第2話 リングワンダリング
石動 祐 NN:シュタイン、ジョン・ドウ
MBTI:INFP 173cm 65㎏ 28歳
ネガティブで寡黙な、無職の青年。
人に絡まれたりした時は、心の中で文句を言ったりするものの、基本的には無害な善人。
最終学歴は高校中退。
しかし興味のある動物、海洋生物、昆虫、古生物、民俗学、精神医学、心理学、オカルト分野などについては、そこそこ詳しい。
その知識のお陰か、直美や仲間からは雑学博士と呼ばれ、親しまれている?
興味のあることには知識欲旺盛な反面、興味のないことは中学生レベルの知識もなかったり、かなり間の抜けたドジなところも。
高校中退後の現実世界ではゲームや読書、インターネットサーフィンなど、インドアな趣味で時間を潰し、日々を過ごしていた。
オールド・ハリーと契約を結んだことで、〝狡猾な悪魔〟と不名誉な通称で呼ばれるようになったのが不満。
一人称は俺だが、人と話す際は僕か自分。
両親と、実家から離れて暮らす2歳年上の姉がいる。
翌日
―――目が覚めたら別の場所に、元の日本にいるかもしれない。
そんな非現実じみた妄想をしながら眠りについたが、起きても天井は年季の入った黒ずんだ木の板のままだった。
いきなり知らない世界に飛ばされる方がよほど非現実的だが、今は異世界に飛んだという事実を受け入れる他なさそうだ。
(事実は小説より奇なり、とは、よく言ったものだな)
紹介された宿屋の部屋は、換気用の窓とベッド、一人分の机と椅子があるだけの狭い空間だ。
寝ることと勉強、読書くらいしかやれることはないが、言葉がわからず、暇潰しの読書すらままならない。
そのせいで退屈な時間に、将来のことばかり考えてしまい、寝るまで苦労した。
悪魔交渉を生かした依頼がないのなら、他の依頼をやればいい。
その為にも、まず土地勘を掴まないと。
言語を学んだら、悪魔に関する書籍にも一通り目を通したい。
やることはたくさんある。
焦燥感に心を押し潰されそうになりながらも、一階に降りると、鈴が鳴って宿屋に誰かが訪問したのを知らせる。
「あ、昨日はありがとう」
「ああ、君は……」
「よかったわね、適正が見つかって。眼鏡のギルド職員エイプリルさんに聞いてきたの。様子が知りたくて。隣、いい?」
「暇でしょうがなくて、話し相手が欲しかったんだ。遠慮なくどうぞ」
誰もいないのを確認した彼女が、横長のテーブルに荷物を置いて椅子に腰掛けると、甘い匂いが石動の鼻をくすぐる。
(……顔立ちの整った子だなぁ。あんまり人を外見で判断したらダメだけど)
見惚れていると
「私はナオミ。正直のジキに、美術のビで」
彼女は自分の名前を名乗り出す。
「直美さんか。ええと、名字は?」
海外ならば、ファーストネームで呼び合うのは普通かもしれない。
しかし日本生まれ日本育ちの自分には、流石に初対面同然の彼女を下の名前で呼ぶのは抵抗があった。
ただ、そのつもりで苗字を聞いたのだが
「生き延びたければ、むやみに自分のフルネームを教えないこと。そして目立たないこと。〝迷い人〟を狙う悪党もいるから、細心の注意を払うこと。私の名前は教えたでしょ。あなたはなんていうの?」
彼女から、意外な答えが返ってくる。
ここでは名前を明かせない、特別な事情があるようだ。
しかし知らないことばかりの世界に有益な情報をくれる彼女と知り合えたのは、不幸中の幸いといえる。
なるべく怒らせぬよう気を遣って、親交を深めていかねば。
「自分は……祐だよ。しめすへんに右で」
「神の助け、か。猫の手も借りたい私にとっては、最高の名前ね」
「ええと、直の字がまっすぐな君に似合ってると思うよ。きっと立派な親御さんが、名付けてくれたんだろうね」
「名前を褒められるのって、ちょっとくすぐったいわね」
「僕もそう思ったよ」
軽く自己紹介と社交辞令を終えると、直美はこの世界について石動に説明した。
話によれば迷い人と呼ばれる人々は、何故かこの世界に流れついたのだという。
社会的な立場も肩書も異なる俺たちに共通するのは
「もっと楽しめよ」
の声を聞いたこと。
そしてこの世界、ヴォーテゥミラ大陸に辿り着いたこと。
その2つだ。
何者かが悪意をもって、この世界に幽閉しているのか定かではないが、どっちみち薄気味が悪い話だ。
気まぐれで殺される可能性もなくはないのだから。
「……不気味だね。誰かが僕らを引きずりこんだのかな」
「わからない。でも、私はさっさと元の世界に帰るつもりよ。手掛かりもないけど」
「名称をつけないと、説明する際に困るよね。〝リングワンダリングの迷い人〟、なんてどうかな」
「それって方向感覚が狂って、延々と同じ場所を周る現象だったわね。見通しの悪い森林で起こりやすいっていう。悪くないじゃない」
ヴォーテゥミラに辿り着く、リングワンダリングの迷い人現象。
日本全土や全世界で起こった現象なのか。
それとも局地的な被害なのか。
彼女の被害状況を訊ねれば、場所の絞り込みができるかもしれないが、それはどこに住んでいるか個人情報を聞き出すようなものだ。
もどかしいが、そういうのは親しくなってからでも遅くない。
(彼女から聞き出せる情報だけでも、しっかり頭に記憶しないと……)
石動は会話に口を挟まず、なるべく黙って相槌を打つ。
そうしていると、直美は神妙な面持ちでうつむきながら
「大丈夫かしら、誰にも見られてないわよね。私とはあまり関わらない方がいいわ。面倒な連中に追われてるから」
彼女は言った。
ギルドで何か心当たりがあるような口振りだったが、まさか面倒な連中とは、その人々のことだろうか。
「それは?」
「〝仮想派〟スポンテニアス・ジェネレーションズ8の連中よ。この世界が仮想現実でも構わないって奴らだから、そう呼ばれてる。私はただ帰りたいだけなのに邪魔してくるの」
「そうなんだ。君も大変なんだね」
仮想派スポンテニアス・ジェネレーションズ8。
日本語に訳すと自然発生説を意味し、これは昆虫や動物が泥や霞から生まれるとの説が、数々の研究で否定されるまでは信じられていたのに由来する。
ここで生きることを望むほどの絶望を、現実世界で味わったのだろうか。
そう考えると、仮想派に属する人たちを悪く言う気にはなれなかった。
元の世界に帰還する手段がないのなら、ヴォートゥミラでの生活に適応する他ない。
ある意味で合理的な判断といえる。
「それより悪魔交渉って、どうなんでしょうね」
「高給な職業だって言われて、自分が一番びっくりしてるよ」
「悪魔と交渉する人間自体が少ないし、交渉の失敗や事故で命を落とす人々もいるの。冒険者なら〝戦士〟〝魔術師〟が安牌だしね。現代の公務員、みたいなものかしら。私は戦士と魔術師を合わせた〝魔法戦士〟で冒険者をやってるけど」
死ぬ危険性を示唆されて、石動はしきりに瞬きした。
「そうなのか、あんまりよくないんだ」
「いいじゃない。希少な職業なんだから、それだけあなたを必要とする人たちがいるってことよ」
力強い瞳で俺を見つめると、雄弁に彼女は語り続ける。
「それに努力を重ねて、後天的になりたい職業についたって話もあるわ。自分の可能性を殺すような発言は控えなさい」
「愚痴に付き合ってくれて、君はいい子だね」
「フン、陰気な人間が嫌いなだけよ」
憎まれ口を叩くと、プイッと顔を逸らす。
その持ち前のパワフルさで、今までも直美は困難を跳ね除けてきたのだろう。
自分にはないものを持つ彼女が、石動には少しだけ眩しく見えた。
「それに、あなたも私も迷い人―――迷い人だからこそ成せることもあるのよ。ほら、これを殴ってみて」
そういうと直美は。鉄の盾を取り出して指差す。
そんな物を殴ったら、怪我をする。
急に何を言い出すのだろう。
「あの。僕は現実で体を鍛えたりしてないし。物を殴るのは、抵抗があるんだけど」
「私だってそうよ。いいから殴ってみて」
直美は頑なな態度で、石動に強要する。
……彼女なりに考えあってのことだろうが。
「怪我しちゃったら、ちゃんと責任を取ってよ?」
「ええ」
そういうと右の手で握り拳を作り、目を瞑って、盾に拳を振るう。
手ごたえがなく、まるで何もない虚空を殴ったような感覚だ。
もしや感覚がないのは、痛覚がなくなるほどの大怪我をしているからなのか?!
おそるおそる瞼を開けると―――鉄の盾を石動の拳が貫いていた。
(え、は?! どういうこと?)
「……驚いた。今まで見た誰よりも強い力。これがあなたの……」
「ど、どうしてこんなパワーが?!」
鍛えてもいないのに、何故?!
石動が啞然としていると、直美は間髪入れずに話し始めた。
「外界からやってきた人間には、人それぞれ力が与えられるの。私もあなたと同等くらいの力を出せるわ。だから暑苦しい鎧も剣も難なく装備できるってわけ」
「なるほど。君と話せていろんな謎が氷解していったよ。ありがとう」
「最初にこのことに気がついた時は、私も今のあなたみたいな反応をしてたんでしょうね」
戸惑う彼を見つめ、直美はクスクスと笑う。
この力、誰から授かったのか。
だが自分に力を与えたのが、神だろうが悪魔だろうが―――そんなことはどうでもよかった。
この力があれば、自分でも誰かの役になれるかもしれない。
「あのさ、しっかりものの君に僕は頼りなく見えるかもしれない」
「いきなりどうしたの? 愚痴なら軽く聞き流すわよ。問題解決の行動以外、何の生産性もないから」
「それでも誰かのために……いや、他でもないナオミさんのためにカッコつけたいから。そんな理由じゃダメかな?」
そういうと直美は、困ったように眉を八の字にした。
賛成とも反対とも取れる反応に、石動は彼女を返答を黙って待つ。
「……仕方ないわね。悪い人ではなさそうだし、いいわよ。支度を済ませたら、さっさと冒険についてきなさい! 私と同行するなら、冒険者として物になってもらうわよ」
なかなか手厳しいことを言ってくる。
だが自分で決めた道だ。
「ハハ、よろしくお願いします」
「よろしく。その前に着替えを買いにいくわよ。迷い人だとバレたら面倒だからね。ヴォートゥミラの冒険者として、一般的な服装を見繕ってあげる」
直美は石動の白Tシャツと黒の長ズボンに視線を移すと、まくしたてるように喋り始めた。
(お、女の子とショッピングか。母さんや姉ちゃんの買い物には付き合うけど、血の繋がりのない女の子とは初めてだし、緊張するなぁ……)
「お、お金はどうすれば」
「後で返してもらえばいいわ、出世払いって奴よ。期待してるわよ、ユウ。もし恩を忘れて踏み倒したりしたら……わかってるわよね」
明るい口調と満面の笑みを浮かべつつも、直美はとっとと準備を済ませろと言いたげに腕組みをする。
有無を言わせない笑顔に気圧されて、迅速に準備を終えた石動と共に、二人はフィリウス・ディネ王国の散策に乗り出すのであった。
向川 直美 NN:ナオミ
MBTI:ENTJ 165cm 62㎏ 21歳
石動と最悪な出会いをした、勝気な女戦士。
水と氷結の魔法を得意とし、仮想派の人間たちから〝氷の叛逆者〟と周囲から恐れられている。
初めは石動とソリが合わないことも多々あったが、時を経るにつれて、次第に彼の持つ強さや価値観を認めていくように。
堂々とした態度で、仮想世界でも生き延びられる強い女の子だが、意外に怖いものが大の苦手。
怖い話をした際のあまりの怯えように、オカルト好きな石動から事あるごとにからかわれ、その度に激高している。
一人称は私。




