第70話 side:王宮
[side:王宮]
そして……同じ頃。
王宮は王宮で、臣下を臨時招集しての大騒ぎが起こっていた。
「皆の者、心して聞け。余は此度……かの大英雄、ハバ ユカタ男爵を大公に陞爵しようと考えておる」
国王がそう宣言すると……臣下たちが一斉にザワついた。
大公――事実上最高の爵位である公爵より、更に一つ上の爵位。
王国史上だれも叙せられたことのないイレギュラーな爵位を、先日男爵になったばかりの者が授かるというのだから……このような反応になるのも、無理はなかった。
「確かにハバ ユカタと言えば、流星魔獣を倒して王国を滅亡の危機から救った大英雄ですし……当時から、男爵位は低すぎるのではという意見は少なくありませんでした。それに先日のゾグジー国の撃退の件などを加味すれば、陞爵自体は妥当かと。ただ……だからといって、大公などという前例のない爵位を授けるのはいかがなものでしょうか?」
早速臣下の一人が、国王に対しそう物申した。
「あとは……平地に新たな鉱山を建て、金属生産量が資源枯渇以前の水準に戻った、でしたかな。だいたい私は、『鉱山を建てた』という言葉の意味が分からないのですが……百歩譲って、これが全くの事実としてもですぞ。功績で言えば公爵レベルが妥当とは言え……お言葉ですが、冒険者上がりの者にその陞爵は反対せざるを得ませんな」
更に、ここに集まった臣下たちの中でも特に保守的な者は、そんな棘のある意見を述べた。
ユカタがいなければ今頃滅んでいる者としては、あるまじき発言ではあるが……それでも彼らにとっては、既得権益の維持が最優先。
故に、ユカタの実績自体は内心高く評価しつつも……出てくる言葉は、このようなものとなるのだ。
だが……彼らはまだ知らなかった。
ユカタの男爵叙爵以降最大の功績は、まだ未発表なのだということを。
「まあお主ども、これを見るがよい」
国王がそう言うと……従者が数人がかりで、巨大な壺に入った液体を抱えて入ってきた。
国王はその中身を透明なコップで一杯掬うと、臣下たち全員に見えやすい位置に置いた。
「これが何だか、当ててみよ」
国王はそう言いつつ、玉座に戻った。
「これは……まさか……エリクサー?」
すると……早速臣下の一人が、その中身の正体に気づいた。
それを聞いて……他の臣下たちの目が、一気に壺の方へ向く。
そして、しばらくの沈黙の後。
先ほど最初に物申した臣下が……震える手で挙手しながら、おそるおそるこう聞いた。
「まさか……その壺の中身全てが、アイスストウムから届いたエリクサーだというのでしょうか?」
その発言のあと、束の間の静寂が訪れる。
もしこの後の国王の発言が、ただ「その通りだ」の一言だったとしても……この部屋では、今日一番のざわめきが起こることだろう。
だが……国王が次に発した言葉は、更にその上を行っていた。
「そうじゃ。しかも……これは別に、アイスストウムが今まで密かに作り溜めてきたエリクサーを渡してきたわけではない。これは……アイスストウムで生産される一日あたりのエリクサーの量なのじゃ」
「へ……一日」
挙手をした臣下は……そう口にすると、手を挙げていることも忘れたまま固まった。
というか、国王を除くこの場にいる全員が、完全に思考停止した。
「この量のエリクサーを、一日でですと……? それって、エリクサーの生産だけで国家予算を超える計算になるのでは……」
そして、先ほど反対意見を述べた保守派の臣下までもが……これを聞き、薄々と感づき始めた。
貴族の序列云々以前の問題として……アイスストウムと王国のパワーバランスそのものが、既に逆転し始めているということに。
「その通りじゃ」
国王はそう言って、机から書簡を一つ取り上げる。
「この壺と共にアイスストウムから送られた通達には、こう書かれておる。『アイスストウムはこれより、年間約60トンのエリクサーの販売を始める』とな」
国王がそう書簡の文章を要約して伝えると……臣下たちは、あまりの衝撃に呼吸すら忘れた。
非現実的過ぎる話ながらも、目の前に既にありえない量のエリクサーがある以上、疑う予知すら残されていない。
国王は、思考を放棄したくなりつつも何とか自体を咀嚼しようとする臣下たちの様子を見守りつつ……しばらくして落ち着いた雰囲気になってくると、再度自分の意見を述べた。
「この通り……アイスストウムはこの短期間で、軍事、医療、経済、あらゆる側面で我が国及び周辺諸国全てを凌駕してしまった。もはや独立されたとしても、それもやむなしではあるが……一番恐れるべきことは、アイスストウムが他国に取り込まれてしまうこと」
国王はここで一息入れ、臣下全員の顔を順に見据える。
「少なくとも我々は、他国の追随を許さぬ好条件を、彼らに与えねばならぬのじゃ。これは、報酬だの功績を讃えるだのといった次元の話ではなく……他国にアイスストウムを引き抜かれぬために、やらねばならぬことなのじゃ」
国王の力強い言葉に……今度は、反論する者は一人もいなかった。
ユカタの功績の規格外さ、アイスストウムが独立、あるいは他国に引き抜かれてしまった場合の不利益……たとえ自分がどんな立場の人間だろうと、反論することのメリットが全く無いことを、全員が悟ったのだろう。
「では、決定で良いな?」
「「「陛下の仰せのままに」」」
こうして……ユカタの大公への陞爵は、大胆な決定の割にはすんなりと通った。
その後……臣下全員が退出し、誰もいなくなったところで。
国王は一人静かに、こう呟いた。
「やれやれ、何とか上手くいったのう……」
深く安堵のため息をつきながら、ユカタの陞爵に関する書類に印を押していく。
「あやつら既得権益の事ばかり考えおって、新興勢力が位を上げるとなると条件反射で猛反発してきおるからのう……。今回も面倒なことになるかと思いきや……流石にエリクサー60トンを前にしては、返す言葉がなかったようじゃわい」
国王はそう言った後……誰もいない部屋中に、ガハハと愉快な笑い声を響かせた。
実は……国王はそこまで、ユカタの独立や引き抜きを懸念していたわけではない。
国王は長年の勘で、人を見ればだいたい権力欲の程度が判断できるようになっているのだが……ユカタからは、全くその手の欲が感じ取れなかったからだ。
ただ、今までの実績、そして何よりユーエフ王の軍勢から惑星全体を守ってくれた感謝の印として、前から爵位を上げたいとは考えていた。
まあ、ザネットが持っていた任務カードのことを公表すれば大混乱になりかねないので、そのことを公式に讃えることはできないでいたのだが。
そんな中……今回のエリクサーの件が、やってきたというわけだ。
普段なら功績の如何に拘わらず新人貴族の大抜擢に猛反発する者たちも、この件をちらつかせつつ「外交のために仕方がない」という点を強調すれば、穏便に反対を抑え込めるはず。
そんな判断から今回、国王は臣下一同をあつめ、その判断能力を衝撃の事実で低下させつつ陞爵に同意させたのである。
「リトアに初めて当主代理の仕事を持ちかけた時には、『この仕事は確実に他のどんな仕事より面白くなる』と説得したもんじゃが……まさかここまでになるとは思わなんだのう……」
国王はそう呟きつつ、書類を然るべきところに届けに歩き出した。
その表情は……まるで一世一代の大仕事を終えたかのように穏やかだった。





