第86話 置き去り作戦?
「……ふう、あっぶねえ」
特殊空間までは、エネルギーリングによる拘束が届かないのが分かると……俺はそう言って、安堵のため息をついた。
……何だよあれ。
話にならなさすぎだろ。
あの神5を束ねる立場にある者とはいえ……ここまでレベチなのって、そんなのありかよ?
戦闘にすらならず抵抗できなくされるのは流石に想定外だったので、俺は面食らってしまった。
レベルだって300も上がったんだし、相手は一人だし、プヨンの存在までは気づかれていなかったみたいなので、正攻法+プヨンの不意打ちでワンチャンどうにかなるかと思ったが……こりゃ素直に、初めっから相対論棄却オフ作戦で行くべきだったな。
何とか拘束から抜け出して、今からでもやり直せるのが救いだが。
とりあえず俺は、作戦を決めた以上、そこにいる次元妖を倒して宇宙空間に戻ろうかと考えたが……すぐに、それは得策ではないと判断した。
あのユーエフ王なら、俺が助走をつけようとしたところを再度拘束しようとしてきて、今度こそ逃げられなくなってしまうかもしれないからな。
「……プヨン、次元の地図で、適当に交戦者を探してくれ」
「りょーかーい!」
というわけで、俺は一旦とりあえず特殊空間経由で地上まで逃げ、そこから遠回りして助走をつけることに決めた。
次元の地図で別の特殊空間に入ると、そこにいた冒険者に支援魔法をかけ、即座に地上に戻る。
それから俺は、ユーエフ王がいる方向を多少迂回するような軌道で、一気に太陽系全体の結界付近まで移動した。
そして再度ユーエフ王の位置を確認するため、広域探知魔法を発動する。
すると……ユーエフ王が、こちらに向かって真っ直ぐ追いかけてきているのが分かった。
とはいえ……移動速度は、光速の9割程度。
状況的に、全力で追いかけてきているはずだし……流石のユーエフ王とはいえ、移動に関してはその程度が限界と見ていいみたいだな。
ということは……相対論棄却一時オフ作戦は、ユーエフ王にも有効な可能性が高いと考えられる。
そんな確信が持てた俺は、早速ユーエフ王に向かって、光速の千倍の速度で移動し始めた。
その距離は徐々に詰まっていき……程なくして、すれ違う瞬間がやってくる。
「相対論棄却機能、オフ! ……オン!」
寸分たがわず、俺はバッチリのタイミングで相対論棄却機能をオフにした。
これは……バッチリ決まったはずだ。
だが――肝心の重力波は、発生しなかった。
「き……貴様! 何て乱暴な技を……!」
それだけでなく……勢いよくすれ違ったはずなので聞こえてこないはずのユーエフ王の言葉が、俺の耳に届く。
おかしいと思って振り返ると……俺とユーエフ王は、半透明の膜のようなもので宇宙空間から隔離された場所に、閉じ込められてしまっていた。
この変な空間の性質なのか……俺も(そしておそらくユーエフ王も)、水飴の中を動くようにじわじわとしか身体を動かせない。
もどかしさが募る中、ユーエフ王はこう叫んできた。
「今の技……超光速移動手段の使用中の、相対論棄却効果解除か何かか? よくも……よくもそんな、宇宙の秩序に反した禁断の技を……!」
かと思うと……どういうわけか。
ユーエフ王はそう言い放ってから、悲しげな表情を見せた。
……怒りならまだしも、悲しみ? なぜだ?
「余も貴様も……もうここでおしまいだ。余の『理外現象中和魔法』はまだ未完成だった。未完成な魔法で貴様の愚行を中和しようとした結果……余は貴様共々、この宇宙と次元的に隔絶されてしまった。もう、戻る術は無い」
疑問に思っていると……ユーエフ王全てを諦めたような表情で上を見つめつつ、そう続けた。
要は……重力波が発生しなかったのは、ユーエフ王がその「理外現象中和魔法」とやらを使ったからであり。
この半透明の膜のようなもので囲われた空間は、ユーエフ王が未完成なその技を使ったことによる、予期せぬ現象であると。
俺はその説明を聞き、そんな風に状況を理解できた。
確かに、そうなったら怒りより悲しみが先に来てもおかしくはない、か。
と、同時に……俺の中に、ある一つの仮説が生まれた。
もしかして……これ、ユーエフ王をこの中に置き去りにして封印状態にする、絶好のチャンスでは?





