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第5発 事実の消滅




 なんとか一時間目の数学を乗り切った新城は、次の授業である体育のために教室で体操服に着替えていた。


 新城は数学と違って体育は割と好きであった。特にこの後行うサッカーは小学生の頃にやっていたこともあって大好物といってもいいレベルだ。


 しかし、本来なら心躍る時間にもかかわらず、彼の心はなんとも言えない不安に満たされていた。理由は先ほどの勝本の件だった。


 いつもなら、彼女が彼に声をかけることはあり得ないことだった。確かに勝本はなぎさの親友ではあるが、新城の親友ではない。いわゆる友達の友達と同じことで、そう仲良くはないのだ。


 当然、宿題を教えられる関係ではない。ゆえに、新城は(なぎさが近くにいたこともあって)提案を断り、なぎさに教えを乞うことにした。誘いを断られた勝本は


「ああ……そう?分からなかったら遠慮なく聞いてくれていいからね」


 と言って髪を触りながら彼の傍を離れていった。その優しげな声は、新城に好感を抱かせるどころかむしろ不気味さを覚えさせるものだった。



 なぜこうなってしまったのか。それはおそらく消滅の効果によるものだ。


 消滅銃にはいくつかのルールが存在し、そのルールの一つが【消滅によって過去や現在も変動する】である。要するに柳裕二が消滅したことで、今まで彼が存在していたために起きていた出来事が、全く別の、あるいは違う結末を迎えた出来事に変貌したということだ。


 そして、【抹消者は過去や現在がどう変動したのかを記憶しない】というルールもあるため、抹消者、つまり新城は柳が消滅した結果、どういった過程をたどって新しく誕生した今に至ったのかを把握できないのだ。


 とにかく新城がやるべきことはただ一つ、自身が知っていた柳消滅前の状況と柳消滅後の現在の状況との違いを確かめることだった。そうは言っても人に聞いて回るのはあからさまに怪しい(怪しまれても何ができるわけではないが、変人だと思われてしまうのは避けたい)ので、自然、かつゆっくりと状況把握することを決め、新城は教室を出た。


 




 体育を終え、午前中の授業も終え、あっという間に昼休みの時間になった。重たいまぶたをこすりながらあくびをしていると、なぎさが声をかけてきた。


「今日は友達と食べるけど、いいよね?」


 彼としては一緒に昼休みを過ごしたかった。自慢の彼女と談笑しながら昼食を取りたいという純粋な欲求と、現状を理解するうえで勝本と仲のいいなぎさに話を聞きたい気持ちがあったのだ。だが、ここで友達との昼食をキャンセルさせて自身に無理やり付き合わせることは、束縛の強い彼氏のようで気が引ける。それに話なら放課後でも聞けるのだ、焦る必要もないではないか。


「分かった。じゃあまた放課後に」


 そう思い、新城が爽やかに了承すると、なぎさは「了解」と言って離れていった。彼も昼食を確保するために購買に向かおうと席を立つと、またも声がかかった。


「よう、フラれたのか?」


 その憎たらしい笑顔を浮かべながら憎たらしい言葉をかけてくる男に、新城はもちろん見覚えがあった。彼の名は山田一郎。平凡な苗字に今どきつけないような古臭い名前がマッチして、それが逆に唯一無二感を出している男だ。新城が高校二年生になってからできた友人で、未だ彼女がいないのはこの名前のせいだといつも言っていた。


「まあな。購買行ってくるわ」


「俺が代わりに付き合ってやるよ」


 適当に肯定して歩き出すと、山田も後をつけてきた。男二人で食べることになりそうなこの状況に、新城は今日はなんてことのない普通の日だと改めて思い直し、気づかれないようにため息をついた。


 





 サンドウィッチと梅おにぎりを適当に買い、二人は食堂のテーブル席に腰掛けた。おにぎりが包まれている袋をはぎ取る。あまりにも適当にやったせいか上手くいかずに海苔が切れてしまったが、新城は気にせずに食べ始めた。


「そういや数学の宿題はどうだったよ?全く分からなかったから白紙で出しちまったよ」


「俺は彼女に教えてもらったからノープロブレムだった」


「ちっ、くそ野郎め!」


 怨嗟にまみれたセリフを吐きながら山田が乱暴におかかおにぎりを食べ進める姿は、新城の口角を上げさせるには充分だった。


 ニヤリと笑っていると、新城は勝本のことがふと頭に浮かび上がってきた。数学の宿題が話題に出たからかもしれない。ちょうどいい機会と考え、彼は山田に不自然でない程度に質問をしてみた。


「そういえば、勝本さんとお前って仲良かったっけ?」


「ん?いや別に。なんで?」


「いや、なんとなくだけど」


「お前、浮気はいかんぞ浮気は」


「そんなんじゃないって」


 そもそも浮気なんて考えたことも新城はなかった。今まで見てきた中でも、なぎさはぶっちぎりで一番素晴らしい人だからだ。こう言っては失礼かもしれないが、なぎさと勝本では比べようとすら思えないほど差がある。


「あんまり知らんのよな。そもそも勝本さんそんな社交的じゃねえしさ。頭がいいってことくらいしか分からんなぁ。もっともお前の彼女の方が上だろうけどさ」


「ま、俺もそんな感じだな」


 話が一通り終わり、彼らは昼食を食べることに集中し始めた。一つのことに集中し始めるとそれがなんだろうとかかる時間が短縮されるものだ。あっという間におにぎりを食べ終え、新城はサンドウィッチに着手した。と、新城はここで急激なのどの渇きを覚えた。いつもなら食べ物と一緒に飲み物も買っていたのだが、今日は忘れていたのだ。


「あ、そういやあいつって今――」


「ちょっと飲むもん買ってくるわ」


 サンドウィッチをテーブルに置き、席を立った。山田が何かを言いかけていたが、新城は構わず歩みを進めた。


 歩いている間、新城は山田との会話で手に入れた勝本に関する情報を、すでに持っていた情報と照らし合わせることにした。すると、すぐに分かった事実があった。


 特に何も変わっていないのだ。勝本が数学の宿題を教えようとしていたことから、もしかしたら自身と彼女が仲良くなったのかと考えていたが、それならば山田ももう少し勝本のことを知っているはずだし、質問をした時点で不審がるはずだ。だが、彼はたいして怪しむことなく普通に答えていた。勝本との関係性は変わっていないと考えるのが妥当だった。


 だとしたら一体なぜ自身に関わってきたのだろうか。新城は頭をひねったが、これといった結論に達することができなかった。




 飲み物を買い終えて席に戻ると、山田はとっくのとうに昼食を食べ終えて携帯を触っていた。彼は戻ってきた新城を一瞥したものの、またすぐに携帯に目を落とした。ゲームでもやっているのだろうと考えた新城は、邪魔をしないように食事を再開した。食べながら窓の外を見ていると、灰色の雲たちが太陽の光を遮っていた。








 そして、放課後。新城は図書室に置いてある漫画を適当に読みながら、なぎさが部活を終えるまで時間を潰していた。図書室に置かれている漫画は古いものばかりで道徳的なものしかない。そういったものを新城はあまり好まないが、無為に過ごすよりはマシという判断で古臭い漫画を読んでいたのだ。


 ある程度キリのいいところまで読み進めて時計を確認すると、十七時半を過ぎていた。そろそろ部活が終わる時間だったので、漫画を元の場所に戻して図書室を出た。


 廊下に出ると、微かに雨音が聞こえた。昼に見た灰色の雲が雨を降らせたのだ。おかげでなぎさたちテニス部は外で練習をすることができず、校舎のどこかで地味だがきつい基礎トレーニングをする羽目になった。

 

 ただし悪いことばかりでもなかった。いつもよりも早めに部活が終わるので、その分なぎさと一緒に居られる時間が長くなるというメリットがあるのだ――前向きに捉えるならば。


 昇降口まで行き、彼はそこで待機することにした。


(それにしても……)

 

 朝起きたときの、気持ちのいいほどの天気はいったいどこへ行ってしまったのだろうかと新城は考えていた。絶対に振らないだろうという自信があったのに、このざまである。一応、鞄に折り畳み傘をいつも入れるようにしているので濡れる心配はないが、それでも朝のような万能感すら覚える気分には戻れなかった。雨が降っているというだけで、空に光が無いだけで、人の気分は沈んでしまうのだ。


 そんなふうに物思いにふけっていると、なぎさが近くまでやってきていた。新城は右手を軽く上げて挨拶した。


「よっ。待ってたよ」


「お待たせ」


 軽快な挨拶をかました新城だったが、なぎさは特別反応することなく定型文のような返事をした。基礎トレーニングがいつも以上に厳しかったのかもしれない。


 彼は下駄箱を開け、自身の靴を地面に置いた。体育があったこともあって、靴は白を基調としたシンプルな運動靴である。結構激しい運動をしたためか、少し汚れが残っていた。


 一方のなぎさも外靴を置き、履き替えようとしていた。こちらは黒のローファーであった。体育のときはどうしているのかと聞いたことがあるが、そのときは運動靴とローファーの二足を持って行くらしい。彼はなかなかめんどくさいなと思うと同時に、女子の面倒をいとわないおしゃれ心に感服していた。


「え?あれ?」


 新城が一足先に靴を履いて待っていると、なぎさはなぜか声を上げた。それは彼女がちょうど右足の靴を履いた時に出したものだった。なぎさは靴を脱いで中を覗き込み、そこに手を入れ始めた。新城が不思議がって見ていると、彼女はやがて自身の手を靴から取り出した。何かを人差し指と親指でつかんだようであった。


「ねえ……これどう思う?」


 そして、それを新城に見せた。イマイチよく見えず、顔を近づける。それは半透明の、誰もが知っている日用品であった。


「セロハンテープ?」


 彼女の手からそれを取ると、指にくっついてきた。やはり間違いなくセロハンテープであった。これがなぎさの靴の中敷きに貼ってあったというのだ。しかも、セロハンテープの両端をくっつけ、表裏どちらでも粘着力があるようにしていた。なぎさが試しに左足の靴も見てみると、そちらにも同様のものがあった。


 片方でもありえないことだが、両方ともなればこれは偶然ではない。明らかに誰かが意図的に仕組んだものだ。


「どうしてセロハンテープなんか……」


 なぎさはそう呟いて靴を履き直した。新城にはその動作がややぎこちなく見えた。


 確かになぎさの言う通りであった。画鋲を靴に入れるのはよく聞く話だが、セロハンテープを張り付ける嫌がらせは聞いたことがなかった。だが、それ自体は重要なことではない。肝心なのは誰がやったのか、動機はなんなのかだ。


「なんで……いったい誰がこんなことをしたんだ?」


 新城は腕を組み、悩んでいる雰囲気をなぎさに見せた。しかし、実のところ彼には誰がこんな嫌がらせをやったのかおおよその見当がついていた。


 ただ、そんな新城たちの様子を伺っている者がいたことまでは、彼は気づくことができなかった。


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