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第31話 悪魔と王笏

書き溜めていた分は書き終えたので、次回の更新は不定期となります。

読まれないものを延々と気分よく書き綴るのが、作家の才能だというなら、自分にはその才能は全くありません。

ただでさえ気が滅入るのに、プロ志望だと公言した訳でもないのに、アマチュアをワナビと馬鹿にする人間ばかりですから。

現時点ではウマ娘とファントムパレードでやることのない時の暇潰しがてら執筆していますし、switchでセール中の世界樹の迷宮をやるかもしれないので、読んでいる人は気長に待っていてください。

「悪魔を追跡した冒険者が迷っていたら、格好の餌食だ。〝アレ〟の準備を」

「ようやく出番か、任せときなァ」


ハリーを一瞥し指示すると、それを眺めていたスクラッチは口の端をいびつに歪めた。

首を傾げ、人間の機微を理解できないといった様子で。


「今際の際で他人の心配とは、ずいぶん余裕だな。悪魔の指揮官とは、頭のネジの外れた大馬鹿が選ばれるのか?」

「お喋りしているのは、お前も同じだろうが! もう戦いは始まってるんだぜ!」


小人は叫ぶと猫が爪を立てるが如く、指の間に複数のナイフが挟まれていた。

腕を振りかぶると刃物は消え、次の瞬間には弾丸のように宙を舞う。


「ハッ、その程度じゃ俺様を捉えることは不可能だぁ!」

「畜生、ちょこまかしやがって!」


本性を露わにしたオールド・スクラッチは、割れた蹄で地面を蹴り上げ、闇を駆けていく。

アシェルの投げたナイフは悪魔の足跡を縫うように、地面に突き刺さる。

素早い動きと、視界の不明瞭な夜に


「立ち止まってちゃ俺樣に触れることもできないぜ! ヒャハハッ」


と、僕たちを嘲る声だけが響き渡った。

人間にとっては著しく不利な状況に、青年は息を細く長く吐き、忙しなく動く鼓動を落ち着かせる。

どうすればいい?!

唐突な戦闘に頭が回らず


「どうするんだ!」

「どうするのよ!」


作戦を急かす叫びが、辺りを木霊した。

コンパスで円を描くのにノートに針を突き刺すように、人も行動には明確な軸がなければ迷う。

悪手を避け、ベターな選択肢を……


「まず攻撃と防御の要になる視界の確保。それができたら、すばしっこい奴を止める方法を探そう!」

「了解したわ」


暗闇で好き放題されるのが、最悪だといえる。

どうにかしてこの2点を遂行し、戦闘を成立させねば……そう考えた矢先、背中に鋭い痛みが走り


「ウグッ!」


前傾した青年は、そのまま倒れ込む。

まずい!

悪魔の狙いはカンテラの火を消し、さらに形勢を優位に立たせることだ。

地面に這いつくばり身悶える青年が、灯火に手を伸ばすと


「テメーらの思い通りになんざ、させるわきゃねぇだろうがっ! ハハハッ! いいねぇ、楽しいぜ。弱いヤツを一方的にぶちのめすのはよぉ!」


勢いよく踏み潰され、破片が辺りに飛び散った。

希望の光はいとも簡単に潰え、青年は悔しさのあまり、下唇を強く噛む。

それと同時に倒れたハリーがうつ伏せになった姿に、スクラッチは


「面白い体になったなぁ、ハリー。脆弱な人の子如きと一体化するとは。雑魚のお前にはお似合いだがな。ギャハ、ギャハハッ!」


同胞の悪魔を見下ろし、腹を抑えて嗤うのであった。


「……覚悟しておけよ、ゴミカス。倍返し程度じゃ済まさねェからな!」

「威勢はいいが、俺の足元で寝転がるお前に罵られても、何の説得力もないな! くたばりなぁ、ハリー!」


スクラッチは強靭な蹄のキックが、ハリーを襲う。


「させないわ。下衆に仲間を殺させはしない!」


―――刹那、背後に回り込んだナオミは悪魔を袈裟斬りにし、血飛沫が辺り一帯に勢いよく飛び散る。

切っ先からは赤々とした液体が流れ、刃が通ったのを、確かにこの両目で目撃する。

だがしかし彼女の反撃にも、スクラッチに動じた様子はない。

むしろ悪魔の歪んだ欲望は、より一層過激で、悪辣なものへと変貌していく。


「いいぞ、いいぞ、小娘よ! 簡単に余興が終わってはつまらないからな。蔑み、嬲り、犯す。悪魔に力でも知恵でも劣る人の子の使い道は、慰み者としての価値しかないのだ。抵抗できぬまで弱らせ、全てを俺樣に捧げるまで。まだまだ愉しませてもらうぞ! クククッ!」


冷酷な言動を耳にした彼女は、顔を引き攣らせる。

イザベラにも口に出すのもおぞましい、悪行を働いたに違いない。


(この悪魔、生かしてはおけない!!!)


額に浮かぶ青筋には青年の底知れぬ殺意と、闘争心が如実に現れていた。

彼女の仇を討つ為にも、スクラッチを確実に仕留めにかからねば。


「嬢ちゃん、助かったぜ」

「勘違いしないで。貴方が命を落としたら、彼まで道連れになるんだから」


ハリーの感謝を一蹴し、直美は向き直った。

悪魔は口を尖らせ苛立つが、彼女は関心も寄せず、スクラッチに殺意の眼を向ける。


「アイツ、次はどうしてくると思う?」

「あの悪魔はきっと引き続き、カンテラの破壊をしてくるだろう。これが僕たちの生命線だ」


小人が訊ね、青年が答えた。

悪魔の目的は単純明快だ。

先ほどと同様、灯りを消すのが目論見。

防戦一方では不利になる。

しかし攻勢に出るにしても、まずは灯を死守しなければならない。


「誰か奴を足止めできる能力はあるかい?」

「氷の魔法なら容易いわ。けれど無暗に魔法を唱えれば、みんなも巻き込みかねない」


制御しなければ可能だというが、それでは本末転倒。

だが引きつける策はある―――誰かにランタンを持たせ、囮にすればいいのだ。

危険が伴う作戦を、仲間には押しつけられない。

かといって思考を休めず、悪魔の動向にまで注意するのは、かなり骨が折れる。

少なくとも、今の僕には実行不可能な作戦だ。

となれば頼めるのは……


「ハリー、これは君にしか頼めない。やってくれるか?」

「お前の作戦で、気にいらねェアイツの鼻っ柱を折ってやれるのか!」

「ああ、ムカつくあの悪魔に目にもの見せてやろうぜ!」


問いかけに青年は即答すると、ハリーは不敵に微笑む。


「いい返事だ。オレサマの命、お前に預けたぜ!」


イザベラの仇討ちの闘い、負けられない。

失敗すれば、この戦法は2度は通用しない以上、着実に罠に嵌めていく。

まずは悪魔の気を逸らし、ハリーとナオミの手助けをしよう。

仲間を呼び寄せ策を伝え、ナオミから預かったランタンを


「アシェルくん、君ならそいつからも逃げ切れる!」


小人に投げると、フェンス際まで飛ぶ打球を追う外野手みたいにキャッチし、悪魔に中指を立てた。

今までの会話から察するに、スクラッチは衝動的で、それほど計画性はない。

単純だが煽れば、すぐ乗ってくるだろう。


「身の程も知らず、挑発とは。この餓鬼、よほど殺されたいらしいな」

「へへ、捕まえられるもんならやってみな!」


釣られた獲物も餌を食い尽くせば、針から逃げていく。

ここからが本当の勝負だ。

アシェルと悪魔の後を青年が追うと、軽く動いただけだというのに、息が切れた。

昼間に魔物を倒し、ほぼ休みなしに夜に悪魔との連戦。

疲れが抜けていないようだ。

口には出さずとも、仲間の皆も同じだろう。


(王国で多くの人間を殺した悪魔だっているんだ。こいつだけに手間取っている暇はない。刻が経てば遺体の腐敗が進み、イザベラさんや冒険者の亡骸は……)


ナオミの魔法の時間稼ぎをしつつ、青年の脳裏に様々なことが想起された。

それは相対した悪魔への集中を削ぐには、充分だった。


「ユウ、受け取れ!」


小人の声にハッとして、此方に向かって放たれた物体を見遣る。

だが人間の体というのは、とっさには反応できないらしい。

掌が届かないならば……


(体で止め、悪魔に拾われる前に取るしかない!)


青年の腰を落とし両腕を大きく広げる様は、まるでバスケットのディフェンスのようだ。

右腕に当たるとランタンは、飛んできた方向へと勢いよく跳ね返り、彼は這うかの如く駆けた。

盗られるわけにはいかない!

やっとの思いで光を手にすると、何者かの視線を感じ、ふと顔を上げる。

闇の中で薄明かりがぼんやりと映し出す、頭の横から生えた角の影。

それが悪魔の影だというのに、青年は幾分かの時間を要した。


「去ね、悪魔の指揮官」


冷酷な言葉と共に空を切る蹴りが、直撃すれば致命傷は免れない頭へと放たれる。


(まずい、やられる!)


首がへし折られる最悪の結末を思い浮かべ、額には汗が滲む。

だが横目で追う一撃は、やけにゆっくりに見えた。

道具を取り出そうにも、防具で身を守ろうにも、対処は間に合わない。

―――否、僕には唯一無二の防御手段があるだろう!

状況を打開しようと、思考が走馬灯の過去の如く頭を巡り


「インセクトゥミレス!」

「グッ……まるで手応えが……逃げ惑い、己の身を守ることしか考えぬとは。弱者とは惨めなものだ」


唱えた瞬間、青年の体を赤錆色の鎧が覆った。

衝撃は兜越しにも伝わり当たった瞬間、脳が揺さぶられ、視界がぐにゃりとぼやけた。

しかしスクラッチの細脚は生まれたての子鹿のように震え、逆に攻撃をしてきた悪魔側にも、ダメージは入ったようだ。


「……ふぅ、どうした? 頭のネジが外れた大馬鹿に、いいようにやられてるじゃないか。お前も底が知れる」


息を絶え絶えに漏らしつつ嘲笑い、青年は双眸を輝かせた。

好き放題言わせておけばいい。

この時間稼ぎは、いわば勝利への布石。


「小賢しい……下等生物らしく、早々に餌となればいいものを。貴様らのお遊びにいつまでも付き合う気はない」

「だったらどうする?」

「いいだろう。望み通り貴様らをまとめて始末し、奪い取ってやる。そちらの方が俺様の性にあうのでな」


青筋を浮かべた悪魔が宣言し、呪文を詠唱しだす。

青年はどうすべきか悩むも、すぐさま距離を取った。


「無駄だ。大地の精霊ノーム。壁を覆うが如く、我が敵に巻きつき、捕らえ給え。ウヴァス」


唱え終えるが警戒していた、巨大な火球が出現するような、周囲の敵の一掃目的の魔法ではないようだ。


(何の魔術かは知らないが、不発したのか?)


緊張を解いた青年が攻勢に転じようとすると、脚がまるで動かないではないか。

疑問符が頭を埋め尽くし、下半身を見遣ると、地面から生えた蔦が絡みついていた。

これは?!


「面食らった顔、さては失敗だと侮ったな。下等生物に、魔法1つまともに使えないと思われるとは。まぁ、よい。次こそは確実に貴様を殺す」

「クッ……」


逃げようにも逃げられない。

万事休すか……眼を瞑り、青年は最後を受け入れた。


「ハッハッハ、無様だな。抵抗すらせぬとは!」

「オイ、余所見すんなよ。馬鹿悪魔!」


小人が咆哮し、スクラッチが振り返ると、何本かのナイフは弧を描くように飛ぶ。

それを見た悪魔は顎が外れた猫を彷彿とさせる大口を開き、冷笑の轟音を轟かせた。


「眼が悪いのか? その軌道では俺様に命中しないぞ! これから仲間が惨殺されるのを、大人しく眺めるがいい」

「安心しな、最初から狙いはお前じゃねぇんだ」

「フン、強がりを……」


アシェルが言い切ると同時に、膝上まで巻きついた蔦は足の形を沿うナイフにより、たちまちに切り裂かれる。

前を向き直った悪魔は奥歯を噛み、憎々しげに2人を交互に睨むと、苛立ちを露わにした。


「ありがとう、アシェルくん」

「礼はいいよ、早くランタンをこっちに!」

「よくも俺様をコケにしてくれたなぁ! 容赦せんぞ、更に強力な魔術で……」


スクラッチが敵意を剥き出しにしたのと時を同じくして、火焔の華が管理区域に咲く。

一瞬にして散る様は、花火を思わせた。

事前に打ち合わせたハリーの準備完了の合図だ。

後はあちらへ誘導すれば、計画は完遂する。

ハリーへと光を繋ぎ


「これでお前を倒す準備は整った、もう勝機はないぞ」


スクラッチを一瞥すると


「今から貴様らの、仮初の希望を打ち砕いてみせよう」


悪魔は一目散にハリーの元へと向かった。

後は成功を祈るばかりだ。

健脚で大地を踏み締め、迫るスクラッチは


「落ちこぼれの貴様では俺様には敵うまい! 矮小な人間にくみし群れようが、雑魚は雑魚。逆らうだけ無駄だ! 貴様もあの娘のように殺してやる!」


自信満々に、罵詈雑言を浴びせかける。

けれども決して怯まず、彼はじっと悪魔を見据えていた。

絶対に眼の前の敵を制するのだという、強烈な意志。


(彼の強さはそこにある!)


「ハッ、試してみなけりゃわかんねェだろが!」


そういうとハリーは空へと舞い上がり


「嬢ちゃん、今だ!」


と、直美に知らせた。

空を飛ぶハリーの脚を掴もうとスクラッチは跳ね、開いた掌を思いきり伸ばす。

あと数mmで触れてしまいそうになった刹那


「水の精霊ウンディーネ。我が声届いたならば汝、海に揺蕩う氷塊を顕現せん。モナス・グラッチャリス」


詠唱をし、彼女は穐津を土を叩くよう振り下ろす。

すると空気中の水分を凍らせ出来上がった氷は、獣の下半身を瞬く間に凍てつかせ、ついに悪魔を捕らえたのだった。


「クッ、小癪な……下等生物の分際で! 俺様を殺すなら、末代まで貴様らを呪ってくれようぞ!」

「黙れ、オールド・スクラッチ。素直にお前の犯した罪を告白しろ。さもないと……」


じたばたと暴れる悪魔に、青年は手にした王笏をほんの脅しのつもりで、二又の切っ先を突きつけた。

すると悪魔の悲鳴が突如響き、思わずその場にいた者たちは一様に耳を塞いだ。


「ヒッ、そ、それは! う、あああっ! やめろぉぉぉ!」

「な、急にどうした?」


悪魔の悲鳴に困惑し、青年までもが口をぽかんと開けた。

立ち尽くしていたのは彼だけでなく、仲間たちも同様。

スクラッチが絶えず呟く言葉に耳を傾けると


「……なんなんだよ、その笏は。キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ……」


王笏に反応した悪魔はそう繰り返し、頭を抱え込む。

偶然手に入れた武器がまるで意志を持つかの如く、持ち主を選ぶとは考えづらい。

アモンも興味関心を示し、どこで入手したのかと、訊ねてきた。

悪魔にとって脅威、或いは悪魔が惹かれる力が秘められているとでもいうのか。


「悪魔を産み出したのは、そもそもお前たちの癖に……なのに、なのに、なのに! 俺たちを否定するな!!!」

「オールド·スクラッチ。これが何か知っているのか?」


その時ばかりはイザベラや冒険者のことなど、頭から消えていた。

常々感じていた疑問の答えを求め、訊ねると


「これを知っているのか、だと。ハハッ、こいつはお笑いだ。その王笏がどういうものか、気がついていないようだな。知らず知らず神々と我々の闘争に巻き込まれるとは。もうまともには逝けんなぁ、貴様は。ククク!」

「どういう意味だ?!」

「敵である貴様に答えてやる義理はない。死後送られる冥府(ハーデース)で、永劫に神を呪うがいい! 悪魔の指揮官よ!」


啖呵を切り、スクラッチは再び敵対心を露わにした。

小馬鹿にしたような態度からは、発言の真贋を見抜くのは不可能だ。

だが口から出任せで、王笏に関心を寄せる偶然が続くのだろうか。


「狂気の満月はまだまだ血が見たいと、仰っておられるぞ。存分に彼女の願いを叶えてみせよう。アヒャヒャヒャヒャ!!!」

「気でも触れたのかァ、クソ野郎」


月を見上げたスクラッチはハリーの悪態にも反応せず、またもや蔦を呼び出す呪文ウヴァスを唱える。

まだ闘いは終わってはいない―――青年が王笏の柄を強く握ると、仲間たちも身構えるのであった。

オールド・スクラッチ


MBTI:ESTP


頭にブドウと蔦でできた冠を戴いた、下半身が鹿の後ろ脚の、半人半獣姿の悪魔。

酒を愛し、常にワイングラスを肌見離さず持っている。

本能の欲求に従う衝動的な性格で、気の赴くままに人を殺し犯す、凶悪な性格。

だがイザベラを殺害した後を彼女の振りをし、さらに人間の魂を喰らおうとするなど、ある程度の冷静さを併せ持つ。

青年が偶然手にした王笏についても、心当たりがあるようだが……?


デヴィルの俗称であり、テュートン語で「サテュロス」を意味する skrati に発するといわれる。



ギリシア語の saturoi は半人半獣の伝説上の生物(通常は山羊の角と蹄と耳を備える)で、森や山に住み、怠惰な生活をおくり、抑圧されない「自然の」衝動の象徴と考えられた。




フレッド・ゲティングズ著 悪魔の事典 121P、178Pより引用

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