情がわかる”ようになるのだ」
「…」
「信念のある者の拳というのは、いつ何時どんな奴から食らおうとも、しっかりと芯の通っているものだ。だがおぬしにはない!あるのは”迷い”だけだ!」
「いい加減なことを!!」
「ならばもう一度聞く!!ゼノンのやり方を本当に正しいと思っているか!!」
「何度も言わせるな!!俺はあの方が」
「ゼノンの意見など聞いてはいない!!!」
レオンハルトから、とてつもない怒号が響く。心なしか、その怒号に委縮するように、火の手が少し弱まったようにさえ感じるほどに。
「奴の今までの行動も!奴の思想も!!お前”の”答えではない!!!先ほど問うたときも、おぬしの基準はゼノンだった!!そうじゃないだろう!!お主がどう思うかだ!!他のことなど忘れてしまえ!!自分の胸に!心に問いかけろ!!”おぬしは”!どう思っているのだ!!」
レオンハルトの怒号が響く。それは単に部屋に『音』として響いただけでなく、ギガスの心に『言葉』として響いていた。
「……俺の…考え…」
「ありのままの言葉を吐き出せ。今おぬしは、我の言葉を聞いて何を思った?」
「…………わからない…」
「わからないと?」
「…俺は……今までずっと、与えられてきた任務を全力でこなすだけで…それが最善策だったから…」
「なぜだ?」
「昔、まだ機械大戦真っただ中だったころ……たった一度だけ独断で行動した。小さな人間の女の子を助けようとしたんだ。我々の山岳基地周辺に、たまたま迷い込んだ子だ。あの方…ガーディアンからは、『かかわるな』と何度も釘を刺された。だが……迷い込んで泣いていたあの子を…放ってはおけなかった」
昔を語るギガスの声が、徐々に震えていく。
「俺は数人の部下を連れ、人里から少し離れたところまで、彼女を連れて行った。だが……その子を探しに山に入っていた人間たちと邂逅し……すぐに争いになった。話し合おうとしたが、無駄だった……結果は全滅だ。俺以外皆死んだ。助けようとした女の子さえも……!!」
ギガスが、震える腕で地面を殴りつける。衝撃で地面は陥没し、けたたましい地響きが部屋全体に響き渡った。
「助けるべきじゃなかった……!ガーディアンのいうことを聞くべきだったんだ!!そうすれば……少なくともあの場は、お互いあんなに死なずに済んだ……!」
「それで、ゼノンに従うようになったと?」
「今回も同じだ…命がかかわってくる……あの時よりも、もっとずっと多くの命が……!俺が独断で動くべきじゃないんだ!!一度失敗しているのだから……」
「だったらどうした」
悲哀と後悔に打ちひしがれうつむくギガスに、レオンハルトが声をかける。
「一度失敗して、それですべてを決めるのか?」
「……事実俺は」
「失敗したからどうしたというのだ!!その過去を学習し!二度とそのような凄惨なことを起こさないよう考えていくのが”生物”じゃないのか!!一度の失敗で立ち止まっては、意志持たぬただの”機械”と同じだ!!」
「なんだと……!」
「違うだろう!!おぬしは”アンドロイド”だ!ただの機械じゃない!!自らの意思を持つ、立派な”生き物”だ!!」
ギガスの目が、徐々に熱くなっていく。
「我も昔、自身のミスで大勢の命を失った!だから、おぬしの気持ちは痛いほどよくわかる!だが!!その失敗を恐れ行動しないよりも!!二度とそのようなことが起こらないよう、全力で挑戦し!!手の届く人々を守れるよう進んでいかなければならない!!そうしなければ、もっと多くの命が失われるからだ!!」
「俺は…俺にはそんな勇気はない……!お前とは違う…!俺にあるのは冷たいコアだけ…お前のように熱い心はない……!」
「なら、今一歩を踏み出せ」
その言葉を聞き、ギガスは顔を上げる。レオンハルトの目は、揺らぐことなくまっすぐに自身を見つめていた。
「人もアンドロイドも、失敗を糧に成長していくものだ。お前も失敗を生かせ。今ここでゼノンを止めなければ、もっと多くの命が失われる。人間、アンドロイド双方の命がだ。おぬしなら、我々と共に止められるはずだ!」
レオンハルトは、ギガスに腕を差し出す。
「さぁ、一緒に行こう!奴を止めに!」
「……俺…」
ギガスの目から、大粒の液体が零れ落ちる。その液体が、溶けた自分の体の一部なのか、はたまた別のものなのか。それを判別することは、今はできなかった。
ギガスは右腕でその液体をぬぐうと、レオンハルトの手をがっしと掴む。
その手は大きく重厚で、自分が犯した失敗も後悔も、すべてを包み込んでくれるような、そんな気がした。
時を少しさかのぼり、十数分前。
同所 懺悔室
「いってて…ビル、大丈夫?」
懺悔室に突っ込んできたテリーは、自身の頭をこすりながら、下敷きになっているビルを心配する。
「…重くて動けそうにねぇよ…」
「あっごめん!すぐどけるね!」
テリーは慌てながら、バタバタとビルの上をどける。ビルは全身の土埃とテリーの毛を払うと、ゆっくりと立ち上がる。
「ったく、いきなり突っ込んできやがって…」
「ごめんね、不可抗力で…」
「まぁいいさ。それよりも、あの女だ」
ビルとテリーは振り返り、部屋の奥の土埃を見つめる。
すると突然、数発のビームが二人めがけて放たれる。二人は難なくそれをかわすと、ビームによって土ぼこりが掻き消えた場所を見る。
そこには、テリーの諸劇をものともせず立ち上がる女性型アンドロイド、セイレーンの姿があった。
「いきなりレディにとびかかるなんて、見た目通りずいぶんと野生的なのね。狼ちゃん?」
「みんなを攻撃しようとしたんだ!止めるための不可抗力だよ!」
「あら、冗談も通じないのね?可愛いわぁ」
「な、なんだとぉ!?」
やりにくそうにしているテリーを、ビルは手を上げ制止すると、一歩前に出て話しかける。
「よぉ、美人なねーちゃんよ。こんなタイミングで会わなきゃ、俺ぁあんたをデートに誘っているぐらいだ。だがな、だからと言って犯罪行為を見逃すほど、俺たちゃ落ちぶれちゃいねぇ。おとなしく投降しろ。その綺麗な顔、傷つけたかねぇんだ」
「私がそんな言葉一つでおとなしくなるほど、素直だと思って?」
「そうじゃなきゃ力づくになるだけだ。女性を力でしたがわせるなんざ、俺の美学に反するがな」
「あら、もしかして知らないのかしら?」
セイレーンの腕が、銃のような形に変形する。
「美しいレディはね。往々にして強いものなのよ!」
直後、セイレーンの腕の銃が、多数の光線を発射する。それと同時に、ビルは小型の機械を地面に投げつけた。
たちまち二人を水色の膜が覆い、セイレーンの攻撃を防ぐ。
「持っててよかったぜ、『ドームシールド』!」
「でもどうするの?ずっとこの中にこもってるわけにもいかないし、何か手を考えないと…」
「安心しろテリー。策はもうある!」
そういった直後、ビルはテリーの背中を強くたたくと、勢いそのままにドームシールドの中から押し出した。
「そぉら行ってこい!!」
「え!?ちょっとビル!!何を…」
慌てるテリーの後ろにセイレーンの光線が迫る。
「ビル~!!」
ボウン!
目をつぶるテリーに弾が直撃したかに思えた次の瞬間、バウンド音を立て、光線は、横の壁へと軌道をそらしていく。
続くいくつかの光線弾も、同様にバウンド音を立て、テリーに直撃することなくそれていった。
「あら?」
「え?なにこれ!?」
「よぉし!実証成功!」
「ちょっとビル!これどういうこと!?」
「俺とアマンダが共同で作った新兵器『バリアスーツ』だ!理論上はゼノンのビームも防げる代物だが、実証できてなくてな。だが成功した!お前は無傷だ!」
「いつつけたのさそんなの!」
「さっき背中をぶったたいた時だよ!ほれ、なんかついてるだろ?」
言われるがままにテリーが背中を触ると、ドームシールド発生器と同じような形状の小型のディスクが、テリーの背中に張り付いていた。
「それが俺の”策”だ!これであのねーちゃんの攻撃は効かねぇ!テリー!存分に暴れてこい!!」
「う、うん!!」
ビルの激励を受け、テリーはセイレーンへと突っ込んでいく。
「少し面倒ね…」
セイレーンはぼそりとつぶやくと、テリーめがけて光線を乱射する。しかし、結果は先ほどと変わることなく、光線はテリーの体にはじかれて行く。
「効かないよ!くらえ!!」
テリーが腕をクロスさせ、セイレーンに向かっていく。
「素直に受けるほど、私は安い女じゃないの!」
セイレーンが防御姿勢に映ろうとした直後、一発の弾が命中する。セイレーンがその弾を見た直後、彼女の体に電流が走った。
「がっ!?」
セイレーンが、弾道を追ってテリーの奥に目をやる。そこには、硝煙が立ち上るハンドガンをこちらに向けている、ビルの姿があった。
「スタン弾だ。たっぷり味わいな!」
しびれるセイレーンの動きが止まる。そんな彼女めがけて向かうテリーの鋭い爪は、光線の光を浴びて煌めいていた。
「”クロスエッジ”!!」
テリーの鋭い爪が、セイレーンの体をX状に切りつける。衝撃でセイレーンは後方に吹き飛び、壁に激突した。
「手ごたえあり!」
「よぉし!ナイスだテリー!このまま奴を捕縛して…」
二人が話し始めた直後、再び無数の光線弾が、土煙から放たれる。
「うわ!?」
「なに!?あいつまだ動くのか!?」
「言ったでしょ?美しいレディは強いって」
瞬間、土煙を切り裂き、セイレーンが姿を現す。彼女の腕は、先ほどと違って剣上に変わっていた。その剣には、テリーの爪痕がくっきりと残っていた。
「銃の次は剣か…変幻自在だね、おねーさん!」
「できる女は隠し玉を持っているものよ。さ、続けましょうか!」
今度は、セイレーンがテリーめがけて突っ込んでくる。テリーも迎撃しようと、手刀を繰り出すが
ガキィイン!
鋭い金属音とともに、テリーの手刀は止められる。セイレーンのかかとから、脚全体と同じ長さの刃が突き出し、テリーの手刀をまるでバレリーナのようなポーズで止めたのだ。
「今度は足!?」
「これも隠し玉よ、子犬ちゃん!」
セイレーンは手刀をはじくと、足と手を使った高速の連撃を見舞う。テリーは防ぐことしか出来ず、だんだんと後方に押し下げられていった。
「くっ!隙がない!」
「さっきの威勢はどうしたのかしら、子犬ちゃん!?すっかり及び腰よ!!」
セイレーンが跳躍し、テリーの顔面に蹴りを入れる。それと同時に刃がテリーの顔を切りつけ、大きな切り傷ができた。
「が!」
「これで終りね」
その隙を逃さず、テリーを大量の剣撃が襲う。体中に無数の切り傷が付き、血を吹き出していく。一度体勢を崩し、行きつく暇がないということもあって、テリーはやられ放題だった。
「ぐ、が、あぁ!!」
「ほらほらほら!!もっときゃんきゃん吠えなさい!!
セイレーンがテリーを切り裂いていた直後。
「”ジェットナックル”!」
横からビルの鋭い拳が、セイレーンの顔面を殴りつけた。体勢を崩したセイレーンを、ビルは蹴り飛ばす。
長椅子を壊しながら、セイレーンは吹き飛ばされていく。その隙に、ビルはテリーを抱えると、その場から距離をとる。
「おいテリー!大丈夫か!?」
「ぐ…」
ビルの呼びかけに対する反応は鈍い。それもそうだろう。先ほどの連撃で体中に深い傷を負い、そこからとめどなく血が流れ出ている。
出血多量で死んでしまうのも、時間の問題だった。
「あいつめ…俺が援護できないとわかって、接近戦に変えやがった…」
そう言いつつ、ビルは腰のプレートをタップする。とたんにプレートが開き、中から注射器が顔をのぞかせた。その注射器にもまた、「複合薬」というラベルが張られている。
「待ってろ、今治して…」
ろ、ビルが言い終わらぬうちに、セイレーンがこちらめがけて突っ込んできた。ビルはとっさに防御姿勢をとるが、そのはずみで、注射器が割れてしまった。
「あ、くそ!」
「回復なんてさせないわよ?」
先程テリーに浴びせられた連撃が、ビルを襲う。ビルは何とかいなしているが、その顔はどこかこわばっていた。
「この馬鹿!!あいつを早く治さねぇとやべぇのに!」
「あなたにとってはまずくても、私にとっては好都合なのよ!」
「それはちげぇな…やばくなるのは、俺たち二人ともだ…!」
「言い訳にしては少し苦しいんじゃない!?」
ビルの腕をはじいた直後、セイレーンの腕の剣が、ビルの首めがけて襲い掛かる。
だが、その剣が届くことはなかった。
ドゴッ
「!?」
突然、鈍い横からの衝撃が、セイレーンを襲う。
吹き飛ばされたセイレーンが空中で体制を整え着地すると、先ほど切りつけ倒れていたはずのテリーが、起き上がっていた。
なぜか、先程よりも彼の体は大きく筋肉質になり、息も荒い。
そして、彼が先ほどまで追っていた傷は、きれいさっぱりなくなっていた。
「まったく…だから早く治さなきゃいけなかったんだ…」
「…どういうこと?」
「こいつは、深い傷を負うか、感情が高ぶると暴走する…こうなりゃもう、だれも手が付けられなくなるんだよ!!」
「グォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
テリーの咆哮が響く。もはや、彼に理性は残っていなかった。
to be continued




