103.泣く資格すらない
「ここです。」
そう言って廊下を少し進んだところでグレンが立ち止まり、扉に手をかけ振り返る。それに頷くと、グレンが古びた木製の扉を押し開ける。
ギィーっという耳障りな音を立てながら開いた扉の中は、むき出しのレンガの壁に小さな小窓と、壁際に一台の低いベッドが置いてある簡素な部屋、そこには白衣を着た男女が二人、血の滴り落ちる布を手にして驚いたようにこちらを振り返る。
「ロメーヌ!!」
半ば悲鳴のような声でロメーヌの名前を呼ぶ、私はまた失ってしまうのか?嫌だ!!絶対に!!!転がるように部屋へと入ればべッドから「うぅっ…」っというロメーヌの呻く声がして息があるという事に、少しの安堵を抱く
「ロメーヌ!!!」
慌ててベッドへと駆けよれば、白衣の二人がさっと身を引いてベッドの前を開ける。
「…タキナさまぁ…申し訳ありません…こんな…」
血が足りないのか青白い顔をしたロメーヌの顔、ロメーヌの自慢の髪も汗と血でべとべとになっている。そして、上半身の包帯は代えたばかりなのだろうが既に血が滲み始めている。直ぐさま治療のため力を使えば翡翠色のドームがロメーヌを覆う。
「…あたたかい……」
「いいから黙って、お願いだから……今は体を休めてください…。」
震える声でそう伝えれば、「はぁ…い」と弱々しく返事をし、目を閉じるのと同時にスゥーと言う規則正しい呼吸音に代わった。おそらく眠ったのだろう。
「ロメーヌ…」泣きそうな声でロメーヌの名前をポツリと呟いた後、目に溜まった涙を服の袖で拭うと深呼吸をして声が震えないように、努めて冷静な声を出す。
「ロメーヌの怪我の状況は?」
背後で固まっていた白衣の二人に問いかければ
「えっ、あっ、そのっ、左肩から右わき腹にかけて正面から斬りかかれたようで、そちらの少年が傷を凍らせこちらまで運び、氷を溶かして傷を縫う作業をしていて先ほど終わったところでした。あのっ…あの、貴方は噂の黒髪の…それにその緑色の魔法はいったい何を?」
「そうでしたか…仲間を救っていただき本当にありがとうございました。
細かい話はロメーヌの治療が終わったらお伝えします。
それでグレン…何があったんですか?」
治療の手を止めずに横にいたグレンを見れば、ビクリと肩が揺れる。
「別に怒ったりしてません。
ロメーヌが後れを取るとは思えないので、何か事情があったのでしょ?」
努めて優しく問いかければ、グレンが俯く
「僕は下で戦ってて、そしたら上からエルフが僕の名前を呼んだから、すぐに上に行ったらもう上は一面火の海で、エルフが血まみれで倒れこんでて、腰に毛皮を巻いてた兵士がエルフにとどめを刺そうとしてたから、そいつらを吹っ飛ばしてエルフを連れて中庭に下りたんです。
エルフが、相手は魔石の武器を持ってる。防ごうとしたけど剣もろとも切られたって…。って言ってました……。僕がもっと早く上に戻ってれば、エルフは大怪我しなくて済んだのに…」
そう言って目に涙をためたグレンが腕で自分の目をごしごしと拭う。
「グレン、グレンが間に合ったからこそロメーヌは今こうして生きているんです。
グレンが守ったんですよ。ありがとうグレン、ロメーヌを助けてくれて」
そう伝えると、グズッと鼻をすすりながグレンはコクリと頷いて再び涙をぬぐった。
グレンの話を聞く限り、おそらくロメーヌは例の魔石を持った手練れの兵士と戦闘をしたのだろう。剣で防ごうとしたが剣ごと体を斬られた…。金属をも切り裂くとはロメーヌも思わなかったのだろう。ロメーヌが斬られた怒りから、グレンはドラゴンの姿でそいつらを屠りに行ったというところか…。なるほど、グレンが怒っていたのはそう言う事だったか…。そして、グレンが咥えていた人間の一人がロメーヌを……殺してやりたい…。
ふつふつと沸き上がる怒りを奥歯をかみしめて堪える。今はロメーヌを助けることが最優先だ。リリーちゃんがあの場にいたという事は王の確保は成功し、宰相を追ってあの場に居たのだろう。なら砲台の前に転がっていた貴族のような男が宰相だったのかもしれない。だとしたらミッションコンプリートだ。
魔石持ちの魔術師と兵士で動けるものが居るかもしれないが、王と宰相を押さえられてしまえば戦う理由はもはやないだろう。あとはロウレス達に任せよう。青白い顔をしているロメーヌの顔を見つめると、腹の奥が抉られるような何とも言えない怒り、不安、悲しみ、自分のふがいなさ、そのすべてがぐちゃぐちゃに混ぜ合わされたような表現しがたい気分だ。
いつものように黒い感情がせりあがってこない。きっとこれは自分自身への怒りだから…。驕っていた自分、短絡的な自分、そのくせ所詮は一般人の自分はと言う言葉を理由にして、守るべき者を私はないがしろにしたのではないか?私がもっとうまくやっていれば、ロメーヌもサージの兵士達もこんなに傷つく事は無かったのではないか?では上手くとはどうやるのか?そんなの…わかるわけ…
いや…わかっている。誰も傷つかないで皆が幸せになるなんてそんなファンタジーあるわけがない。私が力を使えばサージ制圧は簡単だった。けれど、それじゃこの国は私の力に依存することになる…。
憎しみを生まず、人が傷つかず、誰も脅えず……そんなの綺麗ごととか言うレベルではない無理ゲーだ。綺麗ごとを通せるだけの力をもってしても、持ち主がこんな私では…。
滲む視界に涙をこぼすまいと上を向いて大きく息を吐いて堪える。
やはり私は何処まで行っても人間だ。成長せず、過ちを繰り返し続ける愚かな人間そのもの…。その上、仲間1人の負傷でここまで心の揺らぐ私なんかに、神どころか人の上に立つことすら不可能だ。きっとこの先も何千、何万回とこの言い訳を繰り返すのだろう…。
そう思った時にふと悪夢の事を思い出す。私自身が自害した悪夢、あれは…戦いを止める為だったのだと思っていたが、半ば自暴自棄もあったのではないだろうか…。
もう私には無理だと、自分の命を絶つことで戦を止めると言うのを言い訳にして、神と言う重荷からも、何もかも終わらせて逃げ出したかったのではないだろうかと…きっと…おそらく………そう…思えた。
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