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異世界のジョン・ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~  作者: ?がらくた
霊拝の地モルマスでの邂逅、SG8の刺客との激闘
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第21話 迷い人の救い

僕と機くんは肩を抱き、支え合いながら、覚束ない足取りで英子さんの元に向かう。

傷口が閉じていないせいか時折振り返ると、歩んだ足跡の如く血の跡が残されていた。

道中インセクトゥミレスの力が、切れたのだろう。

いつの間に僕も機くんも元の姿に戻っている。

何としても朝を迎えるまでには、彼をモルマスから脱出させたい。

到着するとなりふり構っていられず、英子さんの部屋の扉を叩く。


「急に扉が叩かれたから、吃驚しましたよ……その方は? お二人とも傷だらけですけど」


出てきた彼女は純白の寝間着に着替えており、普段着の体全身を隠す法衣よりも、すらっとして見えた。

成長期だというのに痩せていて心配になる。

一回り年齢が離れた彼女を、兄のような心持ちで凝視する青年に英子は首を傾げている。

早く用を伝えねばと、青年は矢継ぎ早に用を切り出す。


「夜分遅く申し訳ない。いくら仲間といえど節度は必要だよね。でも君にしか頼れなくて。どうかお願いします。この子は誰だとか、事情は聞かないでくれ」

「で、でも明日は王様との謁見が……」

「僕から話は通しておく。直美さんはしっかりしてるから」


彼女を説得すると、快く引き受けてくれた。

僕は度重なる戦闘で、彼女はモルマスの冒険者への治癒をし、疲れ果てている。

どうせヴォートゥミラの言語を理解し、喋れるのは直美だけ。

王族との謁見も難なくこなすはず。

ハリーは粗暴が過ぎて論外だし、いざとなったら命令できないと危険極まりない。


「ではベッドに」

「ハ、ハイッス」

「治療と失明を司る神ソルよ、汝の力添えによって我に死と再生を、繁栄と衰退を、治癒と病を―――レフェクティオ」


ベッドに座った機少年の横に腰掛け、英子が呪文を唱えると、棒の先端から金色の魔法陣が浮かんだ。

刹那、燦燦さんさんと輝く球体は開いた傷にふわふわと迫り、みるみる裂傷を塞いでいく。

球体の周囲にいると木漏れ日に包まれていると錯覚するほど、仄かに体があたたまる。


「終わりました」

「……ッス」

「ユウさん、どうぞ」


英子と機少年が見つめ合うと少しだけ間を置いて、また喋り出した。

青年にも、すぐに処置が施される。

鮮やかな手際だ。

ここにきてから、相当治癒の経験を積んだのだろう。


「もうお二人の怪我は大丈夫そうですが……」

「だ、大丈夫ッスよ! ありがとうッス! もういくッスよ!」


少年は年の近い少女への照れ隠しか、早々に退室しようとした。

だがそんな彼を英子は待った! と静止した。


「この男の子。間違いなくSG8の……敵対組織の子でしょう。こんな時間に血塗れになるほど争った。察せないほど私も馬鹿ではないです。何故助けたんです?」

「ハリーは機くんに刃を向けた。その時とっさに体が動いたんだ。答えを頭で出すより早く。だから聞かれても困るな、英子さん」


バレているならば、誤魔化すのは無意味。

訊ねられた青年は、正直な気持ちを吐露した。

すると英子は淡々と口を開く。


「彼らを悪だと思いますか? 生きる為に組織にいるだけ。世間で暮らす人間が徒党を組むのと大差ないですよ」

「僕も迷い人。SG8を否定しても、ウンザリしてヴォートゥミラにきた時点で説得力ないさ。ただ僕らの命を奪うのも辞さないのは、到底受け入れられない。戦う理由はないはずだ」


和解の道があれば、僕はそれを目指す。

どれほど困難が待ち受けていようとも。


「それに僕は自分を正義だとは微塵も思わない。生きることにさえ迷う、情けない人間だよ。でも悪魔の悪辣さにSG8の凶行。許せないことはあるんだ」

「親からも見放された、私と同世代の子も何人も見てきました。そんな子にとって、ヴォートゥミラはきっと救いの場所。ユウさんの命を奪いかけた罪を恨んでも、彼ら自身を恨まないでくれますか?」


真剣な面持ちで英子は問う。

保証はできないが、なるべく血を流さない方法を模索したい。

僕は無言で頷くと、再度話をし始めた。


「勧善懲悪の物語なら悪を倒し、溜飲を下げ、ハイ終わりで済むかもしれない。けれど、それでは繰り返す。この子の悪事に至った根本的な原因を取り除くことが、本当の解決だよ」

「……」

「でも最大の理由は臆病だから、かな。彼を助けるか否かさえ、僕は決断できなかった。問題を先送りにして、なぁなぁにしてる。けど迷わなければ! 迷わず人に暴力を振るったなら! その瞬間、人でなくなる気がしたんだ」

「許されない罪もあると思います。失われた命が元に戻ることはありません。この男の子が犯したのは許されない罪。もっと罪深いのは自ら手を下さず、誰かにやってもらおうとする卑怯者です」


普段は緩い発言の多い英子が、珍しく断言した。

SG8ボスに対する嫌悪が滲み出ており、同意すると彼女の眉間に寄る皺が消えていく。


「人は生まれながらにして罪人。咎が1つ2つ増えても、重荷は大して変わらないさ。背負う罪を途中で投げ出さないなら、烏滸がましいけど、僕は手を差し伸べたい」

「ユウさんの理想論は正しい。論理的にも筋が通っていて、人を納得させる力があります。近代的な司法はそう作られた。でも貴方の正しさに、理想論に救われる人なら、この世界に迷い込まなかった。迷い人なりに考えに考えた結果が、SG8の―――異世界に留まるのを選んだ人たちの集まりです」


敵対組織に同情的な彼女の言葉の重みに、青年は目を伏せる。

黙り込む機少年も首を激しく上下させ、英子に賛同する。

SG8の抱える闇に僕は何をできるのか。

冷静かつ厳格な物言いに、僕は首筋にナイフを突きつけられた気がした。


「確かに理想を唱えても、どうにもならない。けど理想論は世の中にあってほしいんだ。だから馬鹿と嘲られても……」


現代社会を見渡せば学歴や貧困、能力による差別は横行している。

否、人種差別や性的少数者などと違い、唯一許された差別だけあって内容は激化の一途を辿っている。

見下されても大衆は言論の暴力を正当化し、やがて優生思想と拝金主義の社会を形成していくだろう。

そんな吐き気のする現実に抗うには理想論を唱える他ない。

救われる人がいるならば、無意味ではないと、僕が勝手に信じたいのだ。


「ヴォートゥミラにも辛いことはたくさんあります。けれど少なくとも私たちを虐げた人間はいないんです」

「逃げれば嘲笑され、いつか傷つけた連中の頭から消えていく。元々、存在しなかったかのように……それでも現代では直接的な復讐ができない以上、手段としては穏当だね」

「現実に居場所がないからこそ、空想の世界で生きる。迷い人の方々も真剣な思いで、ヴォートゥミラにやってきたんです……現実に戻ると決めた貴方には理解できないでしょうけど」


少女に睨まれ、青年は口を閉ざす。

彼女は元の世界に戻るつもりで同行しているのでは?

なのに、それ自体を否定する口振りなのは、どうしてだろう。

その時青年は、英子に対し違和感を覚えた。


「世界を支配しているのは昆虫。中でも甲虫は最も種類が多く、多種多様な生き様がある。人間だけ決められた時間に起き、寝て国や社会に尽くす生き方を強制されるのは何でだろう? 国や社会、学校の在り方に疑問を抱くのは英子さんやSG8だけでなく僕もだよ」


さっき伝えた通り、ただ無益な争いは勘弁してほしいというのが本心。

迷い人の感情に寄り添いつつ、青年は対話していく。


「英子さんは傷を癒やせる。でも癒えない傷もあるよ。言葉の爪痕。自責の拷問。自問の後悔。誰にも見向きもされない傷は、自分自身で治すしかないから。だからこそ難しいし、どうすべきかも僕は結論を出せない。安易な発言を慎む。僕なりの誠意だ」


好調なら気分よく過ごせ、精神的に辛ければ気分も沈む。

心理学では気分一致効果というらしい。

日本では毎年数万人が自死し、米国では絶望死という貧困層の死の低年齢化という問題に直面している。

心が幾分か晴れやかだったなら、最悪の選択は躊躇っただろう。

誰かが何気なく口にした罵倒が、自死の引き金を引いたかもしれない。

自らと共同体への絶望が、人を殺していく。


「迷い人は悩み苦しみ、綺麗事は見抜く感性があります。嘘で塗り固めた人の、都合のいいように動いたりはしません。特に貴方のような人の……」

「僕もポジティブな言葉は嫌いだよ。他人を社会や集団の道具のように扱おうとする意図を感じて。明るいだけの人間には、さほど興味が持てないんだ。僕と一緒だね」


青年が同調すると、英子は目と口を開く。

しまったとでも言わんばかりの彼女の表情に、青年は相好を緩めた。


「……ユウさんは私の生意気な発言も、頭ごなしに否定しないんですね。ごめんなさい」

「英子ちゃんは大人なら無条件に信用できる? 僕自身そうじゃないから。子供でも尊敬はできるし、大人でも嫌いな人間は嫌いだ。ハハ、ちょっと大人げないかな? 大人にならないとね。子供の英子ちゃんに嫌われないようにさ」


青年が微笑むと、英子は毒気が抜かれたのだろう。

祐と機の二人に向かって穏やかに笑いかけた。


「異世界の私には人を癒やす力がありますから。現実の私にはない誰かの為になる力が……それで役に立てるなら安いものです」

「生きていれば人は何かしらやる。治癒だけが英子ちゃんの役に立つ手段ではないよ」

「でも人の欲を満たさない人間は、友情すら築けないですよ。人には認められたい、優しくされたい。面倒な感情がありますから」


彼女の言葉には一理ある。

戦闘面では役立たずにも関わらず、直美と一緒にいられるのは、知識や人柄を期待されているから。

貢献できなければ、切り捨てられる。

英子も肌で感じているからこそ、治癒で存在価値を高めるのにこだわるのだ。


「あの、ユウさん」

「どうかした?」

「……私はそこまで強い娘じゃないですから。誰かに縋って護られることでしか生きられません。たとえ人を傷つけ虐げる人たちの隣であっても」

「……そっか。ありがとう、失礼するよ。機くん、いこうか」

「ハ、ハイッス」


救いを求めたヴォートゥミラでも、彼女は苦しみを抱えている。

だが解決を急ぐのは悪手。


(いつか話してくれたなら……英子ちゃんの力に)


礼をいうと、二人は退室する。

少年をモルマスから脱出させるべく、歩を進めると、英子に痛い所を突かれたのを思い出す。

理想論は理想でしかなく、理想論で救えない人間はどうするのか。

彼女を納得させる理屈を探そうと頭を働かせると、少年は突如青年に耳打ちした。


「おじさん。あの……今からする話は口外しないでもらえるッスか?」


監視されているか警戒している?!

機の様子から察した青年は合意すると、彼は少年と同様に囁くように喋った。


「心当たりはないッスか? 俺が弱ったおじさんを襲撃したこととか……」

「つまり内通者がいる?」

「えー、はぁ、そう……スね」


聞き返すと、少年は要領を得ない返事をした。

問いただしても視線があちこちに向き、誰が内通者かという肝心な一言を教えてはくれない。

その煮え切らない態度が、かえって発言の信憑性を強めている。

直美はそもそも、何故命を狙われている?

SG8と因縁があり、彼らの誰かに個人的な恨みを抱かれたら?

英子は仲間になった経緯が曖昧だ。

僕がハリーに殺されかけた瞬間、偶然にも現場にいたらしいが、それは何故か。

ずっと尾行していたと考えれば辻褄が合う。

妙にSG8に同情的な態度も含め、考えれば考えるほど怪しい。

ハリーは元々、SG8に雇われた盗賊の所有する書物から召喚された悪魔。

敵組織に何かを吹き込まれているのは、充分あり得る。

―――つまり味方の誰でもスパイの可能性が?

いや、彼は敵対組織の少年。

簡単に信じてしまっていいのか?

様々な思いが頭の中で錯綜し、青年は混乱した。

しかし居場所が敵に筒抜けなのは事実。

少年の台詞を嘘と決めつけるには、あまりに判断材料が足りない。


「なんで僕にそんな重要なことを……」

「敵対してた俺にも別け隔てなく接した人に……死んでほしくないって……思っちゃったッス」


衝動的な善意に駆られたようだ。

これがバレたら、彼もただではすまない。

少年が文字通り命懸けで伝えてくれたように、青年も少年の身を案じた。


「……機くん」

「な、なんスか?」

「君の立場が危うくなるのに、危険を顧みず情報提供ありがとう。もし組織に居場所がなくなったりしたら―――僕たちの所においで」


唖然とした機少年に、さらに青年はまくしたてる。


「勿論敵対していたし、すぐに仲良くは無理だろう。けど打ち解けられるよう、手助けするよ。帰還の方法が見つかったら元の世界に帰るけれど、君は残るか帰るか好きにするといい」

「……考えさせてくださいッス」


体を震わせ、少年は一言だけ返す。

すぐ決断を下せるならば、少年は迷い人になっていない。

彼には彼の生き方がある、無理強いはできなかった。

せめてヴォートゥミラで生きていく支えになれれば。

青年は彼を送り届けると、少年への思いを胸に、宿へと引き返していくのだった。

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