第14話 泥の悪魔、新たな出会い、ハリーとの奇妙な友情
結局僕は直美と英子に合流する間もなく、流されるままにモルマスを飛び出してしまった。
あの2人も、モルマスの異常事態に気がついているだろう。
彼女らなら、戦うなり避難誘導するなり、己のやるべきことに愚直に取り組むはずだ。
僕は僕なりにやれることをやるしかないのだ。
「虫けら共、皆殺しだ!」
ハリーが叫ぶと冒険者らも呼応するように、雄叫びを上げる。
空を覆い尽くさんばかりの軍勢の姿は、まさに悪魔アバドンが引き起こした蝗害の災厄。
生きとし生けるもの全てを喰らう―――まさに泥の悪魔だ。
しかし化け物相手にも、不思議と歩みは止まらない。
歴戦の冒険者たちも、迷わず大群へと進んでいく。
やはり場数が違うのか、彼らに怯えた様子は微塵もなかった。
「I'm the best man in Votumira! (俺がヴォートゥミラ1の男だ!)」
槍を手にした重鎧を装備した男が高らかに先陣を切り、化け物に風穴を開けると、泥の悪魔は土塊へと還る。
「hahaha You're weak(ハハハ、弱っちいな)」
想像していたより弱かったのか、男は大笑していた。
―――不気味なほど、あっさりしすぎている。
これで本当に倒せたのか?
青年がまじまじと見つめていると、泥は再び機織虫の姿へと変わる。
そして油断しきった隙だらけの男に、先ほどの泥の悪魔が顎を大きく開いて忍び寄った!
「危ない!」
青年が叫び、杖を思いきり振り回すと、機織虫の頭を叩く。
虫の首は容易くもげたが、首が胴体から離れた後も、生きたいと乞うように顎をしきりに動かしていて、哀愁を誘う。
「be saved!(助かった!)」
なんとか撃退はしたが、無尽蔵に沸く泥の昆虫に、僕は絶望していた。
根本から解決しないことには、こちらがジリ貧になるだけだ。
化け物を呼び出したSG8の人間なら、対処を知っていそうだが、モルマスの勇敢な戦士たちにだけ化け物の駆除を任せてはおけない。
地道に1匹づつ化け物を始末して、数を減らしていくのが得策だろう。
戦いの最中に打開策を見つけられれば、よりベストだ。
「ククク、楽しいぜェ! ドラァッ!」
斧を振り回し、ハリーは次々に怪物の四肢を切断していく。
身動きの取れなくなった泥の虫は地べたを這いずり、獲物を求め彷徨った。
再生する泥の悪魔の体だが、完全に復活するまでは多少時間を要する。
これで、しばらくは戦わずに済む。
最初この悪魔と遭遇した際はとんでもない荒くれ者と感じたが、戦闘で味方になれば、これほど頼もしい存在もいない。
「ぼーっと突っ立ってんじゃねェ! 戦わねェ臆病者は戦場にはいらねぇんだよ!」
「あ、ああ、わかってるよ」
「Against all odds, we don't give in!(どんな困難にも俺たちは屈しない!)」
ハリーの叱咤と、場の雰囲気に鼓舞された青年は、自分なりに泥の昆虫と対峙していった。
そして戦いの中で、泥の昆虫たちを分析していく。
バッタの特徴は群生相と呼ばれる、群れで行動するバッタと酷似していた。
バッタが密集して育った場合、脚が短く翅が長い群生相となるなどの変化が生じる。
温厚なバッタが突如として、農産物や家を食い荒らす化け物と化すのは、世界的にも有名だ。
しかし地上にいるキリギリス型の泥の悪魔は、もっと厄介で、周りの冒険者たちも苦戦しているようだった。
一撃でも致命傷となりうる咬合力。
一気に距離を詰め、人間目掛けて飛びかかる瞬発力。
捕らえた獲物を離さない、前脚に生えた茨の如き無数の棘。
―――喰らいつかれた瞬間、終わる。
直美の授かった力なら、全方位から襲われても対応できるだろうが、僕の力では180°を見るのが関の山。
後ろは諦めて、背後の冒険者たちに背中を預けよう。
「とにかく前に集中して倒す……ってあれ?」
順調に目の前の怪物を蹴散らしていると、杖をぶんぶん振り回した際に、青年は突然よろけてしまう。
(何が起きた?)
理由はすぐにわかった。
杖に泥が付着してしまい、それの重みのせいで、思うように動かせなくなったのだ。
「クソ、厄介だな。倒せば倒すほど、追い詰められていくなんて」
危惧していた通り、長期戦になれば先に限界を迎えるのは僕らだ。
どうしたらいい。
手足を動かしつつ思考を巡らせるも、そうこうしている間にも、怪物は無限に再生を繰り返す。
そんなことに時間を割く余裕はなさそうだ。
「お困りのようだな。手を貸してやるよ」
「え? どこにいるの」
どこからともなく声がして、青年は辺りを見渡す。
「アンタの横だよ。もっと下さ」
「え、あ……子供?」
目を落とすと、僕の身長の2/3ほどしかない体躯の小人が、いつの間にか真横にいた。
足音一つ立てず僕の近くに移動するとは、相当腕の立つ人物なのだろう。
他の衣服は新品のように綺麗なのに、首にはボロの布のマフラーを巻いているのが印象的で、石動はそれに視線を送る。
「子供だとぅ! どこがガキに見えるんだ! 言ってみろよ! 俺はフェレペス族の立派な成人だ!」
(……そういう所だよ? 子供って言われてムキになって感情的に怒るのが、子供っぽいんだよ?)
面倒ごとになりそうなので、青年は心の中で言い返す。
「えーっと、ごめん。小人がいるなんて知らなくて。悪気はないんだ。許してくれないかな」
「わかりゃいいんだよ。俺の名前はアシェル·F·フェアチャイルド。アンタ、辺境の島国“常世“出身だろ? 同郷のよしみだ。感謝しろよ」
誠心誠意謝ると、彼もわかってくれたようで、なんとかその場は収まった。
「あ、ありがとう。実はそうなんだよ」
「パパは常世出身だけど、アシェルは違うでしょ〜。強がっちゃうんだから」
「うるせぇよ、ウィヴィ。危なっかしいし、放っておけないだろ」
「私はウィッカ·ヴィッカーズっていいます。気軽にウィヴィって呼んで!」
モルフォチョウの鮮やかな翅の妖精が飛び回り、小人をからかう。
彼が妖精と軽口を叩きつつ、泥の悪魔の首を跳ねると、戦場に一陣の風が吹いた。
足元に生えた草花の花弁は、アシェルが動いた刹那、瞬く間に散っていく。
軽い身のこなしに青年は惚れ惚れしながら、彼を見遣った。
それと今まで日本の言語が通じる経験が何度かあり、薄々気がついていたが、世界のどこかに日本のような島国があるようだ。
素性を明かせない迷い人は、常世人らしく振る舞うべく、その国の情報収集もしておいた方がいいだろう。
「ふぅ、一仕事終わりっと」
「すごいね、君は。小さい体なのに強いんだ」
「アンタが鈍臭いだけじゃないか。しっかりしてくれよ。ノロノロしてっと、すぐ死んじまうぜ?」
「ええと、慣れてないから。戦うの」
「……アンタは幸せ者だな。人の血を見ずに済むなんてよ」
盗賊の少年は意味ありげにそう言うと、先ほどまで明るかった表情に影が差し込む。
ヴォートゥミラに暮らす彼にも、様々な苦悩に苛まれて生きてきたのが想像できた。
ここに至るまで、彼はどれほど苦しんできたのだろう。
「ギィーチョン。ギィーチョン。チョンギース」
「……まだまだ元気らしいな。ゆっくり話す暇はなさそうだな」
「敵はぶっ飛ばすしかないよね〜。その前に〜、君の杖を元通りにしてあげる!」
妖精が呪文を唱えると、彼女の先から水が出てきて、泥は綺麗さっぱり洗い流された。
水に濡れた杖は太陽の光を反射して、油を塗った刀の如く光輝く。
「ありがとう」
「どういたしまして~……ハァハァ……」
ウィヴィと呼ばれる妖精は魔法を使った途端に、散歩した後の犬のように呼吸を荒らげる。
よほど力を使う魔法だったのか。
苦笑いしつつ、青年は彼らの様子を静観していた。
「無理すんなよ。お前、ろくに魔法使えねぇし」
「アシェルは脳味噌まで小さいから、高貴な血筋の私と違って魔法なんて扱えないもんね〜」
「んだと! 脳味噌が小さいはともかく、身長は低くねぇよ!」
(……脳味噌ちいさいって罵倒されるのはいいんだ)
小さい者同士のやりとりが微笑ましく、青年は笑みをこぼす。
互いに遠慮のない口撃を繰り返しているが、それでも本気で向き合っている証拠。
それだけ彼らの仲が親密なのだろう。
(……ッ!)
アシェルとウィヴィに気を取られている最中、青年は右腕を抑え、苦痛に顔を歪める。
痛烈な痛みの走った腕を見遣ると、だらだらと鮮血が垂れ流れていた。
握力がなくなり、青年が地面に杖を落とすも生き延びるべく、冷静に現状を分析する。
(腕に噛まれた形跡はない! 僕じゃなく、ハリーがやられたのか! アイツがピンチだ!)
「いきなりどうした?! どこから攻撃された?!」
「どうなってんの? とにかく、すぐに手当しなきゃね!」
「おい、どこいくんだ。コイツに治療してもらえって!」
静止を振り切って、僕はあてもなく駆けだす。
掠れてぼやけた視界を頼りに、青年は傷だらけの修道女を探そうと、あちこちに首を振る。
額から滝のように噴き出した汗を拭いながらも、、血走った悪魔の目で辺りに注視すると、ハリーの腕にしがみつく泥のキリギリスの群れが視界に入った。
(あれを始末しないと……グッ……)
急いでそちらに向かおうとすると、地を這う悪魔の群れが目を光らせて、僕の周りを取り囲む。
早く死ね、死んでしまえ、そして餌になれ。
膝をついた青年は群がる化け物たちの声が聞こえてきた気がして、腹の底に溜まりに溜まった憎悪を露わにした。
(グダグダうるせぇよ、こんな場所で野垂れ死んでたまるか。死に場所くらい選ばせろ!)
火事場の馬鹿力とでもいうのか。
立ち塞がる泥の悪魔を蹴り飛ばし、僕はハリーのいる目的の場所まで、走りながら向かった。
「ハリーから離れろ、化け物共!」
「ッ!」
ユウはバラの茎のような脚を掴むと、それを力任せに引きちぎる。
掌に泥の棘が食い込み皮膚を貫くも、極度の興奮状態のせいか、不思議と痛みはない。
命さえあれば安いものだ。
数分前までいがみあっていたユウの手助けによほど驚いたのか、ハリーは暫く彼を見つめながら硬直していた。
「ハァハァ……さっき助けたんだ……礼は言わねェ……ぞ……クソ人間……」
「……君が噛まれれば……僕が苦しむ……んだ……僕は自分のために……動いたまでだ……自分の弱さを……呪う……んだな……」
青年がハリーに言い返すと、石動の耳に届くように大きく舌打ちし、憎まれ口を叩く。
息を切らしながらも強がる彼の頑固さは、大したものだ。
「テメーに助けられるなんざ……焼きが回ったモンだ……とっとと目の前から消えろ……」
「僕の方こそ……自分を殺そうとしてきた悪魔なんて……どうでもいいのにな……」
互いに自分自身を守りたいがために、力を奮う。
ユウとハリーは、それだけの関係性だった。
しかし人である祐と悪魔のハリーに、いつしか奇妙な友情が産まれようとしていた。
アシェル・F・フェアチャイルド
MBTI:ESFP 132cm 36kg 22歳
人間の子供と同程度の身長で成人の種族、フェレペス族の盗賊の青年。
辺境の島国の常世出身を自称しているが、事実は彼のみぞ知るところ。
適当でちゃらんぽらんな部分があるものの、ナイフの扱いで右に出る者はなく、ヴォートゥミラ大陸で生き抜く実力の高さも併せ持つ。
幼少期にウィッカに出会ったことで救われており、口喧嘩こそ多いものの、彼女のことは大事に思っている。
子供と間違われると腹を立てるが、その仕草が逆効果になり、幼稚で生意気な少年と扱われることが多い。
ウィッカ·ヴィッカーズ
MBTI:ENFP 年齢不詳 体重は乙女のヒミツ! (お花5~7本分くらいだよ!)
アシェルの親友の女妖精で、快活で人嫌いしない性格。
魔法に長けた種族なのだが戦いの経験がないせいで、マナの扱いに慣れておらず、魔法の使用で体力を消耗するため、あまり積極的に使いたがらない。
戦闘では役に立たないが敵の行動を知らせたり、場を和ませて味方をサポートする。
アシェルからはウィヴィの愛称で親しまれ、愛らしい見た目も相俟って周囲の人間から可愛がられている。