72.神々の苦悩
諸事情により今週は2話連続投稿いたします。
代わりに来週の更新はお休みします。
申し訳ございません。
何の飾り気もない木造の大社、しかしどの柱も人が5人で囲んで手を伸ばしたとて、届くかどうかの太さ、天井は見上げるほど遥か遠く、板の間の床は顔が映るのではないかと言うほど、美しく磨き上げられている。職人の遊び心か、桜の花が所々に彫られている。シンプルな見た目に反してその大きさと、美しさに初めて訪れる者は皆、口を開いて見回すほどだ。
そんな社の廊下を疲れ切った顔をして歩く者が1人、その者の姿を見るや否や、赤や水色の袴姿の者達が床にひれ伏し頭を垂れる。
しかし、疲れ切ったその者はそれに気づかずため息を吐きながら廊下を進んでいった。
その疲れている者の顔には目元を隠す半分だけの狐面をしており、ひれ伏している者達は皆「なぜあの方が狐面などと?」内心首をかしげていた。
長い廊下のその先の天井まで届く大きな扉の前に立つと、ギギギギィーという音を立ててゆっくりと扉が開いていく
「やっと帰って来たか天之御中主神」
扉の先にいた神産巣日神の声が響き渡る。
こちらを振り返り手をあげて声をかけるその者は、黒い生糸のような髪を一つに結い上げ、中性的な美しい顔を珍しく惜しげもなくさらしている。目元が切れ長なので、睨みつけられると迫力があり恐ろしいのだが、どうやら酒が入っているようでずいぶんと上機嫌だ。着物は相変わらず巫女の着物を身にまとっており、神産巣日神の子である少名毘古那神に神使と見分けがつかないから造化三伸らしい着物を身にまとえと言われているが、相変わらず聞く耳持たずのようだ。
神産巣日神は床の間の先にある一段高い80畳の畳の上で胡坐をかいており、周りには酒やつまみが転がっている。どれも高天原で調理されたものではなく、どう見ても人の子らの物だろう、ベビースターやら歌舞伎揚げなどと書かれており、大吟醸と書かれた酒瓶まで転がっている。
その光景を見て、天之御中主神はこめかみを抑える。
神が人の世に染まりすぎであろう。と、ぼやくが口にすると散らかした張本人であろう神産巣日神が煩いので口を閉じる。
そして畳の間にはもう一人、高御産巣日神の姿もあった。こちらは、淡々と酒を飲んでいる。普段から寡黙で表情もあまり変わらないので、付き合いは長いが未だに何を考えているかわからない所がある。
ただ、神産巣日神よりは神らしく、幾重にも重なった黒い着物を身にまとっており、目の覚めるような美しい赤い帯がひときわ目を引く、こちらも中性的な顔立ちのため一見男か女かわからないものは多いだろうが、不愛想な顔はしているが男も女も振り返るほどの美貌の持ち主だ。
「まったく、外回りをしてきた私に労いの言葉の一つも言えんのか?
私に厄介ごとをすべて投げてきおって、お前達は思いやりと言うものを人の子から学んできてはどうだ?」
そう言って畳の間に上がると、どかりと音を立てて胡坐をかいて座る。
「すまんのー、まぁー、ほれ!この前旅行で行ってきた土産の酒だ。
うまいぞー」
そういいながら神産巣日神が湯呑を差し出してくる。
「そなたずぼらにもほどが有ろう。
杯はどうした?」
「それもあるが、面白いことにこの酒は陶器で飲んだ方がより美味いんじゃよ、酒によって硝子、陶器と器を変えると良いらしい。
人の子は実に面白いのー、さすが我らの人の子らじゃ!」
ナハハハハ!と、大笑いする神産巣日神の横で注がれた酒を一口すすれば、確かに漆塗りの杯とはまた違って濃い香りと、ひやりとした陶器の温度と日本酒が心地よく、果実にも似た深い甘みが口いっぱいに広がっていく。これはなかなか…、いや、杯と飲み比べてみなければ判断はつかぬか……
「って、そうではない!
私が苦労して他の世界を回ってる間に旅行だと!?」
「そう怒るな、わしとて遊びで人の子の世界を回っていたわけではない。
人の世に下りれば、ここからでは見えぬものがよく見える。
そういえば最近、宇迦が引きこもっててのー須佐之男命から京都に寄ったら渇を入れてきてやってくれと言うんで様子を見に行ったら、VR?メタバー…なんだったか?にはまってるらしくてのー、試しに見せてもらったが、かそうくうかん?とか言うのはすごいのー、あれは宇迦でなくともはまるのはわかるわい。身元がわからんから人の子と気軽に会話もできるし、いやはや、今までで最も人と神の距離が近い時代が来たかもしれん!!これは革命じゃ!!」
「そなたが何を言っているのか半分も理解できん」
力説する神産巣日神に天之御中主神が冷たい視線を注ぐ。
すると、今まで黙っていた高御産巣日神が口を開く
「遊び周っていたのを勢いと現代の言葉でごまかしてるだけだろう。
結局、宇迦の引きこもりを辞めさせたのか?あの子は豊穣神だ。仕事をせねば、人の子の世に多大な被害が出る。」
「うっ…。まぁ、宇迦にはいろいろと借りがあるにせよ……。
そこはワシもちゃんと理解しておるからな、人の世に悪影響が出ない程度には仕事をせよと言い聞かせてきた。そこはまぁ、人の世に影響が出れば、それこそ宇迦の趣味は人の子あってのものだからな、しっかりとやるじゃろ」
その言葉に高御産巣日神が眉を寄せるのを見て、天之御中主神は荒れそうな気配を察知してため息をついたのだった。
造化三神の呼び名は複数あるのでその一つを採用しています。