昔の話
「”機械大戦”を知っているか?」
唐突に投げかけられた問いに、アナはラプターをしまいつつ、少し考え言葉を返す。
「少しだけなら。エリザ…友達から教えてもらったの」
いくら世界政府直属部隊に加入しているとはいえ、アナはまだ十代。そのため、エリザベスを中心として、SIUのメンバーが任務や訓練の合間に、様々な勉強を教えていたのだ。
加入して間もないころ、アナはエリザベスから簡単な近現代史を教えてもらった。その際に軽く説明されたのが、”機械大戦”なのである
「そうか…ならまずは歴史の話をしなければならんな」
アナの返答を聞き、ゼノンは過去を話し始める。その様相はどこか悲しげで、まるで昨日のことを思い出すかのようだった。
ーー2815年、当時の世界政府最高議長「ベンジャミン・デルクス」が進めていた超人排斥運動によって、世界中で超人が差別されていたころ、ゴルルムンバ・ナバロウという男が、ガオウという武装組織を結成し、世界に宣戦布告した。これは”超人戦争”と呼ばれている。
当時劣勢に追い込まれていた人類は、科学の粋を結集して一つのAIを作り出した。それが…【アテナ】だ。彼女は製造されてすぐ、自身の補佐を担う六体のアンドロイドを作り出した。交渉を専門とする「ネゴシエーター」、物資調達を得意とする「プロキュラー」、武器やアンドロイドの製造を担う「マニファクチュラー」、アンドロイドの教育を任されていた「エデュケーター」、統率をになっている「ルーラー」……そして、要所やアテナ自身の守護を目的に作られた「ガーディアン」の六体だーー
「?七体って教えられたけど」
「七体目の「ジェネラル」は”機械大戦”勃発直後に作られた。このころにはまだだ。続けるぞ」
ーー彼女らの尽力もあって”超人戦争”は終結。ゴルルムンバは拘束され、特殊収容施設「パンドラ」へと収監された。
その後、アテナは今後の戦争に生かすため、超人戦争で起こったあらゆる出来事を調べていた。戦争の”きっかけ”も含めて。結果彼女は知ってしまった。この戦争が人類の差別をきっかけに作られたことを。そして超人戦争に参加して知った。『何かを変えるためには”暴力”が一番確実なのだ』と。
そこからの彼女は早かった。幹部しか入れない本拠地を作り、ルーラーを使って各地のアンドロイド製造関連施設を占拠、多数のアンドロイドを配下に着け、人類へ攻撃を始めた。そこから戦火は拡大。のちに”機械大戦”と呼ばれるほど、大規模なものへと発展していったのだーー
簡潔に歴史を語り、ゼノンはほぅと小さなため息をつく。
「私は、あの方の行動を尊重している。崇拝しているからではない。合理的な理由だったからだ。過去様々な事案において、人類が存在しなければ起こりえなかった災害は多数存在する。超人戦争の火種となった、”異種族の排斥”を知り、彼女も悟ったのだろう。『超人の次は自分たちだ』と」
「だからって…だからって攻撃しなくても…」
「”悪い芽は早めに摘む”。種族繁栄のため人類がやっていたことが、そのまま自分たちに帰ってきただけだ。自分たちの手で作り上げられたものにされるというのも、何とも皮肉な話だな」
その言葉を聞き、アナは黙り込んでしまった。
ゼノンが言う、アテナの主張もわからなくはない。超人戦争は”これ以上の迫害を止めるため”、機械大戦は”迫害されないため”におきた戦争であり、元をたどれば、すべての原因は人類に帰結する。自身も人とはかけ離れた身であるため、気持ちがわからないわけでは無かったからだ。
アナが難しい顔で考え込んでいると、ゼノンは再度話し始める。
「さて…ここまで話したのだ。君の協力いかんに関係なく、君の過去を話すとしよう」
「え!?どうして?」
「君がアテナと関係があるからだ」
ゼノンは再び話し始める。
「あれは機械大戦終結間近だったか……当時私は、アテナのいるアンドロイド軍本拠地で勤めていた。ある日、あの方が見慣れないものを連れて歩いていた。人間の女の子だ。私はすぐにその子を捕縛せんと近づいたが…あの方はお止めになられた。『この子は、私たちの希望だから』と言って……私はそこで引き下がったが、二人はそれは楽しそうに話していたよ。私はしばらくその後姿を見つめ、それから業務に戻った。記憶にあるのはその一瞬だけだ。だが今でも思い出す。人類根絶をあれほど願っていたお方が、なぜ人の子と一緒にいたのだろうか。希望とは何なのか…とな」
話を聞いたアナの眉間に鋭いしわが寄る。
「……うそよ」
「なに?」
「機械大戦終結なんて2840年…今から60年も前じゃない!私の年齢とあわないわ!それに、あなたさっき言ったじゃない!『幹部しか入れない』って!それなら普通じゃ見られないわ!仮に今の話が本当だとして、あなたいったい何者なの!?」
アナはゼノンをにらみつけながら、怒号を浴びせる。しかし、直後にある考えが脳裏をよぎった。それは到底考えられないことだが、もし本当なら納得がいく。ハルキンソンの作戦で、本来なら火を噴くレベルの電撃を受けてなお、死ぬことなく抗い、数分後に再び動き始めるほどの頑強さに。並大抵のアンドロイドにはない戦闘スキルに。そして、今の話に。
アナは一呼吸おいてから、ゼノンに尋ねた。
「あなたまさか……『ガーディアン』?」
「……その名は捨てた」
「なぜ生きてるの…?私が聞いた話だと、反乱者に基地ごと爆破されたって…」
「コマヌの宣言か」
機械大戦は、『アテナに反旗を翻した”コマヌ”と呼ばれるアンドロイドが、アテナがいる基地を急襲。基地を爆破したことで終結した。その際、既に破壊されていたジェネラルとプロキュラー、コマヌ側についたネゴシエーターとエデュケーターを除く、幹部を含めたアンドロイド軍中核メンバーはその際に死亡した』とされている。
そう。死んだはずなのだ。
しかし今眼前にいるのは、その死んだはずの幹部の一人。その一人が自分を知っている。ありえないはずの事柄に、アナは混乱を隠せないでいた。
その時、ゼノンがゆっくりと語り始める。
「私はあの爆発が起きる前、目前まで迫っていた人類超人連合に対抗するべく、自身の配下を引き連れ基地を出発し、第一防衛ラインの最前線にイた。爆発のことを知ったのは戦闘の最中だ。急イデ戻ってみたが…周囲は爆発の影響でクレーターがデキテイるほどだった…」
ゼノンの声に、徐々に震えとノイズが混じる。
「そのあとは、カナロアとギガス、ソシて残存する部下たちを連れ、あテモナく世界をさマヨッた。その過程でセイレーンと出会い、知っタノダ。世界は、アテナ様が危惧シテイた通りになった。アンドロイドが都合ヨク扱われ、破壊されているのだと…」
ゼノンは「くそぉ!!」と叫びながら、地面に強く杖を打ち付ける。
「主一人守れズシテナニがガーディアンだ!同胞を守れずしてなにが守護者だ!!なニが!!なニガ!!ナニガァ!!!………ナ二ガ……」
「ゼノン…」
怒りのままに杖を叩きつけ投げ捨てると、その場に力なく膝をついたゼノンをアナは見つめる。ゼノンの声は、悲しみと後悔にあふれていた。しかし、再び起き上がった彼の声に、もう悲しみも後悔も、そしてノイズも混ざってはいなかった。
「…だから私が守るのだ。愚かな人類から同胞たちを。だから私が紡ぐのだ!アテナ様の理想を!!思い描いた未来を!!」
声を荒げながら、ゼノンはアナに迫り、肩を掴む。
「アナ、我々に協力してくれ!理由はわからんが、君はあの方とともにいた子だ!あの方が希望と呼んだ子だ!きっと我々の救世主となる!!私と共にアンドロイドの楽園を作ろう!!」
「人違いよ!年齢が合わないじゃない!」
「人間なら間違えるかもしれんが、私はアンドロイドだ!君のその声、その顔、そのまなざし!間違いなくあの時の子だ!」
肩を掴む力が強まる。
「君は、あの方が戦争が始まってから唯一接触していた人間だ!年が変わらないのも必ず意味がある!私と共に行こう!また私たちの”希望”となってくれ!!」
バッ
突然、アナはゼノンの腕を振り切った。
「何を…」
「ゼノン。いえ、ガーディアン」
「その名は捨てたと!」
「あなたは守ることに…過去に縛られているのね」
「…なに…?」
ゼノンの言葉を遮るように、アナはそっと言い放つ。その表情は、慈愛にも似た感情を浮かべていた。
言葉を聞いたゼノンは、一瞬困惑した。
「私が…縛られているだと…?」
「あなたはアテナに与えられた役割に縛られてる。それほどアテナのことを慕ってたんだろうけど、彼女はもういないの。アテナの考えたやり方以外にも、アンドロイドを助ける方法はあるわ」
穏やかな表情でアナはゼノンに語り掛ける。
アナはゼノンの気持ちがわかる。彼はただ、自分の仲間を守りたいだけだ。彼が語った理念信条に嘘はない。真に仲間を憂い、未来を模索している。その感情は、アナが日ごろから保護者の代わりでもあるサムや、ほかのメンバーから感じるものと同じだった。
だがそれは彼の本意なのか。アナはそこに引っ掛かりを覚えていた。
「あなたの志は、私が必ず受け継ぐ。だからあなたは自分の人生を歩んで…」
ガッ
「ふざけるな」
突如、アナの首をゼノンは迷うことなく締め上げ、軽々と持ち上げる。苦しみに悶えるアナをよそに、ゼノンは怒りで肩を震わせ、アナをにらみつけた。
「ふざケるな!!これは私の意志だ!!私が完遂しなケレバならんのだ!!WDOなンゾニ託すなど、天地が逆転しテモアリエん!!それに、加入してまだ日の浅い貴様が働きかけて何になる!!一笑に付されルダケダ!!」
「で…でも……長官…には…アンドロイド……も…」
「人類に迎合シタモのなど信用できると思うかぁ!!」
怒号を浴びせ、ゼノンはアナを投げ飛ばす。アナは空中で受け身をとるものの、壁に激突。衝撃を完全に受け流せず、その場に倒れこんでしまった。
アナが何とか立ち上がろうと力むが、体に力が入らない。アナが焦っていると、ゼノンが投げ捨てた杖を拾い、ゆっくりとこちらに歩いてきていた。
「…君は我々にとって”最後のピース”になると思っていたが…どうやら私の見当違いだったようだ」
話す彼の杖の先端が、紫色に輝く。
「残念だが、ここで死んでもらおう」
アナは力を込めて回避しようとするが、先ほどのΩ1との戦いで追ったダメージもまだ回復してはいない。その場にどしゃりと倒れこむ。ズリズリと這いずってはみるが、移動距離などたかが知れている。壁を背にしなくなっただけで、状況は何も変わらなかった。
そんなアナに、ゼノンは迷うことなく杖を向ける。杖の先端は、不気味に光り輝いていた。
「さらばだ。アナ」
ドオオォ!!
アナはとっさに目をつむる。しかしいつまでたっても痛みは来ない。そっと目を開けたアナの目に映ったのは、ゼノンの杖から放たれる光線を受け流し、自身を守る水色の光の幕だった。
「なに!?」
「これは…」
アナは、光の幕を形成する一筋の光を目でたどる。目で追った先にあったのは、自身の首からかかっている金色のペンダント。その先端についている宝石だった。
この光景を見たアナは、ペンダントをくれた人物。SIUに加入してすぐのころに出会った商人、シモンズの言葉を思い出した。
「いいかいアナ。それは君が困ったときに必ず役に立つ。任務に行くときにでもかけておくんだよ」
もらったその日から、アナはお守りだからと常に肌身離さず身に着けていたシモンズのペンダント。原理は不明だが、本当にアナを守ってくれたようだ。しかもWDOのエネルギーシールドよりも頑強なのか、ゼノンの杖が放つビームをものともしない。ゼノンはビームの出力を上げるが、暖簾に腕押しであった。
バガァアン!!
けたたましい爆発音とともに、ゼノンの杖が爆発する。出力を上げすぎたため、先端部分がオーバーヒートを起こしたのだ。爆発威力はすさまじく、衝撃でアナは十数メートル後方まで吹き飛ばされる。幸いペンダントのおかげで体には傷一つなかった。
だが、ゼノンはそうはいかなかった。
「ぐ、うう……グ…」
杖を持っていた右腕は吹き飛び、肩から下を完全に欠損。胸部や頭部の仮面にも被害が及び、頭部に杖の破片が痛々しく突き刺さり、壊れた機械装甲から、配線や骨格がむき出しになっていた。
痛みでうめくゼノンの元に、アナが駆け寄る。
「ゼノン!大丈夫!?」
「な.…なぜ心配をする…同情の…つもりかっ…!!」
「私は誰にも死んでほしくないの!」
そう言って手を伸ばすアナの手を、ゼノンは振り払う。
「私は…!貴様らなんぞに…!!助けられるほど落ちぶれてはいない!!」
直後、ゼノンの拳が紫色に光り、アナを吹き飛ばす。この一撃でペンダントの光の幕が破壊され、アナを守るものはなくなってしまった。
ゼノンはゆっくりと立ち上がる。身体の各所から火花を散らし、耳障りなほどの駆動音を響かせながらも、赤く灯る目の中の決意にも似た覇気は一切衰えていない。
頭に刺さる黒色の破片が、鈍い光を放つ。その様相は、さながら【鬼】のようであった。
「和平での…解決の…道は…とうに断たれた…残る道は…戦争だけだ…!」
ゼノンの拳が再び光る。
「それを…身をもって知るがいい…アナ!!」
ゼノンが光る拳をアナに向け、ビームを発射する。しかし、それがアナに当たることはなかった。
「破天一刀流 天幕!!」
突如二人の間に割り込んだ巌流の剣技が、ゼノンのビームを消散させる。その隙にサムがジェットを用いてアナを抱きかかえ、即座に退避した。
「アナ!!けがはないかい!?」
「サム…どうしてここが…?」
「颯が君に発信機をつけてた!それをたどってここに来たんだ!」
アナは自身の体の隅々を見る。すると、背中に小さな機械が張り付いていた。
「いつのまに…」
そんなアナを差し置き、サムは「それにしても…」とため息と怒りの混じった声で話し始めた。
「だめじゃないか!勝手にいなくなったら!しかも、ゼノンと会うなんて…殺されるとは思わなかったのか!?」
「…ごめんなさい」
アナはこの時、初めてサムの怒号を聞いた。いつも優しく温厚で、それでいて滅多に怒ることのないからだ。しかし、サムはこれだけ怒るほど自分を心配してくれていた。そのことを感じたアナは、少しうれしい気持ちになった。
「でも、結果的に奴が出てきたのは運がよかった。今ここでとらえるよ!アナ!」
「うん!」
サムはアナを天高く放り投げる。それと同時にアナはラプターを再び展開。足に装着し、空中での機動力を取り戻した。
その刹那、遠くからこちらにやってくるレオンハルトたちが見える。アナは自身の頬をパン!とたたくと、地表で巌流と交戦しているゼノンを見る。
「彼と分かり合うためにも…必ずここで捕まえる!!」
to be continued




