66.ドラゴン達の動揺
「だぁーーーー疲れたぁーーー!!!」
と、叫びたいのを我慢して無言でベッドへと倒れ込む
「タキナ様…珍しくだいぶお疲れですね……。
リリーさん何があったんですか?」
城から戻ってきた私とリリーちゃんだったが、宿に戻ってきた頃にはすっかり日が落ちて夜になっていた。宿に戻るとアレイナとグレンが部屋にいたが、ロメーヌはいつもの情報集めという名の夜遊びへ行っており留守だった。双子とルークスは夕飯作りを手伝いに厨房へ行っているそうだ。なんて良い子達!
アレイナから問われたリリーちゃんが、事の経緯を話し始める。
「タキナ様、大丈夫ですか?」
枕元にやってきて、私の様子を伺いにきたグレンの心配そうな顔に「少し疲れただけですよ」と言って、微笑む。そう、色々とありすぎて疲れた。
目を瞑っていると、ルークスやルナの声が近づいてくる。おそらく夕飯が出来たのだろう。
起き上がるのも億劫だな、と考えていると
「え〝ぇぇぇぇぇ!?王様を殴ったぁぁぁ!?」
という、アレイナの絶叫が部屋に響いた。
あ〝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!そうですやってしまいました!!
その後、SMクラブの女王様みたいな事もしてしまいました!!!そんな趣味はないと思っていたのに!!
思ってたのにぃぃぃ!!イヤァァァァァァァァァーーーー!!!!思い出してくもない!!!
またロメーヌのフラグ回収しちゃったよ!!!と、枕に顔を埋めて深いため息を吐いたのだった。
「元気出してタキナ様」
と言いながら頭を撫でてくれるグレンの優しさに「ありがとう」と泣きそうになりながら、感謝を述べる。ふと、そう言えばオウカ達のその後の調査は何か進捗は有っただろうか?と、頭をよぎったが部屋へと戻ってきたルークス達の手にある美味しそうな夕食の匂いで次の瞬間には忘れていた。
ドチャッという水気交じりの音と共に、血の匂いが一気に濃くなる。
人の姿をした年長者のドラゴン達が音の方を振り返れば、石ころだらけの地面に血まみれの大型サーベルウルフの首が転がる。
驚くべきはそのサーベルウルフの毛並み、血に塗れてはいるがその体毛は美しい白
白い個体……。
誰しもが驚きに目を見開いた。
ドラゴンの年長者達で何時もの火口の横穴で話し合いをしていたところに、ローブも体も傷だらけのボロボロといった状態で現れた満身創痍のレイテとソウジュが地面に投げ転がしたサーベルウルフの首、誰もが黙り込み唖然とそれを見つめていた。
しばしの沈黙の後、オウカがやっと口を開く
「二人とも、良く戻った……。
いったい何があった?いや、その前に手当が先か…手当てなんてものはやったことがないが……」
そうオウカが言い終わらぬうちに、エンテイが立ち上がり二人の方へと歩み寄る。
「すぐに体を洗い清めてこい。
傷が化膿すれば腐り落ちかねん。ドラゴンの姿には戻るなよ、治りは早いかもしれんが白い個体が出た以上、わしらドラゴンも他人ごとではない。」
そう言うと、横穴の入り口に何事かと集まっていた他のドラゴン達の一人に声をかける。
「おい!そこの若いの!ティートリの木はわかるか?あの目に染みるような臭いの出る木だ。
その葉が大量に必要だ。取ってきてくれ、人間はそれを傷薬として使う。」
「レイテ、ソウジュ、話はその後だ。
さっさと水場に行ってこい!」
余程疲れきっているのか、一言も発さずヨレヨレと歩いていくレイテとソウジュを見送ると、エンテイが話し合いの場に戻ってきて、ドカリと岩に腰掛ける。
「さてオウカ、先ほどの話し合いは一時中断だ。
優先すべきは、こっちだろ」
他の年長者のドラゴン達も頷きオウカを見る。
「もちろんですよ父上、我々の体内にも魔石がある。
この白い個体が出てきたという事は、我らドラゴンにもあり得るという事です。」
そう言って、白いサーベルウルフの首に視線を向けると、向かいに座っていた白髪交じりのドラゴンが口を開く
「我らは誇り高きドラゴン、それが破壊の限りを尽くす獣に成り下がるなど考えただけでも恐ろしい…」
あるドラゴンは頷き、またあるドラゴンはバカバカしいと悪態をつき、別のドラゴンは弱音を吐くなと罵った。しかし、エンテイの咳払いでドラゴン達がピタリと口をつぐむ
「ありがとうございます父上
本当にこのサーベルウルフのように同じ状況になるのか、私達がいくら考えたところでわかるはずもない。しかし、だからと言って対処を怠り万が一にも同じドラゴンから白い個体が出ようものなら恥ずべき事です。知っていながら手を尽くさなかった事、その時になって後悔はしたくないでしょう?」
オウカが周りのドラゴン達を見回しながらそう告げれば、エンテイがフンっと鼻で笑う。
「まぁ、そうなった時は問答無用でタキナ様か、あの小娘に処分されるだろうな、考えただけでも鱗が逆立つようだ。」
ガッハッハッ!とエンテイが笑うが、皆は押し黙っている。
皆も気づいているのだろう。戻った2人のあの姿、おそらく2人は人の姿のままこのサーベルウルフと戦闘をしたのだろう。
レイテは力はそれほどではないが頭の使った戦闘ができるドラゴンだ。姑息だと言うものもいるが、ドラゴンの戦いとは勝つことが全てだ。そして、ソウジュ…この里のなかでも上位に入る強さを持つ、いくら人の姿をしていたとはいえ、人の姿の戦闘においても腕力と魔力はドラゴンに引けを取らない強さを持っていると言うことは実戦で確認済みだ。先日、父上が人の姿のままでドラゴンのザイアスを10mほど先まで殴り飛ばしていたのを思い出す。
白い個体は増えていくと言っていた。
サーベルウルフで手こずるのであれば、同じドラゴンから白い個体が産まれでもしたら……。
だが、心の何処かで「タキナ様がいればどうにかなる」と思っている自分に思わず奥歯を噛み締める。
自分より強者がいると言う事に、安心感を覚える日が来ようとは思っても見なかった。
小さく息を吐いて、怒りを吐き出す。
まずは、2人が戻るのを待とう。
全てはそれからだ。
ゴツゴツとした足場の悪い岩肌をソウジュと共に無言で降って行く、ドラゴンの姿に戻ればこんな岩肌など一瞬で下れるし、傷だって数日と経たずに癒えるだろう。けれど、戻りたいとは思えない。
目に焼きついて離れないサーベルウルフが分裂する光景……。自分の体が裂け、そこからその白い個体が産まれるかもしれないと思っただけで怖気が走る。
白いサーベルウルフとの戦い……今はもう何も考えたくない。
自分も魔獣なのだと、思いたくもない。
「レイテ……恐るなよ、言われただろ恐れや憎しみ怒り、負の感情があの白い個体を産み出す。
俺は傷が治ったらエンテイ様に今まで以上に、修行をつけてもらう。
あんな白い狼ごとき、人の姿でも一瞬で仕留められるくらいにな」
疲れ切った顔をしているくせに、その目はしっかりと力強く前を見据えている。
これが本来のドラゴンのあるべき姿なんだろうな、自分は本当にドラゴンらしくない。
「分かってる…。
恐れはしない。けど……ズタボロになった情けない戦闘の一部始終を報告するのは気が進まない。」
「ハハハッ!確かにな、ドラゴンがサーベルウルフにボコボコにされて何とか勝てたって話しないといけないのは俺も嫌だ。」
2人で疲れ切った体で、気のない笑い声を上げながら降っていったのだった。