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その子の細い眼

作者: 矢本MAX

誰にでも自分の容姿に対するコンプレックスがあることでしょう。

ですが、そのことが他人からはたまらない魅力に見えることもあるものです。

これからしばしの間、あなたの心はこの不思議な空間へと入って行くのです。

 村井その子の眼は、とっても細かった。  

 子供の頃から、それが彼女の最大の悩みだった。

 面相筆で、すっと線を引いたような、見事な細さだった。

 平安時代の絵巻物に描かれた女性の眼のようだった。

 そんな眼が、色白の卵形の顔に刻まれている様は、まるでいつも微笑んでいるようにも見えた。

 と同時に、開いているのか閉じているのか解らないようなところもあり、よく友人から「おーい、起きてるか?」とからかわれることがあった。

 友人だけならまだしも、学校の先生から「おい、居眠りをしてるんじゃない!」と叱られた時には、ショックだった。

 どちらかというと地味で目立たない女の子だったが、ある種の男の子には妙に人気があった。

 幼稚園の頃、暴れん坊でガキ大将的な存在の男の子が、彼女に対しては妙に優しく、甘えるような態度をとることが多かった。

 小学校、中学校、高校と、バレンタインデイに男子にチョコレートをあげたことはなかったのだけれど、ホワイトデイには、どういうわけか数人の男子からキャンディをプレゼントされた。そしてそのうちの何人かとつき合った。

 学生時代を通じて、彼氏のいない時期というのが、ほとんどないほどだった。

 誰かと別れると、すぐに別の男子がアプローチして来るのだ。

 そんな状態を、同性の友だちは妬み半分に不思議がった。

「どうしてその子ばっかしモテるのよ?」

 そう問われても、首をかしげるばかりだったが、高校生にもなると、その理由がうすうす解るようになった。

 その子に好意を寄せる男の子たちには、ある種の共通項があった。

 彼等は総じて甘えん坊だった。

 あの幼稚園時代のガキ大将も、みんなの前では粗暴に振る舞っていたけれど、実は末っ子の甘ったれ坊主だったし、その後つき合った彼氏たちも、多かれ少なかれそうした傾向があった。

 どうやらその子の細い眼に、癒しとか、赦しとか、救いとかを求めていたような節がある。

 電話やメールやデートの時でも、話題となるのは彼等の悩みとか不満などで、それを彼女にぶちまけることで、自分の心を軽くしようとしていたらしい。

 もしかしたら、彼等の眼にその子は、菩薩のように映っていたのかも知れない。

 その事に気づいてから、その子は恋愛というものに期待しないようになった。

 それでも短大時代に、深い仲になった男性がいた。

 友だちに誘われて参加した合コンで知り合った男で、同性でさえうらやむほどの美男子で、プレイボーイだった。

 もちろん、彼もまた、今までつき合った男たち同様、どうしようもない甘えん坊だったことは言うまでもない。

 自分の過ちを認めることなく、すべてを他人に押しつけて、その場を逃げてしまう。

 金銭にだらしなく、もちろん男女関係も同様だった。

 彼はその子とつき合いはじめた後も、他の女性との交際をやめようとはしなかった。

 そして、それらの女性との関係に障害が生じると、その子のところへやって来て、泣きながら訴えるのだ。

「僕は悪くない。僕は悪くないんだよぉ」と。

 容姿の美しさだけで世間を渡り歩いて来た彼は、完全に人と社会を甘く見ていたし、責任感というものを根本的に欠いていた。

 そんなどうしようもない男なのに、彼女にしては珍しく一年以上も長続きしたのは、自分がいなければ、彼が自滅してしまうのではないかと怖れたからだった。

 その危うさに、心惹かれたのかも知れない。

 でも、そんな関係にも破局が訪れた。

 いつものように、別の女性との関係がもつれ、妊娠していたその彼女を階段から突き落とし、流産させてしまったのだ。

 ひとつの生命を奪ったのだ。

「あいつが悪いんだよ」と開き直る男を見て、これを赦しては社会のためにならないし、何よりも彼自身のために良くないと思い、一方的に別れを宣言した。

 もちろん男は納得せず、何度も電話をして来たり、部屋に押しかけて来たりしたが、絶対的に無視し続けた。

 最後には、

「おまえを殺してオレも死ぬ!」

 などと口走ったが、そんな度胸もないことは見え透いていた。

 やがて男は、案の定、他の女を作って、離れて行った。

 短大を卒業して、社会人になった時、その子は意を決して美容整形の手術を受け、細かった眼を二重瞼の大きな眼にしてもらった。

 鏡に映った自分は、まるで別人だった。

 それ以来、甘えん坊の男たちからモテることはなくなったが、なんだか重い荷物を下ろしたように、身が軽くなったような気がした。

 一度だけ、街であのプレイボーイの元カレを見かけたことがある。

 荒んだ生活のためか、その美貌は衰えを見せ、そこにどこか母性本能をくすぐるような風情があった。

 一瞬、眼が合ったが、相手は彼女がだれたか解らないようで、まるで風景の一部のように無視して、雑踏へと消えて行った。

 その後ろ姿を見送って、その子は反対の方角へ、力強く歩きはじめた。

 

                            了



あなたは自分の顔のどこが嫌いですか?

もしかしたらそこが、あなたの最大のチャームポイントなのかも知れませんよ。

それではまたお逢いしましょう。

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