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第3発 平穏の消滅




 土日を終え、月曜日。新城は彼女であるなぎさにしつこくまとわりついてくる男、柳を放課後に理科室へと呼びだした。理科室を選んだ理由は極めて単純で、放課後に人がいることがなかったからだ。


「悪いな、突然呼び出して。何が言いたいか大体分かってるよな?」


 殺気を込めた視線を柳に向ける。こういうときに舐められるような態度を取ってしまうと、ますます相手が増長することになってしまう。彼にとってこれはボクシングで言うジャブのようなものだった。身長184センチと大柄な体格をしている新城に殺意を向けられれば、170センチにも満たない柳はまず委縮してしまうだろう。しかし、そうはならなかった。


「もちろん。姫川さんのことだよね?」


 新城とは対照的に、穏やかな目で動揺する様子を一切見せることなくそう返答した。まるで自宅でバラエティ番組を見ているかのような落ち着きっぷりであった。この「自分は全く悪くありません」と思っているようにしか感じられない態度は新城の怒りを加速させた。


「なら話は早いな。……はっきり言わせてもらうけどな、迷惑なんだよ。なぎさがお前の気持ちに応えることは100%無い。今は駄目でもいつかは、なんて考えてるのかもしれねえけどな、断言してやる。そんな未来は訪れねえんだよ。分かったらなぎさに二度と話しかけるんじゃねえぞ」


 怒りのあまりチンピラみたいな口調で脅しつけることになってしまったが、柳には効果的なようだった。穏やかな目つきが一変し、許しを請う子どものような目になっていた。だが、それは一瞬のことで、すぐに元の余裕を取り戻していた。


「……なるほど。でも、それは君が勝手に思ってるだけだろう?未来がどうなるかなんて誰にも分からないじゃないか。それにね、新城くん――」


 和やかだが、それでいて確実に新城の言葉を否定する柳。そして、その後に続く言葉は彼の態度以上にさらに信じられないものだった。


「君に姫川さんはふさわしくないよ」


「……は?」


 さも当然のように言い放つ柳に、新城は怒りを通り越して彼の正気を疑った。いったい何を根拠にしてこんな思いあがったことを言えるのか、全く分からなかったのだ。そもそもそれを決めるのは彼ではなくなぎさ本人ではないのか。困惑する新城を気にも留めずに柳は話を進めた。


「彼女は見た目もそうだけど、性格も素晴らしい。あそこまで何もかも揃った女性は見たことがない。それに比べて君はなんだ?ちょっと背が高いだけで、どこにでもいる凡人じゃないか。僕は違う。成績だってトップクラスだし、見た目もいい。総合的に考えれば僕の方がふさわしいはずだよ」


「……。


 呆れて言葉も出ないとはまさにこのことだろうと新城はひしひしと感じていた。柳と話すことは初めてだったが、自己主張をしないおとなしめな奴で無害な人間だと思っていた。しかし、その認識は完全に間違いだったと気づいた。彼は表に出していないだけで、内にはとんでもない独りよがりな本性を隠していたのだ。こんなやつがなぎさの友達である勝本に好かれているなんてとても信じられない。


「君がいくら脅しつけても無駄だよ。僕は必ず彼女を手に入れてみせる……」


 そう言い残し、柳は去っていった。引き止めなかったのは、どれだけ言葉を尽くしても彼には届かないという考えが新城を支配していたからだ。とはいえ、このままではまずいとも思っていた。諦めさせるどころか逆に火を着けたようであった。


(どうしたものか……)


 考えを巡らせる。どうすれば柳の暴走を止めることができるのか。どうすればなぎさに怖い思いをさせないようにできるのか。穏便に済ませる最善の策とはなんなのか。


 そうして考えていくうちに、あのジュラルミンケースのことが頭に浮かぶ。


(いや、駄目だ!)


 必死にその思考を振り払おうとする。あれは二度とやってはならないことだ。何もかもを消し去り、使ってしまえば最後後戻りできなくなってしまう。消えていい人間などこの世には存在しないのだ。


(…………)


 しかし。倫理的な問題を抜きにすれば、非常に容易に解決できる方法なのは確かだとも新城は考えていた。消滅銃で柳を撃ち込むだけで問題は解消され、なぎさや新城自身に危険が及ぶこともなくなる。それだけではない。なぎさが怖い思いをしたという事実すらも()()()()()()になり、さらにはなぎさと勝本の仲も元通りになる。人が一人消えれば、全てが丸く収まるのだ。


(まあやらないけど)


 結局、それ以外の解決策を思いつくことができないまま、新城は帰路につくことになった。







 次の日からなぎさにとっても新城にとっても地獄のような日々が幕を開けた。懸念していた通り、柳がなぎさに対して人目もはばからず積極的にアプローチを仕掛けるようになったのだ。


 まず登校時間。なぎさは電車で学校まで行くのだが柳はそれを知っており、待ち伏せをするようになった。彼女が友達と一緒に居ても構うことなく話しかけに行き、さも彼氏であるかのように振る舞う。あまりにも自然なので、友達も彼氏を違う人に変えたのかと誤解するほどであった(もちろん誤解はすぐに解けたのだが)。相談を受けて新城が一緒に登校するようになってから話しかけることはなくなったが、少し距離を置きつつ後をつけてくるので不気味さは変わらなかった。


 学校にいる間も、もちろん柳の付きまとい行動は続いた。授業の準備時間という極めて短い時間でも意に介さずにしつこくなぎさに対して話しかけてくる。なぎさも周りの目がある手前、はっきりと拒絶するのは難しいらしく、あいまいな笑顔を浮かべながら対応していたのが印象的であった。


 当然のことながら、新城は柳に対してかなりの頻度で抗議を行っていた。だが、それをしても全くと言っていいほど効果が無く、付きまといは終わることがなかった。


 また、クラスメイトも柳がおかしいということに気づき、腫れ物のような扱いをするようになっていたものの、彼はそれを全く気にした素振りを見せない。


 新城は柳のこの異常なまでのなぎさに対する執着に恐怖心を覚えていた。好きな人に好かれたい、振り向いてほしいという気持ちは誰しもが持っているものだ。しかし、構築していた人間関係を破壊してまでも、というのはさすがに新城には理解できなかった。理解を超えたものは得たいが知れない。恐怖を覚えるのは当然のことだった。


 さすがに放課後までは付きまとうこともなかったが、代わりにメッセージアプリで追撃をしてくる。ブロックをしてもすぐに察知するらしく、そうなったらさらに付きまとってくるため、ブロックもできない。すなわち、朝も昼も夜も柳の脅威が続くということである。当然、そんな状況ではストレスが溜まっていく一方になり、なぎさは目に隈ができ、情緒不安定になっていった。新城もまた彼を止められない責任を感じ、少しずつ疲弊していった。


 一向に好転しない状況。まともに思考もできなくなり、浮かび上がるのは最高で最悪な方法。新城はもはやためらうこともなく、()()に手を伸ばした。







 次の日の放課後。新城は再び柳を理科室に呼び出した。相変わらず穏やかな雰囲気を崩さない柳の顔を彼はじっと見る。そこには真剣さの欠片もない、自分が何をしているのかまるで理解していないとしか思えない気の抜けた表情しか見えなかった。新城は右手のこぶしを固く握りしめ、問いかける。


「……お前はどうしてこんなことができる?クラスからは孤立し、なぎさには気味悪がられてる。……もう辞めにしよう。このまま続けてても、なぎさもお前自身も誰もいいことない。今なら許してやるからもう辞めてくれ。頼む」


 彼は頭を下げる。本来なら自身が何も悪くない状況で縋るように頼み込むことなど、新城はしなかっただろう。だが、彼にわずかに残っていた()()がそれをさせていた。願わくば、これで手打ちにできないかと考えたのである。しかし、現実は非情であった。それを聞いた柳は緩い雰囲気を漂わせていた顔を一変させ、彼を嘲笑した。


「ははっ。もしかして敗北宣言かな?情けないなぁ。そんな下から目線で僕に懇願するなんて、やっぱり姫川さんに君はふさわしくないよ。……それに新城くんは何か勘違いしてるみたいだけどさ、僕はクラスメイトなんてどうでもいいんだよ。どうせそんなものたかだか数年で消えるし、無くなったって何の問題もない。でも、彼女の愛は違う。愛は永遠で不滅なんだよ!僕の隣で僕を癒し続けてくれるんだ!それこそが一番尊く、絶対に手に入れなきゃならないものなんだ!だったらなんだってやるさ。ここで引いたら一生、愛を手に入れることができなくなるんだからね!……確かに今は僕の心が彼女に届いていないかもしれない。でも、いつか必ず想いは届く!だって、僕たちはそのために生まれてきたんだから!」


 このとき、新城は悟った。ああ、自分はなんて愚かだったのだろう。話を聞けば彼のことを理解できるのではないか、悪夢のような日々を終わらせるきっかけを得られるのではないか。そう思ってしまった過去の自分を全身全霊を込めて殴ってやりたい。無理だったのだ、無駄だったのだ。絶対に理解できない人間は確かに存在するのだ。


 改めて考えてみれば、本当に、どんな人間だろうとこの世から消えてはいけないのだろうか。消えた方がいい人間だっているのではないか。例えば、あの痴漢。あの男は女子の身体をその欲望のままに辱め、二度と消えることのない傷を負わせた。到底許されることではないだろう。たとえあの男がしかるべき罰を受け、彼女がカウンセリングを受けたとしても彼女が完全に救われることはない。だが、消滅は完全に彼女を救う。汚らわしい事実がなかったことになるのだから。素晴らしいことではないか。


 それと同じことだ。今からやることに罪悪感を覚える必要などない。柳は消えなければならない人間だ。なぎさを苦しませ、自分がどれだけ罪深いことをしているのかまるで理解していない。それはもはや人間ではない。モンスターだ。周りの人のことなど一ミリも考えようとせず、歪んだ願望を成就させようとする怪物だ。そんなもの、この世に不必要ではないか。


 思考がまとまると、今まで炎のごとく燃え盛っていた怒りは不思議と消え、新城は妙に冷静になっていた。湖に波紋一つ無いような、あり得ない心境だった。そして、極めて自然に鞄から消滅銃を取り出し、銃口を柳に向けた。その様はまるで一流の暗殺者であるかのようであった。


 銃口を向けると、柳がとうとうと語っていたありがたい話が止まった。信じられないといった表情で消滅銃を見つめると、また空虚な笑い声を上げた。


「……はは。まさか本物じゃないよな?おもちゃだろ?だって、日本では銃刀法違反っていう法律があって、銃を持っちゃいけないって法律が――」


「安心しろよ。これは本物の銃じゃない。撃たれても痛くないし、当然当たり所が悪くても死ぬことはない。だが――」


 柳の言葉を肯定する。そして、告げる。絶望的で、それでいて意味不明な言葉を。


「死よりも恐ろしいことになる」


 その言葉とともに引き金を引いた。そのあまりにも軽すぎる引き金とサプレッサー付きピストルよりも音のない発砲は、銃を撃ったことを全く感じさせない。それを証明してくれるのはただ一つの事実。





 



 雪よりも白い世界だった。

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