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異世界のジョン・ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~  作者: ?がらくた
迷い人とSG8、そして悪魔オールド・ハリーの謀略
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第9話 ヴォートゥミラの穏やかな日々、悪魔の流儀

治療の翌日




「ふわぁ、よく寝た。あぁ……」


流石に付き合ってもいない男女が、1つの部屋に泊まるのはまずい。

ということで石動が目覚めた後、彼女は青年に部屋を譲り、別の部屋を借りた。

ふわふわした柔らかいベッドに包まれ、心地よく眠れた青年は、急いで旅の支度をする。


(忘れものはないかなぁ)


腰にぶらさげるランタン。

中身がほぼない巾着袋。

携帯食料の乾パン。

もしもの時の塗るタイプの傷薬。

護身用の杖と防具。

替えの服を数セット。

これだけあれば充分だろう。

冒険の準備を済ませて扉を開けると、ばったり出会った直美は呆れ顔で彼を見つめた。


「……寝癖すごいわよ。みっともないから髪型くらい整えて」

「そんなにひどいの? 直美さんは大袈裟に言うから……本当だ! これじゃウニニンゲンだよ! ガンガゼ男だよ!」

「……そういうのいいから髪をとかして。櫛、貸してあげるから」


手鏡を手渡された彼は、自分を見る。

するとウニの棘のように逆立っているではないか。

あまり身嗜みに気を遣う方ではないが、これで外を出歩いたら、同行する二人が笑い者になってしまう。

直美の言う通り、櫛で髪をいていると


「ウ、ウニニンゲン! ってユウさんじゃないですか」


顎を外した猫のような間抜け面をした英子が、石動に向かって叫ぶ。

初対面は怖いくらいのしっかりものという印象で接しづらかった。

けれど良くも悪くも年頃の少女らしい一面を見れて、正直彼は安堵する。

仲良くなれそうだ、と。


「おはよう、英子さん。ガンガゼと人間のハーフ、ユウだよ。今は針を捌いてる最中で危ないから近寄らないでね」

「はい。ユウさんって面白い方ですね」

「ただ、だらしないだけよ、英子さん。一緒に付き合う気持ちも考えて」


呆れた直美の横で、英子はニコニコと微笑む。

今の空気なら、昨日の不作法を許してくれるかもしれない。

石動は意を決して


「英子さん、昨日はすいませんでした。でも何故怒らせたのか理由がわからなくて。もし教えてもらったら、その話題はしませんから」


そう切り出すと


「……いえ、私の方こそごめんなさい。心配していただいたのに、失礼でしたね」


理由は言わなかったが血が昇ってしまって、うっかり漏らした言葉なのだろう。

思春期の子供は、少なからずこういう部分がある。

仲直りしたのを見計らい、直美は


「ま、二人が仲良くできそうでよかったわ。例の場所は距離があるし、ゆっくり近場を見て回りましょ」


周囲を散策しようと提案してくれた。

会ったばかりの英子と親密になる、またとない機会。

石動は直美の計らいに感謝しつつ、王国の大通りを見渡してみる。

指から火や水を出す、手品師のような人物。

ハープを弾き、唄で歴史を語り継ぐ吟遊詩人。

土地勘もなく言語もわからない青年にも、目に映る王国の人々は楽しげで、こちらまで気分が乗ってくる。


「王国はどう? 良くも悪くも刺激的でしょ」

「うん。多少は慣れたかな……いろいろあったけど、王国の人たちは嫌いじゃないよ」

「夜は危ないので出歩けないですけど〜。あれ、あのお店は」


そういうと英子は、一点を見つめる。

招き猫のような場違いな物に、五芒星のあちこちに星座の記号のような模様があるタリスマン。

店先に置かれた品々に統一感はまるでなく、何の店かさっぱりだ。

しかし何かに惹かれたのか、英子は中の様子を覗き込む。


「直美さん、ここはどういうお店?」

「国内外から工芸品を取り寄せた土産店ね。興味があるなら見てみましょうか」

「はい」


店内に進むと木製の棚の上に置かれた、クリスマスに飾るリースのような、松ぼっくりとドングリの冠が目に入る。

英子がそれを頭に載せてみると、ピッタリとハマる。


「英子さん、これが気になってるの?」

「ええと、はい。どんぐりって可愛いですよね」

「可愛いものがお好きなんですね」


値段はいくらくらいだろう。

巾着袋をまさぐるも、金貨2枚しか持ち合わせがなかった。

なけなしのお金を使ったら、冒険に必要な物資の調達もままならなくなる。

直美に借金がなければ、彼女に小物の1つくらい買ってあげたかったのだが。

困り果てた青年が、様子を伺っていると


「じゃ、買ってあげよっか。仲間になった記念ってことで」

「わぁ、ありがとうございます。大切にしますね」

「よかったね、英子さん……一応聞くけど、ツケじゃないよね?」

「あ、当たり前じゃないの」


石動の問いに、直美の額から汗が垂れていた。


「何かあったんですか?」

「僕、直美さんに勝手に借金させられたんだ。今着てる装備一式」

「え、それはひどいですね」

「直美さんは怒らせない方がいいよ」


笑いながら昔話に花を咲かせると、直美はハリセンボンのように顔を膨らませた。


「ひ、人聞きが悪いわね! 私が立て替えなかったら、あなたが困ってたのよ!」

「まぁ、そうなんだけど。成人した英子さんは、お金の管理はしっかりしてるでしょうけど」 

「……ええっと、アタシ未成年ですよ?」

「言ってなかったけど、英子ちゃんはまだ高校生らしいわ」


驚きのあまり、石動は目薬を差した後のようにしきりに瞬きする。

これだけ落ち着いた娘が、未成年とは。


「てっきり直美さんと同じくらいの歳かと。あ、ふ、老けてるって意味じゃないですよ。年齢の割に落ち着いたお嬢さんだなと思って……」


失言したと思い、石動は取り乱し、慌てて言葉を付け加える。

また喧嘩になったら、今度こそ取り返しがつかない。

声が上擦る石動がおかしかったのか、英子はクスクスと笑っていた。


「気にしてないですよ。褒められ慣れてないので、変な感じがします」

「ちなみに私は現役の大学生なの。英子さんは最年少なんだから、私たちに遠慮なく頼ってね」

「ご親切にありがとうございます」


直美に向けて、英子は頭を下げた。

まだ笑顔が硬く、ぎこちない。

ここで緊張をほぐせれば、一気に打ち解けられるかも。


「ホントに彼女は頼りになるんだ。困ったら直美さんにお願いしようね、英子さん。神様、仏様、直美様と唱えたら救われるよ」


開いた掌を擦り合わせ、神社で願い事でもするような仕草で、石動は直美を拝む。

その冗談に英子は、口許を隠して上品に微笑んだ。

少しは距離を縮められたか。

石動もつられて笑った。


「あなたは私に頼らず、自分でやりなさいよ」

「えー、僕と英子さんで扱い違わない?」

「あなたが一番年上なんだから、しっかりしなさいよ、まったく」

「……ハハハ、すいません」

「騒がしい人たちですね。でも仲良くできそうで安心しました」

「普段はもうちょっと冷静なんだけど。彼、無理して明るく振る舞ってるのかもね」


直美の鋭い一言に、石動は愛想笑いをやめた。

人というのは案外見ているものだ。

バレているなら、誤魔化してもしょうがない。


「おっしゃる通りです。慣れないことはするもんじゃないね」

「はしゃいだりするの、似合ってないわよ。ドンと構えてなさい。落ち着いたあなたがいると、気持ちが引き締まるから」

「買っていただき、ありがとうございました〜」

「直美さん、ハリーを探しにいこう。戦力にはなるだろうし」


会計を済ませて店から出て、邪悪な悪魔の名を口にすると、直美の顔は途端に険しくなる。

快活で頼もしかった彼女の鬼気迫る面様に、英子は恐る恐る二人に訊ねた。


「あの〜、アタシたちはどこに向かっているんでしょうか」


傷だらけの大男がいないかと、石動と直美は手当たり次第に宿屋に聞き回っていた。

仲間の彼女にはキチンと話すべきだ。

だが悪魔が仲間と耳にして、英子はどんな反応をするだろう。

それを考えると、迂闊な発言はできない。


「ええっと、悪魔みたいな奴を迎えにいくんだよ。それでも僕とは切っても切れない関係なんだけど」

「ユウさんが悪魔みたいな方と、お友達なんですか?」

「友達というか戦友? 運命共同体?」


石動の説明を、英子はぽかんとしながら聞いていた。

これだけの説明で納得しろという方が無理だ。

直接当人に会えば、どんな奴かはわかるはず。

道中に会話を挟みつつ、1軒また1軒と数をこなしていくと、やっと僕らは手掛かりを掴んだ。


「すいません。人を探してるのですが」

「大変だね〜、どんな人なの〜?」

「傷だらけの高身長な男なんだけど」

「あ、あの人かな〜。でも似たような男の人って、冒険者だと珍しくないから」


唯一話のできる直美が現地の住民に聞くも、反応は芳しくない。

もっと具体的な特徴を挙げれば、いるかいないかハッキリする。

宿屋でも傍若無人に振る舞っているなら、こんな風に質問したらどうか。


「口も性格も人相も悪くて悪魔みたいな奴なんですけど、って訊ねてみて。流石に全て当てはまる奴は限られてるよ」

「いいわね、聞いてみましょうか」

「ひ、ひどい言い様ですね。お仲間のはずなのに」


英子は唖然としながら、直美と石動のやりとりに口を挟む。

直美が饒舌な英語で、少女に先ほどの石動の発言を伝えると


「あ〜、あの人か! 私が親切にしてあげても、ずっとツンツンした態度なんですよね〜。可愛げがなくて困ってるんです。私の愛馬のサーディンみたいに、もっと可愛くしてくださ〜い」


少女は心当たりがあるようでハリーへの愚痴をこぼしつつ、馬小屋を指差した。

どうやら、あちらで寝泊まりしているらしい。


「無茶難題を押しつけられたね。あいつを可愛くしろなんて無理だよ。仏の御石の鉢、蓬莱ほうらいの玉の枝、火鼠かその皮衣、龍の頸の玉、燕の子安貝を全部集める方がまだ楽なんじゃない?」

「可愛くないから困ってるって……不思議な方ですね、あの人」


直美から少女の発言を翻訳してもらうと、二人は思い思いに感想を漏らす。


「何で急にかぐや姫の出した難題を。ま、現代人の感覚とヴォートゥミラで暮らす人の考えることは違うわよ」


少女に案内されるまま馬小屋に着くと、馬の糞尿の悪臭に鼻をつまむ。

ここに悪魔がいるのか。

傷がついた鎧を身に着けた稼ぎのよくなさそうな冒険者ばかりで、それらしき人物は見当たらないが……。

ちょうど入れ違ったのかもしれない。

気落ちした青年が溜め息をつくと


「なんだァ、その棒切れみたいな女はよ。オレサマを始末するための刺客かぁ? やられる前にやっちまっていいか、主サマよォ」


藁を蓑虫のように被った悪魔はそこから顔を出すと、開口一番悪態をつく。

初対面の英子を見るや否や威圧するハリーに、彼女は石動の背中に隠れ、ガタガタと震え出した。


(高身長で、しっかりもののお嬢さんかと思ってたけど、こうしてみると小動物みたいだ。可愛いな)


それを見た青年は頬を緩め、彼女を眺めた。


「なっ、なんなんですか?! あの人は!」

「ごめんね、英子さん。柄が悪い奴で。僕から言って聞かせるから」

「え、大丈夫ですか。不良みたいだし、ユウさんが暴力振るわれるかも……」


不安げな英子を宥め、彼は前を向いた。


「失礼だよ、ハリー。僕らを治してくれた娘だ。悪魔っていうのは、恩人に礼儀知らずな態度を取るのかい?」

「……柄の悪いあなたを治した記憶はないですけど。それより藁が……」


英子は指摘すると、さらにハリーは怒鳴り散らす。


「あの女が藁大増量で〜すとか抜かすから、オレサマがこんな目に……」

「なんだかよくわからないけど、たぶん君が悪いぞ。反省した方がいい」

「ハァ?! 話も聞かずに悪者扱いかよ?!」

「あぁ、君が悪い」


一方的に悪者と決めつける青年に、悪魔は激昂しながら言い返す。


「な、仲良しなんですか? ユウさんとハリーさん。そうは見えないんですが?」

「……私に振られても困るんだけど。いがみあってるし、不仲なんじゃない。用は済んだし、いきましょう」


二人を咎めると少女に一礼して、さっさと宿屋を後にする。

彼女を追いかけた一行が王国の外を出て目的地へ向かう道すがら、英子が仲間となった経緯を直美が説明すると


「なるほど、命の恩人ってわけか。礼はいっておく。アンタに借りた恩は必ず返すからな。ちぃと待っててくれや」


悪魔は悪魔らしくない言葉を吐いた。


「悪魔の癖に、妙に義理堅いな。英子さんに危害を加えたら承知しないぞ」

「借りを作るなんざ、悪魔はやらねェ。他人からの束縛は、悪魔の自由に反するからな」


今まではただの無法者だと思っていた悪魔オールド·ハリー。

そんな悪魔にも、悪魔なりの流儀があるようだ。


(人なんかより、人情に厚い一面もあるんだな。僕がこの悪魔を理解できる日が、いつかくるんだろうか)


辺り一面を銀世界のように染めるマーガレットの花畑を見つめながら、青年は悪魔の言葉に思いを馳せていた。

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