爆心地に眠るもの
「超常兵器?」
「ええそうです。もっとも、終結直前に始まったプロジェクトのため、ほとんどは実用化どころか製造もされていませんが」
源一郎の疑問に持つ声を聴き、ハンドラーは咳ばらいを一つした後、説明を始めた。
「アテナの科学力は、現代科学ですら足元にも及ばないほど高度なものでした。そのため反物質を用いた破壊兵器や思考を操る洗脳兵器、果ては、こんなものまでできていたそうですよ」
再び映像が切り替わる。画面には、操作基盤と、車が通れそうな大きさの楕円型の装置、二対の鍵のようなものが映し出されていた。
「瞬間移動装置『縮地』。指定した座標へのワープゲートを作り出す兵器です。この鍵のようなものは、片方が設置されている場所に通じる小型のワープゲートを生成するもの。いわば”スペアキー”といったところでしょうか」
「ワープゲート!?」
「ゼノン一派が逃走に用いたのは恐らく…いや、十中八九この『縮地』とみて間違いないでしょう」
「ちょっと待て。その超常兵器とやらは、実用化も開発もされていないんじゃなかったのか?」
「”ほとんどは”…ね。やはりさすがはアテナというべきか、この計画書にあるいくつかの兵器は、歴史上使用履歴がなくともすでに実用段階にまでもっていっていたようです」
それを聞いて、パーシアスの表情が曇る。
「であれば、うかつに手出しできなくなったね」
「どうして?」
「至極簡単だよアナ。彼らが一つでもこの超兵器を所持しているなら、他にもいくつか所持していると考えるのが妥当だろう。この人知を超えた兵器の何が完成していて、何を持っているのかもわからない中、無策で彼らを追うのは君たちの命にもかかわる。慎重に出ざるを得なくなったのさ」
「いえ、何を所持しているかは判明しています」
またも、映像が切り替わる。
「これは、とあるツテで入手した、ガーディアン達防衛隊の兵器一覧です」
「こんなものをどこで手に入れた、ハンドラー?」
「情報提供元の願いで、それは言えません。少なくとも犯罪組織ではないと言っておきましょう」
ハンドラーは源一郎の追及をかわすと、軽く咳払いをして再び説明を始めた。
「この兵器一覧には、律儀なことにすべての兵器の出入りが記されているのですが、その中に二つ、「L」の文字が書かれた兵器が供与されているのがわかります。恐らくこれが例の兵器の表記なのでしょう。この情報と先の作戦でのゼノンの話から推察するに、彼らが所有するものは二つ。表記には「特殊アーマー」と書かれているため、武器ではないでしょう」
「だが戦争終結後に他のを手に入れていたらどうする?」
「そうならないために、新たにSIUに任務を出したいのです」
「は…我々に…ですか…?」
唐突に指名され、サムは驚きつつも返答する。ハンドラーは側頭部をタップして映像を消すと、改めてサムに向き直り、任務を告げた。
「恐らく、完成した兵器が保管されているのは当時のアンドロイド軍の本拠地。コマヌの爆破によって消滅した、「グラウンドゼロ」周辺にあると考えられます。皆さんには現地へ調査に出向き、もし存在した場合、その兵器を回収してきてください。グラウンドゼロ警備部には、私から任務を伝えておきます」
任務と聞き、サムとアナの顔つきが変わる。
「了解。直ちに急行します」
そういって二人が長官室を退出しようとした直後。源一郎が二人を止めた。
「いや、どうやら一足遅かったようだ」
「?…!まさか…」
「そのまさかだ。つい数分前、グラウンドゼロが何者かの襲撃を受けた…!」
時をさかのぼること20分前 ガーデハイト合衆国カナダ領
グラウンドゼロ。かつてアテナに反旗を翻したアンドロイド、コマヌの手によって強大な爆発が起き、巨大なクレーターとなった、元アンドロイド軍本拠地。
世界政府は、アテナの高度な技術が用いられた物品の有無を調査するため、2880年代にグラウンドゼロ周辺を封鎖。WDOによる監視の元、独自に調査を進めていた。調査は予算等の都合で打ち切られたが、警備という名目で監視は継続。とはいえグラウンドゼロに足を踏み入れようとするもの好きはおらず、警備スタッフは暇を持て余していた。
「おら!4のスリーカードだ!」
「はぁ?勝てるわけねぇよ。俺は降りる」
「俺も」
「ニコライのカードはなんだ?降りねぇってことはつえぇんだろ」
「あぁもちろん…7のフォーカードだ!」
「な!?マジかよ…」
「これで金は俺の総取りだな~。へへへ…」
「たく…運のいいやつだぜ」
この日、北監視所の休憩室で、4人はポーカーを楽しんでいた。
「さて…そろそろ交代の時間か。行くぞニコライ。金はちゃんとしまっとけよ」
「わかってるよティム。それじゃ」
ティムとニコライの二人は、壁にかけてある薄手のコートと小銃を手に、休憩室から外に出る。春先とはいえまだ冷たい夜風が、先ほどまで暖かかった二人の体からぬくもりを奪っていった。
「お~さむさむ…やっぱカナダ領はまだ冷えるな…」
「夜の監視はきついもんだぜ…さ、はやくあいつらを迎えに行ってやろう」
「そうだな」
凍えるような風が吹く中、二人は監視塔へと続く通路を歩く。いまだ雪が残るカナダ領の夜は寒く、冬と何らそん色がないほどだった。
しばらく歩いたところで、ふとティムがつぶやく。
「なぁ。なんか静かすぎないか?」
「…そうだな。言われてみれば確かに」
二人が勤務している北監視所だけでも、夜間警備に当たるのは三十人。他の監視所と合わせれば百を超える。監視塔に向かう道中でさえも、誰かしらの話声が聞こえるはずなのだ。
だが今夜は話し声はおろか、物音ひとつ聞こえない。二人の胸に、一抹の不安が宿った。
「ま、まぁみんな休憩所にいるのかもな。今夜は冷えるから…」
「そうだな…」
話しているうちに監視塔に到着した二人は、一階のドアを開ける。
「おーっす。交代に……は?」
二人の視界に映ったのは、一面の血の海。一階全体が暖炉に照らされ、赤黒く不気味に光っていた。
その部屋の中心に、右半身しか残っていない遺体を持ち上げる不気味な後ろ姿が見える。針金の束のような黒い管が集まり、人の姿をなしている怪物。
突然、怪物の顔だけが180度回転し、こちらを見つめる。顔に唯一あるひとつ目は、不気味に黄色く輝いていた。
「ティム逃げろ!!」
怪物がこちらを見つめるや否や、ニコライが叫びながら小銃を乱射する。
「応援を呼べ!侵入者だ!」
「で、でもお前は…?」
「いいから行け!俺が食い止める!」
ニコライの叫びを受け、ティムは一目散にもと来た道を駆け戻る。
その途中で、断末魔のようなニコライの叫び声が聞こえた気がした。
「CP!こちら北監視塔!襲撃を受けた!応援を要請する!オーバー!」
ザーーーーーー
「CP!聞こえるか!こちら北監視塔!敵に襲撃された!応援をよこしてくれ!」
ザーーーーーー
「CP!C…くそっ!!」
ティムは応援要請をするが、流れてくるのは雑音ばかり。恐らく司令部もすでに襲撃されたのだろう。
涙でにじむ目を手で拭いながら、ティムは休憩所に到着する。
「みんな!襲撃だ!応え…ん…を…」
休憩所の様相は、まさに惨劇だった。
バラバラにされた警備兵たちの肉片が床に飛び散り、コート掛けには臓腑が引っ掛かり血液をぽたぽたと垂らしている。硝煙のにおいと焼けた肉のにおいが、ティムの鼻をつく。あまりの凄惨な光景に、思わずティムは吐いてしまった。
すると、一室のドアがゆっくりと開き、先ほどまでポーカーをしていた仲間の一人がひょっこりと顔を出す。見知った顔を見てティムは安堵し、思わず大声で話しかけた。
「ラナー!ああよかった生きてた…一緒に逃げよう!ここはもう…」
突然ラナーの顔が回転し消える。
「…ラナー…?」
ティムはそっとドアを開ける。そこには、上半身と下半身が切り分けられ、ドアに張り付けられているラナーの亡骸があった。
そしてその部屋の奥。先ほど見かけた怪物が、床に転がる警備兵たちの遺体の頭を、念入りに突き刺して回っていた。
腰が抜けてしまったティムは、その場にへたり込んでしまう。足元には、もう一人のポーカーをやっていた仲間と同じタトゥーが入った腕が転がっていた。
「あ…あぁ…リック…そんな、嘘だ…」
思わずティムの口からこぼれ出た弱音が、怪物たちに存在を知らせてしまった。部屋の奥で頭を刺しまわっているもののほか、別の部屋からも怪物が姿を現した。
「うわぁっぁあぁぁぁ!!」
肩から掛けていた小銃を乱射しながら、ティムは急いで外に駆け出す。
「誰かぁぁぁ!!誰かいないのかぁぁ!!」
雪がまだ残る極寒の地で、キンとした冷たい空気にティムの声が響く。しかし、その声にこたえる者はいなかった。
「誰か!助」
直後、ティムの胸に激痛が走る。恐る恐る見てみると、怪物の鋭い腕が自身の体を貫いていた。腕を引き抜かれ、ティムの体は雪積地面に倒れる。出血と雪によって徐々に体温は奪われ、次第に意識は遠くなっていく。
「だ……れ…………か…」
消え入る声で発したその言葉を最後に、ティムの頭は怪物によって切り飛ばされたのだったーー
ーー「……わかった。全監視所、制圧完了しました」
「よし、では行くぞ」
Ω1からの通達を聞き、一行は歩き出す。
メキシコ領でアナたちから逃走したゼノンは、アナとの交渉決裂を受け、メキシコ領で宣言した「自分なりの解決法」を実行するため、幹部三人と共に逃走したその足でグラウンドゼロに来ていた。
「しかし…大丈夫なのですか?ゼノン様。先ほどの傷の修理も行っていないというのに…」
「ここには私の元の腕よりもさらに優れたパーツがあるからな。修理にはそれを使う」
「そのパーツの調達のためだけに、こんな山奥まで来たんじゃありませんよね?ボス?ここの監視所のジャミングのせいで直にワープできなかった分、数時間歩かされてるんですから、それだけだったら怒りますよ?」
「安心しろセイレーン。メインは他の物だ」
Ω1の操作によって、グラウンドゼロへと通じるゲートがゆっくりと開く。
ゲートをくぐったゼノンたちの眼前に広がったのは、超巨大なクレーターだった。
「…本当にここ…?更地どころか大窪地ですけど…」
「途中合流したお前は知らなくとも当然だな。ここがかつての我々の家、アンドロイド軍本拠地だ」
得意げに鼻を鳴らして説明するカナロアをよそに、ゼノンとギガスは迷うことなく、クレータを下っていく。他の二人も、小走りでその後を追った。
数分かけて、一行はクレーターの最下層地点へと到着する。しかし、下ってもなお景色は変わることなく、雪の積もった泥土がほんの少し顔をのぞかせる程度であった。
セイレーンが困惑していると、ゼノンがしゃがみ込み、中心点の雪を払う。そこには、かなり大型な金属製の蓋があった。
「この蓋は?」
「ここは本拠地。確かに多くの主要機能は地表階層にあった。しかし、最も重要なものはな…」
しゃべりながら、ゼノンは合図を出す。合図を受け、カナロアがアームを使って蓋をこじ開けた。
「全て地下にあるのだ」
そういってゼノンはためらいなく穴に飛び降りる。ギガス、カナロアも後に続き、セイレーンも驚愕しつつ、穴に飛び込んでいった。
ドガァァァン
無事に着地したゼノンたちは、暗闇の中で内蔵してあるヘッドライトをつける。それでもなお漆黒が辺りを覆うが、アンドロイドである一行には関係の無いことだった。
「ここには、様々な兵器や情報資料が眠っている。アテナ様が直々におつくりしたものだ。その中でも、最高傑作と言っても過言ではない物たちを保管する場所…それがここだ」
闇の中を突き進んだゼノンが、左手で電子パネルを動かす。すると、長方形に伸びる地下施設全体のライトが作動し、部屋全体をアズールブルーの光で包む。そして、施設に保管されている物々を照らし出した。
「『プロジェクト・ロストウェポン』。アテナ様が戦争終結のために作りだした超常兵器製造計画だ。その完成品がここに保管されている」
再びゼノンは迷いなく歩き出すと、一つの金属製の大型コンテナの前に立ち止まる。そして慣れた手つきでコンテナの電子版を操作すると、「プシュウ」という音と共に作動。ゆっくりと蓋が開く。
中に入っていたのは、純白に輝く一対の”腕”だった。
「これは?」
「幹部専用特殊腕パーツ『ヤールングレイプル』。今後の私の”腕”だ」
そういってゼノンは右腕を取り付ける。とたんにヤールングレイプルが変形、伸長したことによってできた溝からは、紫色の光がまばゆく輝いていた。
「すごい…こんな変形機構見たことがありません…」
「着用者の思考をもとに、最も適した状態に変形しあらゆる機能を極限まで高める。それがヤールングレイプルの力だ」
続けてゼノンは、「この際だ」といって左腕を取り外すと、もう片方のヤールングレイプルを装着した。新たな腕の心地を試すかのように、ゼノンは何度も手のひらを開閉させ、肩を回す。その動きは、以前までのゼノンの腕よりも目に見えて滑らかだった。
ヤールングレイプルを装着し終わったゼノンは、施設の奥へ歩き出す。
「それで、他のものというのもその…ロストウェポン?というものなのですか?」
「そうだ。今回の戦いで杖を失ったからな。まだあるのなら、あれをもらっていく」
歩いて数分。ゼノンが立ち止まった。
その眼前には、巨大なガラス張りのポッドが鎮座しており、中には三日月上の先端の杖が入っていた。
ゼノンは新たな腕でポッドのロックを解除しガラスケースを開けると、杖を手に取った。
「『増杖アロン』。この三日月型に収まるものの性能を模倣、増幅し、攻撃に転用する兵器だ。例えば…」
ゼノンは懐から紫色の結晶を取り出すと、アロンの先端に近づける。途端にアロンが反応。吸い込むようにゼノンから結晶を奪うと、先端の中で浮かせて保有した。それを確認したゼノンは、ためらいなく杖の先端を壁に向ける。すると、アロンの先端が紫色に輝き、光弾を発射する。
ドゴォォォォン!!
その威力は、以前ゼノンが使っていた杖とはまるで比べ物にならないほどの威力だった。
「このクリスタルは、以前私が使っていた杖にも組み込まれていたが…ここまでの威力は出せん」
セイレーンとゼノンが杖を眺めていると、降下地点付近から「ゼノン様~!」と、カナロアの呼ぶ声が聞こえた。
「見つけたか」
「えぇ、こちらです」
カナロアに連れられ、二人は施設を進んでゆく。目的の場所にはギガスが待機しており、小型のカプセルを見守っていた。
「カプセルに保管されている鋼色の球体…恐らくこれかと」
「あぁ間違いない。これだ」
ゼノンの指がUSBのように変形し、カプセルの挿入口に差し込まれる。すると、数秒も経たないうちにカプセルが解放。途端に内部から、鋼色の球体が勢い用飛び出した。
「うおっ!?」
「きゃっ!何!?」
「あわてるな二人とも。害はない。今のところは」
球体はひとしきり施設内を飛び回ると、ゼノンたちを見下ろすように停止。途端に複数の触手のようなものを生やし、ゼノンたちに狙いを定めていた。
皆が戦闘態勢をとる中、ゼノンだけは臆することなく球体に歩み寄り、杖の結晶を手で取り外すと、そっと近づけた。
「圧縮集合型ナノマシン『アレス』。触れた物のあらゆるリミッターを外し、狂暴化させる代物だ。自立思考を目的にAIが内蔵されているが、いかんせん血の気が多くてな。適切に操作しなければ、こんな風に敵味方問わず襲い掛かってくる」
杖の先端が徐々にアレスに近づく。と、途端にアレスは触手を引っ込め、おとなしくなった。
おとなしくなったアレスを、ゼノンはそっと手に乗せる。
「これが今回探し求めていた本命。これを使い、我々は攻勢に出る」
そういってゼノンは、先ほどの紫色の結晶をアレスに近づける。すると、アレスは大きく球体を開き、結晶を内部に取り込んだ。それを見てゼノンは、再びアロンの先端を近づける。途端にアレスとアロンの先端をつなぐように、幾本もの青い稲妻が走る。そして
ガシィィン!
激しい音とともに、アロンの先端に、アレスが収まった。
ゼノンはアロンを天に掲げる。すると、極大のエネルギービームが放たれ、地表一直線に大穴を開けた。
巨大な穴を作ったゼノンは、アロンの底を地面にガァンと叩きつけ、声高に宣言した。
「同志達よ。機は熟した。これより、同胞救出のため、人類との戦争を始める!!」
to be continued




