チップをたどって
「以上が、回収されたチップに関連した、詳しい調査内容です」
WDO本部長官室で、サムが行方不明者の頭部から発見したチップの詳しい調査内容を、源一郎に説明していた。
行方不明者捜索作戦から四日後
ボンブ、オリバー、アマンダによる更なる調査によって、チップに関する詳しいことがわかってきた。
一つ このチップはボンブの当初の見立て通り、本来サイボーグや機械四肢の動作補助を目的としたものを改造したモノであること。
二つ チップの製造会社はセキアテックスの子会社であるオーグメイル社。だが調査したところ熱吸収装置やその他の改造は同社で行っておらず、購入した何者かが行っているということ。
三つ オーグメイル社のチップ、熱吸収装置や改造のための素材、レックスが供述したアイアンエデンの拠点情報から、この人を操るチップの製造元はガーデハイト合衆国のアメリカ領とメキシコ領の境にある小さな州「レイモンド」にある可能性が高いということ。
以上の情報から、WDOはガーデハイト支部に捜索を命令。その結果、拠点と目される該当箇所に小さな工場があることが判明した。
「サム。ガーデハイト支部が得た情報が正しければ、今でもここでチップが製造されている可能性が高い。そこで任務だ。現地へ急行し、この工場を調査してくれ。この工場は衛星を通じて常時監視中だ。何か変化があれば連絡がいくだろう。ガーデハイト支部にも協力の通達をしておく。頼んだぞ」
「了解。即時取り掛かります」
源一郎の指示を受け、サムは長官室を後にした。
そんなサムと入れ替わる形で、ハンドラーが入室してくる。
「何かあったんですか?京極長官」
「件のチップの件だ。製造場所らしき拠点の制圧任務を要請した」
「あぁなるほど、それで彼は急いでいたのですか」
「ところで、何か用かな?ハンドラー」
「えぇ。アイアンエデンの主戦力、バックラーがいつ何の目的で配備されたものなのか判明しました」
そう言ってハンドラーは資料の束を源一郎に手渡す。源一郎はすぐに資料を読み始める。と、ほどなくして源一郎の眉間に深いしわができた。
「…これは本当か、ハンドラー」
「えぇ、間違いありません。バックラーは”機械大戦”で製造された機体、しかも既存のアンドロイドと違って、アテナが直々に作り上げた拠点防衛専門のアンドロイドです」
数時間後 ガーデハイト領上空 バトルホーク機内
今回選出されたメンバーはサム、ビル、颯、巌流、アナ、テリー、レオンハルトの七人。拠点制圧ということもあり、機動性と制圧力、索敵に長けたメンバー構成となった。
機内ではサムが皆を呼び集め、バトルホークについているホログラムデスクで作戦概要を説明していた。
「今回もまたガーデハイト支部との合同作戦となるが、先ほど作戦が決まったうえに敵拠点から最寄りの基地が80km離れているため即座には来られない。到着を待っている間に逃げられてしまっては元も子もないため、僕らが先に作戦を開始しようと思う」
「俺たちはいいけどよ、あっちが困るんじゃねぇの?集団行動命だろ、軍隊は」
「そこと話し合った結果さビル。今回は何よりも拠点制圧ないし構成員確保が最優先事項だ。ある程度先んじて作戦を開始しても問題ないと連絡も来てるしね」
「それなら気軽にやれるね。皆さんに迷惑かけちゃうのも申し訳ないし、できれば僕らで終わらせたいけど…」
「テリーの言うとおりだ。だが、先の行方不明者捜索の件もある。伏兵が潜んでるかもしれんな」
「そのためにテリーと僕が呼ばれたんじゃん?まさかしらみつぶしに見回って探すつもりだったの?お侍さんっ」
「お前のように陰でこそこそと動くのは性に合わないのでな。何よりアナのラプターもある。テリーはまだしも、お前の出る幕はないと思うがな。颯」
「君が自由に動けるのは誰のおかげ?僕の事前の索敵あってこそでしょ?」
「それがなくとも俺に問題はない!」
「はい二人ともそこまで!続けるよ」
いがみ合う颯と巌流を、サムは軽くいさめる。そして再びブリーフィングを始めた。
「この喧嘩を見てから言うのもなんだけど、到着したらまず颯に建物と周囲の簡単な索敵をしてもらう。得た情報は逐次こちらに送ってくれ」
「オッケー」
「次にテリー、レオンを前衛に据え、工場へと進行。アナはラプターを展開して周囲を警戒してほしい」
「わかった」
「工場到着後、僕とビルが正面から突入する。もしほかに出入口があれば一つを颯が、他を残りの皆で封鎖、完全に包囲する陣形で行く。入口の数に応じて人数も変動するだろうから、そのつもりで」
サムが説明していると、ビルが手を挙げた。
「はい質問」
「どうした?ビル」
「事前にガーデハイト支部の奴らが建物を調べたんじゃないのか?」
「もしその施設がアイアンエデンの拠点だった場合、下手に踏み込めば気取られる。今回の基地の位置情報特定も衛星のみでおこなったから、詳しい情報は殆どないんだ」
「おいおい大丈夫かよ…俺たちの人数以上に出入口があったり、地下やなんかに逃げ道があったらどうしようもねぇぞ?」
「そのためのテリー、颯、アナの探索トリオさ。颯は内部情報を、アナはラプターで建物周辺を、テリーは持ち前の嗅覚でそれらを暴き出す。そして僕らで一気に叩くのが、今回の作戦さ」
そう言いながらサムがホログラムデスクの電源を切ると同時に、後部のハッチがゆっくりと開く。それを見た颯は立ち上がって軽い柔軟を行うと、開ききったハッチのへりに立った。
「さ、作戦会議が終わったなら、僕は一足早く向かうとするよ」
「あぶない!」
思わずアナがラプターを展開し、颯の体を支えようとする。しかしサムは「大丈夫」と言ってアナを制止した。
「それじゃ、みんなまたあとでね」
挨拶と同時に颯はバトルホークから飛び降りる。そのままハッチは閉じてしまった。サムの言葉を信じて見ていたものの、さすがに心配が勝ったアナが皆に尋ねた。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?!」
「あ、そっか。アナ、颯の出撃見るの初めてか。窓から見ててごらん。かっこいいよ」
テリーに言われ、アナは急いで窓際に向かい颯を見る。
急降下していく颯。しかしアナを見つけて、崩した別れの敬礼をした次の瞬間。まるでムササビのような膜が体から現れ、そのまま工場のほうへと飛んで行ってしまった。
初めて見る光景に、アナの目はキラキラと子供のように輝く。そして興奮しながらテリーに今見た物を伝えた。
「テリー!今!颯の体が!ぶわって!ムササビみたいになって!!」
「あっははは!そこまで喜ぶなら颯もうれしいだろうね!あとでカッコよかったって言ってあげて。きっと喜ぶから」
「うん!」
「いつもやってることだ。そのうち嫌になってくるぞ」
「ま、ある種パフォーマーだからなあいつ」
はしゃぐアナをしり目に、巌流とビルは悪態をつく。その光景を見て、アナは再びテリーに尋ねた。
「ねぇテリー。颯と巌流って仲良くないの?」
「あの二人はね~…あんな風にしょっちゅう言い合ってるんだよね。僕らは見慣れちゃったけど」
その言葉を聞いてしゅんとするアナに、テリーは耳打ちする。
「でもねアナ。あの二人なんだかんだ喧嘩してるけど、連携はすごいんだよ。多分僕らの部隊で一番かも」
「そうなの?仲良くないとうまくいかないんじゃない?」
「”喧嘩するほど仲がいい”ってやつかもね」
二人がくすくすと笑っているとバトルホークが停止、そのままスムーズに着陸した。
「さて、到着だな。おぉいレオン!起きろ!朝だぞ!」
ハッチが開くのを見ながらビルは声を張り上げる。その声を聞き、バトルホークの端にあるベッドで寝ていたレオンハルトが、あくび交じりに目覚めた。
「ふあ~~ぁ…もう到着か、早いな」
「年々朝が弱くなってるんじゃないですか?レオンさん」
「もう六十を過ぎているからな…だがまだまだ現役だぞ!日々のトレーニングも欠かさず行っているからな!眠気など即座に吹き飛ぶわ!」
「俺もあなたみたいな年の取り方をしたいものです」
「心配するな巌流!今の年でそこまで動けていれば、きっと我よりも元気になれるぞ!」
巌流と会話しているうちに、レオンハルトを含めた全員の出撃準備は整う。皆が降りるのを見届けると、オリバーの「ソレデハオ気ヲ付ケテ!」という声と共にバトルホークは再び空へと飛び去って行った。
「さてと、ついたはいいが…ここはどこだ?」
ビルがそういうのも無理はない。周りは少々の緩急がある荒野とサボテン、ちらほらと生えている自分の背丈の半分ほどの草むらや、枯れた小さな木ばかり。件の工場はどこにも見当たらないからだ。
「ここは工場から南東に500メートル離れた場所さ。敵の潜伏なども考慮して、少し離れた位置から進むことにする」
「むぅ、寝覚めの運動がウォーキングとはな…」
「あとで沢山動くことになると思うよ。さ、行こうか」
サムの掛け声で、皆は南東へと歩き始めた。
数分後
「さて、この丘を越えた先だ。そっちはどうだい?颯」
「建物の大きさはそこそこだけど、出入口は自動開閉型の大型ゲートが一つ。建物には人の出入りするものと物資搬入用の二つが隣接してるだけ。僕が監視を始めてから二十分は経つけど、どれも人の出入りはない……もしかしてもう逃げられたとか?」
「その可能性もなくはないだろうけど、衛星映像にも変化はない…アナ、テリー、何か異常は?」
「私のラプターには何も引っかかってないわ」
「僕も。今のところ異音は無し、アンドロイドのにおいもビル以外にはしないよ」
「今回は伏兵なしか…?」
「工場内に潜伏しているかもしれん。油断するでないぞビル」
「わかってるよっと…さて、到着か」
皆が話しているうちに工場の正面まで到着した。全員が武器をとりアイコンタクトをとると、レオンハルトがハンマーを勢い良く振りかぶり、ゲートを破壊する。すさまじい轟音とともにゲートは後方に吹き飛ばされ、従業員が出入りするであろう出入口に激突。結果的に入り口をふさぐ形で壁にめり込んだ。
「寝起きにしてはいいスイングだな」
「無論だ!いつどんな時でも我の腕はなまってはおらんぞ!」
ハンマーを肩にかけながら、自慢げにレオンハルトは胸を張る。そんな彼を横目に皆はゲートから敷地内に侵入した。
しかし何かが妙だ。
これだけの騒ぎを起こしていながら警報はおろか、声すら聞こえない。その異常に皆はすぐに気づいた。
「ゲートを吹き飛ばして警報一つならないとは…すでに逃げられた後じゃないのか?」
「今回は巌流の意見に賛成。さっきから監視してるけど何も動きがない。不自然なほどにね」
「衛星映像にも一切変化はない…もしや事前に察知されていた?」
「この作戦は先ほど決まった。ごく少数しか知らないはずだ。となると、WDOに奴らとつながっているものがいることになるが…」
ビルから何気なく出たひと言。その言葉を聞いて、サムにあの時のボンブとの会話がよぎる。
『無関係と考えるにゃあ、ちと”できすぎ”じゃねぇかい?』
(できすぎ、か…まさか本当に…?)
サムは静かにアナに目を向ける。アナはラプターを五機ほど出しながら、真剣なまなざしで周囲を警戒していた。しかし今のサムにとってはそれが本気なのか、はたまた自分たちを欺くための演技なのかわからないでいた。
(もし本当につながっているのなら、今後の作戦にも支障をきたす…この際拘束も…)
疑念がぬぐい切れないサムが考えていると、テリーが突然車両用出入口を見て叫んだ。
「みんな!何か来る!」
掛け声と同時に、閉じていたシャッターが爆発音とともに勢いよく破壊される。
何事かと皆が身構えると、立ち上る煙の中から人影が三つ、ゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。
「全員動くな!WDOだ!」
ビル、サムは銃を向け、最初の勧告を行う。しかし以外にも、声を聴いた影はぴたりとその場で止まった。
「お前たちを拘束する!ゆっくりと両手をみえる位置に置いて跪け!」
ビルの声があたりに響く。すると。
土煙に隠れた三人の目が不気味な黄色に光り、こちらを見つめ始めた。何かまずいとビルが即座に発砲するが、三人は勢いよく空中に飛び上がり土煙を掻き分け姿を現した。
その姿は、針金の束のような配線にも似た黒い管が、幾重にも絡まり巻きつき人の姿をなしている異形の存在…黄色いひとつ目を持った謎の何かだった。
謎の何かはアナたちを見ると、どこからなっているのかもわからない機械音声を発した。
「排除対象特定。武器使用許可確認。WDO抹殺開始」
to be continued




