52.魔獣狩り
森の中を歩く焦茶色のローブを頭からすっぽりと被った男が2人、年齢は20前後といったところだろうか、その若い2人は辺りを見回しながらずんずんと大股で歩いていく
「人の姿で森を歩くのがこんなに面倒だとは思わわなかった。
足元が悪くて転びそうだ。」
「ドラゴンの姿でも森の中は木が邪魔で歩いにくいだろ。
僕は人型の方が楽に感じる。
まぁ、ドラゴンの一歩は人間の数十歩だけど…」
「オウカ様の命だから仕方なく死体魔獣探しをしているが、なんで俺達が猟犬みたいな真似をしなきゃならないんだ。」
「文句を言うなよ、ソウジュ
異議があるならオウカ様か、あのタキナって人間…じゃない神?に挑むんだな、強い者に従うのがドラゴンの慣わしだろ」
「レイテは意外と従順だよな。
まぁ…オウカ様の足元にも及ばない俺なんかが、神とか言う種族の女に挑んだらドラゴンミンチになるのが目に見えてる。」
「はははっ、確かに!
だったら大人しく従うんだな」
「笑うなよチクショー、はぁー…んっ?」
突然ソウジュが立ち止まり、顎をあげてスンスンと匂いを嗅ぎながら辺りを見回す。
「どうした?」
「なんか…いい匂いがしないか?
肉の良い香りがさ?」
ソウジュの言葉に、自分もスンスンと鼻を使えば微かだがフワリと肉の焼けるような香ばしい香りがした。
「本当だ。
人が野営でもしてるのか?」
首を傾げたレイテがニオイがする方向に体を向ける。
位置的に人が易々と入り込めるほど奥深い森の中ではあるが、方角的にサンタナムに近いか…。
「だとしたら、腹が膨れる程の肉の量はなさそうだな…。
捉えず、様子だけでも見にいくか?」
そこそこの量があれば食料を奪う気のソウジュに呆れつつ、取り敢えずは様子くらいは見ていくかと考える。
今回の死体魔獣の件はサンタナムが関わっているという。
弱いくせに研究と称して、魔石を集めている気色の悪い人間共が集まっている国…オウカ様があのタキナ…様から聞いた話ではサンタナムの魔法道具を使われたせいで、ドラゴノイドが人間相手に手も足も出なかったという。
他のドラゴンはそのドラゴノイドを馬鹿にしていたが、ドラゴンの爪を折ることのできる程の腕力を持つドラゴノイドが負けたのだ。
今はドラゴンの方が優勢でも、何はドラゴンの強さに届くかもしれない。
小さいから、弱そうに見えるからと言って侮れないと言うのは、タキナ…様とその僕の一件で自分の中ではよく思い知らされたばかりだ。
「そうだな…。
オウカ様にもどんな細かい事も見落とすなって言われている。
それに、サンタナムの手の者が魔獣狩りをしているかもしれない。」
「人間が?あいつら弱いだろ…あぁ、人間も群れで狩りをしてたか?
それなら食料沢山あるかもな!」
ソウジュの短絡的な発言に溜息を吐きたくなる。
オウカ様が自分とソウジュを組み合わせた理由は、幼馴染と言うだけではないだろう。
ドラゴンの若手の中でも3本指には入るだろう強さを持つソウジュと、強くもないが弱くもない。ドラゴンでありながら慎重派の自分を組ませたのだろう。
「肉に釣られて突っ込んでくれるなよ…離れた場所で様子を見て何者かを確認するのが最優先だからな」
「分かってるって!」
どうだかなぁ…とため息を吐いてソウジュと共にニオイの方向に向かって歩き出す。
しばらく歩いたところで木の上に飛び上がり、ソウジュと共に身を潜ませて木々の間から様子を伺う。
途中から肉の匂いに混じって、魔獣と血の匂いが濃くなり、予想していたより厄介かもしれないとソンジュと顔を見合わせていたが、案の定…人間の集団が薪で肉を焼いて食しており、冒険者のように胸、肘、膝に金属製の防具を付けた者達だった。
そして、そのすぐ先にはサーベルウルフとフレイムボアの死体が荷馬車数台に山のように積んである。
人間の数は30人くらいだろうか?この人数でこの数の魔獣を狩るなんて有り得ない。
たかがサーベルウルフ1頭に、人間が10人がかりで仕留めていたのを昔見たことがある。そんな弱い人間がこれだけの数を狩れるのか?
しかも、腐敗臭がほとんどしない。おそらく、狩ってから1日も経っていないだろう。
人間が既にこれほどの力を…奥歯をギリッと噛み締めて、手前にいた3人の人間の会話に聞き耳を立てる。
「意外と死人と負傷者が出ちまいましたね…グスマンさん。」
「仕方ないだろアベン、あれだけの魔獣を狩って十数人の死人で済んだんだ。御の字だろ。
サンタナムの開発した魔道具…だったか?魔石を使った防具も剣も相当な物だった。
魔導士的にはどうだったリーテ?」
「そうですね…。頂いた魔石で作ったシールドの強度は見ていただいた通りですよ、サーベルウルフの斬撃すら耐えたんですから。
今までだったら人間同士の魔法攻撃を遮るので精一杯だったのに、一流魔導士にでもなったかの様な錯覚に陥りますよ、魔石が長く持たないと言うのが欠点とは聞いていましたが、耐久時間を見誤ると命に関わるので、そこは考えものですね…」
「確かに、突然魔道具の魔石が割れてフレイムボアが突っ込んできた時は死ぬかと思った。だが、ドラゴノイド相手でも引けを取らないって触れ込みは本当なようだな。」
「試作品とはいえ魔道具をタダでもらえて、魔獣も高価格買取ってんですから、サンタナムの連中は羽ぶりがいい」
やはりサンタナムか…人間の会話を聞いて胸の内がザワザワとする。
落ち着かない胸の内を悟られぬように、隣に居たソウジュを見れば口の端が上がっている。これはこれで、嫌な予感だ…。
「何を考えているソウジュ…」
「あの人間共が魔獣を倒したんだろ?
だったら、あの人間共はあの魔獣より強い。
あの人間共がどれ程の強さなのか俺は試したい!」
戦いたいと言う感情がダダ漏れのウズウズとした表情のソウジュを見て、思わず冷たい視線を送る。
どこまでも欲望に忠実な我が友だ。
「馬鹿はよせ、あいつらが何処から来て、あの魔獣を何処に持っていくか確認する必要がある」
「さっきの話を聞いただろ、サンタナムに戻るに決まってる。」
「まぁ、そうだろうが…この目でしっかりと見届けてオウカ様に報告したい。
だと思う。という、曖昧な報告はできない。」
「相変わらずお堅いなレイテは…」
やれやれと言う目で見てくるソウジュに、こっちのセリフだよ!!と言う言葉を飲み込み、人間達のほうに視線を戻せば人間達が野営しているその遥か先から魔獣の気配が近づいてくる。
恐らくは数頭…いや数が増えている。
そして自分達の後方からも魔獣の気配が迫ってくる。
まぁ、自分達ですら肉の匂いに釣られてここに来たのだ。
そこに血の匂いも混じれば、魔獣が集まってくるのも必然だ。
平原寄りの浅い森ならまだしも、此処は自分達ドラゴンがたまに狩りに来るくらいの深い森だ。
魔獣の数は多いだろうに…そんな森の中で肉を焼くとは、先程の話からしてサンタナムの魔道具にさぞ自信があるらしい。
「丁度良い。
お手並み拝見といこうじゃないか」
そう呟けば、同じく魔獣の気配を悟ったソウジュがブスくれた声を出す。
「チッ、俺が戦いたかったのに…」
自分達が魔獣に捕捉されないように、更に高い木の上へと枝をつたって上がっていく。
上に辿り着いたところで、眼下をサーベルウルフ5頭が走り抜けていった。
人間の方を見れば、やっと異変に気付いたのかバタバタと慌ただしく武器を持って立ち上がり、辺りを警戒し始めたところだった。
向こう側から来るのもサーベルウルフだ。
珍しく随分と数の多い群れのようで、どうやら人間共を群れで狩るつもりと見た。
サーベルウルフが森の中から次々と顔を出し、13頭が唸りながら人間達への距離を詰める。
果たして人間達が気付いているのかは知らないが、森の中にもう3頭身を隠しているサーベルウルフが居る。
森に逃げ込んだ人間を仕留めるつもりだろう。
さてどう出る人間?サンタナムの魔道具とやらの力を見極める絶好の機会が早速やってきた。
息を殺し、2人は人間達の戦いをその目で見つめるのだった。