64.逆転
あっ…やべっ、と思っていると、先程まで石像のように固まっていたベルファが、オリエンテの前に転がる様に飛び出てきて庇うように立ちはだかる。
「おっ…おおおおおおお待ちください!!!
タキナ様!!オリエンテ様の命だけは何卒!ご容赦くださいませ!!
オリエンテ様はこの国唯一の王家の血筋のお方、そして政治の才は歴代の王の中でも随一なのです!!他国との戦争がいつ始まるやも知れぬこの時代に、なくてはならぬお方なのです!!」
「この変態が?」
うっそだぁー!と言う疑いの目でオリエンテを見やれば、またも恍惚な表情を見せる。
オイ、その顔ヤメロ!
すぐさま目線を外して、本当にそうなのか?とファグレスを見やる。
「確かに、オリエンテ様は他国との外交や情報戦が上手く、帝国がハイランジアに仕掛けてこないのもオリエンテ様の功績があるのは間違い無いかと……。」
この状況を見た後に、奴を庇うのは些か不服と言わんばかりのファグレスの苦虫を潰したような表情を見て仕方なく納得する。
「はぁ……。
仕方ありません、不本意ですが今は辞めておきましょうリリーちゃん」
「タキナ様がそう仰るのなら……。
タキナ様に感謝しろゴミ共」
「寛大なお心に感謝いたしますタキナ様!!!」
ベルファが叫ぶようのそう告げると、床に頭をゴンと音を立ててぶつけて土下座をすると、呆気に取られていた騎士達もアワアワと片膝をついた。
リリーちゃんが、その姿を見てチッと舌打ちをすると私の隣に戻ってくる。
「さて、互いの立ち位置がハッキリした所でお話し合いの仕切り直しを致しましょうか?
その前に、獣人の子を治療してしまいましょう。
誰か、この子にちゃんとした服を持ってきて下さい。」
そう伝えると、慌ただしく兵士やメイド達が動き始める。
それを横目に、ファグレスが支えている獣人の女性の前に立ち顔を見れば、年齢も判別できな程腫れた瞼や顔の青あざに、思わず目をそむけたくなる。
せめて目に見る傷だけでも、治さないと、少しでも苦痛から解放されるように
「ファグレス、その方をソファーに寝かせてください。
治療をお行いますので、それが終わったら湯あみですね。」
出入り口で様子を伺っていたメイドの一人に、ファグレスが声をかけ湯を整えるように指示を出していた。
ファグレスが横抱きにした女性をそっとソファーに降ろすと、再び涙を流す獣人の女性
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
うわ言の様にかすれた声で繰り返すその言葉に胸が痛む
「もう大丈夫ですから、まずは傷を治しましょう。」
そう言うと、いつものように治療を開始するとヒスイ色の光がソファー事その女性を包む
「これが、治療魔法…」
あっけにとられたように、ベルファの肩を借りながら立ち上がるオリエンテが驚いたように声を上げる。
目の前のファグレスも、目を見開いて固まっている。
見慣れたリアクションに「治療魔法ですよ」と軽く返す。
痛々しかったあざも傷も、みるみる消えていく、血で汚れた部分はそのままだがこればっかりは仕方ない。数分と経たずに、綺麗さっぱり消え去り腫れの引いた顔は気の強そうな美人系の獣人の女性、年は20代前半ってところかな?
「体の痛みはどうですか?
まだ痛むところがあれば、遠慮なく言ってくださいね」
獣人の女性はうなずきながら、むくりと起き上がり信じられないような顔をして、自分の手や足を見ていた。
「痛くないです。
何処も痛くない…すごい、全部治ってる……。」
そう言うと、勢いよく立ち上がり、そのまま勢いよく90度に腰を折り頭を下げる。
その一連の勢いに思わずのけ反ってしまう。
「ありがとうございますタキナ様!!
この御恩、一生かかってでも必ずお返しいたします!!」
体育会系のノリ!?何かわかんないけど、グイグイ来そうなタイプ!!
「その感謝の気持ちだけで十分ですから!」
「いえ!それでは私の気持ちが収まりません!!
申し遅れました!!私はクロエと申します!
何かお役に立てる事が有れば、何なりと仰ってください!」
「うっ、うん…考えておきます…ありがとう」
あまりの勢いに、思わずうなずいてしまった。
獣人の女性というのは皆こうも押しが強いものなのかっ!?
「あっ、あのぉー、タキナ様……オリエンテ様の治療も……」
「「あ゛ぁっ?」」
ベルファの遠慮がちな声が響くも、私とクロエの声がハモりベルファが「ヒィー!?」っと、悲鳴を上げる。
「どの面下げてんな事言いやがるドグサレ野郎ども!」
牙を剥き出して唸る様に低い声で怒鳴るクロエの顔は、殺してやると言わんばかりだが、その場で踏みとどまっている。そんなクロエを見て、このまま何事もなかった様に話を進めるのは如何なものかとふと考える。
「クロエ……、あのゴミに散々辛い思いをさせられたのですから、一発と言わず数発殴ってみては?
貴方が受けた仕打ちに比べたら到底足りないとはお思いますけど、少しは気が晴れるのでは?」
殺したいくらい憎い相手であろうが、クロエがオリエンテに恐怖心を抱いていないのならば多少の憂さ晴らしくらい許されるだろう。
これもまた非人道的なのかもしれないけど……。
「良いのですか?
確かに、こんなクソ野郎、今すぐ喉笛を嚙みちぎって殺してやりたいです。
けど……ハイランジアが帝国に飲み込まれたら、それこそミッドラスじゃ太刀打ちできない……。
そう思えば、殺したい気持ちも耐えられます。殺したいけど、殴る事で我慢します!」
自分の手に爪が食い込んでいるんじゃなかろうかと思うほど、こぶしを握り締めるクロエ、そんなクロエを見て思うのは、PTSDになっても仕方ないだろうと思える仕打ちにあっていたのに、先程までと同じ人物なの?と言いたくなる程の切り替えの速さに、ケロッとしている精神力、そして一般人にしてはやけに視野が広いなと思う。もしかして、クロエは軍人とか冒険者か何かなのだろうか?
そんなことを考えていると、ベルファが再び慌て始める。
「なっ!?タキナ様!オリエンテ様はハイランジアの王なので「私は構わん!さぁー来い!獣人の女に殴られるなど気に入らんが、我が神タキナ様のご命令なのだからな!獣人の女に殴られ、惨めに床に這いつくばる私を!愉悦の混じる笑みと共に、蛆虫でも見るかのように見下してくださるに違いない!!
あぁぁっー!!想像しただけでも体が歓喜に打ち震える!」」
そう言いながら自身の体を抱きしめて、本当に歓喜で打ち震えている変態を皆が冷たい目で見つめている。
「なんか殴る気失せてきたな……」
やってやると言わんばかりに、指を鳴らしていたクロエが急にげんなりして、耳も不満気に横に倒れている。
「なんと言うか……罰というよりご褒美ですね……」
私が呟くと、ファグレスが見てられないと言わんばかりに手で顔を覆って俯いた。
騎士としては仕える王がドMがなどと、悪夢以外の何物でもないだろうな…。
同情するよファグレス……。
そんな想いを込めて、俯くファグレスの肩に手を置いたのだった。