29−2.異変
意識が浮上して微睡む意識の中でふと、此処とはどこだったかと考える。
そう…そうだ…宿屋だ…。
リリーちゃんはどうしているだろうか、寝ぼけた頭でも思い浮かぶのはリリーちゃんの事、そんな事を思っていると下の方から何やら音が聞こえる。
クチャクチャと何かを食べている様な……んんんっ!?
驚いてガバリと起き上がりベッドの下を見れば、床に座りベットに背を預け驚いたようにコチラを見上げるグレンの姿、その口元はケチャップで汚れている。
「グレン…寝起きでよく食べれますね…」
寝ぼけ眼で聞こえた咀嚼音、スプラッタな光景を想像してしまったよ…。
ため息を付いてそう問えば
「お腹が減って目が覚めたので」
そう言いながらモグモグとパンを食べ始めるグレン、育ち盛りという事なのか、人の体だと燃費が悪いのか?
取り敢えずグレンはよく食べる。
横に大きくなるんじゃないかと、心配になってきたよグレン君…隣のベッドを見ればもぬけの空、アレイナが出て行ったことにすら気づかないほど熟睡していたらしい。
神って寝なくていい身体のはずなんだけどな、精神的な休息を体が求めていたのだろうか?
そんな事を思っていると、ガチャリと扉が開きタオルと大きなタライを持ったアレイナが入ってきた。
「あっ、タキナ様おはようございます。
ちょうど良かった身体を洗う用の湯を貰ってきました」
アレイナがあまりに軽々と持っていたので、てっきり空のタライかと思っていたが、よく見れば湯気が立っている。
お湯…入ってたんですね…
「おはようございます。
すっかり寝入ってしまったようで申し訳ありません。
お湯、ありがとうございます」
リリーちゃんもロメーヌもまだ戻っていない様だし、日もまだ高くはない。
まだ朝と呼べる時間のようだ。
タライのお湯を見ながら、あぁ…お風呂に浸かりたい!シャワーでガッツリ髪の毛洗いたい!できれば温泉に入り何も考えずに浸かっていたい!
この世界って温泉ってあるんだろうか?
火山があったからありそうな物ではある。
「そう言えば廊下で、昨夜の獣人の兵士2人にお会いしましたよ
タキナ様にご挨拶をと仰っておられたのですが、休まれていると言ったら、御礼をお伝え下さいと、そう言われて宿を後にされていました。」
ベッドから抜け出しながら、その言葉に思わず固まる。
「そそそそそうですか…ほっ…他に何か…言っていましたか?」
特にガイル!!酔っ払い相手とはいえ、殴り倒したようなモノですからね…
「いえ、それ以外は特に何も」
吃る私に不思議そうな顔をするアレイナ
そっかー、良かったー!!
殴った衝撃で記憶が飛んだのか、触らぬ神に祟りなしと思ってくれたのかは謎だが…まぁ、傷害罪や黒髪という理由で捕まることがないなら、一安心と思う事にしよう。
後から兵士が押し寄せて来こないよう願うばかりである。
身体を拭いて、湯船に浸かりたい衝動に駆られながらも1階に降りれば、リリーちゃんとロメーヌが既に酒場の席に座っており2人でお茶を啜っていたのだが、その目元は何故か2人して泣き腫らしたような跡がある…
ドユコト????
降りて来た私達に気づいたのか、リリーちゃんが即座に立ち上がり頭を下げる。
「タキナ様、おはようございます。
単独行動の許可をいただき有り難うございました」
「おはようございますぅー」
ロメーヌはこちらを向いてヒラヒラと手を振り、一見いつも通りなのだが…
「おはようございます…
それは構わないのですが、2人して何かあったんですか?」
リリーちゃんの用事とは一体何だったのか?
「その…」
口ごもるリリーちゃんを見て、ロメーヌが助け舟を出す。
「明け方、リリーさんに会って色々と語り合ってる内に盛り上がっちゃってぇー
泣きながらの語り合いになっちゃったんですよねぇー」
それを聞いてコクリと素直に頷くリリーちゃん…普段なら女狐がとか、何やかんや悪態付いてるのに何やら妙に距離の近い2人
まっ…まさかっ…まさか!!!?
リリーちゃんに限って!?そんなことは無いと思いたいが、昨夜は様子のおかしかったリリーちゃん!!
そして、歩く18禁のロメーヌ!!
流石に幼女は守備範囲外と思うが!思いたいが!!!
手籠に!?そんな事!!!!!!
お母さんは絶対に許しませんよぉぉぉぉぉぉ!!!
「ロメーヌゥゥゥゥゥゥゥ!!
リリーちゃんにナニしたんですかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
血を這うような声を出して唸れば、ナニの意味を察したアレイナがすかさずグレンの耳を手で塞ぐ
「えぇー!?待ってくださいよぉータキナ様ぁー
誤解ですぅー!!
同性も少年も行けなくは無いですけどぉー
流石に幼女に手を出したりはしませんよぉー!!」
節操なしエルフがっ!!
それはそれでアレイナとグレンの貞操が心配になる!!!
「リリーちゃん!!コッチに!!
その歩く18禁は危険すぎます!!」
そう言って手招きすれば、足早にこちらにやって来るリリーちゃん
「えぇぇぇぇ!?酷いですぅーリリーさん!
私は、身も心もリリーさんの下僕になりましたのにぃー!」
「「えっ…」」
アレイナと私の声が響きリリーちゃんを見る。
まさかの逆…
リリーちゃんの用事ってそう言う…
「そんなモノにした覚えはありません!!
適当な事を言うなら縛り上げて森に捨てますよロメーヌ」
「辛辣すぎますぅー!!」
2人のやりとりを見て確信する。
絶対距離縮んでるこの2人、リリーちゃんがロメーヌってちゃんと名前で呼んでいるのが何よりの証拠…
「リリーちゃん、本当に何もなかったんですか?」
「はい、お互いの苦労話に花が咲いただけです」
そう純粋な目で答え私を見上げるリリーちゃん…
そう…リリーちゃんの純粋な発言
それは
効果は抜群だぁーーーー!
リリーちゃんは私の為に生み出されたガイド役、というような事を言っていた。
つまりリリーちゃんの苦労とは、主に私自身、そして私との旅という事になる。
ガハッ…
吐血してその場に蹲りそうになりつつも、何とか堪えて
「そそそそそうですか…ソレハナニヨリデス…」
何が何よりなんだか分からないが、もうそれ以上の言葉が出てこない…
耳を塞がれたままポカンとしたグレンが「まだですか?」と声を上げる
「朝食にしましょうか…」
そう言ってヨレヨレと歩き、私も席に着くが燃え尽きたぜ…あしたのジョーばりに真っ白になりながら、マスターの奢りの朝食に手をつけるが何を食べているのか分からない。
本当に本当に!!苦労をかけないように心がけなければ…心の中で涙を流していると
「遅くなり申し訳ありません」
酒場に響く凛とした声に振り向けば立っていたのはオルハント、そう言えば朝食を一緒にどうですか?
って、自分で誘っていたのだった…
先に食べてて面目ないと謝罪しようと見上げれば、昨日とは別人と思うほどキリっとした顔つきになってる。
髪も髭も手入れを一切していないと言わんばかりのボサボサだったのに、綺麗に剃られ髪も整えられ、服装も一目で良い家柄と分かりそうな身なりである。
それに劣らぬ顔つきは、やはりリリーちゃんの言っていた通りの元王族なのであろう。
「おはようございます。
スミマセン、先に朝食を頂いてしまいました。
オルハントも此方にどうぞ」
そう言って此方に招くと「失礼します」と言って着席するその姿も、一挙手一投足に品がある。
本当に別人なのでは!?
「オルハント、驚きました。
今日の出立ちはとても素敵ですね!」
そう伝えればウンウンと他の皆も頷く、それを見たオルハントが少しはにかむように笑い
「心を入れ替えたので身なりからと思ったのですが、気恥ずかし物ですね。
皆様にはみっともない姿を見せていると言うのに、お恥ずかしい…」
「オルハントさんは、そのような出立ちの方がとてもお似合いだと思いますよ」
「そうそう!私も今晩のお相手お願いしたいわぁー」
アレイナとロメーヌも朝食の手を止めオルハントに告げると、少し頬を染めるオルハント
大の大人が頬を染める姿に、開かなくてもいい性癖の扉が開きそうになり話題を逸らす。
「さて、オルハント
何か良い情報は有りましたか?
もしくは…悪い情報でも…」
そう告げると、途端に表情が引き締まるオルハントに嫌な予感を覚える
「タキナ様にお伝えしなければならない事がございます」
朝の酒場に明るい陽の光が燦々と降り注いでいると言うのに、相反する様に私の心に影がさす。
聞きたくない
聞かねばならない
これから幾度と無く、この葛藤を抱いていくのだろうなと思う。
今までとは比べ物にならないくらいの、耳を塞ぎたくなる様な事も私は聞かねばならないのだ…
深呼吸をして覚悟を決める。
「聞かせて下さい」
そう、静かに告げた。




