第8話 失礼の無いように本気をだした結果、殺してしまっては本末転倒なので
次の日の朝。
俺はロイゼンと共に、俺が魔法陣で飛ばされた浜辺を目指して神剣で飛行していた。
理由はもちろん、手合わせで人的被害が発生しないところに移動するためだ。
ロイゼンは、「都合のいい日に」と言ってくれたが、ぶっちゃけ俺はいつでも予定を開けられるからな。
早い方がいいだろうってことだ。
「……で、一つ疑問なんだけどさ。神剣って、勝手に体がベテランの剣士みたいに動く補助効果みたいなのがあるじゃん。それ考えたらさ、この戦いって意味あるのかな」
飛行中全く喋らないのもアレなんで、俺は昨日から疑問に思っていたことをロイゼンに聞いてみた。
「……ユカタさんの神剣って、そんな補助効果あるんですか?」
そしてロイゼンはと言えば、昨日落ち着きを取り戻してからというもの、急に敬語で喋るようになった。
俺としてはタメ口の方がいいんだがな。
それでも本人の希望との事なので、まあそれならそれでいいかと思うことにしている。
「ロイゼンの神剣には無いのか?」
「ええ。俺の神剣・サマルはその、こう言っては何ですが……神剣の格としては、中の上くらいなので。そこまでの効果はありませんね」
「神剣の……格?」
「ご存知無いのですか? 神剣とは一口に言っても、どんな強さの魔物由来かによって性能が違ってくるのです。それを、神剣の格と言うんですが……」
「そうなのか。じゃあ、俺の神剣の格はどれくらいになるんだ?」
「達人級の剣技補助があるとすると、ほぼ最上位に位置するかと」
……なるほど。
いや待てよ、それってちょっとまずくないか?
「でもそれだとさ、ますますこの試合の意味、なくなるんじゃないの? 神剣の性能差の時点でもう、アンフェアと言うか……」
「その心配には及びません。格の高い神剣は、それだけ使用者を疲弊させるという代償があります。身に余る性能の神剣を用いるのは、使用者にとってデメリットしか無いのです」
だから、自分が負けるとしても神剣の性能差のせいでは無いと主張するロイゼンであった。
……そんなもんなのだろうか。
俺としては、神剣のせいで疲弊するなんて感触一切受けたことがないのだが。
まあ、自力で倒した敵のドロップ品が「身に余る性能」だったら、それはそれで理不尽な話か。
ともあれ俺は、そこまで分かった上で本人が納得するならそれでいいか、と思う事にした。
「ところでユカタさん……今まで気になってたんですが、そのスライムは?」
何か次の話題はないかと思っていると。
ロイゼンは肩のプヨンを指し、そう尋ねてきた。
「ああ。こいつは俺が召喚したスライムで、名はプヨンってんだ」
「ぷよんだよー! よろしくね!」
俺がプヨンを紹介すると、プヨンはそれに続き、体をプルプルさせながらそう言った。
「かわいいですね」
「かわいいだけじゃないぜ」
返事しつつ、俺は何か鑑定にちょうどいいものがないかと周囲を見渡す。
ロイゼンの神剣に目をつけた俺は、それに鑑定と念じてみた。
するとプヨンは、ステータスウィンドウになる時と同じように変形しだし……鑑定結果を表示した。
「読んでみ?」
「な、これは一体……。『神剣サマル エビルラヴァが討伐されると、所有者は一定の確率でこの神剣を手に入れる』……これ、鑑定ですか?」
「そう。ちなみにプヨン、俺のステータスも表示してくれるんだぜ」
「す、凄い……。完全にスライムの域を超えてますね、それ……」
ロイゼンは驚嘆の眼差しでプヨンを見つめた。
まあ、プヨンの真価はそこじゃあないんだがな。
とはいえ「幻影色合わせゲーム」は飛行中に軽く披露できるようなものではないし、何よりそんなことをしてリヴァイアサン以上にやばい奴を呼び起こしてしまっても困るので、それについてはおいおい話すとでもしよう。
「えへへー、ほめられたー!」
ちなみにプヨンは、そんなことを言いながら上機嫌そうに俺の肩の上で跳ねている。
……落ちないように気をつけろよ。
こんなことを話しているうちにも、懐かしい浜辺の風景が見えてきた。
そうだな……戦い方は、海の上での空中戦でいいか。
◇
「ぬおおおおおおおぉぉぉっっっっ!」
お、今度は水面ギリギリで踏みととどまったな。
試合開始から約四分。
始めは剣を交えるたびに一回海中に叩き落され、盛大な水しぶきを上げていたロイゼンだったが、漸く俺の剣戟の重みに対応できるようになってきたようだ。
ロイゼンは諦める事無く、再び猛スピードで飛び上がってくる。
そして、こちらもそれに合わせ、先ほどと同じように剣を振り降ろ――さなかった。
剣技補助のかかった俺の剣の軌道は、今までと比べ若干斜めだったのだ。
「……な!」
ガキン、と音がしたかと思うと、ロイゼンはまた派手に海中に突っ込んだ。
……さっきまでの対応力、どこ行った?
「……チッ。ようやくいなせたと思ったが、一筋縄ではいかないか」
……なるほど。
ロイゼンの動きが旧来の俺の剣の動きに完全に対応したものになったから、俺にかかった剣技補助もそれに更に対応するものへと変化したってわけか。
なかなか器用だな、神剣DHMO。
……そろそろ、終わりにしようか。
実を言えば、今の戦いのなかで「あとは連鎖開始点のスライムを四つ繋げるだけで6連鎖が放てる」ってところまで、大魔法発動の準備はできている。
だが、ロイゼンが目覚ましく成長しているような気がしたので、せっかくだからと発動を遅らせていたのだ。
「少なくともロイゼンが俺の剣戟を捌ききれるようになるまでは」と思ってな。
しかし今の俺の剣技補助の様子を見る感じだと、どうも埒が明かなさそうだ。
それに、必殺の一撃を入れるのはロイゼンがバテてしまうより前の方がいいしな。
そう思い、俺は連鎖を開始させる。
「はあああぁぁぁぁっっっ!」
めげずに迫りくるロイゼン。
彼が再び俺に斬りかかろうとした、その時──無数の衝撃波が、ロイゼンの全身を襲った。
「が……はっ!」
スライムの連鎖で起こした大量の衝撃波には耐えきれなかったのか、ロイゼンは気を失い、海へと落下しだした。
……やはり、6連鎖でちょうど良かったな。
死に至りにくい魔法を選んだつもりではあったが、もう1連鎖多かったら危なかったんじゃないかと思う。
何にせよ、決着はついたか。
俺は落ちようとするロイゼンを抱え、神剣飛行で浜辺に戻った。
そしてもう一度、今度は7連鎖を組み、回復魔法を発動してロイゼンを起こした。
「まさか、衝撃波だけで気を失ってしまうとは……。これが、『真の強さ』なのですね。良い試合でした、ありがとうございます」
「満足してくれたなら、それでいい」
ロイゼンの謝辞に、俺はそう返した。
……良かった。
「もう一試合」とか言われるかと身構えていたが、杞憂だったみたいだな。
そんなことを思いながら、俺はロイゼンと共にバヨエインの街へと飛んでいった。
◇
「……なあロイゼン、あれ何だ?」
バヨエインの街が見えてきた頃。
俺は街の上空に、積乱雲のような形をした禍々しい黒雲が浮かんでいるのを見て、ロイゼンに質問してみた。
「……」
だが、ロイゼンは暗い表情をしたまま、何も答えない。
「……ロイゼン?」





