104.判断ミス
自分は眠っているのか微睡んでいるのか、曖昧な感覚だ。朦朧としている意識の中で、ふと、アレは私の判断の誤りだったと後悔が押し寄せる。そのせいでグレン君にもタキナ様にも悲しい顔をさせてしまった。魔石の力はドラゴノイドであるアレイナちゃんですら勝てないと聞いていたのに…。
戦闘の最中、グレン君は大丈夫かしら?と考えつつも、梯子を上ってくる兵士を射かけ、周囲の警戒は怠らないようにしていた。何故だか胸のざわつきが収まらない。戦いにおいて不測の事態はつきものだ。だが、いつもとは違う嫌な予感がしてならない。そして、その予感は程無くして的中することとなる。
50m程離れた城壁に上がる通路を守っていた味方の兵士の悲鳴が聞こえ、慌ててそちらに顔を向ければ兵士が冒険者のような風貌の男に、剣で体を貫かれていた。その瞬間に、あれが例の腕の立つ冒険者と思い当たる。まだ他にもいたなんて…梯子を上ってくる兵士へ射かける手は止めずに、手練れの冒険者であろう人間からは視線を外さない。冒険者風の男は2人、城壁へと出るとこちらに向かって歩いてくる。その後ろには貴族のような風体の男と、後ろは魔術師だろう。
グレン君を呼び戻すべきかしら…と考えるのもつかの間、一瞬で城壁の淵沿いに炎が走り燃え上がる。慌てて淵から飛びのいて難を逃れるが、梯子を登ってきた兵士に引火して悲鳴がそこかしこから上がる。
「仲間諸共とは、ずいぶん乱暴ねっ!!!」
飛んでくる魔法攻撃をかわしながら、コチラに剣を手に向かってくる冒険者、走りだした相手にこちらも向かい打とうかと考えるが、普段と違うこの胸騒ぎに思わず手を胸に当てて小さく息を吐き出す。己の心に従うべきだわ。
「グレン君!!!上にも加勢をお願いできるかしら―!!」
あらん限りの大声で叫ぶと同時に、急な殺気に身の毛がよだつ。 振り返れば冒険者二人が、人とは思えぬ速さでこちらに迫り剣を振りかぶる。 これが魔石の力…嫌な汗が伝う背中に気づかぬふりをして、すぐさま腰に下げていた剣を抜いて一人目の剣は交わしたものの、もう一人が上段から剣を振りかぶる。それを剣で受け止めた…はずだった…。
まるで細い鉄でも断つように、自分の剣は簡単に折られ敵の剣先がそのまま振り下ろされ肩から一気に体を切り裂いた。 肉が割かれる嫌な感覚と、すぐさま襲う燃えるような傷口から責を切ってあふれ始めた自分の血液、その激痛で身体から力が抜けて崩れ落ちた。
熱を持ったような激痛と、それに反するように冷たくなっていく自分の体。 判断ミスだ。分かっていたのに、魔石の力がここまでとは思わなかった自分の判断が甘すぎたのだ。
冷たい石畳の上に座り込んでいたが、それすら耐え切れずうつぶせに倒れこむ。
私、死ぬのかしら…こんなところで…。
もっと皆と一緒にいたいのに……おかしいわね。
ちょっと前まで早く死にたいと思っていたはずなのに…こんな状況にも関わらず思わず笑みがこぼれる。
「楽にしてやる」
耳障りな男の声と共に剣が振りかぶられるような気配に、このまま終わるわけにはいかないと抗いたいのに、意識が朦朧とし始め体に力が入らない。悔しさに流れた涙が顔を伝って落ちると同時に
「エルフから離れろぉぉぉぉ!!!!」
グレン君の怒声とドン!っという鈍い音共に、冒険者が「クソガキッ!!」と悪態をつきながらも地面へ倒れこんだ音と剣の落ちる音があたりに響く、それと同時にグレン君の怒りに反応するようにあたりの炎がより一層燃え上がる。
冷え切っていく体には焼けるような熱さは心地よくすら感じてしまう。
「エルフ!!!死ぬな!!」
必死に叫ぶグレン君の声が確かに近くで叫んでいるはずなのに、どこか、とても遠くに聞こえるような気がした。