38−2.救い
ミッドラスの温泉施設、女湯に繋がるその白い大理石のような豪勢な廊下を、大切そうにタキナの新しい服を持ったリリーが1人で歩いていると、後方から声がかかる。
立ち止まって振り向けば、久しぶりにローブを脱いだ露出魔並みの服装のロメーヌが手を振りながらこちらに向かって歩いてくる。
「リリーさぁーん、タキナ様にネックレスお渡しできたんですねぇー!
おまじないも成功しましたぁー?」
露出狂をシカトして、先に浴場へ行かれたタキナ様の元へ早く行こう。と、思ったのだが、その言葉に再度足が止まる。
「はい、しっかりと…あのネックレスはタキナ様の故郷の物…必ずタキナ様を御守りしてくれます。
ロメーヌに教えて貰ったおまじないですが…その内容はタキナ様に伝えておりませんので、他言無用でお願いします。」
リリーの目の前まで来ると、自分を見上げるリリーのその目は少し不安の色が浮かんでいる。
本当にリリーさんはタキナ様の事になると、1人の幼い少女となんら変わらない。
「もちろん、お口はちゃんと閉じときますよぉー
あの時みたいに殺されるような思いはごめんですからぁー」
そう言ってヘラりと笑うと、なんとも罰の悪くなったのかリリーの顔が歪む
どうやら、あの時の事を少々申し訳なく思ってくれているようだ。
そう…あの日、あの時の事を思い出す。
あの日…ミッドラスに到着した翌朝、1人でフラリと路地裏に現れたリリーと遭遇した時は、本当に殺されるのではないかと本気で思ったのだ。
しかし、直ぐにそうではないと悟った。
死を覚悟して短刀をそろりと抜いた後、こちらを見据えたリリーのその瞳は、初めて馬車で遭遇した時の獲物を狩るような瞳……ではなく、悲痛な、いや…悲しみを堪えるような、そんな瞳をしていて思わずコチラが驚いて目を見開いてしまった。
「タキナ様の為、あなたに聞かねばならないことがあります
エルフに伝わる祝福、自害できなくなると言う術について…」
何故その事を…いや、問題はそこではない。
「自害…つまりタキナ様にその術が必要って事ですよねぇー?
タキナ様はそん「必要なんですっ!!!」」
突然声を荒げ涙ぐむ少女に驚いて口を噤む、普段はその辺の大人なんかより落ち着いていて…
いや、タキナ様の前では幼子の様に甘えている事もあるが、こんな風にタキナ様の前以外で感情を露わにした子供のような顔をするなど想像もしていなかった。
「リリーさん、話を続けるにしても少し場所を変えましょう」
そう伝えれば目元を拭った少女は全てを悟ったようで、ロメーヌの目を見て頷く。
背後に迫った気配に短刀を持ち直し振り返ると、数メートル先に刃物を持った汚い身なりで柄の悪そうな人間の男が立っていた。
「顔が良ければ救いようがあったのにぃー
って、リリーさん!?」
急に少女の気配が消え慌てて振り返れば、少女の背後に迫っていたであろう男が呆気に取られて頭上を見上げている。
それを辿って見上げれば
「何してるんですか女狐エルフ、置いていきますよ?」
3階建ての建物に一体どうやって一瞬で!?
本当に、タキナ様と言い規格外がすぎる。
「んもぉー!そんな簡単に言わないでくださいよぉー」
昨夜のお楽しみが過ぎたせで身体が痛むが、それを堪えて跳躍する。
左の建物の1階の窓枠に片足を、それを踏み台に今度は右側の建物の2階の窓枠にと、左右に飛び移りながらなんとか少女の居る3階の屋上へと辿り着いた。
「降りてきやがれクソアマ!クソガキ!!」
呆気に取られてあっさり獲物を逃した物盗りが、屋上に向かって悔し紛れに口汚く叫ぶが、見向きもせずにそのまま他の建物の屋上へと移動する。
「ここなら他の建物からも離れてますしぃー
ちょうど良いかもしれませんねぇー」
石造りの屋上の縁に腰掛けたロメーヌが少女を見つめて話を促すと、少女は少し躊躇いがちに視線を彷徨わせると、ぽつりぽつりと話し始めた。
「タキナ様はご自身を……いえ、ご自身の命を軽んじられている。
守るためなら己の命を、あっさりと他者の為に差し出してしまわれる。
タキナ様は誰かのために死ぬ事を厭わないのです…
けれど私は…誰を犠牲にしてでも、私は…タキナ様を失いたくないのです…」
ポロポロと涙を流し自分の顔を手で覆うリリーを見て、ふと昔の自分を思い出して胸が苦しくなる。
思い出したくもないあの日の事、思い出さない日はないあの日の事…
「何を偉そうにぃーって思うかもしれませんけど、リリーさんの気持、痛いほどよくわかりますぅー
私の愛した人もそうだったからぁ…他の仲間が逃げる時間を稼ぐために自分が囮になって、魔獣の気を引いてぇ…
本当に魔獣の餌になっちゃうんですもん……バカですよねぇ…」
あの日の出来事を、自分の胸の内を話すのは初めてかもしれない。
幼い少女の前で、いい大人が泣くのはみっともないなとは思いつつも、溢れそうな涙で視界が歪む。
涙声になりながらも言葉を続けるロメーヌを、リリーは涙を拭いながら黙って見つめる。
「その人の事を…誰よりも何よりも大切に思っている者がぁ…残された者がどれだけ傷ついてぇ、悲しみに暮れるかなんてぇ…あの人は考えてなかった。
頭ではわかってるんです
代わりに誰かが犠牲にならなきゃいけなかったって、でも…それでも…ううっ…何を犠牲にしてでもぉ…
他の何を捨ててでも、生きてて…生きて帰ってきて欲しかったぁ…」
今度はロメーヌが肩を震わせて泣き始めれば、寄り添う様にリリーがその隣に座る。
2人で泣いて慰め合って一体なにをやってるんだかと、いささか可笑しくなってくる。
泣き笑いに替わり、ようやく落ち着いて来たところでローブの裾で涙を拭ったロメーヌが、リリーの目を見据える。
「私がタキナ様の旅に同行したいと思った理由は、世界の良い男を見て回りたいってのもありますけどぉー
何故か…タキナ様って危なっかしいところがあるなって…何となく、そう思ってぇ…
あの人の事を思い出してしまったんです。
きっと、あの人も生きていたらタキナ様の旅に同行したんじゃないかな?って思うんですぅ」
ロメーヌの言葉に、リリーも鼻を啜りながらも頷き続ける。
「リリーさんに教えますよぉーエルフの祝福、私には呪いだと思った事もあるけれどぉー、タキナ様には必要だと私も思いますぅ。
でもぉー、1つだけリリーさんも約束して下さい。
もし、何かあってもタキナ様の為に自分自身を犠牲にしないって、生き抜く方法を最後まで諦めないでください。
同じ悲しみをタキナ様にも味合わせてはダメです。
それがエルフの祝福を教える条件です。」
ハッキリと伝えたその言葉に一瞬目を見開いたリリーだったが、再び瞳を潤ませるとコクリと小さく頷いた。
小さな体で、どれだけの事を抱えているのだろう?
思わずリリーをそっと抱きしめた。
胸の中で啜り泣くリリーは紛れもなく年相応の女の子
守らなければ…リリーさんも、そしてタキナ様も…小さな体で大きな物を背負いすぎている彼女達、助けなんていらないくらい強い力を持っているけれど、それでも…守りたい。
貴方だってきっと…そうしたでしょう?
流れる涙をそのままに、天を見上げてそっと目を閉じればふわりと吹いた風が優しく頬を撫でた。




