15−1. 厄介ごと
「全員、夢でも見ていたのではないか?」
1人の男の投げやりな声が部屋に響いた。
ようやく執務が終わり夕食は自室で食べようかと、疲れた体を引きずって部屋に戻ってきてみれば、レオンから渡されたギルドからの報告書
それに目に通し終えて、また厄介ごとか…と、その書類をテーブルの上に放り投げた。
ここはグラドシル帝国王城にあるリンデバルトの自室、第一王子の自室にしては些か質素に感じる。
執務室は人が多く出入りするので、王族としての威厳を見せつけるために豪勢にしているが、本人はあまり煌びやかな装飾が好みではない。
その為、リンデバルトの部屋は最低限の金細工が施された控えめな家具や壁紙で揃えられている。
あまりに現実味のない冒険者達からの報告に、リンデバルトはソファーにダラリと背を預ける。
「殿下、行儀が悪いですよ」
座れば良いものを軍服の様に性格までも堅苦しい男が、指の先までピシリと気をつけをして立ったまま、その整った顔の眉を寄せる。
「レオン…自室くらい好きに寛がせろ、こんなおとぎ話みたいな報告書を見たら、誰だって頭を抱えたくなる」
報告書の内容を要約すると、ドラゴンを見つけたもののそのドラゴンを黒髪の女が撃ち落とし、更にそのドラゴンがドラゴノイドの姿に変わり
その女に跪いていたと…
物語の中から抜粋してきたのかと思うような内容、何をどう理解すれば良いと言うのだ。
前の戦争で併合した国々との調整もまだまだ残っている
だのに、現国王は次の戦争を始める気だ
その準備や根回しだけでも忙しいと言うのに、頻繁に平原に現れる様になった魔獣の問題
その上ドラゴンだ。
これ以上、俺の仕事を増やすな!と、思っていたら、今度はそのドラゴンだかドラゴノイドだかを跪かせるだけの力を持つ黒髪の人間、その黒髪の女はドラゴンを使って、国でも襲わせるつもりなのか?
しかし、人間でありながらドラゴンを超える力を持つ…本当に人間なのか?エルフ?角のないドラゴノイド?
さっぱりわからない。
何よりもわからないのはその黒髪、黒とは最も高貴な色だ。
そして、この世界は闇から生まれた。
故に原初の色は黒だと言う。
何者にも染まらず
そして、全てを染める黒
大抵の国の王族は何者にも染まらぬ力の象徴として、その黒を身にまとう。
この世界の全てを見たわけではないが、黒の毛を持つものなど聞いたことがない。
ギルドも独自に調査している様だが、あらゆる場所に行ったことのある冒険者達ですら、黒髪は見たことがないと報告書に書かれていた。
力の象徴として髪を染めたのか?
いや、しかし、だとしてもドラゴンを超える力はなんと説明する…
ただでさえ執務が山積みで働き詰めだと言うのに、駄目だ…これ以上何も考えたくない。
「レオン、1人にしてくれ」
疲れた様子で目に手を当てて天を仰げば「承知いたしました」と、レオンがこれまた堅苦しく一礼をすると、足音をも立てずに扉の前まで行くと、更にもう一礼をして扉をそっと閉じて出ていった。
それを横目で見送ると、ソファーからすぐさま立ち上がり、向かうのは侍女すら入れない鍵のついた自室と繋がる部屋
兵士や使用人どもの間では女を囲ってるだの拷問部屋だの、如何わしいものを隠してるだの、くだらない噂が立っているらしいが、そんな事はどうでも良い。
金属でできた扉は黒く、金細工でツタと花の模様で縁取らせた重厚な扉、首から下げていた鍵を胸元から手繰り上げて、その扉に差し込み回すと、ガチャンと音がして錠が開く
すぐさま扉を開きその中に滑り込むように体を入れて、扉の鍵を閉めた。
冷えた空気が漂う真っ暗な石造りの廊下、手探りで入り口にある壁に嵌め込んだ白い石に魔力を込めると、短い廊下と奥の部屋に向かって灯りが手前から順に灯っていく、部屋の中は細い通気口はあれど窓のない部屋、その部屋に進み出ると古びた匂いのする部屋の真ん中で、大きく深呼吸してあたりを見回す。
壁一面に所狭しと置かれた棚にぎっしりと詰め込まれた本、見渡す限り本、それを眺めるだけでも疲れを忘れるような幸福感に満たされる。
周りにはあまり周知されていないが、リンデバルトは無類の本好きだった。
本好きが昂じて作ったこの部屋はリンデバルト専用の書庫、王宮図書館はあれどリンデバルトの好みの本ばかりがある訳ではない。
そして気軽に行くことができない
王族が行けばアレやこれやと世話を焼かれ、通い詰めれば妃にと貴族の女達が群がり始める。
なにより、自室で自分の好みの本に囲まれていたいのだ。
少しずつ自分で買い集めた本に囲まれて、誰にも邪魔されず心置きなく本を読み耽る空間
この空間こそ最大の癒し、本を読めばその物語の世界へと入り込み、本の中で世界を見て回れる。
王子という立場に縛られどこにも行けない
王子以外なる事の許されない
そんな自分に許された唯一の自由
部屋の中心から本棚へと歩み寄り目的の本を探す
最近購入したシリーズ本を一冊手に取り、部屋に置いてあるソファーに深く腰掛けると長い足を組み、手近なクッションを引き寄せて背に置いてもたれ掛かる。
鋭い眼光は鳴りを潜め、リラックスした姿は部下の首すらも簡単に飛ばす冷血殿下には程遠い、ただの読書好きの青年でしかない。
本の厚い表紙をめくったところでふと気付く、しまった…飲み物を持ち込むのを忘れた。
この部屋の欠点は自分で茶の用意をしなければならない事だ。
まぁ、良いか…。
ページを捲るが今度は先ほどのギルドの報告書が頭をよぎる。
面倒ごとであるには変わりないのだが、その内容はまるで、どこかの本に書かれている物語から出てきた様な出来事
リンデバルトの好きな本のジャンルは歴史書でも帝王学についての本でもなく、世界を巡り仲間を集めて困難に挑む冒険の物語
少年の様な趣味だと自分でも自覚があるため周りには話せずにいる
現実の世界で冒険物語のような出来事が始まるのではないかと、少しばかり胸が躍る。
さしずめその主人公はその黒髪の女か、はたまた主人公に立ちはだかる悪役か、明日にでも黒髪の女の調査をするようにギルドに指示を出そう。
そう決めて、今度こそ本に目を落とした。




