13−2.ドラゴンの子
父上の拒絶の言葉を聞いて飛び出てきたものの、僕が行ける場所なんてこの里にはどこにも無い。
他のドラゴン達に泣いてるところを見られたくなくて、仕方なく大岩の影に隠れるように座ると、ゴシゴシと乱暴に目を擦りグズグズになった鼻をすする。
夜風に吹かれて涙の跡が冷たい
逃げ出したって、何かが変わるわけじゃない事くらい子供の僕でも分かっている。
けれど、父上の口から聞きたくなかった言葉…要は里から出て行けという事
元々、里に戻るつもりなんてなかったし、言われなくてもタキナ様に一緒に連れて行ってください。と、お願いするつもりだった。
タキナ様は強くて優しい
怒ると怖いけど…でも、それ以上に僕を認めてくれるし、話を聞いてくれる。
2日しか一緒にいないのに、そばにいるだけで安心するそんな感覚、母が居たらこんな存在なんだろうか?
メソメソと泣いていると、誰かがこちらに向かってくる足音がする
期待している自分がいる
きっと心配して探しにきてくれるって、グレンと優しく名前を呼んで慰めてくれるって、甘ったれた性格って自覚はあったけど、ここまでじゃ無かったはずなのに…
足音が自分の直ぐ近くで止まる
「グレン…見つけました
泣かないで…ほら、テイッシュで顔を拭いてください」
目線を合わせるようにしゃがんでティッシュを差し出すタキナ様
ほら、やっぱり来てくれた
タキナ様だけが僕を想ってくれるんだ。
ブワッと涙が溢れてタキナ様に縋り付いて幼子のように泣きじゃくる。
「まったく、グレンは会ってから泣いてばかりですね…いつもこんなに泣き虫なんですか?」
頭をフルフルと振って違うと答えと、ヨシヨシと頭を撫でてくれる。
その手がとても温かい。
その温もりが伝わるように、胸の中がジワリと温かくなる
ひとしきり泣いて少しずつ嗚咽が止まり始める
タキナ様にティッシュで涙を拭われると
「グレン、貴方は1つ大きな勘違いをしています。」
タキナ様が少し困った様な顔をしている
受け取ったテイッシュで鼻をかみながら未だグズグズの顔を上げる
「オウカは貴方を里から追い出したくて私に託したいわけではない
貴方の事を心配しているからこそ、里の外へと出そうとしているのですよ」
「そんな訳ない!!違う!!僕が出来損ないだから!要らない子だから!!
父上の邪魔だか 「そんな事、思ったことなど一度もない!」」
勢いに負けせて叫んでいると思いもよらぬ声に遮られ、込み上げてきた涙を流したまま声のした方を振り返る。
そこに居たのは来るはずのない。
「父上…」
少し離れた岩場から横顔を月明かりに照らされるように佇んでいる父上、いつも僕に対して顔色ひとつ変えない父上が、泣きそうな顔をして僕を見ている。
あの父上が…こんな顔するなんて、驚いて涙も止まり何も言えずに父を見つめる。
「お前を要らぬ子などと思うものか!
里に帰らぬお前を、どれだけ心配して探したと思っている!
グレン…お前は私の大事な息子でお前の母、スイナが自分の命に変えてまで残した大切な我が子だ。」
思わぬ父の話に理解が追いつかない…だって…父上はいつも僕に冷たかった。
お祖父様にボロボロになるまで叩きのめされても、父上は止めてくれなかった!
勢いよく立ち上がると、怒りをぶつける様に父上に向かって怒鳴る
「嘘だ!!だって、父上は僕と目すら合わせようとしなかった!
いつだって僕を遠ざけた!
どんなに辛い思いをしていても助けてくれなかった!!」
思えば、こんな風に父上に向かって感情をぶつけた事など一度もなかった。
言っても変わらない…いや…感情をぶつけて、お前は出来損ないの要らない子だからと、父の口から言われるんじゃないかと恐れていたから、
だから言えなかった。
「お前の言う通り、私はお前を遠ざけた。
だが本心では、お前は強くなんてならなくても良い
健やかに無事で過ごしてくれさえいれば、それで良いと思っていた。
お前を守ってやりかった…だが、私はドラゴンの里長でエンテイの息子だ。
ドラゴンは力が全て、自分の息子だけ他と特別扱いなど出来るわけもない…私は親である事より、里の長であることを優先したのだ。
グレン…お前が私を罵りたいのも当然だ。
親としては失格だと私自身も思っていた
スイナにお前を託されたと言うのに不甲斐ない父親だ…許してくれグレン…」
真っ直ぐに射抜く様な父の金色の目、本当はずっと僕を心配してくれていた?
僕はいらない子じゃなかった?
ずっと、ずっと僕を思ってくれていた…
父上も母上も…止まったはずの涙がまた溢れてくる
泣いてばかりの自分が嫌になる。
でも、この涙は悔しさからでも、悲しさからでもない
けれど、ならなんで…
「ヒグッ…じゃぁ…なんでタキナ様と出ていけってぇ…」
流れる涙も拭かずに父上を見つめる
「この里にいては、お前は辛い思いをするばかりだ。
分かっていながら手を差し伸べる事のできない…こんな不出来な父親と居るより、この広い世界を自由に飛び回り、何にも縛られずお前の思うままに生きて欲しいと思ったからだ。
それに、タキナ様の側ならこの世界のどこよりも安全だろうからな」
そう言うと僕の後ろに立っていたタキナ様の方に視線をよこす
「フフッ、随分と厚い信頼を寄せて頂いている様ですね
そうですね…強さだけで言えば、グレンも人には負けないと思いますが、如何せんグレンはまだ子供、平原で寝こけて人間や獣人に寝首をかかれそうで心配です」
「そっ…そんな事は…」
ないとは言いたいが実は以前、深夜に牧場の家畜を食べて満腹になり、睡魔に負けてそのまま牧場で寝てしまい起きたら昼だった事がある。
幸にして何事もなかったが、いくら人が弱いとはいえ我ながら流石にマズイと思った。
「まったく…その様子だと思い当たる節がありそうだなグレン、注意力が足りないだけではない。
お前はまだ経験の少ない子供だ
タキナ様は、我々とは違った視点で物事を見られるお方、その方と共に過ごす事はお前にとって良い経験となるだろう」
違った視点で物事を見る
それがどれだけ大事か今し方思い知らされたばかり、自分ばかりが辛い思いをしていて、父上が僕の事をいらない子だと思っている。と、思い込んでいた。
父上の立場を考えたことなんてなかったし、むしろ、長の息子なのに何故こんな目に遭わされるのかと思った事もあった。
「先程も言ったが、この世界が滅びに向かうならば我々も無関係ではない
グレン、世界を見てきなさい
お前がどうしたいか、それから決めるといい」
いつの間にか目の前に来ていた父上が僕の頭に手を置くと、慣れない手つきで頭を撫でる。
何ともぎこちない撫で方に笑いそうになりながら、けれど、嬉しくて
「はい!」
そう、ハッキリと返事をして父上に抱きついた。
懐かしい匂い
どれくらいぶりだろう父とこうして話すのなんて、頭を撫でてもらうのも抱きつくのも、ドラゴンの姿じゃこんな風にできない。
人の姿も悪くない。
抱きしめ返してくれる父の温もりにそっと目を閉じた。
感動の親子の和解にうるっと来つつも、水を刺さぬようそっとその場を離れ、リリーちゃん達の待つ横穴へと歩みを進める。
いつの間にかグレンが旅に同行確定になっていたが、許可しましたっけ?と、言うほどK Yなタキナ様ではございません。
どうやって納得してもらおうか…これは荒れるぞー…リリーちゃんがっ…
これからの旅で永遠と繰り返されるであろう2人のバトル、そして私は果たしてオウカの期待に添えるような経験を、グレンにさせてやれるのかと言う不安、場合によっては、寧ろこれから敵を作る可能性もあるわけで…寧ろ私の側が世界一危険になるかも知れないのだ。
世界救済、その上ドラゴンの長の子供まで預かる事になり
胃がっ、胃が痛いっ……
「いいのか、こんな不甲斐ないのが神で…」
私のボソリと呟いた嘆きも、遠くから聞こえるエンテイの大笑いによってかき消されるのだった。




