25−1.風向き
瓦礫の山に朽ちかけた建物が交互に建ち並ぶ、スラム街とも言うべきか廃墟と言うべきか、何とも言えぬ悪臭と湿気を帯びたような空気、そんな場所の一角に目的の木造の建物が有る。
他よりもマシには見えなくもないが朽ちかけのボロ屋には違いない。
入り口の扉を開けばギィーっという不気味な音をたてて扉が開く、静かに入るなど土台不可能、床が腐って抜けている部分を器用に避け、散乱したゴミを蹴り飛ばしながら廊下の1番奥の部屋に辿り着く、3度扉をノックすれば上から埃が落ちてくる。
それを手で払っていると、中からくぐもった声が微かに聞こえる。
扉を開ければギィギィギィと、とても開閉音とは思えぬ音をたてて中に入れば、堆く積まれた羊皮紙と紙の山、そして本が所狭しと積まれている。
その紙の山の奥、月明かりが差し込む窓の横にベッドが一台、その上にも羊皮紙なのかゴミなのか紙が散乱している。
「相変わらず酷い部屋だな、ずいぶんと探したぞテアン」
ベッドに横になっていた老人が一瞬、驚いた顔をする。
体が痛むのか、痛みに顔を歪めながら身体を起こそうとするのを手で制す。
「申し訳ございません、オルハント様…寄る年波には敵わず見ての通りでございます。」
ベットサイドに手土産で持ってきた幾ばくかの酒と食べ物を置くと、手近な木の丸椅子を引き寄せて埃を払い腰掛ける。
「オルハント様は少し見ぬ間に随分と変わられましたな…
いや…昔のように戻られたと…申し上げた方が良いでしょうか、城にいた頃の貴方様に返られたようだ。」
そう言うと、テアンは涙ぐんだ目元を枯れ木の様な手で拭う。
「その話はよせ、テアン…だが、変わったのは確かだ。
まるで霧が晴れたかの様だと…私自身、そう思う。
腐っていた愚かな俺を、叩き起こしてくださった方に出会えてな…」
そう言って俯く…
あの日、ローレン王国が負け帝国の王と兵士達が王宮に雪崩れ込んできた時、帝国になど決して屈しないと高らかに宣言したローレン王国の女王は…帝国の戦狂いの王によりその場で処刑された。
私はそれを止めることも出来ず…それをまるで現実の事ではないかのように、唖然と見ていたのを覚えている。
落ちて行く女王の…妻の首がこちらを向き、その目が「貴様はそこで何をしているのだ」そう言わんばかりにギロリとコチラを見たのを、今でもハッキリと覚えている。
自分だけ生かされたのは帝国の国王の気まぐれか、お飾りの国王が狼狽する姿に殺す価値すらないとみなしたのか分からない。
1人生かされ、生き恥を晒し、みっともない。死にたい。そう思いながら死ぬ度胸すらない。
結局…生にしがみついている己自身を蔑み嘆いて生きてきた。
私は妻のように気高く在ることが出来ない。
腹違いの弟、オリエンテのように賢く生きることも出来ない。
まして、民を導く度量もない。
そう…私には何も無い…そう嘆くばかりで私は何をしたと言うのだろうか、タキナ様の言う通りだと思った。
嘆くばかりで、いつか変わる日が来るやもしれない。
いつか落ちてくる幸運を自分は知らず知らず待っていたのだ。
踏み出さなかればならない。
どのみち死んだも同然の身、この御恩をタキナ様にお返しし、己のやるべき事を成すのだ。
「テアン…教えてほし事がある……」
意気揚々と酒場から出ていったロメーヌを見送り、そろそろ部屋に戻ろうとリリーちゃん達と酒場を横切ると、マスターと獣人の兵士ルークスと呼ばれていた青年が、何やらカウンター越しに揉めているのが目に入る。
今度は何事だろうかと思いつつも横目に通り過ぎようとするが、またもルークスがこちらの視線に気付いたのか、バチりと効果音がつきそうなど程、バッチリ目が合ってしまう。
んぐっ…
心の中で思わず呻きつつ不躾に見すぎたと後悔するが、マスターもコチラを見ている。
ため息をついて
「何かあったんですか?」
と、フードを深く被り直して歩み寄る。
髪がバレそうで怖いのだが、お人好しの性が未だに抜けず無視ができない自分が恨めしい。
「空き部屋はねぇーって言ってんだけどな、この兄さんがお仲間を連れて帰れないから、床でもかまわねーから誰か相部屋にしてくれってしつこくってよ」
そう言ってマスターが酒場の中心の方を顎でしゃくる。
その方向を見れば彼らが座っていたテーブル席に、ガイルと呼ばれていたか?
デカい兵士がテーブルに力無く突っ伏している。
なるほど、酔い潰れたのか…確かにあのガタイでは連れて帰るのは無理だろうな…
「酒場にそのまま置かせてくれれば、その必要はないんですけど…」
ルークスがゴニョゴニョと話すと
「冗談じゃねー!!
うちは朝まで営業してる連日満席の人気店なんだ。
あんなデカいのが陣取ってたら邪魔でしょうがねぇー!
だいたい、あんな所で寝こけててお仲間が朝まで無事だと思うのかい?」
うぐっ…と、今度はルークスが言葉に詰まる。
要はあの巨人のような獣人兵士を誰の部屋でもいいから、置かせてくれと言う事だろう。
その話も大概、危ないと思うのだが…仕方あるまい。




