第85話 不穏な破壊記録とワームホール
「ユカタ殿、この魔道具、何やら記録を残しておるが……これもしや、緊急事態が発生しておるのではないかの?」
子機の魔道具の様子を見て……国王は険しい声で、そう聞いてきた。
「……かもしれません。そうと決まったわけではないですが」
それに対し、俺はそんな曖昧な返事を返した。
もしかしたら、今回こそは太陽系全体を覆う結界に天体が衝突しただけかもしれない。
あるいは……ああ、そうだ。「昨日の戦闘で発した重力波が、今頃になって太陽系全体を覆う結界に衝突し、そちらの結界の耐久力では耐えきれず壊れた」なんて説は割と有力かもしれない。
そもそも……仮にユーエフ王が動き出したとして、移動時間的にこんなスパンで来るのはあり得ないはずだ。
そんな希望もなくはないことから、俺は無駄に国王を不安にさせない言い回しにしたのだ。
「……魔道具の本体は、錬金老師殿の施設にあると言ったな。今すぐ行って確かめた方が良いのではないか?」
国王は俺の返事に対し、そう提案してきた。
「余としては、もう少し色々話したいこともあったが……こんな場面で引き留めるような馬鹿では、国王は務まらんわい。……もしユカタ殿にまだ話があるなら、後で訪れてくれればよい。行くなら、今すぐ行って構わぬ」
「……分かりました。では行って参ります」
そして国王が、察しよく退室を促してくれたので……俺は謁見の間を出て、ダイさんの研究施設に向かうことにした。
……大事でなければいいんだが。
そう思いつつ、俺はダイさんの研究施設を一直線に目指した。
◇
だが……いざダイさんに話を聞いてみると、思い描いた希望的観測は全て瞑れることとなった。
というのも……。
「今回の破壊記録なんだけどさ……。ちょっと詳しく調べたら、魔法的な負荷だけがかかって割られたみたいなんだよね」
結界の破られ方が、普通では無かったのだ。
「おそらくだけど……テレポート系の魔法で、強引に結界をまたいだとかじゃないかって気がする」
そしてそのことからダイさんが出したのは、そんな仮説だった。
……もしその仮説が正しいなら、「襲来スパン的にあり得ない」などという論理は完全に破綻する。
つまり……それだけ、UFO48とかの侵略者が来たと考える妥当性が、増すということだ。
「……そんな破られ方をしてても、結界が破られた方位は記録に残るんですね」
「多分、こことテレポート先を結んだ延長線上が破られたって判定で、記録してるんじゃないかな」
「……ディバインスコープで見てみてもいいっすか?」
俺はディバインスコープを借り、記録用紙に記された方向を観測してみた。
すると……。
「……いました。恐らく、テレポートしてきたであろう者が」
早速俺は、不自然なドーナツ状の空間の歪みと、その側にいる一人の筋骨隆々の男を発見してしまった。
「……行ってくるの?」
「……それしかないでしょう」
俺は決心を固め、混沌剣の柄を強く握った。
「……どうか、無事でね」
「ええ。……この惑星のことは、また任せました」
余計な言葉は交わさず、小屋から外に出る。
そして俺は……隠密魔法だけかけると、すぐさま出発した。
◇
スライムの幻影を15連鎖分積み上げ、いつでも発火できるようにしたところで……ちょうど俺は、男がテレポートしてきた場所付近に到着した。
この15連鎖は……もしこの男が一介のUFO48の兵士であれば、普通に身体強化に使い、タイマン勝負を挑む。
UFO48に、ユーエフ王本人以外で神5を超える戦闘能力の持ち主はいないだろうし……だとしたら、変な真似はせず正面からぶつかるのが、一番堅実に勝てる方法だろうからな。
だが……もしこの男がユーエフ王本人であれば、何かしらの不意打ちを仕掛けるのに使う。
そのためにも……まずは、隠密魔法がかかった状態を活かし、この男が何者なのか、観察して手掛かりを掴まねば。
そんなプランを念頭に、俺は男の背後に回った。
――だが。
「……貴様。さっきから何を余の周りでウロチョロしておる?」
その男はそう口にしたかと思うと……姿が見えないはずの俺の目を、真っ直ぐ見据えてきた。
「――まz……」
思わず「マジかよ」と言いそうになり、慌てて口を噤む。
まあ存在がバレている以上、口にしようがしまいが関係なかったかもしれないが。
そして俺は15連鎖分積み上げたスライムの幻影の上にもう1ペア幻影を重ね、連鎖を発火した。
奇襲が成功しないと分かった以上は、(あまり良くない意味で)魔力の使い道が一つに限定されたからな。
「……お前がユーエフ王か?」
神5さえ破れなかった隠密魔法を見破った実力、そして「余」という一人称。
もはやほぼ確定だとは思いつつも、俺はそう聞いてみた。
「いかにも。変な結界が張ってあったせいで、『ワームホール』を二度起動する羽目になってしまったのだが……余と知りながらやったなら、貴様相当な無礼者だな」
すると男は……眉間に青筋を浮かべながらも、落ち着いた声でそう肯定した。
「ワームホール」……それがこのテレポートの魔法か。
いや「起動」と言った辺り……どちらかといえば、魔道具か?
「……一つ質問に答えたのだから、次は余の番だ。実は昨日……余の非常事態通知装置に、緊急レベル10の通知が入ってな。『神5』に昨日何があったか――いや、貴様が何をしたのか。答えてもらおう」
などと考えていると、次はユーエフ王の方が俺に質問してきた。
それも、神5を倒したのは俺だと信じて疑わない様子で、だ。
……15連鎖分の幻影が消えるまで、何とか会話で場を繋げたな。
俺は質問には答えず、自身に身体強化をかけてユーエフ王に斬りかかった。
……しかし。
「……答えるつもりはない、か。なら、仕方がない。少し尋問にかけるとしよう」
ユーエフ王がそう言って、指を鳴らしたかと思うと……俺は、突然現れたエネルギーの輪っかに、両手首・足首を掴まれてしまった。
大の字に固定されて動けなくなった俺に対し、ユーエフ王は指先で稲妻をパチパチさせながらゆっくり近づいてくる。
「……動けっ!」
それでも、どうにか手首を捻るくらいはできそうだったので……俺は混沌剣を持っている右手首を捻り、特殊空間に逃げることにした。





