最愛の彼が自殺して、彼女が苦しむ話。
楽しんでくれると幸いですm(__)m
「チッ、本当に使えない男だね、あなたは」
彼女は床に倒れている僕を睨み、
吐き捨てるかのように言い放った。
頬が痛い、喉が痛い、頭が痛い。
でも、そんなことがどうでもよくなるほど、
僕の心はズタズタになっていた。
「ごめん...」
今の僕では、ただひたすら彼女の言葉を受け止め、
謝ることしかできなかった。
彼女がいなければ僕は生きることができない。
「あぁムカつく!本当に使えない!!!」
そう言って彼女は僕の腹部を蹴る。
「ッ!?」
僕はただもだえ苦しむことしかできなかった。
叫べばまた蹴られる、殴られる。
そうやって、僕の心には恐怖という名の傷が、
深く深く刻み込まれていた。
もうこの傷は、彼女でも癒すことはできないだろう。
僕自身でも諦めてしまっているんだ、
誰にも癒すことなんてできる訳がない。
「ハァ...ハァ...ハァ...」
やっと少しずつ呼吸ができるようになってきた。
できるだけ音を立てずに、
表情を表に出さないように、
僕は呼吸を続けた。
「もういい!あなたなんて死んでしまえばいい!!!」
そういって、彼女は近くにあったバックを持って、
この家から出ていった。
「......」
さっきまで怒号が響いていた部屋は、
まるで何もなかったかのように沈黙に包まれる。
そこに取り残されたのは、たった一人の男だった。
彼の口からは、真っ赤な鮮血が出ていた。
彼はそんなボロボロな状態になって、
一人静かに涙を流していた。
(なんで、こんなことになったんだっけ?...)
彼はふと疑問に思っていた。
先程までに、彼女に怒号を飛ばされていた理由が分からなかった。
(それにしても、死んでしまえばいい...か...)
彼はそれもいいと思ってしまっていた。
自分なんかがのうのうと生きて、
彼女に迷惑をかけるぐらいなら、
いっそのこと消えてしまえばいい。
このとき彼は、本当にそう思っていた。
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「ハァ...ハァ...ハァ...」
彼は、誰からも、彼女からもなにもされていないのに、
胸をずっと手で押さえていた。
息を吸っているはずなのに、
どれだけ吸っても治らない。
彼は壁を伝って、とある場所まで必死に向かっていた。
でも、彼はふと思った、
自分が今からしようとしている事は正しいのだろうか?
勝手に電話を使って、救急車を呼ぶことはいいことなのだろうか?
そんなことをしたら彼女はどう思うのだろうか?
彼は怖かった、
大好きな彼女から、最愛の彼女から、罵倒されることよりも、
自分に降りかかってくる暴力の方が怖かった。
でも、彼は混乱していた。
何故、暴力の方が怖いのだろうか?
彼女から放たれる暴言よりも、何故暴力自体に恐怖を抱いているのだろうか?
僕は何よりも彼女のことが大切だと思って来たじゃないか、
だったら、大切な人から罵倒される方がつらいじゃないか。
(なんで、なんで僕はこんなにも泣いているんだ?)
彼女の暴力は愛故だと思っていた。
学生時代にも暴力をされたことは何回かあった。
おかしい、僕の思考は矛盾している。
その暴力だって、彼女からされたことじゃないか、
だったら彼女から罵倒されて、傷つくよりも、
殴られて、蹴られて、心が傷付く方が怖いじゃないか。
でも、その暴力は愛故だから、僕が傷付くのはおかしいんじゃないか?
一体なんなんだ、この気持ちは。
でも、確信できることは、
彼女の暴力は、過去と昔では全く異なるということだ。
あの頃は、照れ隠しや、じゃれている時にぽかぽかと殴られていた。
でも今はどうだ?昨日のあれは照れ隠しか?じゃれているのか?
彼は、ただひたすら考えていた。
それと同時に、彼の価値観はどんどん壊れていった。
そんなことにも気づかずに、彼女はずっと、彼をゴミのように扱っていた。
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彼の瞳には、全く光がなかった。
何もかも諦めていて、何に対しても無関心で、
彼女の命令に従うだけの人形になっていた。
彼女は、彼がずっと守り続けて来た、弱い心を、
何の躊躇もなく、潰して、壊して、
悦に浸っていた。
やっと彼が私の意志に反抗しないようになってくれた。
やっと彼が素直になってくれた。
あぁ、なんて最高な気分なんだろう。
体が軽い、早く家に帰りたい。
素直になった彼と話したい、遊びたい。
「フフフ...今頃何してるんだろ?」
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「......」
彼は無言で、自分のすべきことを全うする。
例え、自分の体がボロボロになろうとも、
大切な存在から見捨てられようとも、
もうどうでもよかった。
彼はもう、人とは呼べないのかもしれない。
いわゆるに廃人というものなのだろうか。
感情を捨てた人形。
役目をこなすだけの機械。
だって、彼の中には何も入っていないのだから。
中身には何も入ってはいない。
だってその中には、既にないのだから。
無理やり掴んで取り出され、
何の意味もないのに、自分の欲求に任せて改造して、
でも奪った本人はそれに気づいていなくて、
知らず知らずの内にぐちゃぐちゃになった中身は、
もう、どうしようもないくらいに惨めで、
むごくて、希望なんてものが見いだせるはずがなかったのだから。
でも、そんな状態でも、彼に希望を抱かせようとした存在はいた。
「久しぶりだね、慶君」
彼の前で、笑顔で話しかける女性。
それに対して、彼は何も言葉を発さず、無言を貫き通すだけだった。
そんな彼に、その女性は手を差し伸べた。
「大丈夫、僕は君を壊したりなんかしないさ、
ただ、君が君である為に、ちょっとしたことを教えに来ただけさ」
その女性は、またニッコリと、自然な笑顔で笑っていた。
彼の瞳には、うっすらと光が戻ってきていた。
でも、その光は、あまりにも弱々しかった。
そんな光を見て、彼女はひどく、悲しそうな表情をしていた。
しかし、彼女はすぐに表情を切り替えて、
本題に移った。
.........
彼女の話は、至って簡単だった。
ただただ感謝の気持ちを示せばいい。
彼女が言ったのはこれだけだった。
小さなことの積み重ねが、人にとっては大事なんだよ、
と、笑顔で彼女は言っていた。
普通の人が見れば、ただただ笑っているように見えるだろう。
でも、僕には、彼女のその笑みは、
何もかも知っているかのような、
底の見えない、深淵のような笑みに見えた。
その日から、僕は、最愛の彼女に、
毎日毎日、感謝を示し続けた。
でも、彼女は何も変わりはしなかった。
逆に、不機嫌になることが多いようにも感じられた。
まるで、自分の思い道理にいかなくて、
行き場のない怒りを、ただひたすら我慢しているようにしか、
僕にはそのようにしか見えなかった。
僕は、どんな些細なことでも、
彼女がしてくれたことに対して、
「ありがとう」
と、感謝の気持ちを伝えていた。
それなのに、彼女は近くにあった椅子を蹴り飛ばし、
「...何なのよ...何なのよ!!!」
と、全身を震わせて、
僕のことを睨みつけていた。
「え?...」
僕はその時、自分が睨まれいる理由が分からなかった。
なんで、なんで自分の素直な気持ちを言っただけで、
こんなにも怒られなければならないのだろうか。
そんな混乱している僕をよそに、
彼女は己の拳を握りしめ、
「出ていけ!!!」
と、僕のことを殴って、そう叫んでいた。
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あぁ、この前まで最高な気分だったのに、
今では最悪な気分だ...
彼がまた、【素直ではなくなってしまった】。
何故、そこまでして頑なに嘘をつき続けるのだろうか。
彼が、私の【思い通り】に動かないはずがない。
おかしい、彼は絶対におかしい。
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僕はどれ程歩き続けて来たのだろうか。
足が痛い、頭が痛い、もうこれ以上歩くことはできない。
周りはもう暗い、明かりなんて一切ない。
あぁ...そっか、無意識の内にここに来てたんだ。
僕の小さい頃からの思い出の場所。
僕と彼女しかしらない秘密の場所。
誰にも見つけられるはずのない、秘密の場所。
それもそうかもしれない、だってこんな山奥に会って、
誰もいないところなんだから。
「もう、どうでもいいや」
僕は彼女に捨てられた。
その事実があるだけで、
生きる希望なんてものはない。
僕がここから飛び降りて、
彼女に迷惑とかかかっちゃうのかな?
でも、最後位、僕のことを忘れないでくれるなら、それでいいかな。
僕はゆっくりと重心を前に倒し、地面のないそこへ、背中を預けた。
ははは、結局はくだらない人生だったなぁ...
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彼がこの家から出て行って、丸一日が経った。
でも、彼は姿を現さなかった。
...大丈夫だ、彼なら帰ってくる。
彼が私の意志に反する訳がない。
「ねぇ、そうだよね?返事してよ」
私は、彼がいたはずのところに背中を預けて、そう呟いていた。
彼がいなくなってから三日経った。
私は、胸の中で小さな不安を抱いていた。
(余りにも遅すぎる)
彼には何も持たせずに出て行かせた。
精々一日たてば、私に頭を下げて帰ってくると思っていた。
私は平常心を保ち、ただひたすらに彼を待ち続けていた。
...来ない、いつまで経ってもこない。
一週間を超えたあたりから、もう日を数えることはもうやめた。
だって、こんなままじゃ、彼が帰ってこないみたいじゃないか。
そんなハズはない、彼は帰ってくる、そうに違いない。
私の手は無意識の内に震えていた。
不安で不安で全身が震えている。
仕事にも影響が出てきてしまっているのが現状だった。
あれ?なんで私泣いてるんだろ?
ねぇ、なんでなの?教えてよ、教えてよ。
いつもみたいに笑って帰ってきてよ。
いつもみたいに私と話をしてよ。
いつもみたいに...私を見てよ...
なんで?私が出て行けと言ったから?
なんで?なんで私の前にいないの?
なんで君がいるべき場所に君がいないの?
寒いよ、あのぬくもりが欲しいよ。
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彼がいなくなってから、かなりの時間が経った。
それなのに、彼はここにはいない。
ここ数週間はずっと仕事を休んでいる。
いや、仕事どころではなくなってしまった。
それが正しいのかもしれない。
そんな状況で、私の携帯には、知らない番号から電話が来ていた。
いつもの私なら、こんな電話には出ないだろう。
でも、私が気づいた時には、知らない声が、部屋中に響き渡っていた。
「_______死亡しました」
何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
でも、彼の名前が呼ばれ、死亡したと言っている。
イタズラ電話なんていい加減にしてほしいと思った。
イタズラなら、良かったのに。
そんな思いが私の中で何回も何回も繰り返されていた。
でも、現実は無慈悲だった。
「......」
結局、私には、【あんな事】は受け止めきれなかった。
この時の私は狂っていたのかもしれない。
だって、死ねば彼とまた会えると思って、自分で自分のことを刺していたのだから。
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目が覚めると、そこには見覚えのある風景が広がっていた。
「ここって...」
自分の体を見て、私は確信した。
戻っている、あの頃に。
何も考えずに私は電子時計を見た。
2011年12月5日
私と彼が付き合い始めて二年ちょうどの時のようだ。
私はこの時、今度こそ、あのようなことを起こさないために、
彼を自分ができる限り愛でよう、そんな浅はかなことを考えていた。
例え時が戻っても、彼の心は、もう私には動かせないように仕組まれていたのに。
時が戻ってから最初は順調だった、
まさに私が求めていた理想像そのものだった。
でも、何かがおかしかった。
まるで、彼の心が私から離れて行ってるような感覚があった。
私は委員会活動があったので、遅めに下校していた。
でも、そんな時に、私は最悪な光景を目にした。
学校の近くにある林で、あるはずのない人影があった。
彼と、知らない女がキスをしていた。
私は手に持っていたバックを無意識の内に落としていた。
なんで彼が知らない女とキスをしているのだろうか。
彼が浮気するような人間とは思えない、
だとするのであれば、あの女が彼を脅したに違いない。
憎い、私はあの女が憎かった。
今すぐにでも殺してやりたいぐらいだった。
でも、彼は...私とキスしていた時よりも、
ずっと、ずっと幸せそうな表情をしていた。
...いや、私としていた時は演技だったのかもしれない。
あの表情が本物なのかもしれない。
意味が分からない、時が戻る前の学生時代にはこんなことは起きなかったはずだ。
私は、その場から逃げるかのように立ち去った。
私の視界には、こちらを見て、悪魔のような笑みを浮かべた女がいた。
その日から、あからさまに彼は私から距離を置くようになった。
話しかけようとしてもどこかに行ってしまう。
まるで私が、嫌われているみたいに。
そう、感じてしまった。
時が戻ってから二か月が経った。
あと一か月で卒業ということになっている。
それなのに、私と彼の関係は、もう、恋人とは呼べなくなっていた。
もはや友達でも、知り合いでもないかもしれない。
...私は彼に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか、
このままいってしまえば、
そもそも私が彼と結びつくこと自体がなくなってしまう。
私は絶望していた。
一度手に入れた幸せを、
もう一度手に入れようとしただけなのに。
まるでそれを誰かが邪魔しているのかのように、
私から彼は離れていった。
...私には、一つだけ心あたりがあった。
綾香三 智里、彼とキスをしていた張本人だった。
「で?何の用なの?島川さん?」
智里さんは、私の苗字を言って来た。
もちろん、彼と同じ苗字ではない。
だって、まだ結婚していないのだから。
正直に言ってしまえば、私はこの苗字で呼ばれる度に、
心がえぐられるような感覚に陥る。
「こ...これ以上...」
私の声がどんどん小さくなる。
ここで下手をして、生意気な態度をとってしまえば、
彼女が、私に彼を返すことがなくなってしまうからだ。
「あ?聞こえないな~」
彼女は、空虚な笑みを浮かべ、
私のことを見る。
「これ以上私から彼を奪わないでください...
お願いします...お願いします...」
初めての土下座だった。
涙が止まらない。
もしもこれを断れてしまえば、
私と彼が結びつくことはほとんどなくなってしまう。
私も、この女と同じように、彼を奪ってしまえばいいのだろうが、
彼の偽りのない笑顔を見て、
あの時に確信してしまった。
【もう私では、彼の心を動かせない】
だからこそ、こうして、惨めに土下座するしかない。
それしか私に残された道はなかった。
「あはははははは、惨めだねぇ?あ?
何今更ふざけたこと抜かしてんだ?」
彼女の声質が、一気に低いものへと変わった。
「え?...」
私は、彼女の顔を見た。
彼女は私をひたすら見下すような目をしていた。
本当に目の前にいるのが、智里さんなのかすら疑問に思っていた。
「お前が、慶君を殺したんだよ?
そんな人殺しにあげるとでも?」
...この時の私には、彼女の言っていることが理解できなかった。
私が...殺した?彼を?
その瞬間に、
安置所で見た、あの光景が脳裏によぎる。
「あぁぁ...いやぁ...」
私は、もう、あの幸せを掴むことはできないの?
彼と共に人生を添い遂げることができないの?
私には、彼の隣にいる資格がないの?
私は、幸せになることは許されないの?
「その幸せを手放したのは、
お前だ」
「いや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
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智里さんと彼は、卒業したあとに結婚した。
彼の隣には、私ではない人が立っている。
私は、どこで道を踏み間違えたのだろうか?
私がそこにいたはずなのに。
彼の隣は私だけの物だったはずなのに。
彼の笑顔は私だけの物だったはずなのに。
そんなことを思うたびに、
あの、ドスで刺されたような感覚に陥った、
言葉を思い出す。
「その幸せを手放したのは、
お前だ」
私は、今日も、ベッドですすり泣く。
慰めてくれる人なんか、もう、取られたのに。
最愛の彼が自殺して、彼女が苦しむ話。
を読んでくださり、誠にありがとうございますm(__)m
何故か急にこのような小説を書きたくなってしまい、衝動のままに書きました。
今、私が連載版として書いている、専業主夫の俺が自殺して、妻がただ悲しむ話、の方も、読んでくださると幸いです。