76.特訓
ハイランジアの城壁から数キロ離れた平原に数人分の悲鳴と爆発音が響く、追いかけるのは年端もいかぬ少年と、その少年の攻撃から逃げまどう大人達、それに檄を飛ばす少女の声もまた平原に響いていた。
「前回も言っただろうがっ!!!
逃げてるだけじゃ敵は倒せないんだよ!!!クソ雑魚がぁぁぁぁ!!!!」
「リッ…リリーちゃん、グレン割と本気で攻撃してない?もっ、もうちょっと手加減しないと本当に危ないんじゃ…」
「タキナ様なりません!タキナ様の優しさに甘やかされ奴らは弱くなる事はあっても強くなりません!
先日のようにタキナ様が倒れられている時に、敵に襲われでもしたら奴らは自分の身を守ることもタキナ様を守ることもできません!それと、タキナ様はまだ病み上がりなのですから、そちらに座っていてください。」
キッ!!と鋭い眼光でリリーちゃんに射抜かれて、「ヒャイ」っと返事にもならない声しか出ずに押し黙り、用意された場違いな革張りの1人がけソファーに体を預ける。
あれから私は2日も眠り続け、ようやく起き上がれるようになり、体調も回復してきたので気分転換も兼ねて平原に行きましょうとリリーちゃんに誘われ出て来たのだが、始まったのはまさかの地獄の特訓……。
再び響く爆発音と悲鳴に、すかさずリリーちゃんが皆の方に視線を向けると、どこから黄色いメガホンを取り出す。
「ドラゴノイドのボンクラ女ぁぁぁぁ!!!腕力でどうにかしようとするなーー!!!
魔力と頭を使うんだよ!!!ボケガァァァ!!!」
「ヒィーーーー!!!!?ごめんなさいぃぃぃぃーーー!!!!フギャッ!!」
アレイナが悲鳴まじりに泣きながら、グレンの回し蹴りを防御魔法で受けるも防御魔法をあっさり蹴り壊されて、グレンの蹴りがアレイナの脇腹に入ったかと思ったが、持ち前の反射神経と腕力でその攻撃を止めたものの、蹴りの強さに30mほど吹っ飛ばされて土煙をあげながら平原へ転がる。
アレイナぁぁぁぁ!?思わず立ち上がろうとするが、リリーちゃんが私を振り返り、その眼光に立ち上がり掛けた足を元に戻してソファーへと腰掛ける。
ごめんね…アレイナ…。でも、意外とグレンは手加減をしているようだ。本気だったら腕の骨が砕けててもおかしくない。えらいぞグレン!!!
吹っ飛ばされたアレイナを、剣を構え青い顔をして見ているロメーヌとルークス、いつも冷静なロメーヌの顔にも冷や汗が浮かんでいる。
「ドラゴノイドのアレイナちゃんがあれじゃ、私達なんてきっと受けただけで腕が千切れちゃうかもぉ……。」
「死ぬ…死ぬっ、絶対死ぬっ!!!」
ルークスも剣を構えているものの、耳は倒れて尻尾も股の間に入り込んでいる。
半泣き状態で見るからに戦意喪失、膝が笑っている。
「弱いものイジメは楽しいなー」
吹っ飛ばしたアレイナを見送ったグレンが、ニコニコと楽しそうに青ざめている2人を振り返る。
ブルリと震え上がった2人の片足が後ろへと下がり逃げの体制をとるが、何とか踏みとどまる。
「はっ、初めてグレン君と会ったあの日を思い出すわぁー」
おそらくドラゴンのグレンから馬車で逃げまどっていたあの日の事を言っているのだろう。
ロメーヌも顔は笑っているが、泣きそうな声である。
「何やってんだ雑魚2人!!!足を止めるな!!!逃げるな!!
戦えボケナスがぁぁぁぁ!!!特にクソ犬!!!お前がこのパーティーで1番の雑魚だ!気合い入れろ駄犬!!!」
「ハイィィィィィィィィ!!!!!」
キャィンと、もはや犬の悲鳴にも聞こえそうな裏返った声で、泣きながらルークスが返事をしてグレンに切り掛かるが、軽々避けたグレンがルークスの剣を手刀で叩き折り、前のめりになってしまったルークスの背中を回し蹴りで蹴り飛ばす。
「イ゛ッ!!!?」
ルークスの悲鳴とともに涙の筋を靡かせながら吹っ飛ばされたルークスが、やっと立ちあがろうとしたアレイナに激突して、潰されたヒキガエルの様な声と共に2人が平原へと沈む。
「あっ、あらあらあらー、あとは私1人かしらー、接近戦は私不得意でぇぇぇ!?」
冷や汗をかくロメーヌへ、グレンが豪速で赤い槍を投擲する。
ロメーヌの顔を掠めそうな距離で、ギリギリ回避したロメーヌが
「グッ、グレン君!顔は困るわぁー!!!!」
言うも束の間、一瞬で距離を詰めたグレンがロメーヌの背後をとると、ロメーヌの腰へと抱きつく
「あんっ♡グレン君!?こんな時にそんな、私の母性がぁぁぁぁぁ!?」
と、悲鳴のような遺言のような、そのままジャーマンスープレックス?を決められ、ロメーヌの上半身が平原へと埋まる。
グレン……容赦ねー
と、心の中で呟き平原を見れば、散らばる仲間の屍…。
南無阿弥陀仏と心の中で手を合わせる。
「どいつもこいつもっ!!!雑魚がっ!!!」
リリーちゃんのキレ散らかしている声が平原に響く、それをグレンが冷めた目で一瞥すると、埋まっているロメーヌの足を引っ張って地面から引っこ抜いていた。
そうね…、窒息しちゃうからね。偉いねグレン…。
ふと、城壁の方から馬の蹄の音が響いてこちらに向かってくる。
騒ぎすぎて騎士が来ちゃったか?と、ソファーの横から上半身を出して確認すれば見知った騎士の姿が見えた。
「タキナ様、その後お加減はいかがですか?
それと……これは一体なにが……。」
側まで来ると、馬から降りたファグレスの開口一番に思わず苦笑いをする。
「あぁ…、えぇーっと、先日はご迷惑をおかけしました。
おかげさまで体調はだいぶ良くなったんですけど…、これはその、仲間の実力向上のための訓練と申しますか…」
「雑魚を強くするための訓練です!タキナ様に仕える者として恥ずかしくない程度に力をつけてもらわねば困りますから!リリーが仕方なく、奴らのために時間を使ってやっているのです。
それで?何の用ですか?」
フンッ!と鼻息荒く、リリーちゃんがファグレスを見上げる。
「これは訓練と言うより……「何か?」」
リリーちゃんの瞳孔が縦に割れて、ファグレスを威嚇する。
「いえ…、ですが訓練ならばもう少し効率の良い方法があるかと…」
一国の騎士団長様になんて態度を!?
ソファーから立ち上がり、リリーちゃんの背後から両肩に手を置いてリリーちゃん抑えて抑えて、っと言い聞かせる。
「失礼しましたファグレス、戦闘の訓練については私達は素人ですので、何か良い方法があれば教えてもらえませんか?」
「我らなどよりはタキナ様のお仲間の方が遥かに腕の立つ方ばかりと思いますが、私の知る事でよければお教え致します。」
「ありがとうございます。
あっ、それで何か私に用事でもありましたか?」
「そうでした。失礼いたしました。
その、陛下よりタキナ様へのお見舞いの品を宿の方に届けさせていただきました。その……私の口から言うのも何ですが、不要な物は売って旅の路銀にされても良いかと思います…」
非常に言いにくそうなファグレスの言葉に、あの変態国王は碌でもないもの送ってよこしたんだろうなと察する。
「……お気遣い感謝致しますファグレス」
そう言って苦笑いすれば、ファグレスも苦笑いをする。
その雰囲気に何を思ったのか、急にグレンがこちらにやってくる。
「おい人間、お前も訓練しに来たのか?」
「いやっ、私は」
その言葉い驚いたファグレスが、グレンを見る。
「ちょうど良い機会です。
この国の騎士の実力がどれほどのものか見せてもらいましょう。
訓練にケチをつけるんですから、きっと強いですよクソトカゲ、気合い入れないとですね。」
「クソトカゲって言うな!!!
けど、ふーん、人間なのに強いのかー、遊び足りないから付き合え人間、怖いなら逃げても良いぞー」
煽る子供2人の口を慌てて塞ぐ
「リリーちゃん、グレン、ハイランジアの騎士団長様に何てこと言うんですか!!
申し訳ありませんファグレス」
慌ててファグレスに謝罪するも、ファグレスも困った顔をしている。
「そんなことを言われて引き下がっては、騎士の名折れです。
仕方ありません。一戦手合わせ願いましょう。」
「いやいやいや!ファグレス!グレンはそのー、何と言うか…非常に人間離れした強さで…」
「存じております。」
そう言いながら剣を抜くと、グレンと共に離れていく
あわわわわわわ!!!?
慌てる私をよそに、グレンがファグレスに突っ込んでいくも、ファグレスがヒラリと交わして振り向きざまに剣を振るうが、グレンがいとも簡単に片手でそれを止める。顔色一つ変えずに……。
驚愕したファグレスの顔、次の瞬間、案の定、数十メートル先まで土煙をあげて吹っ飛ばれれたファグレス
やってしまった……恩人であるファグレス、そしてこの国の騎士団長様になんて事を…。
土煙が晴れたそこには、地面にめり込みピクリとも動かないファグレスが平原に転がっていた……。
「ファグレスゥぅぅぅぅぅぅ!!!?」
と、私の絶叫が平原に響き渡り、横のリリーちゃんが口ほどにもないと言わんばかりに「ハンッ!」と笑っていた。