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邪神ですか?いいえ、神です!  作者: 弥生菊美
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71.悪夢の正体


 賑わうハイランジアの街中をフードも無しに歩けば、当たり前だが人々から好奇な目で見られる。

がっ、隣を歩く騎士団長のファグレスの顔を確認すると、皆いそいそと自分達のすべきことへと戻っていく。私の後ろを歩く、ルカとルナが「ジロジロ見過ぎー」と、人々に苛立ちの声をあげている。


 なぜ今日はこのメンバーで歩いているかというと、リリーちゃんが戦闘力向上と称して戦えるメンバーの叩き上げをすると急に言い出し、ハイランジアの外へ魔獣狩りに出ているのだ。今朝、その話を聞いて「リリーさんの訓練に耐えられる自信無いですぅぅぅぅ!!」と、泣き叫ぶルークスをグレンが欠伸をしながら、ルークスの後ろ襟を引っ掴んで引きづりながら部屋から出て行ったのだ。


 今朝のことを思い出しながらため息をつくも、相変わらず刺さる視線に耐えかねてフードを被る。まぁー、そりゃジロジロ見たくもなりますよねー。ミッドラスの件も耳にしているだろうし、今は好奇の目に止まっているがオリエンテから奴隷解放の御触れが出たら、憎しみの目に変わるのだろうか?


 負の感情が世界に溜まってしまわないだろうか?

オリエンテが言うには、国民からの怒りや不満が溜まらないように仕向けるため良い案があるが、考えをまとめるために少々時間が欲しいと言われたのだ。


 神様なのに、言い出しっぺなのに……。案だけ出して丸投げって、ダメな上司の典型じゃないか!

いつまで経っても、戦闘以外ではまるで役に立たないダメな神!!


「タキナ様、彼方が服や小物を扱う店になります。」


 ファグレスの言葉に立ち止まってみれば、白を基調としたハイランジアには珍しく黄緑色のこぢんまりとした店が目に入る。店の前には手入れの行き届いた植木鉢に花々が植えられて、綺麗に咲き乱れている。正直、一見して何屋かわからない。


「タキナ様、私達のために服なんて本当に良いんですか?

その辺の布に穴でも開ければ服になります。」


 ルナが不安そうな声を出す。

女の子なのに、オシャレだって興味があるだろうに、それどころじゃない人生を歩まされてきたのだ。

巡り会ったのも何かの縁、助けたからにはできる限りの事はしてあげたいじゃないか!と、私の薄っぺらい偽善が発動したのだ。薄っぺらい。本当に…私は薄っぺらい…。


「いつまでもその服というわけにはいかないでしょう。

新しい仕事を探すにしても、身なりは大事ですからね。」


 そう言ってルナに微笑めば、小さな声で「ありがとうございます…」と、頬を染めて俯いた。

自分の薄っぺらさを、他人のありがとうという言葉でかさ増しする。

ルナの可愛らしさに、少々絆されつつも「行きましょう」と声をかければ、ルナの隣にいたルカが、ルナをジト目で見ながら「可愛こぶるなよ気持ちわイダッ!!!!」と、満面の笑みを浮かべたルナの肘鉄がルカの脇腹に加えられていた。痛みで地面にうずくまるルカに「どうしたのー?お兄ちゃん?どこか痛いのー?」と冷ややかな声を送るルナ


 ルナちゃんはもしかして、やっぱりリリーちゃんタイプだったりするのかな???

怖いな……気をつけよ……。

歩きながら双子の様子を見ていたファグレスが、苦笑いをしている。


「ファグレス、この様な買い物につき合わせてしまい申し訳ありませんでした。

騎士団長が私の様な者と一緒にいて大丈夫なのですか?」


 痛みで呻くルカの回復を待っている間に、ファグレスへ問いかける。

ハイランジアという大国の騎士団長様が、いくら黒髪の女とはいえ、ただの買い物に付き合わされるのは流石に申し訳ないにも程がある。


「このくらい大したことではございません。

陛下より直々にタキナ様の護衛を申しつかっておりますので、どうぞお気になさらず。」


 そう答えたファグレスの顔はなんだか、気のせいかも知れないが幾分かファグレスの顔が優しい気がする。というか嬉しそう?


「ファグレス、何か良いことでもあったんですか?」


そう問えば、ファグレスは一瞬驚いたように目を見開くと普段の引き締まった顔に戻る。


「申し訳ありません。

少し、有りもしない事を考えてしまいました。」


「別に咎めたわけではないですよ、嬉しそうだなと思いまして、有りもしなこととはお聞きしても?」


「……私は…十数年前に妻に先立たれているのですが、あの服屋は妻がよく通っていた店なのです。

この道も妻と一緒に何度も歩きました。ふと、双子を見ていて思ったのです。

もし、妻が生きていて子供がいたら…あの服屋にこうやって家族と通ったのかも知れないと……。

愚かにも、そんな事を考えてしまいました。」


 そう言って、苦笑いをして俯いたファグレスの目は少し潤んでいた。

奥さんのこと、本当に大好きだったんだろうなとその表情と言葉からヒシヒシと伝わってくる。


「愚かではありませんよ。

ファグレスは思い出の中の奥様に会いに行っていたのでしょ?」


「タキナ様…」


「思い出に少しくらい脚色したっていいじゃないですか、愚かでも何でもないです。

それに…、思い出は時間が経つにつれて、思い出す頻度が少なくなり、そして……顔も声も少しずつ薄れていくものですから、だから、思い出に浸る事は愚かなんかじゃ無いですよ」


 思い出、自分が元の世界にいた時のことを思い出す。

久しく思い出していなかった自分の故郷、みんな元気かな…。そんな事を自分でも思う。


ふと、思い出す。


何か思い出さなきゃいけない事があった気がする。


何を?何で?何だっけ?


思い出さなきゃいけない事なんてあっただろうか?


決して忘れてはいけない

大切な事


そう思った瞬間激しい頭痛と眩暈に襲われる。

今までとは比べ物にならないほどの頭痛に思わず頭を押さえて、石畳へと倒れこみ石畳に手をつこうとした瞬間、視界が真っ赤に変わる。


 何が起きて……痛む頭に顔をゆがめつつ顔をあげれば、あたりは炎に包まれ真っ赤に染まっている。

そこかしこから怒号や悲鳴、剣のぶつかり合う音が響き、焦げた臭いの中に濃い血の匂いが混じる。


 あの時の悪夢…とは違う…一体私は……、痛みが落ち着いていくのと同時に自分の意識を押しのけて、激しい憎しみの感情が溢れ出す。


まるで別の誰かの感情がなだれ込んで、私の意識をも侵食していく


憎しみ、怒り、殺意


けれど……誰かの声が私の名を呼んだ気がして意識が戻る。


そうだ…決して吞まれてはならない。


二度と繰り返してはならない。


私自信の手で終わらせなければならない。


そう思うと、頭痛が止まり、先程の憎しみに塗れた感情が凪のように治っていく。


 立ち上がれば目の前は石造りの手すりが見える。

何処かのバルコニーだろうか……自分の意思とは関係なく勝手に歩みを進める足、見下ろせば燃え盛る炎の中で人や獣人の兵士達が戦っている。


もっと早くこうすればよかったのだ。

何処までも愚かな自分


いつの間にか手に持っていた黒刀、それを持つ手に力がこもる。


「__________________ 。」


 自分が何を話しているのか分からない。

眼下の兵士達が唖然とした顔で此方を見る。


誰かが後方の建物の中かから大声で私の名を必死に叫んでいる。


決めてしまえば嘘の様に、憎しみも、悲しみも、恐怖もない。


 解放されるという安堵の方が大きい。

何処までも行っても私は薄っぺらい人間のままだった。神になんてなれるわけがなかったのだ。


 自嘲気味に笑うと、自身の首に黒い剣を押し付け渾身の力で己の首を切り裂いた。

流れ出る生暖かい血が半身を覆っていく、倒れる直前に響いたのは兵士達の叫び声と、よく知る少女の叫び声にも似た悲鳴


ごめんね……リリーちゃん…


そう呟くと同時に世界が暗転した。




「タキナ様!!!!」


 怒鳴り声にも似た声にふと我に返る。

気づけば先ほど、ファグレスと話していたハイランジアの道だった。

いつの間にか地面にへたり込み、ガンガン脈打つ様にと痛む頭、そしてボタボタと涙を流している自分がいた。


何がっ、今のは…何がっ……。


「お気を確かに!!タキナ様!」


 そう叫び力強く私の肩を支えるファグレスの声、どちらが現実か分からない感覚になる。


「ファグレス…私は…私は……」


どうしてここに居るの……?


思い出せない…何で何で…


思い出そうとすれば頭どころか、全身に痛みが走り始める。


 身体がゆらりと揺れファグレスに抱き上げらる。

宿に戻るつもりなのか……ルナが泣きそうな声で何度も私の名を呼んでいる。


身体が砕けるんじゃないかと思うほどの激痛に意識が遠のいていく


 あれは、夢でもなければ、予知でもない。

断片的に見えたあの世界は、どれも…全て…



……私の記憶だ……。





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