92. 王の間へ2
扉は勢いよく吹き飛び、王の部屋の窓を突き破って派手な音をたてながら外へと落下していった。なんと弱い建付けだろう。この国の人間も建物も実に脆弱で欠陥品ばかりだ。
開いた扉の中は、どこもかしこも金色で装飾された下品極まりない部屋だった。中に入れば、天井にまで金の装飾が施されている。よくこんな部屋で寝起きできるものだ。
顔をしかめながら部屋の奥を見れば、ベッドの近くには騎士と兵士が立ちはだかっており、剣をこちらに向けている。ベッドの上には全裸で汗だくのブタと同じく、全裸の若い女が3人シーツで体を隠して怯えている。タキナ様にこの汚い人間共をお見せしなくて本当に良かった。と、心の底から思う。
「そこの醜いブタがこの国の王で間違いないですか?
間違いないのなら大人しく跪いてください。」
そう淡々と述べれば
「なっ!!私を豚と呼んだか!?その上この私に跪けだと!!
おい!!この小娘を殺せ!!!王の間に押し入っただけでは飽き足らず私に無礼を働いたこの小娘の首をはねろ!!私は王だぞ!!!」
唾をまき散らして怒鳴り散らすブタの言葉に、慌てて騎士と兵士が此方へと切りかかってくるのを潜り抜けるように交わせば、すれ違った騎士と兵士が魂でも抜かれたかのようにどさりと床へと転がった。殺気を当てただけで気絶するとは、先程のお飾り騎士の方が幾分かましなようだ。
「なっ…ななななな!!何をした!?
おい!お前たち!私を守れ!盾になれ!!」
慌てふためいたブタが後ずさりながら女達を突き飛ばすようにベッドから降ろす。狼狽えた女達は膝に力が入らないのかその場に崩れ落ちて互いに体を寄せ合って震えている。
その行動を見て嫌悪感が全身を駆け巡る。この世界の人間は元より嫌いだったが何処まで醜悪なのか、こんな人間さっさと殺してしまった方が良いに決まっている。本当にタキナ様がここに来なくてよかった。このゴミの醜悪さにタキナ様のお心に影が差すのは間違いないだろう。あの方のお心を汚すことはリリーが許さない。
「サージの王、最後の警告です。
床へ跪け、拒むなら殺す。」
そう発した瞬間、部屋の入り口に殺気を感じて振り返りざまに投げられた剣を、またかと思いながらも叩き落す。見れば、震える膝を支えるように壁にもたれかかり、お飾り騎士がこちらを睨みつけている。
しぶとい人間だ…実に鬱陶しい…。苛立ちからギリッっと奥歯を噛みしめる。
「陛下!お逃げください!
こ奴は私が引きつけます!早くっ!!」
必死に怒鳴る騎士にブタが「おぉ…ヴァラン…やはりお前だけが頼りだ…」震える声でブタが話しながらもモタモタとベッドから降りようとしている。
見苦しい。そう溜息をついてそのブタが床に片足をついた瞬間に、その短く脂肪のたっぷりついた太い腿に光の矢を放てば、いとも簡単に貫通する。
「ぎゃぁぁぁぁ!!脚が!!脚ガッ!!痛い痛い‼!血が止まらない!!死んじゃう!!」
太い血管は外してある。出血死するほどの流血はないのに、騒ぎ立てるブタが床にのたうち回る。
「陛下!!!貴様!!!」
そう言って怒りに顔をゆがめこちらに突っ込んでくるお飾り騎士は、先ほど自分の剣をこちらに投げたため丸腰だ。殴りかかってくる騎士をいとも簡単に避けて足をかければ無様に床に倒れこむ。
「まったく、王も無様なら騎士も無様ですね。
こんな惨めで醜悪なゴミのために命を捨てるなんて馬鹿な人間、このゴミに守る価値なんてあるんですか?それとも、すました顔してお前も金や地位が大事なんでしょうか?
反乱を起こした騎士共の方がまだマシですね。身を呈して苦しむ民を守ろうとするのは、本当に僅かばかりですがお前よりマシです。」
ゴミでも見るような目で床に転がる騎士を見下ろせば、お飾り騎士が震えながらゆっくりとこちらを振り返る。
「それは…本当なのか…」
何が?と表情を崩さず無言でいれば
「反乱を起して…民を守ろうとしているというのは…誰が先導している…?」
「この国の騎士団長なのに報告も相談も受けてないんですか?
アハッ!それはそれは!でもまぁ、仕方ないですよ。
お前はあのゴミの見方でお飾りの騎士団長、頼りにならなさそうなのは今し方会ったばかりのリリーでもわかりますし、この有事に指揮も取らずに一人でふらりと出てくる。双方から話が来ないのも当然では?フフフッ、哀れですね~。
リリーは久しぶりに気分が良いです。」
クスクスと笑いながら地べたに這いつくばっている騎士へと目を向ければ、お飾り騎士団長は虚ろな目で床を見つめている。先程の殺気は消え失せ、気配だけがある。と言うほど抜け殻のような状態だ。実に気分が良い。この男は自業自得だ。何も決断せず。流されるままに生きてきて全てを先送りにしてきた。そのツケが今ここに回ってきたのだ。惨めで哀れでなんて愚か、人間が自業自得な目にあっているのは見ていて面白いが、いつまでも眺めているわけにもいかない。と思っていると、扉の方から数人が走りこんでくる。
「リリー殿!加勢しに参り…ました…。」
王の間の光景に駆け込んできた騎士と兵士が固まる。
「良いタイミングです。もう終わりましたのであとは任せます。
ボンク…アレイナはどうしていますか?」
そう問いかければ、ハッ!と正気に戻った騎士が
「下はアレイナ殿が殆ど制圧してくださいまして、今は怪我人の手当てをしておられます。」
「お人好しめ…」
ぼそりと呟くと、ドアへと向かって歩き始めれば慌てて騎士達が道を開ける。
「私は宰相確保組と合流します。
話に聞いていた冒険者上がりの兵士が見当たりませんので砲台か宰相の方でしょう。
まぁ、砲台の方は加勢は必要ないと思いますので、手が空いた者はリリーを案内してください。」
そう言って歩きだせば「まて…」と生気のない声が歩みを制する。
その言葉を無視しようと思ったが、上機嫌にしてくれた礼に答えてやろうと振り返る。
「なんです?」
「お前は…何者なんだ…。
反乱軍を指揮しているのは副団長のロウレスなのだろ…。
反乱軍がお前を雇ったのか…」
今更そこを気にするのか、お前が気にするところは他にあるだろ!と突っぱねてやりたがったが、騎士の目は虚ろだ。お飾り騎士からすれば、もしかしたら無意識の問いなのかもしれない。
「はぁ…。
まぁ、いいでしょう。
私はタキナ様の一番の僕であるリリーと申します。
我が神であるタキナ様のご命令によりこの国の反乱軍に加勢をすることになりました。
タキナ様と言うのは、お前達が言うところの黒髪の女です。
タキナ様はこの世界で唯一であらせられる神の種族、今後はそのような不敬な名ではなくタキナ様と呼び崇めなさい。
では、今度こそ失礼します。」
そう言って身をひるがえせば、のた打ち回って叫んでいたブタが
「黒髪!?黒髪の女が来ているだと!?ヒィー――!!
殺される!!助けてくれ!!ヴァラン!!私を!私を連れて逃げろ!早く!!」
あぁー煩いゴミ豚がっ…。
首を跳ね飛ばしてやりたいのを堪えて部屋を出たのだった。