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2.出会い




 体に熱が走る感覚がして、シグルはゆっくりと目を覚ました。知らない天井に、柔らかい布団と毛布の感触。ここはどこだろうかと辺りを見渡すが、目に映るものは白い壁とガラス棚のみであった。


(あれ、俺何でここに……)


 シグルは記憶を辿ろうとしたが、頭にモヤがかかったように思い出せない。一体何故、どうして、という疑問だけが頭を埋め尽くす。


(……とりあえず、ここが何処なのか確かめないと)


 シグルはベッドから起き上がろうとして、腕に繋がった点滴に気づいた。よく見れば胸には包帯が巻かれている。怪我をしているのだと分かり、シグルは自分の胸に触れた。しかし痛くはない。


(……何で?)


 痛みがないのは良いことだ。しかし何故、痛みを感じないのだろう。シグルは不思議に思いながらもベッドから降りた。床の冷たさが素足を通して流れこむ。


(点滴……勝手に抜かない方が良いのだろうか)


 シグルはそう考え、点滴スタンドを掴むと立ち上がる。ふらつきながらも歩き出したところで、病室の扉が開かれた。

 現れたのは白衣を着た男性だった。彼はシグルを見ると満面の笑みを浮かべる。


「やぁ、やっと起きたのかい。起き上がれたなら十分だ。ほら、着いてきたまえ」


 男性はシグルの腕を掴み、引っ張るようにして廊下へと連れ出す。シグルは戸惑いながら彼に問うた。


「あの、此処って病院ですか? 俺はどうなっているんですか?」

「ここはヴァイパーの基地三号館。キミはガルーダに襲われて負傷、でここに運び込まれたってワケ。あ、傷はもう多分治ってるはずだから大丈夫だよ」


 シグルは唖然とする。


(俺の身に何が起きたんだ……)


 男性が言うには、シグルはガルーダに襲われた後に食われたが、ガルーダの腹をかっさばいたら奇跡的に生きていたから緊急搬送されたらしい。そもそもガルーダとは何なのだとシグルは問いかけたが、それは後で分かるとはぐらかされてしまった。


「まぁ何はともあれ生きていてよかった。ガルーダの腹に入っておいて生きている被検体……奴なんていないからな」

(今被験体って言った……!)

「……まぁ、そもそも食われてる時点で珍しいんだが」


 シグルが歩く度ガラガラと派手な音を立てる点滴スタンドを喧しく思ったのか、男性はシグルの腕から点滴針を抜くとスタンドも廊下の端に寄せていってしまった。


「え、あの、点滴抜いていいんですか」

「傷も治ってるのに無意味だろ。後単純にうるさい」

「そ、そういう感じで大丈夫なんですか?」

「そーいうもんそーいうもん。僕が言うんだから問題なし」


 シグルは釈然としない気持ちのまま男性の後ろをついていく。そしてとある部屋の前で立ち止まると、男性は扉を開いた。

 その部屋の中はまるで手術室のような、それでいて研究室のような雰囲気で、中央に置かれた台座には布が掛けられた何かが鎮座している。男性はその部屋の椅子に腰かけると、シグルを手招きした。


「ほら、そこら辺の椅子にでも座って」

「えと、失礼します」


 シグルは近くにあったパイプ椅子に腰かけた。男性はシグルが落ち着いたのを確認すると、台座の布に手を掛けた。


「じゃあ早速だが、ガルーダの説明から始めようか」


 そう言って捲られた布の下にあったモノを見た瞬間、シグルは同様のあまり椅子から転げ落ちてしまった。そこにあったものは、ホルマリンのようなものに漬けられた未知の生物だったからだ。タコのような胴体と足に、鳥の羽のようなものが長く伸びている。鉤爪のような何かが二本生えており、液体の中でゆらゆら揺れていた。


「な、なんですか。コレ」

「これがガルーダ。この子はかなり小さい個体だけどね」


 男性はガルーダの入った容器を優しく撫でる。そのまま容器を持ち上げると、椅子に腰かけた自分の足の上に抱えるようにして持った。


「ガルーダは未知の生命体さ。正体も実態も掴めていないが、宇宙から来た生物だということだけは分かっている」

「宇宙人、ってことですか」

「それに近いかもね。最近政府の野郎共が警報を出してただろう。その警報の正体がこの子達さ」


 警報。その言葉を聞いた瞬間、シグルの頭の中に止まっていた記憶が流れ込んできた。そうだ、避難してる時に何かに急に襲われて、それで、それで……


「あ、ああ……ああああ!!」

「おいおい、落ち着きたまえ。今更騒いでも意味無いぞ」

「お、俺は、俺は……!」


 約束も、恩も、俺は何もかもを捨てて逃げてしまった。頼まれたのに、任されたのに、信頼されていたのに! 巡る感情の渦にシグルは呑まれ、その場にうずくまる。そんなシグルをよそに、男性は淡々と話を続けた。


「彼らの真の目的は分からない。地球を支配したいのか、乗っ取りたいのか……はたまたただの暇つぶしなのか。だが僕はそんなガルーダが魅力的に思えて仕方ないんだよ。分かるかい? 理解しえないものを追いかけるときのこの高揚感が!」

「……」

「ガルーダは実に素晴らしい生き物だ。何を食べるのか、どこから来たのか、彼らにとって生活に必要な環境はどんなものなのか……気になることばかりだ」

「…………」

「今まで彼らが食事をする光景は見られなかったんだよ。だから僕はガルーダには食事という概念がないのだとばかり思っていたけど、君のおかげでそうじゃない事が分かった。なぜ君が捕食対象に選ばれたのかも非常に興味深いな……いやぁ、気になることばか」

「アイツらが、素晴らしい生き物なわけないだろ」

「……ん?」

「あんな奴らが、マザーも子供達も殺したあんな奴らが! 素晴らしいだなんて、そんなわけないだろうが!」


 男性の言葉を全て聞き終わる前に、シグルは激昂していた。それは自分が見殺しにした命に対する責任感か、それとも罪悪感から来るものだったのか。どちらにせよ今のシグルには、目の前の男性に対して怒りをぶつけることしかできなかったのだ。


「皆、皆殺されてしまった……」

「そうか」

「どうしようもなかったんだ……だってあんな、あんなこと…………」


 シグルは膝の上で拳を強く握りしめながら声を絞り出すように叫ぶ。その目からは大粒の涙が零れ落ちていた。


「違う……俺のせいだ。守るって言ったのに、俺は逃げただけで……」


 シグルは泣き崩れるように項垂れると、肩を震わせ嗚咽を漏らす。男性はしばらくその様子を眺めていたが、やがて大きくため息をつくと口を開いた。

 その口調は先ほどまでの穏やかなものではなく、どこか冷たいものであった。


「いい子ちゃんぶるなよ、少年。お前が僕と同族だってことは分かっているんだ」

「え……?」

「俺のせい、だなんて思ってもいないことを口に出すべきじゃない。本当は自分は悪くないと思っているだろう? 出来もしないことを押し付けやがって、逃げ損ねたアイツらが悪いんだ。とな」

「そんなわけ!」

「いーや、ある。僕と君は一緒なのさ。考えていることは手に取るように分かる」


 男性はシグルを指差すと、まるで演説でもするように語り始める。

 一緒? 手に取るように分かる? 巫山戯るな、自分はそんな人間なんかじゃない。違う、絶対に。そんな言葉が頭の中に浮かんでは消えていく。


「別に間違ったことじゃない。こんな世の中で他人のこと気にしてる奴らの方が余っ程ヤバいんだから。だけどね、忘れちゃいけないこともある」

「……」

「自分だけが悲劇の主人公になったつもりになるんじゃないぞ。お前はもう立派な加害者なんだ。誰かを救えなかった時点で、その人間は被害者面できないんだよ」

「ち、がう。そんな、俺は」

「違わないさ。まぁ安心するといい。ここにいる奴らも皆そうなんだからな」


 その言葉を聞いた瞬間、シグルは顔を上げる。そして男性の顔を睨みつけるようにして見た。

 何を言っている。コイツは一体何の話をしている。シグルの心の中に疑問が生まれる。しかしそれを言葉にすることは叶わなかった。

 なぜなら、シグルが言葉を発する前に、この部屋の扉が開かれたからだ。


「ここにいた! ビー、勝手に連れていかないでよね」

「……これはこれは、お嬢様じゃないか。悪いね、僕は今彼と話している途中なんだ。出直してくれ」

「彼は怪我人よ。怪我人がいるべき場所はこんな悪趣味な研究室じゃなくて医務室なの」


 シグルの視線の先には、白衣を着た女性が立っていた。女性は腰に手を当てて仁王立ちしている。その表情は怒っているようだったが、同時に心配そうな様子でもあった。

 女性の登場に、シグルは困惑したような表情を浮かべる。そんなシグルの様子を見て、男性は小さく笑った。


「紹介するよ。彼女はモルガナ・ベンガモントン。12番隊の医療サポーターさ」

「はじめまして、モルガナよ。えっと、貴方の名前は?」

「……シグル、です」

「よろしくね、シグルくん。そいつに変なこと言われなかった? 気にしないでね、嫌な奴なのよ」

「ソイツだなんて酷いなぁ。あぁ、そういえば僕も自己紹介がまだだったね。僕はビー。12番隊の科学者をやらせてもらってるんだ」


 そう言ってビーは微笑む。しかしその笑顔はどこか胡散臭く感じられた。シグルの心に、得体の知れないものに対する恐怖心が生まれてくる。この人は、この男は信用してはいけない。本能的にそう思った。

 シグルの心情を知ってか知らずか、ビーは再び口を開く。


「君とは仲良くできると思っているんだ。これからもどうぞよろしく」

「勝手によろしくしないで。ほら、シグルくんおいで。胸の包帯変えなきゃ」


 モルガナはシグルの手を引くと、強引に部屋から連れ出した。シグルが振り向くと、部屋の中からビーが手を振っていた。


「医務室を覗いたらいなくなっててビックリしちゃった。点滴スタンドも廊下に放置されてるしさ」

「すみませんでした……」

「いーのいーの。どうせエセ科学者が無理矢理連れ出したんでしょ?」


 アイツほんと嫌い、と言いながらモルガナはシグルの腕を引っ張り歩く。シグルは彼女に引っ張られるまま、されるがままに歩いていく。


「胸、大丈夫? 埋めるだけ埋めたんだけど、やっぱり違和感あるでしょ」

「う、埋め?」

「えぇ、私の能力なの。『移植(プラント)』って言うんだけど……」


 わけが分からないといった顔をしたシグルを見て、モルガナは慌てて説明を始める。


「あ、ごめんなさい。いきなり言われても困るわよね。私達は『ヴァイパー』という組織に所属しているガルーダハンターなの。ヴァイパーに所属しているハンター達にはミルラっていうガルーダを加工した物品が渡されるのよ」

「ガルーダを加工した……?」

「ええ。体の一部だったり、内臓だったり、繋ぎ合わせたものだったり。人によって変わるけど、全員に配られているわ」


 シグルはその言葉を聞いて息を飲む。あの化け物の一部が配られる? どういうことだ? シグルの脳裏に、抵抗する間もなく胸を穿たれた記憶が蘇った。


「と、というか、ガルーダハンターって……」

「名前の通り、ガルーダを殺すのよ。警報の出た地域まで行って、そこに現れたガルーダを殺す。狩ったガルーダは持ち帰ってミルラにしたり、政府に売ったりして活動しているの」


 ガルーダって高く売れるのよねー、と呑気に話すモルガナを見て、シグルは背筋が凍るような感覚を覚えた。あの怪物を殺して、それで金を得ているのか。あんな化物を、殺して。

 知らない世界を理解するのは難しいとは知っていたが、そもそも本当に理解できない世界があるとは思ってもいなかった。遠くなりそうな現実に、シグルは頭を抱えた。

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