79.サージの王
贅の限りを尽くした黄金の調度品が並ぶサージ国王の私室に、規則正しいノックの音が響く、黄金で模様を描かれた扉の前に立っていた侍女が扉に耳を近づけると、金色のソファーにふんぞり返りテーブルの上に山のように乗せられた鳥の肉を一つ手に取ると、しゃぶるように食べている王へと顔を向ける。
「陛下、騎士団長がいらしております。」
「んぁ?通せ」
間抜けな声で返事をすると、侍女は恭しく頭を下げると、そっと扉を開ける。
「失礼いたします。」
騎士団長が一礼すると部屋へと入ってくる。
いつも通りの茶色いボサボサ頭だが、見た目にそぐわず涼やかな顔立ちのせいで不潔感はない。見れば、扉を開けた侍女もほほを染めている。フンっと、鼻で笑い飛ばし騎士団長を見れば、深い青色の胸当と手甲をはめている。今日は訓練がなかったのか、いささか普段より身軽なようで耳障りなガチャガチャとした防具の音はしない。
「今日は訓練がなかったのか?まじめなお前にしては珍しいな」
「はい。国民の暴動がまだ収まっておらず。騎士達は連日城下へと出ておりますので…。」
「なんだ?まだ国民共は騒いでいるのか?私の決定だぞ?何故そうも反発する?」
国民とは王のための存在だ。だというのに、我が国の民共は王に対する態度がまるでなっていない。他の国など、あんなにも大人しく王の言うことを聞いているのに、全く腹立たしい。近いうちにオリエンテにでも愚痴を聞いてもらうため文を出そう。同じ王なら民を黙らせる良い案をくれるかもしれない。
食べ終わった鳥の骨をテーブルの空のさらに放り投げるとカランと小気味よい音を立てた。
何の返答もしない騎士団長に視線を戻せば何やら俯いている。最近、この男が俯いている姿をよく見るようになった気がする。
「どうした?流石のお前も疲れが出ているのか?
ほら、お前も食べろ、この鶏肉は若鳥だからな、柔らかくてうまいぞー」
今でこそ国王と騎士団長と言う立場だが、幼いころは兄弟のように共に過ごした。父上が側室を取らなかったため、正妻一人、しかも子供は自分以外は死産、王の血筋は自分だけなのだ。兄弟のいない自分からすれば、ヴァランは兄弟のようなもの、そして両親が他界した自分が唯一心の許せる相手、ヴァランが身に着けている青色の防具も剣も自分が与えたものだ。
いつだって前向きで、自分を守り手を引いてきたヴァランがこのように俯く姿など、正直言ってみたくない。常に堂々と自分の隣で誇らしげに立っていればよい。
「陛下……。無礼を承知で申し上げたき事がございます。」
珍しい。だが、それと同時に少し嬉しくもある。何故なら、お前だけが唯一私に意見を述べることができる者なのだぞと言う特別感を与えられる愉悦、思わず顔がにやけてしまう。
「なんだ?そなたは私の兄弟のような存在だ。
遠慮などするな!何かあるなら申せ、そなたの意見なら私も聞く耳を持ってやる。」
何と自分は寛大な王なのだろうか、そう思いながらふんぞり返っていた体制を整えて、騎士団長の正面へとむける。
「もったいないお言葉…、恐れながら…陛下、どうか…、ほんの少しだけでも民に心を砕いて頂けないでしょうか?陛下の打ち出した政策、あれではまるで…民が家畜のようではありませんか…。」
「ヴァラン…そなたは本当に昔から心根が優しいな…。正直御驚いた。
民など家畜も同然ではないか、王族以外は王のために尽くす存在…あぁー、いやそなたは特別だぞ!先にも言った通り、そなたは私の兄弟のような存在だからな!
そなたの気持ちは汲んでやりたいがな…私は王だ……。そう言われても、家畜の気持ちなどわからない。」
意見を聞いてやるとは言ったが、なかなか難しい話だ。民も家畜も同じ、持ち主の財産であり持ち主の財を潤す存在、心を砕くと言ってもな…。
はて、どうしたものか?考えるのもめんどくさいと、片隅で考えつつ兄弟の進言も無下にはしたくもない。うーん。と唸っていると、ヴァランが静かに息を吐きだした音が聞こえて、その顔を見る。何かを諦めているかのようなそんな顔だ。
「陛下、民は物言わぬ家畜ではありません。意思を持つ人です。」
ヴァランがそう言うが、だからそれが私には理解できぬと言っているのに、わからん奴だな…ヴァランらしくもない。連日、騒ぐ民どもを静める為に城下に降りているせいで疲れているのだろう。きっとそうだ。
「ヴァラン、そなた疲れているのではないか?
私直々に命をやる。数日休暇を取って体を休めろ。其方に倒れられたら私は困る。」
そう言うと、侍女に目配せをすれば次女が慌てて部屋の外へと出ていく、宰相のセドラと騎士団の副団長に知らせに行ったはずだ。
「私は……、いえ、その方が良い様です。
この様な時に愚かな進言をしたことをお許しください。
陛下のお心遣いに感謝いたします。」
「よせヴァラン、この部屋には私のそなたしかいない。
2人だけの時は昔の様に立場など気にするな」
「勿体無いお言葉…。
陛下、本当に奴隷生産の計画の撤回はありえないのでしょうか?」
「はぁー。あるわけ無いだろう。
奴隷生産よりも効率の良い主産業の案があるなら別だがな、無いなら撤回の余地はない。」
そう言うと鶏肉に再び手を伸ばして肉を貪る。
ヴァランは随分と奴隷生産に反対のようだ。私としては別に国が豊かになる産業があるのならば、別に奴隷生産にこだわる必要もない。現状、これしかないと言うだけだ。
ただでさえ帝国に怯える日々、ハイランジアとは同盟を結んでいるがいつ反故にされたとておかしくはない。
あぁーめんどくさい。考えたくない。そんな事は宰相に全て投げておけば良い。
私は王なのだから、ただ子孫を残すことだけを考え、ここに居れば良い。
肩を落としたヴァランが失礼いたしました。と、一礼すると部屋から出て行こうとするのを、一瞬止めようかと思ったが、同じ話を繰り返すだけになりそうなのでそのまま無言で頷く。
颯爽と馬で平原を駆け回り、青い空の下で笑いながら明るい将来を語り合った楽しい思い出がどんどん薄れていく、あの頃はあれほど楽しかったのに、ヴァランは変わってしまった。だが、唯一の肉親の様な存在、心の拠り所であるヴァランを遠ざけることなど出来はしない。
「クソッ!!」
ヴァランが出て行った部屋の扉が閉まる音と、同時に罵りながら皿に叩けつけた鳥の骨がカンッと音を立てて飛び跳ねると、汚らしい音を立てて床へと落ちたのだった。