39−2. 脱出準備
「では解散!」
そう言うと各々、足早に動き始める。
1階の出入り口は見張りの兵士が居るので出るには必然的に屋上からになる。
皆が出て行ったところで一階へと降りると、カウンターに居たマスターに声をかける。
がらんどうとした酒場、外の獣人の兵士に聞こえないよう気をつけなければと私が口を開くより先に、マスターが口を開く
「なんだ、これから祝賀会なんだろう?
今食ったら食えなくなるぞ」
そう言いつつも、カウンターの上に一枚の紙が差し出される。
そこに書かれた文章は
行くならさっさと行け
礼なら金でしろ
面倒ごとはごめんだ
そう書かれており、ふっと笑ってしまった。
「流石はマスター、お察しの通り小腹が空いて仕方ないので何か食べ物をと思いまして、これで何とか」
そう言って金貨を一枚出せば、マスターが一瞬目を見開くと、私の顔を見て盛大なため息をつく
「多すぎるってんだよ全く、だがそうやって気前がいいのは嫌いじゃない。
そうさ…、あんたの事は本当に…本当に久しぶりに気に入った客だよ、これでも持ってとっと行きやがれ、ロメーヌにもたまには顔出せって伝えてくれ」
そう言って麻の袋に、両手で抱えるほどのパンとワインの入った瓶を詰めると、手渡される。
なかなかの重量だが、笑顔で受け取ると
「ありがとうございます。
マスター、本当に助かりました。」
そう告げれば、けっ!さっさと行きやがれ!
と、言い捨てるとグラス磨きに戻るマスターを見届けて、階段で待っていたリリーちゃんとグレンと共に屋上へ向かう。
麻の袋を手渡せばリリーちゃんが何処かへ一瞬で消してしまうと、屋上への扉を開ける。
少し乾燥した外の風で髪がなびく
「さて、行きましょうか!まずはホセルの所へ」
下の兵士に悟られないように、気配と音を殺して隣の建物へと飛び移る。
ホセルの家へ向かいながら考えるのはルイの体調の事、アレイナから平原で自生している薬草で効くだろう。
とは聞いているが、根本的な解決には栄養失調を何とかしないと、との事…ホセル達家族が住んでいる貧民街と思しき場所、栄養が足りていないのは何もルイだけではないだろう。
弱いものを助ける精神の無いこの世界では、NPO法人的なものを作るのは難しいだろうし、私としてはそう言ったところに一点集中して解決に尽力したいが、いかんせん課題が山積みだ。
今回の魔獣のこともそうだ。
もし本当にサンタナムが屍魔獣を作ったのならば、何故そんなものを作ったのか…私の足りない頭で思いつくのは、対帝国に備えての軍事増強か…
この世界が終わりに向かってる時に、加速装置は帝国だけではなくサンタナムまでとは…その上、サージの奴隷産出国問題
自分の狭い仕事机に堆く積み上げられた書類のごとく、捌き切れないどころか処理能力を超えた問題が多すぎるのだ。
リリーちゃんにバレないように、ほぉーと静かに息を吐いてため息を誤魔化す。
「こちらです」
そう言って、隣にいたリリーちゃんが建物の屋上から下の路地に降り立つ、それに続くようにグレンと共に下に降りればホセルの家の前だ。
流石リリーちゃんの記憶力!布を垂らしているだけの掘立小屋なので、私には全く見分けがつかない!!
「ありがとうございます。流石リリーちゃんですねー、私なら通り過ぎてましたよ」
そう言って、私を得意げに見上げるリリーちゃんの頭を撫でれば
「ンフフフ〜、リリーにはこれくらい造作もないことです」
そう言って目を細めて嬉しそうに撫でられているリリーちゃんは、猫ちゃんだったら喉をゴロゴロ鳴らしていそうである。
その様子を見たグレンが、リリーちゃんを見ながら「うぇ〜」と言う声を出した途端に、掴み掛かろうとするリリーちゃんを慌てて止める。
油断も隙もない2人に、やめなさい2人とも!と声を上げれば
「誰だい?家に用かい?」
そう言いながら布を避けて出てきたのはルイだ。
以前会った時よりもだいぶ顔色が良いようで安心した。
ルイは私を見ると、一瞬時が止まったかのようにフリーズすると
「タッ!タキナ様にリリーさんじゃありませんか!!
良かったー、ちゃんと御礼をお伝えしたいと思っていたんですよ!
今日はアレイナさんはいらっしゃってないんですか?
んっ?今日は男の子…って、ドラゴノイド?
アレイナさんの弟さんかしら?さっ、こんな粗末な家ですけど外で話をするよりマシですから、どうぞお入りください。
エイル!エイルっ!!ちょっと、父さんを呼んできておくれ!
どーせ、仕事探して広場でウロウロしてんだろうから、頼んだよ!」
捲し立てるように話すルイの言葉に、家の中からエイルからヒョコっと顔を出す。
その瞬間、パーっと明るくなるエイルの表情
「あぁっー!!!タキナ様だ!!
魔獣倒したのタキナ様なんでしょ!
魔獣を一瞬で全滅させたって本当!
どうやってやったの?
ドラゴンもいたんでしょ?
あとあとー「こら!いいからとっととお行き!」」
ルイに追い立てられるように尻をパシリと叩かれると、イッテ!!と言いながらも
「親父を呼んでくるから、帰ってくるまで居てよ!絶対だよ!!!」
そう振り返りながら叫ぶと、広場へ向かって全力ダッシュで去って行ったエイル。
そして得意げな顔をしているグレンに苦笑いしてしまう。
それにしても幼くても獣人、足めっちゃ速いなー
子供は元気だな…と呑気に思いつつも、既に今朝の話が広がっていると言うのか!?
しかも、一瞬で倒したことになってる!?
てきり、ミッドラス軍が自分達の手柄にするだろうと思っていのに…ウソン…またも己の見通しの甘さが露呈する。
自分達の手柄にしたら、私の逆鱗に触れるとでも思われたのか!?
アリエル…
「エイルがすみませんね…でも、今朝からその話でこの辺は持ちきりですよ。
黒の化身が魔獣を打ち滅ぼしてミッドラスを守ったとか、黒髪の女がドラゴンを使って魔獣を全滅させたとか」
そう言いながら、どうぞお入り下さい。
と、ルイに促されるまま部屋に入る。
お茶を用意いてくれているエイルにお構いなくと言いつつ、ルイの話に如何したもんかと思わずにはいられない。
今朝の話がだいぶ脚色されていて怖くなるが、人ならざる力を行使して人々を救ったと言うことになれば、この世界の神への第一歩を意図せずして踏み出したと言うことになる………のかなぁ…?
それに、私がミッドラスを守った事が他の国に知れ渡った時が問題だ。
帝国が警戒して手を出すのは止めておこうと思ってくれるのか、逆に危険視されて他の国々と手を組んで潰しに来るのか…。
思わず腕組みをして考え込むが、所詮は平々凡々な頭にモブ中のモブとして生きてきた私では、答えなど出るはずもない。
しかし、考えないわけにはいかないし…無限ループに陥り脳みそが焼け落ちそうだ。
そんな事を思っていると、不意にリリーちゃんが口を開く
「ルイ、先ほどの話ですがクソト…ドラゴンは何の役にも立ってません。
魔獣1匹倒していない只の荷物運びの役立たずです。
クソト…ドラゴンが魔獣を倒した部分は全力で訂正します。
街の方にも訂正を、くれぐれも!お願いします。
そしてもっとタキナ様の偉業を広めて下さい。」
「お前!!何度もクソトカゲって言おうとしたな!!
あと、役立たずって言うな!!」
グレンが吠えれば、リリーちゃんが「事実ですが何か?」とニヤリと笑う。
その笑い方、私に似てきてたりしませんかね?
と、いささか不安になる。
ルイは可笑しそうに笑い
「分かりました。
街の者にもタキナ様の偉大さをお伝えしておきますよ。」
そう言って、熱いお茶の入ったコップをテーブルへ置いた。
今にも掴みかかりそうなリリーちゃんとグレンを宥めつつ、そのお茶を頂くとホッとするような、何とも言えないほうじ茶のような味が広がる。
考えてみれば昨日の朝から何も食べていなかった事を思い出す。
空腹も感じないし、眠気も感じない、疲れも感じない。
だと言うのに神の力は無尽蔵に使える。
何処までも規格外だな神って…今朝の戦いも割と規模の大きい力を使ってみたつもりだったが、まだまだキャパは余裕といった感じだった。
本当に恐ろしいな…。
神vs神とかになったら、世界の終わりまで決着がつかなさそうだな…いや、世界の終わりも神次第だから永遠の戦い?
怖っ…と思わず身震いし、その恐怖ごとお茶で流し込んだのだった。




