残酷な仕返し
「颯!?何でここにいる?!」
ビルの声につられて、アレキサンダーも驚きの声を上げる。颯は意にも介さず自身の右手を眺めながら応対した。
「その話今してる場合?来るよ」
颯の声をかき消すように、周囲の男たちの足音が迫る。焦る皆をよそに、颯は落ち着いた声でサムに尋ねた。
「ねーサム。殺していいの?彼ら」
「だめだ!」
「ちぇっ、りょーかい」
颯は返事をするや否や、眺めていた右手を爪を立てて地面に振り下ろす。途端に周囲の男たちの動きがぴたりと止まったかと思うと、そのまま近くの木に全員吊り上げられた。
じたばたともがく男たちを見て、皆は武装解除する。しかしアナは何が何だかわからず、目を白黒させながら周りの吊られた男たちを見ていた。
それに気づいた颯は、指をいじりつついぶかしみながらアナを見つめ、再びサムに尋ねた。
「…誰この子?」
「あぁそうか、颯には説明してなかったね。彼女はアナ。新しいメンバーだ」
「新メンバー!?この子が!?何かの冗談でしょ?」
「実はね…」
サムはこれまでのことを颯に話した。颯は困惑しながらも状況を飲み込んだようで、眉間にしわを寄せながらうんうんと唸っていた。
「源一郎長官直々の命令かぁ…何かを見抜いたのかね?僕の時みたいに」
「事実、アナはかなり成長して尚且つ活躍もしている。颯の時もそうだったけど、あの人の目に狂いはないみたいだ」
二人が話しているうちに、ほかの面々は十五人の男たちの拘束を終えて一息ついていた。それと同時にオリバーが運転するバトルホークが到着。皆の上空で停止すると、すぐに通信が入った。
「皆サン無事デスカ!?」
「なんとかね。颯が来てくれなかったら危ないところだったよ」
「颯サンガ?ドウシテココニ…イエ、無事ナラナニヨリデス…今カラフックヲ垂ラシマスカラ、縄ニカケテクダサイ。行方不明者ノ方々ヲ回収シマス」
オリバーの指示通りにフックをかけ、男たちは一塊になって宙に吊り上げられる。暴れているせいで多少揺れはしたものの、バトルホークの重量であれば問題ない。無事に回収された。
それを見て、皆は緊張から解放され安どのため息をつく。
「いや~楽しかった!我は久々に動けて満足だぞ!」
「はしゃぐのはいいが、明日は筋肉痛で動けなくなるぞ」
「何のための日々の訓練だアレク。それぐらい平気だ!問題はない!」
「だといいがな。前そう言ったときは腕と腰が痛いだか言って三日寝込んだのを忘れたか?」
「ぬ…ううむ…」
話していると、オリバーから再び通信が入った。
「ハイ、確認シマシタ。総勢十四名、確保デス」
「…なに?”十四”?」
「エエ、十四名デスガ…」
「一人足りない!どこ行った!?」
ビルの声が響いた直後、木陰にいたアナの後ろからマチェットを持った男の姿が唐突に表れる。男はアナに向かっていき、迷うことなくマチェットを振りかぶった。それぞれが離れているため即座にカバーはできない。ビルは銃を抜こうとホルスターに手をかけているが、間に合わないだろう。
「まずい!アナ!!」
ビルの掛け声でアナは振り向く。すでに男はアナの眼前でマチェットを振り下ろしていた。
焦る皆をよそに颯は、今度は左手を眺めながらサムに尋ねた。
「もう一度聞くけど…サム、殺していい?」
「アナが助かるなら生死は問わないが…なるべく殺すな」
「フフ、了解」
目前まで迫るマチェットを見て、アナが思わず目をつぶった。しかしいつまでたっても痛みは来ない。
恐る恐るアナが目を開けると、男の動きがぴたりと止まっていた。状況が呑み込めずアナが男を注視していると、何やら月明かりで光るものが見えた。
糸である。
数本のキラキラと光る糸が、いつの間にやら男をからめとっていたのだ。その糸は、颯の指先につながっていた。
絡められた男は脱出しようともがく。だがもがけばもがくほど、糸は体に食い込んでいった。
「今だ!アナ!こっち来い!」
「わ、わかった!」
アナは小走りでビルの元に駆け寄る。
なおももがく男の体には糸が食い込み、所々から血がにじむ。しかし男の表情は一切変わることはなかった。
皆が警戒していると、颯の明るい声が響いた。
「みんな、先に機内に戻っててよ。この人はこっちで何とかするから」
「一人で大丈夫か?この暴れっぷりだと苦労するぞ」
「だーいじょうぶ大丈夫。すぐ済むからさ」
アレキサンダーは颯の身を案じつつも「気をつけろよ」と言い残し、ジェットパックを起動して機内に戻っていく。サムを除く他のメンバーも、アレキサンダーの後に続いて機内に戻っていった。
皆が機内に戻ったことを確認すると、サムと颯は再び男を見た。すでに暴れすぎたためマチェットを持っていた右手は糸によって切断され、地面に無造作に転がって血だまりを作っている。腹や太ももにも糸は食い込み、多量に血を流していた。
「すごい暴れっぷり。痛覚無いのかな?」
「恐らくそうだろうね。脳をいじられているのか、なにがしかの能力か…」
「どうする?みんなにああいった手前なんだけど、つれて帰る?」
「いや、この傷じゃ帰投中に死んでしまう…颯。楽にしてあげてくれ」
颯は無言でただうなずくと、左手を強く握る。
途端に男に絡みついていた糸が勢い良く締まり、男の体は無残にもばらばらの肉塊となる。肉片は地面にぼとぼとと落下し、あふれ出た血が当たりを赤く染め上げる。サムは袋を取り出してから血の海に浮かぶ男の頭を拾い上げると、そっと手で瞼を閉じて袋の中に頭をいれた。
「ほかの肉片は?どうする?」
「全て持ち帰ることはできない。この山の糧になるのも一つの供養の方法だろう…さ、行こうか」
サムがジェット装備を起動すると、颯はサムに抱き着く。そのまま二人は空へと飛びあがり、バトルホークへと搭乗した。オリバーが全員の搭乗を確認すると、バトルホークのジェットエンジンが青い炎を放ち、彼方へと飛び去って行った。
皆が去った後の森には、再び静寂と深い闇が戻る。月明かりすらすべてを照らせぬ森の闇の中で、なにかがガサガサと動いていた。
「テスト終了。データをそちらに送ります。……はい、動作不備は見受けられませんでした。実地配備は問題ないと思われます。…了解、我々も直ちに帰還します」
男たちの身柄拘束から数時間後
サムたちが本部へと帰還している道中、それまで暴れまわっていた男たちの活動が突如停止。心拍なども停止したため、本部帰還後即座に治療室へと搬送されるが、ほどなく全員の死亡が確認された。死亡原因は明確には明らかになっていないが、検死解剖の結果全員の死亡時期がばらばらであること、頭部に重篤な内部損傷が見られたことが一致した。
遺体はすべて安置所へ。遺族にもすぐに連絡され、今回の行方不明者捜索任務は幕を閉じた。
遺体安置から約一時間後 WDO本部解剖室
疲れ切った顔でエプロンや手袋を取り外しながら、エリザベスが解剖室から出てくる。外で待っていたサムはコーヒーを手渡すと、心配しながら声をかけた。
「お疲れ様、エリー。それで…どうだった?あの頭は」
「収穫はあったけど…久々の解剖で疲れちゃった。ひとまず部屋に戻らない?結果は道中で話すわ」
「賛成だ。僕も戻ったら休みたいしね」
そういって二人は待機室へと歩き出した。
戻っている道中、エリザベスはサムに一つのファイルを手渡す。サムはファイルに同封されているレポートと写真を見ながら歩を進める。と、一枚の写真が目に入ったサムの歩みが止まった。サムは写真を取り出すと、まじまじと眺める。
「…このチップは?」
「あなたが持ち帰った例の頭、その脳の中心部に入っていたものよ。現物もそのファイルに入ってるわ」
「色は教団が”お守り”として配ってるものと似ているが…形状が違うね。他の遺体からは?」
「発見されていないわ。でも検死報告書にあった『頭部の重篤な内部損傷』って、度合いから考えてこれが爆発したからじゃないかしら」
「爆発…か。でも、なぜこれだけ爆発してないんだろうか?」
「そこはこのチップを詳しく調べてみないとわからないわね…」
二人が話しているうちに待機室の入り口が見えてくる。サムはファイルにし写真をしまうと、慣れた手つきで電子錠を解除した。
ドアが開くと二人の目に人だかりが飛びこんでくる。何やらほかのメンバーが食卓に集まっているようだ。サムとエリザベスは顔を見合わせると、皆に向けて一言発した。
「やぁ、どうしたんだいみんな。集まって」
「あ、おかえりサム!今ね、お土産もらったの!」
クッキーのようなものを持ったアナがサムに向き直ったことで、皆が集まる中心が見える。そこには一人の老人と女性型アンドロイドが、座りながら皆と楽しそうに会話していた。二人を見たサムは、目を輝かせて二人に近づいた。
「ボンブ、シェリー!おかえり、いつ戻ったんだい?」
「おおサム!久しぶりだなぁえぇ?おい!ついさっき戻ったところよ!」
「お久しぶりです、サム。お変わりないようで何よりです」
サムは久々の再開に思わず話し込みそうになるが、はっと思い出したかのようにアナに向き直った。
「あぁごめんアナ、二人の紹介をしてなかったね。二人は…」
「さっきビルに教えてもらったわ。そっちのおじいさんが『ボンブ・ダルラム』、こっちのお姉さんが『シェリー』。だよね?二人とも」
「ええ、その通りです」
「物覚えがいいなぁこの子は!」
二人に褒めてもらったことで、アナは照れくさそうに笑顔を見せる。その光景を見て、サムは微笑ましく思えた。それは他の皆も同じなのだろう、皆の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
と、後ろからエリザベスの声が響く。
「さ!颯君と一緒に二人も帰ってきたんなら、夕飯は豪華なものにしなくっちゃ!すぐに用意するから、みんなはもろもろの準備をお願いね!」
「私も手伝いますよエリー。久々に料理をしないと、腕がなまってしまいそうです」
「私もお手伝いしたい」
そういってエリザベスとシェリーはキッチンへ消えていく。それを追うように、アナはもらったクッキーをほおばると、キッチンへと走っていく。その光景を見ていた皆も、エリザベスから頼まれた準備のためせわしなく動き始めた。
その一団に交じり、口笛を吹きながら部屋へと戻ろうとするボンブと颯をサムが引き留める。
「ボンブ、颯、帰って来て早々なんだけど、少しいいかな?」
サムに声をかけられた二人は、いわれるがままに階段付近の扉に入っていった。
SIU待機室 特殊工房
バトルホークのほかにも様々な乗り物や、それらを整備するための道具が置かれている広大な空間、SIU専用特殊工房。その一角にある精密作業室で、ボンブは特殊な作業用ゴーグルをかけて、件のチップを分解し調べていた。
ひと段落したのかゴーグルを外し一息ついたボンブに、サムは先ほどのエリザベスの見解を話したうえで尋ねる。
「…エリザベスの見立てでは、ほかの遺体はこれが爆発したから見つからんかったんじゃないかって見立てだけど…どうだい?ボンブ」
「そうだな…このチップ自体大きめの”ガワ”に覆われてたんだが、チップ内部に熱吸収機能が備わった別部品があったな。その部品にも信号受信機能がついていた。そのことを考えると、外部から意図的に熱暴走を引き起こす信号でも出されたんだろうな。それで吸収していた熱が一気に放出、チップがドカンってな仕組みだろう」
「じゃあ、なぜこの頭部のチップだけは爆発しなかったんだ…?」
「多分だけどさ。サムが使った袋、入れた物の温度を保つためにアルミホイルが使われてるじゃん?もしチップ爆発の原因が外部の電波によるものだとしたら、袋に入ってた頭は電波を受け取らず無傷のまま…ってところじゃない?」
「可能性としてはそれが一番だろうな。このチップ自体、外部から受けた命令を電気信号に変えて肉体に送信するタイプ…初心者サイボーグとか義肢の連中が使う動作補助チップを改造した奴だ。信号送信装置は普通使用者が持ってるもんだが、十中八九チップを改造した奴が持ってるだろうな。見当はついてるのか?」
「あぁ…今追っている新興宗教、アイアンエデンと名乗る連中だろうね」
「宗教?なんでまたそんなの追ってるのさ」
「そういえば二人は任務の概要を知らないんだったね」
サムはこれまであったことを端的に伝える。ボンブと颯は腕を組みつつサムの話を聞いていた。ひとしきり話し終わったところで、エリザベスから「みんなご飯よー!」と声がかかる。三人は軽く返事をすると、部屋へ戻るため作業室を後にした。
戻る道中、ボンブがサムにあることを耳打ちする。
「なぁサムよ」
「なんだいボンブ?」
「さっきビルたちからアナのこと色々聞いたんだがよ。あの子、今回追ってる奴らと関係あるんじゃねぇか?」
「…というと?」
「いやな、彼女が発見されてからアイアンエデンの活動が露呈し始めたんだろ?あの子が”たまたま”いた廃棄場で、”たまたま”廃棄予定だったアンドロイドが動き出した…無関係と考えるにゃあ、ちと”できすぎ”じゃねぇかい?」
「彼女が連中のスパイだと?」
「可能性としてなくはないだろ?現に彼女も一部機械だ。なにがしかの繋がりはあると考えてもおかしかねぇ」
「だが、彼女は検挙作戦で僕の命を救ってくれた。それにゼノンに対しても攻撃していた。仲間とは考えられない」
そこへ颯が割って入る。
「僕は彼女には怪しさとかは一切感じなかった。けどそこそこの年数スパイ活動してる身だからこそ、こうも考えちゃうんだよね。『敵をだますにはまず味方から』って」
話しているうちに部屋への扉まで差し掛かる。扉の先では、皆がおいしそうにカレーをほおばっている。アナも、口にカレーをつけながらも目を輝かせ、一心不乱にスプーンを動かしていた。
ボンブと颯の言葉は、あくまで一つの考えとして言ったものだ。しかし可能性がゼロというには、確かに物事が重なりすぎている。
サムは胸中に抱く不安と疑いを押し殺し、食卓の席に着くのだった。
同刻 世界のどこか アイアンエデン本拠地
「ゼノン様、”ヒューマンドロイド”の実地テストのデータが送られてきました」
一体のバックラーが、電子パッドを片手にゼノンの部屋に入室する。部屋の中心で座戦を組んでいたゼノンは、身動き一つすることなく言葉を発した。
「そうか。ドウだった」
「0.025秒のタイムラグはありますが、命令遂行に問題は無し。能力発動も支障ありません。肉体動作も痛みなどがない分、稼働限界域を超えて動かせます」
「なルホド」
「しかしコミュニケーションの面では少々問題があり、表情筋動作が一切できないうえ人間特有の言葉の抑揚などは再現できず、潜入などの任務には現状不向きと思われます」
「わかった。今回のデータをもとに、チップの改良とヒューマンドロイド量産を続けろ。ご苦労だった」
バックラーはお辞儀をすると、部屋から退出する。それと入れ替わる形で、カナロアがゼノンの元を訪れた。
「ゼノン様、お体の具合はいかがでしょう?」
「まだノイズは残るが、以前よりは大分マシになった。すマナいな、心配をかける」
「とんでもない!して、一つあまりうれしくないご報告が…」
「なんだ」
「ヒューマンドロイドが全機、WDOどもに奪われました」
「ほう?」
「即座に破壊信号を送ったためチップ自体は見つかっていないとは思いますが、今回素体にしたのが、ハルキンソンでカルテルからアンドロイドを売買した連中でしたので…恐らく関連性を疑われ、捜査により一層力が入るかと」
カナロアが報告し終わると、ゼノンは座禅をやめ傍らに置いてある自身の杖を手に取り、立ち上がった。
「そうか。またも奴らか…」
少し考えこんだのち、ゼノンはカナロアに向き直り新たに指示を出した。
「カナロア。恐らく奴らはチップを手に入れているだろう」
「は…なぜ断言できるのです?」
「奴らのコトだ、捕獲の際に特殊なケージでも用イるはず。そのケージに電波遮断材質が使わレテイる可能性も否定はできない」
「失礼ながら、いささか考えすぎかと思いますが…」
「相手は世界政府直属の軍隊、核なき世界の抑止力だ。あラユルコとを想定して動かネば、未来で辛酸をなメルのは我々になる」
「確かに…おっしゃる通りです」
「遅かれ早かれ”工場”にもイズれたドり着くだろう。そコでだ」
ゼノンは懐からパッドを取り出し、カナロアに手渡す。そこには、あるアンドロイドの設計図が映っていた。
「現在完成している”Ω1”を三機、”工場”に配備しろ」
「しかしまだ最終調整には至っていません。よろしいですか?」
「構わん。計画を早める以上、テストは行ってオカなければならンカラな」
二人が見るパッドには、今まで世界のどこでも見たことのないアンドロイド”Ω1”の姿が、不気味に映し出されていた。
to be continued




