110.ドラゴンの里の来訪者
大きな岩が転がる足場の悪い場所で、人型の若いドラゴン達が模擬戦を行っている。始めの頃こそ不満を言う者が多かったが、人型での戦闘はドラゴンとの戦い方とは大きく違い面白さを見出したものが多いようだ。魔法より殴り合いの近接戦を好む者が多いのは、ドラゴンの性とも言うべきか…。魔法の方をもっと極めてほしいのだが…そんなことを思いつつ、少し離れた場所からオウカが模擬戦を眺めていると、バサリッ!と翼の音が聞こえた気がして上空を見上げれば、赤いドラゴンが此方へと高度を下げながら向かってくるのが見えた。そして、その左目には縦に大きな傷が入っている。
珍しい。と思っていると、先ほどまで若い衆に稽古をつけていたエンテイが汗を拭いながら隣にやってきて並び立つ
「カエンの奴が来るとは珍しい。オウカ、お前が呼んだのか?」
「いえ、呼んでいません。父上でもないとすれば、自ら来るとは益々珍しい。」
降りてくるカエンを眺めながら考えるのは、何用か?という事だ。向こうの山脈に住むドラゴンとは殆ど交流はなかたが、以前、タキナ様が来た折に父上が向こうのドラゴン達に事情を伝えに行ったが、交流を持ったのは40年ぶりの事だった。
その交流以降、魔石魔獣の件など小まめに情報交換をしているが、こちらが向こうに行くことはあれど、向こうがこちらに顔を見せるなど、どう言う訳か?考えているうちに、カエンが粉塵を含む風を巻き起こしながら地面へと降り立つ。
人の姿で見上げると父上と負けず劣らずの大きさだなと改めて思う。カエンはエンテイの弟、つまりは自分からすれば叔父にあたる。そして、向こうの山脈に住むドラゴン達の中で最も強い。失った片眼は、エンテイとドラゴンの長の座をかけて決闘をした際に受けたと聞いている。
残った金色の片目が、こちらをギロリと見下ろす。
「なんだ、こっちのドラゴンはみな人の姿をしてるのか?
お前ら二人は…」
そう言うとクンクンと臭いをかぐしぐさをする。
「兄貴とオウカか!?オウカの人の姿は初めて見たが、やはりヒョロイな!
兄貴はまたずいぶんと老けたな!ガハハハハハ!!!」
笑い方が父上と一緒だなと思いつつ「叔父上は変わらずお元気そうですね」と苦笑いしながら答えれば
「元気元気大元気だ!そうだ!グレンは元気か?あいつを最後に見たのは、まだヨチヨチ歩きのひな鳥みたいな時だったからな!ガハハハハ!」
「残念ながら、グレンは世界を見て回る為に旅に出ていますよ。」
見上げっぱなしの首に痛みを感じつつ、カエンにグレンの不在を伝えれば片目を大きく見開き素っ頓狂な声をあげる。
「なにぃ!?あの子はまだ子供だろ!?
あぁ、成程なっ、兄貴…いくら兄貴の孫だからって厳しくしすぎだろ。
流石の俺でもどうかと思うぞ、まだ独り立ちには早すぎる。」
エンテイの方に首を向けたカエンが、呆れながらエンテイを見下ろす。
「それを決めたのはワシではなく、オウカだ。それに、グレンも自ら進んで旅に出た。
わしが口を出す義理は何もないわい。それより、首が痛くてかなわん。カエンお前、屈むか人型になれ。」
「オウカが!?」
再びこちらを見たカエンが「オウカお前もやっぱりエンテイの息子だな」と言いながら足を折って地面に体を下ろした。
「なんじゃ、人型にならんのか?」
「ガハハハ!兄貴を見下ろす機会なんぞ無いからなー」
楽しげな声で笑うカエンにエンテイが溜息をつく
「叔父上も人の姿になるのは抵抗が?」
そう問えば、小さくかぶりを振るカエン
「いや、俺は別にそんなこと思わんよ。
人の姿になったとて力が弱くなるわけじゃないからな、人型なんぞになるなんてと騒いでいる奴らほど弱い雑魚どもよな、ガハハ!それに、若いころは兄貴と一緒に人間共と夜な夜な浴びるほど酒を飲んだもんよ!人間の酒は美味いからなー、ドラゴンの姿じゃ樽なんぞ舌先程度の量だが、人の姿で飲めば腹いっぱい酒が飲めたからな!思い出したら酒が飲みたくなった!兄貴!久しぶりに人間の里に行って酒でも飲んでくるか!」
まるで子供のように目を輝かせて、エンテイを見るカエンの姿に、叔父上は永遠の子供だな…と静かに思う。
「馬鹿を言うな、ガキだったころとは違う。
ワシらには立場ってもんがあるだろ!」
まったく、と溜息をつくエンテイはカエンの向かいの岩に腰掛ける。
「それで?世間話をしに来たわけではなかろ?」
エンテイは汗を拭っていたタオルを首にかけてカエンに顔を向ける。自分としても本題を早く聞きたいと思っていたところだ。そう思いながら、自分もエンテイの横へと移動してカエンを見る。
「そうだったそうだった!世間話して帰るところだった。
いやぁー……この前報告に来た兄貴の所の若い奴の話で、少し気がかりなことがあってなー、魔石のついた魔獣の死体が動いたって話と魔獣の死体を集めてるって話なんだが…」
言いにくそうにいい淀むカエンに、エンテイが腕組みをしてその片目をまっすぐ見据えた。