45. 売れない本
平原に出てきて早5日、旅の仲間(仮)のワットと共に、馬3頭と仔馬1頭が平原の街道を進んでいく。
嵐の影響で未だに道はぬかるんでいるが、嵐の翌日に比べればだいぶましだ。
本来だったら今日中にハイランジアに到着予定だったが、天候ばかりは致し方ない。
ワットは旅商人で数週間〜数ヶ月単位で平原の町や国を渡り歩いているらしい。
旅の話は中々に興味深く面白い話ばかりだ。
フレイムボアに追いかけられ逃げ込んだ森の中で、メタルベアと鉢合わせしてしまい後ろから追って来たフレイムボアと共に、回れ右して逃げ出した話など涙が出るほど笑ってしまった。
「平原の村や小さな町は物資が少ないので、私の様な旅商人は有り難がれるんですよ。
ですが、魔獣が増えてきたこの現状、そして先日の一件で…何処かの国に落ち着こうかと考えております。
ただ、それはそれで戦争の心配があるのですけれどね…」
そう言って、目線を落としたワット
並んで馬を歩かせているワットリュックも仔馬に付けられている荷物にも所々、縫った跡がある。
おそらく斬られたか、斬り裂かれたのか…。
「そうですね…。
不安定な世の中ではありますが、今は先の事よりも心の整理が先なのでは?
ハイランジアに着いたらゆっくり心身を休めて、その後にどうしたら良いか考えたら良いと思います。
ワットは各国を巡って来たのなら、自分に合う国もご存知なのでは?」
「だったらぁー、エルフの里も候補に入れて下さいぃー
ワットさんみたいにぃー、保存食の知識が豊富にある人なら人間でも歓迎されますぅー」
「それなら、ドラゴノイドの里だって助かります!」
私とワットの後ろに居た2人もワット居住地候補に手を挙げて名乗りを上げる。
「あはは、ワットは人気者ですねー。
他種族への偏見がなければ、ぜひ候補に加えてみては?」
そう言って笑えば、ワットは困った様な顔をして
「商売相手に種族は関係ありません。
お貴族様相手の大店じゃありませんので、そうですね…
行った事ない場所に行けると言うのは、ワクワクします。
まして、エルフの方やドラゴノイドの方々はどんな物を好まれるのか、興味が尽きません!
落ち着いた際は、移住先候補で見学させてください。」
ワットの言葉に後ろの2人が喜んでーとまた手を上げた。
「そう言えば、ワットの商品用の荷物の中に本が入っているのが見えたのですが、本まで取り扱っているんですか?
チラリとだけでしたけど、紙の本でしたよね?」
嵐の翌日、荷物をまとめているワットの方を見た時に仔馬の脇腹に付いている商品が詰まっているという鞄に重厚な茶色い背表紙の本が何冊か入っているのが見えたのだ。
この世界に来てから、バタバタしていたとは言え、寝る必要のない体となってからは夜が暇で仕方ない。
何か娯楽を求めていたのだが…例えば本とか…。
ミッドラスではそう言った物を見る時間すら無かったからな…心の中でため息をつきつつ、微かな期待をこめてワットに聞いたのだ。
まぁ…財布の中身と要相談だけれど…。
「本もございますよ!と言っても…これは押し付けられた物でして…自ら仕入れたわけではないんです。」
「んっ、言うと?」
本を押し付けられた?って、タダで?
どゆこと?と、話の先を促すようにワットを見れば
「平原に出る前に帝国に滞在していたのですが、荷物をまとめている最中に茶色いローブを被った男がこの本を持って近づいて来まして、旅商人ならこの本を売って歩いてくれと押し付けられまして…こんな高そうな本など私の取り扱い範囲外なのですが、金はいらないからと…詳しくその者から聞いたところ、どうやら男は駆け出しの小説家だそうで、帝国の本屋で門前払いされたので、旅商人に押し付けて回っていたそうなのです。」
そう言って深いため気をつくワット、まてまて、私が見たかぎり6冊は入っていたぞ…それをタダで押し付けて来た?
しかもワットさん以外にも??
「えぇ!?紙の本て高いんですよね!?
その人何者なんですか!?」
驚いてそう問えば、ワットは首を振る
「わかりません…こんな本を製本した上に配れるくらいですから、何処ぞの貴族か大店の息子か…帝国は戦争で勝利して、金回りの良い商売人も増えましたからね。
命からがら逃げてきたこの仔馬、その背に付けていた荷物の半分が本…もっと違う物を持たせておけばよかった…はぁ…」
仕入れがタダにも関わらずこの反応、よほど本と言うのはこの世界で売れないと見える…
「試しに1冊見せてもらえませんか?どう言った内容なのか気になります。」
唸れているワットに苦笑いしながら聞いてみれば、バッと顔を上げると直ぐ様馬の荷物を漁り出す。
「もちろん!宜しければ差し上げます!
何でも上下巻の2冊で1セットだそうなので…」
それは…ますます売れそうにないな…。
差し出された本を手に取れば、重厚な背表紙に違わぬ重さだ。
しかもご丁寧に皮と思しき背表紙は綺麗な模様がプレスされている。
素人の私でも、金掛けてるな…と思ってしまうほどだ。
これをホイホイ配ると言うのだ。
並大抵のボンボンではあるまい。
本を開いてみれば、1ページ目には作者の名前だろうか?「ハートン」と書かれていた。
パラパラとめくって流し読みをするに、どうやら新米の少年冒険者が旅をしながら成長していく物語のようだ。
ふむ…面白そう。
「是非、上下巻頂きましょう。
ワット、おいくらですか?」
これは良い暇つぶしをゲットしたかも知れない。と、ワットに向き直って聞けば、ワットは慄き馬から落ちそうになる。
「えぇぇぇぇ!?いやいや、嵐から救っていただいた恩人からお金など取れませんよ!
それに、先ほども申し上げた通り…その本は厄介な商品といいますか…重たくて場所を取るので、タダでも貰ってくださるだけで助かります。」
「そうは言いましても…んー、リリーちゃん、こういった紙の本の相場っておいくらくらいですか?」
そう言って、私の前に座っているリリーちゃんの前に本を差し出して渡せば、素直に受け取りパラパラと本を眺める。
「専門書や内容によりますが、こう言った革張りの紙の本ですと金貨1枚からと言った所だと思います。
ですが、売れてない小説家の本ですから、銀貨5枚でも十分なのでは?」
銀貨5枚は相当な辛口評価だろうなと苦笑いしつつ「ありがとうございます」と言って、リリーちゃんから本を受け取る。
「タキナ様!本当にその本はタダですので!貰って下さい!!!」
「そっ、そんな必死に!?」
懇願するようなワットの姿に、思わず声が裏返る。
どれだけ厄介物扱いなんだ…タダが金貨一枚になるなら大儲けと思いそうな物だが…まぁ、つまりは…それだけ売れない物なんだろうな…。
「では…お言葉に甘えて、有り難く頂戴します。」
何だかクレと言ったみたいで申し訳ないな…と横目でチラリとアットを見れば一仕事終えたみたいに、袖で汗を拭っていた。
そんなに邪魔な本!?
何だか、この本と作者が哀れに思えてきた…。
ちゃんと読み込もう…。
そう心に決めて、馬の横につけている荷物入れに本をそっとしまった。