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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

気持ち悪いアタシたち

作者: 林檎飴
掲載日:2021/08/01

雑添削&二日クオリティ

「高峰さん。第二中学校付近の軌条海にでも寄り道しませんか?」

「軌条海?別にいいけど、水着持ってきてないわよ」




友人の藍原とアタシは一緒にゆったりと歩いていた。アタシらの通う高校ではもう夏休みになっているのだが、夏期講習がほぼ毎日設定されてあって今はその帰りである。品行方正・大和撫子を絵に描いたような女の子である藍原は、前髪を上目遣いで触りながら涼やかな声色で話を続けた。彼女の黒髪ロングは凛と揺れている。




「水着は要らないですよ。それに、胸囲的な意味合いで、私が高峰さんの隣に並ぶと惨めなので」

「……あのね藍原、そもそもアタシとアンタはタイプが正反対じゃないか。アンタの洗練されたボディーラインに比べたらアタシはデブだし」

「そう言ってくれるのは嬉しいですが、男性は胸部の発達具合で女性の良しあしを決めるらしいじゃないですか。証拠に私は全然男性に声掛けられませんし」

「……」




……それはアタシが結構俗な女だからだよ、藍原。アンタみたいにアタシは高嶺の花じゃないもの。


髪を染めてメイクもナチュラルにしているアタシは、すっぴんだと平凡な子なんだ。藍原みたいな本物の美人には叶わないという運命が約束されている。素材では彼女に勝てる道理はまるでない。俗に装わねばならないアタシに比べて藍原は純粋に綺麗なんだから。

うちの高校の校則が緩いから、彼女との差が僅かに縮まっているだけなんだ。胸が同年代に比べて大きいってだけのマウントしかとれんのだ。


ほんっと、男は単純な生き物だから仕方がない。いや、だからと言って女子が立派だとかじゃないのだけれど、男ってやっぱり胸が大きければあとは大目に見る連中なのだ。手頃な可愛さを持つアタシにアピールしてくる。

彼女の葛藤はその背景を知らないがゆえのモノなんじゃないかな。少なくともアタシはそう予測している。




「まあまあそんな下世話はアンタには似合わないわよ。周りなんて気にせずともアンタのこと分かってくれる紳士は、きっといずれ現れるだろうから」

「そーかな」

「てか何で急に海に行きたいって思ったの?」




このまま彼女に祀り上げられても惨めなだけだったから、アタシは話を元に戻した。




「特に理由は無いんですよ。ただ綺麗な景色ってたまに見たくなるものじゃないですか」

「でもあそこって中学がすぐ近くに建ってるじゃんか。結構騒がしいし、それに小生意気な男子中学生にナンパでもされたら面倒でしょ?」

「大丈夫じゃないですか。高峰さんってそういう対応に慣れていらっしゃいますし」

「いやアンタを心配して言ったのだけれど……」




***




夏の入道雲は青空よりも一つ遠くの世界にあるように思える。空には奥行きがあって、深いところに雲が生えてある。目を凝らしてみればよく分からなくなるのが自然なのだとアタシは思う。それは人間相手にも同じことが言えそうだ。防波堤にて隣に腰かけている藍原の方を見ると、彼女の色白肌が涼やかで美しいなって感想がすぐさま浮かび上がった。彼女の瞳には何が視えているのか、気になるくらい幻想的な色彩だった。


うちなる乙女心ってやつは同性だとしても友人だとしても理解できない。小学校の頃からの仲だからアタシは藍原を人一倍に知っている自信はあるけど、結局彼女という人間は誰にも理解できない。彼女の心を清いものに喩えたアタシだけれど、本当はそれは間違っているのかもしれない。綺麗なメロディの唄を好きって言っているのに、肝心の詩の中身を理解できていない人みたいで情けないな、アタシ。


底の見えぬミステリアスな軌条海は、風で揺れていることしか分からなかった。だから気になることがあったのだ。




「藍原ってさ」

「はい」

「いつからアタシの名前の後ろに”さん”って付けるようになったっけ」

「……中学の頃からですね」




アタシらが第二中学校に通っていた頃のお話。今となっては昔だけれど、彼女とアタシの間に空隙が出来た。時期は夏だったと思う。

高校とか大学ならば化粧でいくらでも誤魔化せるからアレなんだけど、中学までは校則の厳しさがあって素材勝負になる面倒な時期であった。アタシは当然中の中くらいのカーストで目はつけられなかったが、藍原のルックスはカーストの枠に収まらないくらいに端正な顔立ちで、嫉妬がゆえのイジメに遭っていた。


アタシと藍原は三年間別のクラスだったけれど、彼女が泣いて帰る道、こっそり慰めてあげていた。「泣いちゃう私は弱い子だ」って嗚咽を漏らす彼女に「アンタは弱くないよ」なんていう弱っちい言葉で。どこまでも正直な彼女を慰めていた。


街と海の間には防波堤が隔てられていた。防波堤の高さに隠された浜辺の手前で、あの頃の二人は距離を縮めたのだ。


───でも、そう思っていた束の間。学年全体が受験体制になった時分になれば藍原への嫌がらせは無くなって、無責任にも平和な日々が帰ってきた。帰ってきたのは帰ってきたけれど、その時気づけば彼女はアタシに”さん”付けするようになっていた。日常はどこか壊れて、そのまま時間はいたずらに流されていった。




「感謝してるんです。あの多感期に高峰さんが私を慰めてくれなかったら、きっと私は理不尽な世界を恨んでいた。心で深く繋がってくれる友人がいなかったら、人は傷つくだけなんですから」




藍原はそう言うとふっと笑ってくれる。その笑みは詮索せずとも本心であるに違いない純朴な表情だ。でも、それが尊くて大好きだったからこそ胸が痛かった。入道雲は遠方でごわごわしていた。




「感謝の意味を込めて敬語なの?」

「意識はしていないのですが、なんだか勝手にさん付けしちゃうんです」

「……なんか、寂しいよ」




心の奥底で空白がじわじわする。ドーナツの穴ほどの寂寥から、浮き輪の穴くらいの大きさにまで虚しさは大きくなった。言葉では言い表せない厄介な悲しさは、アタシと藍原との関係性が果たして”友人”に値するのだろうかと懐疑的な気分にさせてきやがる。




「アタシって藍原のトモダチでいいのかな……」

「少なくとも私はそう思ってますよ。ただ、体と心がズレているだけで───ゆえに結局私は私でも何なのかさえ理解できていない。でも高峰さんのことは友人だと思っていたいんです」




その彼女の分かっていない感情の正体はアタシはきっと知っている。劣等感、なのだろう。たぶん。

アタシなんて、そんな大それた人間じゃないのに、中学時代の記憶が無意識のうちに藍原に劣等感を感じさせているに違いない。

でもそんな確証がないことを言って、彼女に嫌われてしまっちゃったらどうしよう。ただでさえ歪な関係だというのに、さらにめちゃくちゃにしてどうするんだ。


暫くアタシらはだらだら流れる汗も忘れて、呆けることしかできなかった。空は、気持ち悪いくらいに晴れていた。藍原の前では恥ずかしいのだけれど、目が水分で重苦しかった。だから表情は体育座りの膝に隠した。互いに分かり合えない二人は夏の陽射しに汗をかいた。




***




時間にして一時間も経ってはいなかっただろう。それでもアタシたちは長いコト無言であった。あのままだったら夕暮れまでずっとそうだったのかもしれない。それでも幸いして、会話の種になるような出来事というか物をアタシは視認した。




「ねえ藍原、波打ち際のあそこ……」

「はい?」




翳りのある夕暮れ。海に波打たれているクマのぬいぐるみ。急いで駆け寄って確認してみると、海の藻屑がべったりと纏わりついていて、お世辞にも可愛いとは言えない見た目であった。

きっと持ち主だった女の子は泣いているのだろう。行方も知れぬお友達のクマさん。見つかっても、彼女の知るクマさんではない。持ち主の匂いも自然の水で綺麗さっぱり流されてしまっている。




「クマのお人形ですね。どこかから流されて来たんでしょうか?」

「どうだろ。聞き分けの悪い子供相手に、親が海にぽかんって捨てたやつかもしれないよ」

「酷すぎません?」

「可能性としてはありえるじゃん。にしてもほんと、こーいう感じで漂流物が流れ着くってことあるんだね。びっくりしたわ」



いずにせよ、この人形の瞳からは独自の世界が揺れ動いているように感じられる。コイツは生物じゃないのだけれど、それなりの人生みてーなのを送ってきているのかもしれなかった。




「この子、どうします?」

「うーん、放置しておくのはちょっと可哀そうだよね。でも持ち帰るってのもちょいとアレだし……」

「せめて日の当たるところに置きませんか?水分を飛ばして、それと、もしかしたら子供が拾っていくかもしれませんよ」




アタシは藍原の提案を首肯で返し、堤防の上の目立つ所に置いてやった。想像していたよりも重かったけれど持ち運べないこともなかった。人命救助でもしているかのような気持ちになった。誰も救われないのに、何かを救っている気になった───なーんてよくある話だよ、ほんと。現状の苦しさを引き摺って、保留しているだけのようであった。




「高峰さん。このクマのお人形、拾われなかったら私たちで持ち帰りますか?」

「えーないない。アタシらはもう高校生なんだよ。こんなの似合わないし、それに……」

「それに?」

「こーいうのは元の場所に帰るのがこの子にとって幸せだと思う」




もっとも、漂流物に限ってそんな都合のいい話はない。世界は狭いとはいうけれど、だからって再会できるって保証はない。


例えばアタシたちの青春漂流記。

元に戻りたくても戻れないくらいに人は傷つくコトがあるんだ。


ここでアタシが「さん付けやめて」って言っても本質的な解決にはならない。だから、「友達でいたい」っていう想いだけが煩わしい。分かっているつもりでも、結局アタシと彼女には距離があるから。




「でも独りぼっちは可哀そうです」

「じゃあどうしろっての」




そう訊くと藍原は笑った。見た事ない彼女の顔であった。今まで小さく微笑むことはあったけれど、こんな向日葵を咲かせたような笑み初めてであった。




「それよりなら……やっぱり放置せずに私が持って帰ります」

「……アンタ、正気?」




───馬鹿かと思った。こんな汚いぬいぐるみを自分の家にまで連れていくなんて、正気の沙汰ではないと思ったからだ。持って帰っても、こんな人形可愛くない。歪で汚いだけ。それに家族がこんな醜い物を許す訳ないだろう。

でも、それでも藍原のそれは本心だったらしい。彼女は意地悪な感じに顔を緩ませる。




「だって私、家では”よい子”で通っていますから。そんな可愛い子のわがままを認めない親なんていないでしょう?」




今まで見たことない、そんなズルい顔をしながら彼女は笑う。




「…………なんじゃそりゃ」




だからアタシは可笑しくてたまらず笑ってしまった。清純な彼女とのギャップもあったけれど、なんだか綺麗なだけじゃないその表情と夕日がミスマッチだったから、なんつーか傑作だったのだ。

満面の笑みは無邪気で可愛くって。お転婆で。

これまでに見た事のない彼女を発見した瞬間が面白くて……。




「ダメ、でしょうか……」

「……いーや良いと思うよ。そうと決まれば帰ろ帰ろ、そしたら明日教えてな、事の一部始終を!」




こーいう藍原も悪くないなって本心から笑ったのであった。




***




家路。アタシと藍原は手を繋がずに帰った。中学の頃、強くアタシを握っていた手は、今は汚いぬいぐるみを抱きしめていた。適当につまらん会話をして、これまで同様”さん”付けで名前を呼ばれたけど、もうンな細かいコトはどうでもよかった。ぬいぐるみをギュッとしている彼女と、お姉さんっぽく装って振る舞うアタシ。昔のアタシが視たら歪だって嘆くのだろうけど、傍からみればちょっと変わったお友達に見えないこともない。少なくとも友人関係の延長線に今があるんだから、友人とは無関係っていう線は無いんじゃないかな。もっと単純でええじゃないか!


まだ星は出ないけど、夕焼け小焼けの先の時間。アタシらは互いに気持ち悪さを抱えながら笑って帰宅したのであった。

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