15−2.厄介ごと
リンデバルトの自室から出てワインレッドの絨毯が敷かれた長い廊下を歩き、己の自室へと足を向ける。
おそらく、これから殿下は書庫に篭られるのであろう
リンデバルトの鍵部屋の秘密を知っている数少ない人間の1人であるレオンは、小さくため息をつく
戦が終わってはや数ヵ月、戦が終われば待っているのは、山積みの書類、軍務に政治、立法に関しては現国王が引き受けているが、それ以外の外交に農林や治安維持など諸々の問題はリンデバルトに回ってくる。
もちろん次期国王になるリンデバルトも政治に関する会議にも出席せねばならない。休む時間など皆無に等しい。
そんな中で、少し前から問題になっていたドラゴン被害、戦争の前にドラゴン討伐をせねばならないかと思っていたが、思いもよらぬ展開を見せた。ドラゴンを従える者…と言っても過言ではないだろう。
「レオン騎士団長!」
考え込みながら歩いていると後方から声をかけられ、立ち止まって振り返れば、先月入隊ばかりの見習い騎士マルフィスがかけてくる。
「王宮内を走るな馬鹿者」
自分より頭2つ分程背丈の低い少年を睨みつけ、冷たく言い放てば走っていたポーズのまま一瞬固まったかと思えば、早歩きでコチラに向かってくる。
未だ、街での生活が抜けずに、騎士の自覚はまだまだと言ったところか…
国王の命により貴族でなくとも腕さえ良ければ騎士に取り立てられる
10年ほど前から入団試験を設け、それに落ちれば貴族ですら騎士になる事は叶わない。
まぁ、自領の経営に専念したい頭脳派の貴族からすれば願ったり叶ったりだが、貴族と平民が肩を並べて騎士になる事に、一部の貴族から大きな反発もあった。
まして、武功をあげれば平民の部下になる貴族も出てくる
自分自身も貴族ではあるが、貴族というのは面子を何より大切にする。
実にくだらない。
今では貴族でありながら入団試験に受けに来ない者もいる
道を選べるようになったことは良いことだ。
現国王の強権ぶりには思うところがあるが、悪いことばかりではない。
「申し訳ありません、副団長よりギルドへの騎士派遣要請について相談をしたいので、都合の良い時間を聞いてくるよう申しつかりました。」
目の前までくると騎士の敬礼、指の先までピシリと伸ばし自分の胸に手を置き軽く一礼する。
これは少し様になってきたようだ。
「明日、朝食の後で有れば時間が取れる
そう伝えてくれ」
そう伝えると再び自室へと足を向ける
レオン自身もリンデバルトの護衛という名の執務の手伝いそして、騎士団の団長としての職務もあるため、自室に戻って騎士団に関する書類仕事を片さねばならない。
戦争をしている最中の方が楽だった気さえする
そう思っていると、後ろでパタパタとかけて行く音がして
「マルフィス!!」
振り返り怒りを滲ませた声で名前を呼ぶと、来た時と同様、ピタリとマルフィスが動きを止めたと思うと、イソイソと競歩でマルフィスが去っていった。
あれが次の戦に出ると思うと頭が痛い…そう思い、珍しく盛大なため息をついたのだった。
翌朝、副団長との打ち合わせを終えてリンデバルトの自室へ向かう。
部屋をノックすれば侍女が扉を開けて確認をとると、直ぐに扉が開かれ部屋へと通さされる。
部屋を見れば朝食を食べ終わり、ソファーで優雅にお茶を飲んでいたリンデバルトの姿が目に入った。
「殿下、おはようございま…す……さては昨晩、夜更かしなされましたね」
リンデバルトはフンと鼻で笑うと、侍女に下がれと声を掛ける。
殿下の朝食を終えたカトラリーを持って、侍女はそそくさと部屋から出て行った。
「そう言うお前も、目の下にも立派なクマが出来ているぞ」
顔色ひとつ変えずにカップをテーブルに置くと、ティーポットのお茶を自身のカップに注ぐ
「私は騎士団の執務をしておりましたので…。
殿下、読書がお好きなのはわかりますが、睡眠をお取りください
体に触ります」
子供の頃からリンデバルトは本が好きだった。
普段は聞き分けが良いのだが、読書を始めると教師が来てもこれが読み終わるまで待て!と待たせておくほどだった。
「私に取っての休息は本を読むことだ
安心しろ、睡眠ならとった3時間ほどな」
つまり、朝方まで本を読んでいたと言うことだ。
睡眠が足りていればその様なクマは目の下にできないのでは?
と言いたいところだが口をつぐむ、何を言ってものらりくらりとかわされるのが目に見える。
「本日は早めに休まれてください」
「・・・・・」
ツーンと無言で茶を啜るリンデバルトに、小さくため息をつくと
「先ほど、オリハイトとギルドへの騎士団派遣の件を話をしてきました。
魔獣討伐に今年入団した二十名と兵士を三十名派遣する事に致しました。
実践経験の少ない彼らには良い経験になるかと」
そう言い終えると同時に、リンデバルトがティーカップをテーブルへと置きレオンを見上げる。
「騎士団のことはレオン、お前に任せる
騎士団を頼った事がないギルドが頼んできたのだ。
相当に手を焼いてるのだろう。
彼らは世界を旅して情報を集める優秀な人材、機嫌を損ねることのない様にな、特に貴族のバカ息子共にはよく言い聞かせておけ、冒険者達を怒らせて魔獣の餌にされても国は干渉しないとな」
リンデバルトの言葉は最もだ。
世界を行き来する冒険者達の情報網は、国の情報を超えることすらある。
プライドを振り翳し冒険者達の機嫌を損ねかねない貴族出身者達、不安材料ではあるが己の非力さを知り、今後の成長の良い薬となれば良いが…
「それとギルドに伝えてくれ、黒髪の女を引き続き調査をするようにと、王立図書館に出入りできるよう私の方から話を通しておく、学者連中にも手を貸すように先ほど通達を出した。
黒髪の女が何者なのか、敵か味方かハッキリさせねばならない」
最も最悪なのは、その女が既にどこぞの国に既に属している場合だ。
帝国にとっての脅威となる
現実は物語の様にはいかないものだな、自分が王子などと言う立場でなければ自ら調査しに行くものを、まったく、つくづく都合よく行かぬものだ。
いっそ弟が王位を継げば良いと思ってすらいるが、腹違いの弟である第2王子のシルトバルトは私を王位から追い落とさんと狙っている。
王位なぞ貰ってくれと言ってやりたいが、権力を傘にきて絵に描いたような暴君の弟、国を分断させてしまう予感しかない。
生まれ育った国なぞ、どうとでもなれと言うほど冷徹ではない
故に、王位を譲る訳にはいかない
他人から見れば羨ましいと思う王子という立ち位置も、私から見れば何にでもなれる町人の方がよほど羨ましい。
大きな窓から見える青い空、その自由を体現したかのような空を睨みつけた。




