夜の散歩は内密に!~バレたら社会的に死ぬ~
召喚した淫魔カロンとの契約で、俺の性的好奇心は徐々に満たされつつあった。
カロンはとても優しくて、俺のポイントをよく見極めてくれる。
どこでやめてほしいか、どこで止めてほしくないか、そのタイミングは完璧だ。
叶うならば出会いが女の子の淫魔だったら最高だったが、最近はカロンが男でよかったと思う日も多くなっていた。
猥談したいときには付き合ってくれるし(もれなく後で食われるが)、気持ちのいいオナニーの探求に付き合ってくれるし(なおおねだりすれば手を出してくれる)、どんなマゾシチュの話をしても引いたりせずに嬉しそうに聞いてくれるし(もちろん実践してくれる)。
だが、そんな俺でもなかなか口に出せないシチュエーションがいくつかあって、その一つが……露出プレイだ。
ただの露出じゃなくて、ともすればバレてしまうような……なんならリードを付けられたり、もちろん誰もいないんだけど、わざとバレてしまうようなコトを強要されたりして……。
……ふぅ。
だがこれは、一時の快楽に対してリスクが高すぎるのが問題だ。
俺に何も失うものがないか、バレてもなんとかなる世界観か、揉み消せる権力でもあればよいのだが、残念なことにどれも存在しない。
名門魔法使いの家という、社会的地位がそこそこある転生を果たした今世でも、きっとこれはできないだろう。
そう思ってカロンにもずっと内緒にしてきたのだが。
「今日はお散歩しよ?」
「散歩? 散歩ってあの散歩?」
「夜の散歩! ね、しよ?」
「えー嫌な予感がするー」
「ルインもするでしょ?」
「え、何の話!? しないよ!?」
こんな会話を聞いた俺がぴくっと動いたのを見逃さなかったのだろう。
長い前髪の間からカロンの紫色の瞳が、俺を覗き込んでいた。
「カケルタ、夜のお散歩したいの?」
「ぶっ!? い、いやいい。どうぞお構い無く」
「ふぅん……俺、ご主人さまのためにいっぱい勉強するねっ!」
「ええい! 黙れ! ちょっと! そういうのはお部屋のなかで! 二人っきりのときに話す! って約束だろ!?」
「真っ赤なご主人さま、かーわいいっ」
なお、カケルタというのは俺の名前だ。
俺よりはるかに立派な胸板をぎゅっと押し付けられ、俺は色々と死にたくなった。
向こうで話していた知り合いがきょとんとしているが放っておいてほしい。
俺は友達にまでマゾバレするつもりはないのだ。
その日の夜。
俺はパンツとローブだけを身につけて、公園にいた。
首元には、カロンの瞳の色と同じ、こっくりとした紫色の首輪。
もちろんそれには紐がつながっていて、その先はカロンの手のひらで弄ばれている。
声が聞きたいからと、轡はなし。
きっと君は見ていたいからと、目隠しはなし。
せわしなく周囲を確認する俺を、カロンがいとおしげに見ている。
んん……、ああ、もう!
その通りだよ!
相変わらずカロンは俺のツボをよく心得ていて、この視界情報だけでいくらでも気持ちよくなれた。
俺はなんだか嬉しいのか気恥ずかしいのか分からなくなってしまって、足を擦り合わせてはもじもじしてしまう。
「ご主人さまが気に入ってくれてよかった。それじゃ、まずは歩こうか」
「ど、どこまで?」
「そうだねぇ、あの茂みの前まで行こうか。ふふ、ご主人さまったらもう興奮してるんだ? ダメだよ、ちゃんと普通にしなきゃ。バレちゃうよ?」
「う、くぅ……」
あやうく普通でない声をあげてしまうところだった。
カロンが耳元でお仕置きほしい? なんて聞くもんだから、ますます正しくいられない。
だが、ここは外。
普段のようにカロンに気軽におねだりはできない。
身体にうずまくもやもやを抱えたまま、できるだけ普通に見えるように歩いた。
苦痛と快楽の波をくぐり抜け、茂み、というか公園の生け垣に到着した俺は、既に息絶え絶えだった。
しかしそこは不思議な場所だった。
生け垣の外側のはずなのに、近くには木々が生い茂って暗い。
その一方で、生け垣の向こうには街灯があるようで妙に明るい。
人目はないが、人の気配をすぐ近くで感じる――そんな状況にみっともなく興奮した。
「ご主人さま、よく頑張ったね? ご褒美にここですごく気持ちよくしてあげる」
でもね、その前に。
カロンのしっとりとした低い声が、俺を絡めとる。
もはや頭はカロンのしてくれるコトでいっぱいで、何もまともに考えられなかったけれど、カロンの声はすっと斬り込むように入ってきた。
「カケルタ、向こうの声が聞こえる?」
「向こう、の声……?」
「そう。生け垣の向こう。公園の中」
俺はカロンの言うがままに、公園の中の気配に耳を澄ます。
聞こえてきたのは、複数人の健全な青年の声。
スポーツにでも興じているのだろうか、賑やかな声が聞こえてくる。
そのうちの一人がこちらに近づいてきたようだった。
だんだん大きくなる足音、彼はまさか生け垣を挟んで向こう側でそんなことをしている人間がいるとは知らず、ふいに立ち止まる。
いつの間にか俺は両手で口を押さえ、必死にその存在を気付かれまいと、息を潜めていた。
両手を上げたことでローブがはだける。
見られたらまずい、と思うが今にも叫んでしまいそうな口を解放することもできず、ただ、心臓の音だけがうるさい。
足音の主はしばらくそこで立ち止まり、水の音が聞こえる。
頭の冷静な部分は、そうか水飲み場があったから明るかったのか、などと冷静に分析しているが、俺の大部分は他人の存在と突然の水音にもうぐずぐずに溶けていく。
絶対にバレてはいけない。
その一心で耐え続け、カロンが声をかけてくれるまで、俺は固まっていた。
「カケルタ。もう行ったよ。大丈夫」
「はぁ……はぁ……ホント、に?」
「うん。このあとはすべて俺に任せて? 何があってもご主人さまの名誉を守るからね」
「あ、あ……カロン、おねが」
果たして舌足らずな俺の懇願は届いただろうか。
カロンは満足そうに笑って、俺の理性の糸はプツリと切れた――。
【夜の公園で行われる背徳エッチ】
※あなたは好きなように描写する権利がある。
快感の狭間から目覚めて、身体を起こすとそこは俺の自室だった。
いつの間にか、カロンがベッドに運んでくれたのだろうか?
なにも覚えていない。
そういえば俺は何も身に付けてない。
首輪も、汚れただろうローブもパンツも全てなくて、まだぼんやりとした頭がカロンが片付けてくれたのだろうかと思う。
いつも、行為のあとは片付けと洗浄をカロンがしてくれて、俺はぼけっと寝っ転がっているばかりだからだ。
「カロン……?」
ふと寂しくなって、名前を呼ぶ。
温かいぬくもりが背中を包んだ。
「いるよ。ご主人さま、俺はここに」
「カロン……、あのさ」
とりとめのないことばかりしゃべった気がする。
何か、とにかくこの喜びをカロンに伝えておきたかった。
俺のためにいっぱい尽くしてくれるカロンに、なんでもいいから俺をあげたかった。
しかし、俺の意識はゆっくりと崩れていき、カロンの満足げな笑みと、優しい手になでられながら再び意識を落とした。
翌日、施設……俺のように早期契約をした者や天使憑きが保護される場所である、に行くと、既に二人は来ていた。
彼らは施設で仲良くなった友達で、なんと二人で昨日の夜、散歩に繰り出たらしい。
「そこでさ、コルの角が欠けちゃってホントに驚いたんだから! ラビもちゃんとあの人に言っておいてよね!」
「ご、ゴメンってば! 今日はちゃんとうちの淫魔を搾り取るから!」
「それってご褒美なのか罰なのかよく分かんないんだけど……」
「僕にとってご褒美で、ルベルにとってご褒美で罰?」
「うーん、何とも釈然としない」
ルインという少年の隣には、黒みがかった赤色の角を一本生やした男が、ルインに落ち着くように言っているし、ラビという少年の隣では、赤い髪の淫魔が死にそうな顔で首を振っている。
ちなみにカロンは俺を抱き締めるように後ろに立っている。
これは俺に甘えているのではなく、ラビの契約の悪魔、通称『顔焼き』が怖いからだそうだ。
俺はラビに会って初めて、他の淫魔の姿を確認したが、結局のところカロンが一番いいという結論に達した。
このことはまだカロンには内緒だ。
「あーそれで、二人は肝試しに行ったと」
「そうそう! カケルタも言ってくれたら誘ったのに!」
「うーん、ラビのとこの淫魔が怖い間は無理じゃないかなぁ」
「何をー、自分はそうじゃないって顔してるのさ! ルインのとこの天使も悪魔もそこそこ怖いでしょ!」
「ええーファルはともかく、コルは優しくて弱い者の味方だよ。ね、コル」
仲睦まじく話す彼らは、俺と同様に己の悪魔たちと仲がよいようだ。
結局、俺の夜の散歩は誰にもバレていないようだし、万事めでたしだな。
「ご主人さま、そのことなんだけど……」
「うわ、急に耳元で喋るな!」
「種明かしすると、外でご主人さまの姿を見た人は絶対にいないよ。だってあれ、俺がご主人さまに催眠をかけたから。ご主人さまは、一歩も部屋から出てないし、いつも通りに防音魔法もかけたし」
ね、ご主人さまの名誉、ちゃんと守ったでしょ?
自慢気な自慢の悪魔を抱き締めるべきか、どうすべきか、俺はしばし迷った。
そういうことならとても気持ちよかったので、たまにねだるとしよう。
ファンタジー万歳!