61. 曇天
目の前のオリエンテはソファーに寄り掛かり、如何にハイランジアが他国よりも勝るかをティーカップ片手に饒舌に語る。私が如何断ろうかと考えている間にも話は止まらない。
オリエンテが最も力を入れて語っていたのは、私がハイランジアを拠点とすれば、私の為に広大な土地を与え、屋敷の建設、そしてそこに仕える使用人の手配、そして資金援助諸々、こんなに良い話は他に無いだろ?と言わんばかりだ。
まぁ、もちろんタダなわけがない。
他国への無言の圧力はさることながら、有事の際には力を貸してもらいたいと…。
隠しもしない私のご機嫌取りと囲い込み。
ここまで明け透けだと逆に清々しいくらいだ。と、内心でため息をつく、ここまでして私を国に引き込もうと必死ならば、奴隷解放、奴隷制度の廃止を条件として提示すると言うのも手かもしれないと、お茶を啜りながら考える。
ハイランジアを実際に拠点とせずとも、口外だけしておけば良い話だ。オリエンテとて、自分より力のある者が国に居座っては気が気じゃないだろう……。ドラゴンを従えているという私の拠点ともなれば、簡単には帝国も戦争をふっかけて来ないだろう。そうなれば、当面の間は戦争を回避できるか……。
いやしかし、帝国が私の事を警戒しているとはいえ、それでも戦争を仕掛けてくるほど血の気が多かったら……?庶民の私にはそんな国同士の読み合いなんて、わかるはずもない…ダメだ…わからん……。
仕方ない……ここは必殺!営業戦士の定番のセリフ!!!
「流石に今すぐにお答えすることはできません、一度持ち帰り検討させてください。」
「ふむ、露骨に御機嫌取りが過ぎて警戒させてしまっただろうか?
回りくどい方が警戒されるのではと思ったのだが、少々前のめりが過ぎたようだ。
勿論だ。ゆっくりと考えてくれて構わない。
我が国に来てから数日しか経っていないと聞く、我が国は広大だ。
数日では我が国の魅力は計りかねるだろうからな、じっくり観光でもしながら考えてほしい。
ファグレス!騎士団でタキナ殿の護衛と国の案内をする様に、タキナ殿だけでは分をわきまえぬ愚かな貴族が出しゃばりかねんからな」
「承知いたしました。」
オリエンテの命にファグレスが身を正す。
それを横目に、御機嫌取りって認めたよこの王様!と、思いながらティーカップをテーブルに置くとオリエンテを見据える。
「寛大なお心に感謝いたしますオリエンテ王」
そんな内心をお首にも出さずに、営業スマイルでやり過ごす。
宿に帰ったら、リリーちゃんに相談だ!!さて、これで帰れるぞー!と、思いながら、オリエンテからのお開きの言葉を待っていると「ところで…」と、オリエンテから別の話題の切り出し文句が発せられる。
え〝っ!?まだなんか話すことあるの!?
帰らせてよ!!!
と、口に出さなかった私偉い。
営業スマイルのまま「?」と、首を傾げて先を促す。
オリエンテがメイド達に視線を送ると、メイドがそそくさと部屋から出ていく、部屋の中に残ったのは私とリリーちゃん、オリエンテ、ファグレス、ベルファの4人となった。
心なしかリリーちゃんから、警戒する様な気配を感じる。
ここに来て私に挑むような真似をするとは思えないが、今更人払いをする理由は何なのか?
再び私がティーカップを手に取りお茶を飲む、メイドが締めたドアのパタンと言う音と共に、オリエンテがこちらを見ると先ほどとは違った不適な笑みを浮かべる。
何だ……。
何を考えてるこの王は?
「タキナ殿の数々の武勇伝は聞き及んでいると話したが、タキナ殿は私と同類ではないかと思ったのだ。」
同類?如何言う意味だ?
本当はこの世界を支配しようとしているだろ!とか、そういう……
「ドラゴンを鎖で引き摺り落とし跪かせ、更にはミッドラスの兵士も鎖で縛り上げ、力で捩じ伏せたという。
もしやそう言う趣味がお有りな「ゲホッ!ゴホッ!!」」
「タキナ様!!」
オリエンテの右斜め上の衝撃発言に、飲んでいた紅茶が気管支に入り思いっきりむせてしまい、背後のリリーちゃんに背中を摩られる。この国の工作員はどんな報告書を挙げているんだ!!!!いや……一見確かに間違ってはいないんですがっ、いや、違いますから!!趣味じゃ無いですから!!ヤメテヨ!!
「タキナ殿大丈夫か?これを使ってくれ、まだ使用していないハンカチだ。
いや……申し訳ない。不躾な質問をして失礼した。
同じ趣味を分かち合えるあもしれないと思うと、つい気が急いてしまった。」
「ゴホッ、ケホッ、いえっ……予想外なご質問でしたのでっ、ゲホッ、驚いてしまって…ゴホッ」
オリエンテから差し出された黒のハンカチを、お礼を言いつつ受け取り紅茶で濡れた服を拭う。
「大丈夫ですかタキナ様?」
「ありがとうリリーちゃん」
オリエンテの「同じ趣味」という発言に、遅れて「はぁ?」と内心で素っ頓狂な声をあげる。
まさか、この男……
私が肯定も否定もしない事から、何を勘違いしたのか宰相のベルファの名前を呼ぶ
「ベル、アレを連れて来い。」
そう命じられたベルファが、あからさまに動揺する。
私とオリエンテを交互に見ながら、あわあわとしつつ
「陛下、流石にアレをお見せするのはお止めになった方が……騎士団長もおりますし……。
それにその……陛下はタキナ様には違うものを求められていた筈では…」
「それとこれとは別だ。
何、私の自慢のペットを見せるだけだ。
新しく買った鎖で連れて来てくれ、ファグレス、これから見るものは他言無用だ。」
黒い笑みを浮かべたオリエンテがベルファとファグレスに命じると、ファグレスは頷き、ベルファは渋々と言うように部屋の後方にある扉の奥へと消えて行った。
ペット……?
まさか、いくら奴隷国家とはいえ奴隷は労働力だと聞いている。
きっと、魔獣か何か獰猛な生き物を飼い慣らしてるとか…それはそれで虐待だけど…。
まさか無いとは思いたい。
元の世界でもあった……人間が人間を虐待する……犬畜生にも劣る行為、いくら異世界とはいえ、それを趣味などと、堂々と他者に公言するわけがない。そうだ。流石に、そこまで……。
ハンカチを口に当てたまま動かない私を、リリーちゃんが心配そうに覗き込んでくる。
「タキナ様、御気分がすぐれないのであれば今すぐここを出ましょう。
奴隷の件は後で如何とでも出来ます。」
「ほぉ?奴隷の件?奴隷に興味がお有りでもしや我が国に来られたのか?
なら話が早い!」
ウキウキとしたオリエンテに、いよいよ持って吐き気が押し寄せる。
状況を見守っていたファグレスが焦ったように前へと歩み出る。
「陛下、タキナ殿がハイランジアに来られたのは奴隷の買い付けではございません。
御気分もすぐれぬようですし、今日のところは「連れて参りましたオリエンテ様」」
「おぉ!」
待ってましたと言わんばかりに、弾かれたように立ち上がるとベルファの元へと歩いていく、そのオリエンテの向かう先を視線で追えば、思わず口から「最悪だ…」とポツリと言葉が溢れ、手にしていたハンカチがボトリと落ちた。