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第9話 Sランク冒険者の矜持

 結局、飛行中にロイゼンから返事は聞けないまま、俺たちはバヨエインの街まで帰ってきた。


街の中は、カーテンを閉めきった部屋の中のような暗さ。

 その状況が、上空の積乱雲っぽいものがただの雨雲ではないことを物語っていた。

「あのくも、なんかいやー」

 プヨンもそんなことを言ったっきり、俺の服のポケットに入り込んでしまっている。

情報収集のためにと思い、俺は冒険者ギルドへと向かった。

 そしてギルドに入って俺が見たのは、この世の終わりのような顔をした冒険者と受付の人たちだった。

 

「あの雲、何っすか?」

 とりあえず、受付の人にそう聞いてみる。

 すると受付の人は、重々しい口調でポツリポツリと話し出した。

「アレは、天災の滴(ティアハザード)の予兆ですよ」

「……天災の滴(ティアハザード)?」

「はい。この街は、もうじき水没します。たった一滴の、巨大な水滴によって」

「……へ?」

 受付の人の説明を聞き、俺は思わず変な声を出してしまった。

 たった一滴の水滴で、水没?

 どんなスケールの水滴だよ、それ。

 そう心の中でツッコミを入れるうちにも、受付の人の説明は続く。

天災の滴(ティアハザード)の水滴は恐ろしく表面張力が強く、一度降ると蒸発しきるまで街をスッポリと覆ったまま、存在し続けます。もう、この街は終わりなのです」

 そう言うと、受付の人はポロポロと泣き出した。

 ……なんか、俺が知ってる水とは全然違うみたいだな。

 街全体をドーム状に覆い尽くしたままになる表面張力ってどんだけだよ。

 ユニークスキルでベンゼンスルホン酸ナトリウムを大量生成して、表面張力を消すか?

 ……いや、ダメだな。そんなことをしても、一時的に街が水没するのには変わりない。

 っていうか、そんなことをすれば環境汚染で被害が拡大するだけだ。うん、やめとこう。

「その上、天災の滴(ティアハザード)の水滴は浮力が極端に小さいときてる。どんなに泳ぎに自信がある奴でも、溺死は免れられねえよ」

 冒険者の一人が、そう補足した。

 ……いろいろと酷い水だな。

 あまりにも常識とかけ離れすぎてて、頭がこんがらがってきたぞ。

 

 それだけ分かってるなら、何故逃げないのか……いや、これは聞かない方がいいタイプの質問だな。

 俺はそう思い、質問するのを踏みとどまった。

 だが。さっきの冒険者とは別の冒険者が、こんなことを言い出した。

「いいよな、Sランクはよぉ。街が水没しても、飛べば逃げられる。お前らだけが、命が助かるんだ」

 ……随分と嫌味な言い方だな。

 俺が神剣を売ろうとするほどの世間知らずだって知ってる以上、冷やかしではなく情報収集のためにギルドに寄ったってのは考えれば分かるだろうに。

 まあでも、過去にはSランク冒険者が太刀打ち出来ず、逃げ出した事例があるからそういう話になるんだろうな。

 となると、スライム召喚での対処は必須、か?

「そんないいかたはないだろー!」

 などと考えていると。

 プヨンは俺が嫌味を言われたので腹が立ったのか、ポケットから出てきたかと思うと、親指を下に向けたような形に自身を変化させてそう言い返した。

 ……無駄に器用だな、おい。ちょっと笑いそうになってしまったぞ。



「お前らが悠然と泳いでくところなんか、見たくねえんだ。逃げるなら滴が降る前に逃げてくれ」

「おい、いい加減にしろ! ユカタに八つ当たりしてもしょうがないだろ!」

 その冒険者は更に嫌味を続けたが……その時、一人の女冒険者がそれを窘めた。

 あれは……Aランク冒険者のヤメミアさんだったな。

 面識こそまだ無いが、パリコレにいそうな容姿が評判ってことで名前だけは知っている。

「まあ、逃げた方がいいのは事実だがな。天災の滴(アレ)は、人類がどうこうできる範疇を完全に超えている」

 そんなヤメミアさんも、俺たちが逃げるべきってのには賛成のようだった。

 

 ……そういえば、ロイゼンはどうするんだろうか。

 天災の滴(ティアハザード)については知っていそうだったし、むしろアチャアの街に直行してもよかったはずなんだが……何故かついてきたよな。

 ロイゼンの方に目をやると……拳を握りしめ、手をプルプルと震わせていた。

 そして、震える声でこう言った。

「……いいえ、やってやりますよ」

 冒険者たちの視線が、瞬時にロイゼンの方へと集まる。

「どんな困難にも立ち向かい、人々の安全を守る。それが、神剣を持つものに課せられた責務だ。俺はここから逃げたりはしない!」

 ロイゼンは、今度は力強い声でそう言い切った。

 ……すげえ。あれが本物のSランクか。

 ノリでリヴァイアサンを倒してしまっただけの俺とは、覚悟がまるで違うな。

「そういうカッコつけ今一番いらねえから」

 先程嫌味を言った冒険者にはしかし、ロイゼンの言葉は響かなかったようだ。

 これにはロイゼンも我慢ならなかったのか、その冒険者の胸ぐらに摑みかかる。

「取り消せよ……お前はそれでも冒険者か」

「……離せよ!」

「二人ともやめろ!」

 喧嘩になりかけたところを、ヤメミアさんが止めに入る。

「お前が余計なことを言うから、一人の冒険者が無謀な死を遂げようとしだしてるんだぞ。責任取れるのか? あとSランクの方、ここは本当に逃げるべきだ。こんな無謀な挑戦より……あなたが救うべき命は、もっと他にある」

 なんとか二人を宥めようとするヤメミアさん。

 だが、

「ここで逃げるなら、それは冒険者ではなくただのおままごとだ!」

 そう叫ぶなり、ロイゼンはギルドから飛び出してしまった。

 

 ◇

 

 ロイゼンを追って外に出ると、黒雲からは既に水滴が出現し始めていた。

 おいおい、マジで雲の下面全体が水面と化してるぞ。

 実物を見れば見るほど、現実感が薄れて行く気がするな。

 そしてよく目を凝らすと、一人の男が剣を掲げ、空を飛んでいた。

 俺も行くべきか?

 ……いや、違うな。

 あれは、どう見ても剣でどうこうできそうには見えない。

「プヨン、準備を」

「らじゃー!」

 ……こっちはこっちで、大人しく連鎖を組み上げていようか。


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『スライム召喚無双』第一巻は8/10に、カドカワBOOKSより発売です!
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